第26話 大きな悲しみと小さな希望

 王妃教育もそこそこ進んでいたある日の休日。


 その日はいつも通りウィルと二人でティータイムを過ごしていた。そんな私達のもとにとんでもない知らせが舞い込んできた。


 国王陛下と王妃様が亡くなられたというものだった。


 前々からどうやら国王陛下の体調が悪かったようで、王妃様が付きっきりで看病をしていたらしい。それでも、調子がいい日はいくつかの仕事をこなし、それ以外は寝込んでいたそうだ。


 その話を聞いて、私もどうにか治療できないものかと考えていたが、聖女でも治療できない病気(そんなものが本当にあるのか今でもわからない)だと言われていたために、国王に負担をかけないように近寄るなと言われてしまった。


 どんどん悪化していったから、大臣や貴族に反対されてでも無理にでも聖女様に診てもらうべきだったと、死の直接的な原因ではないにしろこんなことになってしまって後悔していると国王陛下の担当治癒師に後から聞かされた。


 そして、何よりも良くなかったのが、国王陛下の体調が悪かったタイミングに五年に一度開催される人間領土にある五つ国が一堂に会する交流会が開催されてしまったことだった。


 これに参加できるのは各国の王とその伴侶のみと決められている。欠席することもできるようだが、体調が悪いからと欠席してしまってはこの国が讃える聖女の神聖さが失われてしまうとお二人は参加することを決めたようだ。


 国王陛下と王妃様はその交流会に参加した帰り道、前日の大雨でぬかるんでいた地面に馬車の車輪がはまってしまい動けなくなっていたところに大勢の賊が現れて護衛諸共殺されてしまったそうだ。


 普段の二人なら賊など何人来ようと返り討ちに出来るほど強いらしいのだが、謎の体調不良によって弱っていた国王とその看病で精神がすり減っていた王妃様は抵抗もほとんどできなかったそうだ。


 あまりにも帰ってくるのが遅いと国の守りのために残っていた分の騎士団員が派遣され探しにいくと見るも無惨な姿でお二人と護衛についていた者たちが見つかったそうだ。


 その亡くなった人の中には学園であったキースさんもいたらしい。彼の周りには大勢の賊たちが倒れており、彼が死ぬ間際まで二人を守ろうとしていたことが見てとれたようだ。


 騎士団がお二人のお身体を国まで持って帰ってきてすぐに葬式が行われた。国民のほとんどがお二人のためにたくさんの涙を流した。


 しかし、両親を一気に亡くしてしまったウィルには悲しむ暇すらもなかった。彼はすぐに国王として民の前に立たなければならなかったからだ。


 国の長たる者、民の前で狼狽えてはならない。常に冷静に民を導かなくてはならないとウィルはいつも言っていた。そうして彼は国王となった。


 ウィルが国王になるということは、私が王妃になるということだ。途中まで進んでいた王妃教育もそこそこに王妃としての実務をすることで実践して学ぶことになった。


 ウィルも私もまだまだ未熟だったからサポートする人が必要だと考えられたので私たちのサポートとして王妃様の弟でありヴォンテ家の分家当主であるジェームズさんが来てくれることになった。


 彼は本当に親切で何から何までサポートしてくれた。そのおかげで国が傾くなんてことはなく平民の暮らしは今までと変わりなく、貴族達との関係もこれまで以上に良いものとなり、順調に日々が流れていった。


 国としての現状が安定すると次は後継ぎを望まれるようになった。なるべく早く、できれば男児をと色々な人から言われるようになった。


 すると優秀なメイドたちの手によってすぐに初夜の準備がなされ、元の世界で高校生だった私は勝手にとばされてしまったこんな異世界でウィル相手に初めてを終えてしまった。


 相手がウィルでよかったと思うべきか、もっとちゃんと愛した人としたかったと思うべきなのか。まぁもう何も考えないことにした。


 しかし、子供というのは異世界であってもそう簡単に出来るものではなかったようで、私は夜にウィルと過ごす日が週に一度、ある曜日に決められて、妊娠したとわかる時までその時間は続けられた。お互いに忙しくなってしまったのでその時間だけが唯一共に過ごせる時間だった。


