第24話 物語の終わり、そして元の世界へ

 衛兵に連れられてグレースさんが立ち去った後を追うように、ミラさんもこの場から退出した。


 二人が立ち去った後を、忌々しそうに見つめる人や寂しげに見つめる人、もう興味を無くしたのか退屈そうにウィルの言葉を待つ人と色んな反応が見てとれた。


「今日のことはグレースの処罰が決まり次第しっかりと話をまとめて国民全員に向けて発表する。それまでは各自報告は両親までにしておいてくれ。皆、時間を取ってすまないね。この後のパーティーも気にせず楽しんでくれ」


 ウィルの言葉を皮切りに、少しずつ話したり軽食を食べたりとパーティーを楽しむ人たちが増えていき、すぐにまた私達が入る前の賑やかさに戻っていった。


 ウィルはそれを確認した後、私の方に向くと、優しく微笑んで


「今日はお疲れ様。


たくさんの人に注目されて疲れただろう?今日はもう帰ってゆっくり休むといい。友人グラシアール嬢もきっと君の帰りを待っていることだろう。


私は今まであまり関わらなかった生徒達と交流をする予定だから送ってあげることはできないけれど代わりにマーカスに送らせよう。任せていいかな?マーカス」


と言った。


 ウィルの後ろに立っていたエルデ先輩はなんてことないかのように


「もちろんです」


と言った。


 ウィリアム王子の婚約者になるとは言え、今までグレースさんにはあまり送り迎えなどをつけてはいなかったようなので、この会話が聞こえていた人は少し驚いたような顔をしていた。


 寮までエルデ先輩が護衛を兼ねて送ってくれることになったので、私はエルデ先輩と二人で寮まで戻ることになった。


 寮までの道中で、あまりにも静かだったのと、毎回ウィルに会う時に送り迎えをしてもらいすぎていることが申し訳なくなった私はエルデ先輩に話しかけた。


「エルデ先輩、毎回送っていただいてありがとうございます!いつもとても助かってます!でも、お忙しかったら断っていただいて大丈夫ですからね!」


 私がそう言うとエルデ先輩が驚いた顔をした後、珍しく私に対して優しく微笑んで、


「お気になさらないでください。


私はこれまでウィリアム殿下の命で、何度も貴女様の護衛をしましたが、貴女様の護衛を面倒だと思ったことはありません。


むしろ、私はウィリアム殿下の大切な人である貴方様を守るという仕事を任せていただけて光栄に思っております。


これはとても勝手な話ではありますが、ルミエール嬢の護衛を任せられる程、私はウィリアム殿下に信頼されているということだと思っておりますので」


 胸に手を当てて誇らしげに語るエルデ先輩に少しだけホッとした。


「そうだったんですね」


「はい、ですのでルミエール嬢が気に病むことなどございません。


また、これからは私の事はウィリアム殿下と同じようにマーカスとお呼び下さい。ルミエール様はこれから王妃となられるのですから。」


 一つとはいえ、歳上の人を呼び捨てなんて難しいけどいずれはできないといけないからとりあえず頷くことにした。


「...わかりました、少しずつ慣れていきますね。」


「はい、少しずつでいいので慣れてくださいね。こう言うのは良くないのですが、王妃が家臣に敬語なんて示しがつかないので」


 その後は二人でウィルのことを話しながら寮までの道を歩いた。これまでのウィルの私の知らないことを教えてもらった。寮に着いたのでお礼をしっかりと伝えて私は部屋に向かった。


 部屋の扉の前に着くと部屋の中からすすり泣く声が聞こえた。パーティーが始まる前から今まで一人でずっと泣いていたんだと思うと申し訳なさで胸がきゅっと締め付けられた気がした。


 自分の部屋でもあるけれど急に開けたら驚くかなと思って、少しノックをして中にいるアメリアに


「ソフィアだよ、帰ってきたから部屋に入るね」


と声をかけてから部屋に入った。


 部屋に入ると、 まず目についたのは、ベッドの上で布団にくるまって、まるで芋虫みたいな感じの見た目になって泣いているアメリアだった。


 そしてそんなアメリアの机の上には、想い人に渡すはずだった青色のリボンと可愛らしい包みで飾られたチョコチップのカップケーキが朝と変わらない状態でそこにあった。


 これがあるということは、お返しがもらえなかったというレベルの話ではなく、そもそもバレンタインの贈り物を受け取ってもらえなかったということなのだろう。


 アメリアは私の声を聞いて、くるまっていた布団の中から顔だけを出して私の方に向いた。涙で濡れた頬に赤く腫れた目、そして染みがついてしまった枕が彼女がずっと泣いていたことを示していた。