 そんな日々を数年続けてついに私のお腹の中に一つの生命が宿った。


 気がついたのは、城に住めるようになって整えられた食生活を送れたおかげでしっかりと来るようになっていた月のものが来なくなったからだった。


 それがわかった日には王妃様がご懐妊された!と城の中では大賑わいで、どこから情報が漏れたのかまだ出産もしていないのに街ではお祭り騒ぎだったようだ。


 国中が喜びの声をあげているのに、当の本人である私とウィルはまだ子供ができたという実感が湧かないのか、親になるという感覚がわからないのか、それともこれから先の不安からかあまり嬉しそうな顔をしていなかったと覚えている。


 さてここで一つ、豆知識?この世界はさまざまな魔法があるけれど生まれてくる子供の性別を判定するものはなく、性別は生まれてみないとわからないらしい。


 別の国では占い師という職種の人が占ったりもするようだけど、半分当たって半分外れると聞いた。まぁ適当に言っても50%の確率で当たるからね。それはそうなるよななんて思ってしまった。


 ほとんどの人から後継ぎとしての男児を求められるけど、私は生まれてくるこの子が男の子でも女の子でも目一杯愛したいと思っている。


 妊娠中は色々と大変だったけど、癒しの魔法である光属性の適性が高いおかげか想像していた以上につわりはなかった。


 ただ困ったのが、せっかく忙しい中時間を作ってお腹の中の赤ちゃんの様子を見に来てくれているウィルを含めた男性の匂いというか体臭というかそういった何かに気持ち悪くなってしまってウィルと会う機会がどんどんと減ってしまったことだった。


 今思い出せばこの頃からだったと思う。ウィルとの心の距離が遠くなり始めたのは。


 そして妊娠発覚から八ヶ月後。生まれてくる子供がどの性別でも大丈夫なように準備を整えて、ついに私とウィルの子供がこの世界に生を受けた。命をかけて産んだ我が子を初めてこの手で抱いた時の感動を私は今でも覚えている。


 生まれてきたのは可愛らしい女の子だった。瞳はウィルと同じエメラルドグリーンで、髪は多分私たち二人と同じで光り輝く金色の髪ロイヤルブロンドになるだろう。


 私達の子はシャーロットと名付けられ、多くの人々に誕生を祝福された。


 しかし、人間というものは本当に勝手な生き物で、男の子ならよかったのにと言う者や次は男の子をお願いしますとすぐに次を生ませようとする者もいた。


 その者たちのせいで出産から数ヶ月しか経っていないし、体調も戻らないのに私とウィルの生活は妊娠前と同じになってしまった。


 しかし、どうやらウィルは私と過ごすことが嫌になってきていたようで前は時間ができたら会いに来てくれていたのにこの頃には決められた曜日の夜にだけやってきて必要な行為をし、朝私が起きるより早く去っていくようになっていた。


 そして、それと同時期くらいにウィルによくない噂が流れ始めた。


 それは毎晩美しい女性を自室に連れ込んでいるというものだった。しかも日によってその女性が変わるというのだからいただけない。


 ある日は、この国一たわわに実った二つの果実をお持ちの年上のお姉様。


 またある日は扇情的なデザインのドレスを恥ずかしげもなく着て男性を煽る魅惑的な女性。


 別の日は歌と踊りの得意な下級貴族のご令嬢。彼女が歌い踊れば全ての男性が魅了されると言われている若く美しい女性。


 彼の部屋に出入りする女性全てが私にない立派なものを持っているものだから、私の身体が彼の好みではないのかと悩んだこともあったけど、どうやらそれが理由ではなかったようだ。


 彼の気持ちはもう私には向いていなかった。私よりも別の女性の方が良かった。ただそれだけだったようだ。


 だから彼は私のところにはほとんど来なくなった。


 それでもジェームズ伯父様や大臣、一部貴族に後継ぎの男児をと言われると渋々やってきては無表情で全てを終わらして帰っていく。


 今日だってそうだ。彼はもう私を置いて何も言わずに出ていってしまっている。


 ウィルはどんどん私と関わる時間を減らしていった。そうやって作った時間を彼女たちと過ごし、彼女たちの気を引くためかたくさんの贈り物をするようになった。初めは彼の持つお金からだけだったが、味を占めた彼女たちの欲求は収まるところを知らないようで更に高価な物を求め、他の女よりも良い物を欲するようになったようだ。