「ぱーてぃー、おわったの?」


 上擦った声でアメリアはそう聞いた。私はアメリアに近寄り優しく声をかけた。


「終わったよ。」


「ごめんね、行けなくて...。発表は大丈夫だった?」


 泣き続けるほどに悲しいことがあったはずなのに、パーティーに参加できなかったことを謝罪し、私のことを心配してくれるアメリア。なんて優しい子なんだろうと感動する。


 私は布団越しにアメリアをぎゅっと抱きしめた。急に抱きしめられたアメリアはびっくりした顔で私を見た。そんなアメリアの綺麗な瞳を見ながら私はパーティーであったことについて話した。


・ウィルがしっかりと全体に向けて予定していた内容を発表したこと。

・グレースさんのことを大事に思っているミラさんが一番に反論してきたこと。

・グレースさんとウィルが言い合いっていてすごく怖かったこと。

・グレースさんが王城の地下牢に連れて行かれること。

・グレースさんの処罰はまだわからないこと。

・もう帰って大丈夫だと言われたから帰ってきたこと。


 私の話を全て聞き終わった後、アメリアは静かに


「いろいろとあったみたいだけど、無事ソフィアにとってのパーティーが終わってよかったね」


と呟いた。そして悲しそうに笑って


「わたしの話も聞いてくれる?」


と言った。


 とっても悲しそうな顔をしているアメリアが、私に話すことで少しでもその気持ちが楽になるなら話を聞こうと思ったので私は深く頷いた。


 アメリアは想い人を好きになったきっかけから少しずつ話し始めた。


「彼は、初めて好きになった人だったの。初めて会ったのは両親に連れられて参加したパーティーだったんだけど、実はもっと前から顔だけは知ってたの。


私の家は貴族とはいえ、結構な落ち目なの。それをなんとか立て直そうと皆必死で頑張っているけど、待望の子供だった私も男の子じゃなかった挙句、氷適性がほとんどなかった。


それに焦った親族が私達一族より更に高位の貴族のおじさんに若い娘を差し出す代わりにお金をもらうような契約をしてるの。学園を卒業したらすぐに嫁入りすることになっているの。


私の親はそれが嫌でなんとか娘の私に幸せになって欲しいから親族も納得できるような家の人と恋愛しなさいって言って私に見せた名簿の中の一人だったの。


とってもかっこよくて一目見た時から好きになってしまった。


自分の未来のためにも、私を心配してくれてる両親のためにも、一族のためにも私は今日のバレンタインの贈り物をせめて受け取ってもらわないといけなかったの。


今日の朝は、彼がいつも朝早くに登校するのを知っていたから、彼が来るのを校舎の入り口で待ってた。


五分くらい待ったら彼が来て、私、思い切って話しかけたの。何度かパーティーで会ったことも話したこともあったから名前を呼んだら...」


「呼んだら?」


 アメリアはその続きを言いたくなさそうにして少し葛藤した後、それでもやっぱり聞いて欲しい気持ちが勝ったのか彼女は続きを話し始めた。


「......“すまないが、君は誰だ?”...って」


 アメリアが次に紡いだ言葉は私にとって驚きのものだった。アメリアの言っている何度も会っているがどの程度かわからないけど、顔すら知らないことがあるのだろうか。


「え、パーティーとかで会ってたんでしょ?」


「うん。会話もしたし、結構親同士は知り合いだから何度か会っていたはずなのに...。


確かに、最後に会って話したのは五年くらい前にはなるけど、それでも忘れられてるなんて思ってなかったの!!