 ウィルは自分の持っていた財産でたりなくなったのか、それとも国王だから好きに使っていいと思ったのか国の予算にまで手を出し始めた。


 愛人を作るくらいは別に私自身ウィルを愛していたわけではなかった(元の世界に帰りたかったから選んだだけ)ので国民に気付かれないように上手くできるなら好きにすればいいと思っていた。


 そもそも、魔法も勉強も学園どころか国中を見てもトップクラスと言える実力を持ち、誰もが羨み、見惚れない人はいないレベルの美しさを兼ね備えた婚約者グレースがいても、ソフィアのことを好きになってしまうような男だ。


 こうなってしまうかもしれないなんて、この話を聞いた人たちなら最初からわかっていたことなのかもしれない。帰りたかっただけの私はそんなことは考えていなかった。


 私だけを愛して欲しいだなんて思っていないし、何より私だけを愛し続けてもらえるとも思っていなかった。


 でも国を運営する予算に手をつけるのだけは本当に良くなかった。許せなかった。それで一番初めに苦しむのは、困るのはソフィアの両親も含まれる平民たちだ。


 これに関しては妻として、王妃らしい仕事はほとんどできていないけどこの国の王妃として一言言わないとと思った。


 だから、私は数少ないウィルと会える時間を見計らって彼に話をしようと申し入れたが彼は話すことなどないと言って立ち去ってしまった。


 私は止めることができなかった。


 ウィルは愛人のために国のお金を使い続けた。まだその時には些細な金額だったそれはいつの日か国を簡単に傾けられるほどの金額になってしまった。


 足りなくなった分は国民から税として取り立てよとウィルは指示を出す。


 少ない給金を取り上げられ、食事にありつけず死んでいく人が後を絶たなくなった。


 少しずつ国王に対する国民の不満が溜まっていき、ついに各地で反乱が起き始めた。


“税を一時的になくせ”

“贅沢三昧な国王とその愛人を追い出せ”

“ルーカス様かノア様に王位を譲れ”


 各地で国王に対する抗議の反乱が起きる。そんなことを気にも留めていない貴族たちの後継ぎの催促にまた昨日もウィルは私のもとに嫌々足を運んだようだった。


 私からすると、いつもの愛のない行為を終えて疲れて眠り、今に至るというわけだ。


 ポツンと取り残された部屋で、とりあえずネグリジェだけを身につけてメイドを呼び服を着替える。


 着替え終えると待ってましたと言わんばかりに部屋に入ってきた3歳になった我が子シャーロットを抱きしめる。


「おはようございます!おかあさま!」


「おはよう、ロティ」


 朝の挨拶をしながら優しく頭を撫でてやると、可愛らしい我が子は嬉しそうにその手に擦り寄った。


 本当に我が子が一番可愛い!!


 親バカになる人の気持ちがわかるなぁなんて毎日考えている。この子のおかげで今も私は幸せを感じて生きられる。


「きょうもおとーさまはいないのですか?」


「そうみたいね。ロティはお母様と二人は嫌かしら?」


 ちょっとだけいじわるを言うと、ロティはお母様を悲しませた!とすごく申し訳なさそうな顔をした。


「ロティ、おかあさまといっしょなのうれしいです!おかあさまがいるならそれでいいの!」


 身振り手振りで精一杯伝えようとしてくれるロティが愛しくてたまらない。私の顔に笑顔が溢れることがわかった。


「ありがとう、私もロティが元気でいてくれればそれが一番幸せなのよ」


 そんな風に二人だけで会話をしたり、食事をしたり遊んだりして日々を過ごしている。ロティは父親の愛を知らずに育っているけれど、それでも私の愛を一身に受けてすくすくと健康に育ってくれている。


 この世界に来たばかりで誰も頼る人がいなかった私を見つけ、愛し、守ってくれていたウィルは、もう私を愛していないけど、命をかけて産んだ愛しい我が子シャーロットと幸せに暮らすことができている。私は本当にそれだけで十分だった。


 苦しい思いをして生きている国民がいるというのに、一番安全な場所でぬくぬくと過ごす私はこの日々がずっと続けばいいと思っていた。


 そんなことを考えてしまった罰だろうか、この世界は本当に残酷に私達の未来に牙を剥いた。


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