それでも、渡さなきゃいけないから恥ずかしい思いをしながら“グラシアール家の長女です”って自己紹介して、贈り物を渡したの...。


そうしたら


“あぁ、巷で流行っているバレンタインというものか。すまないが、家族以外の人間から食べ物は貰わないようにしているので受け取れない。


用はそれだけか?それだけなら俺はこれで失礼する”


って冷たい目でこちらを見ながら言って去っていってしまったのっ!」


 そう言ってまたわあっと泣き出してしまった。


 偉い人が命を狙われるなんてことは私の世界の歴史でもよくあった。きっとこの世界ではそれなりにあることなんだろう。


 その想い人からすれば、知らない人間からの出所もわからない食べ物なんて毒が入っているかもしれなくて食べられないのも当然だ。


 気をつけるべきは毒だけではない。惚れ薬なんかも警戒対象なんだろう。特にアメリアのように貴女のことが好きです!っていう空気感の人からの贈り物は怖いはずだ。人は見た目ではわからないからね。


 まぁ、アメリアがするはずないけども。


 そんなこと考えながら、私はアメリアの背中を優しく撫でながらアメリアに聞いた。


「他の人はどうなの?」


と。


 好きな人を諦めろなんて本当は言いたくないけど、脈なしにも程がある。これは流石にどう頑張っても無理そうだ。


 おじさんと結婚させられることだけでも回避できたらそれなりに幸せになれるんじゃないだろうか。


 それに“初恋は実らない”なんてよく言うじゃない。こういうのはアメリアだけの話じゃなくてきっとこの世界にも、私の世界にもよくあること。


 この先のアメリアの未来がより良いものになるためには一人の人にこだわっていられないのだ。


「ほかのっ...ひとは、こんな感じ」


 そう言って個人情報の書かれた紙の束を差し出した。軽く目を通すけど、私には誰が誰かはわからない。あと、多分だけど贈り物を渡そうとした人はきっと抜かれてるんだろうな。


 でも、ここに残っている人たちは年齢的に去年卒業した人か来年入学する人が多い。私がきっと会うことのない人達だ。もちろん今通っている人もいるけれど、私的にはその人達はお勧めできないななんて考える。


 それでも、まだ会ったことない人たちは顔はみんな優しそうだし、この報告書的にも問題はなさそうだ。


「今学園にいる人達以外ならみんないい人そうだけど、アメリアからしたらどんな感じなの?」


「わからない。私、彼以外の人と恋愛するなんて考えたことなくて...。でも、もうそんなこと言ってられないよね。


えっとね、他の人たちは彼より家柄は劣るけど、それでもおじさんより歳は近いし悪くはないと思う。


でも、もう期限が後一年しかないからほとんど関わってない年上の人たちは無理だから来年入学する子と仲良くなるしかないよね」


「そうするのが一番いいと思うよ。」


 私は少し悩んでアメリアのためにも心を鬼にして厳しいことを言うことにした。今日が終われば私はきっと帰れるはずなのだ。大事な友達であるアメリアに言葉を贈れるのもきっとこれが最後になる。


「これから、アメリアのことを思って厳しいことを言うね。


悲しい気持ちはわかるけど、今落ち込んでいても状況は良くならないからね。今日は目一杯悲しんで、明日からはできることをやっていこう?」


 私が話している間、アメリアは私の一言一言に頷きながら聞いていた。


「うん、そうする。ありがと、ソフィアに相談してよかった。」


「少しでもアメリアの気持ちが楽になったならよかった」


 アメリアはなんとか前を向くことができたようで本当によかった。その後は二人で名簿を見ながらどんな人なのかについて話した後、夕食を自分たちの部屋で食べて眠ることになった。


 灯りを消して暗くなった部屋で一人今後のことを考える。


 グレースさんの今後の処遇は私にはわからないけど、多分ゲームに近いことが怒るなら国外追放、最悪処刑になると思う。処刑になりそうなら流石に止めてあげて欲しいとは思っているので書き置きには残してある。私のせいで誰かが死んだなんて、たとえゲームの世界でも目覚めが悪いから。


 ミラさんの方はルーカス王子次第だと思う。彼女はグレースさんの側にはいたけど、直接は関わっていないかもしれない。ルーカス王子のストーリーは読んでいないので、ミラさんが今後どうなるのかは全くもってわからないし、私にはどうしようもないので見て見ぬふりをするしかない。


 結局のところ、ヒロインソフィアをいじめた悪役令嬢グレース王子様ウィリアムの手によって追放され、二人の愛を邪魔する者はいなくなった。


 少し思っていたことや、ゲームで見ていたことと違うけれど、結果としてはゲームと同じようになったと思う。


 ようやくここまで来れたんだと達成感が私の心の中に湧き上がる。今日眠ればきっと帰れるはずだ。


 目覚めたら元の世界の私の部屋が出迎えてくれることを願って私は眠りについた。

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