第23話 断罪の卒業パーティー

「私、ウィリアム・セレスティナは、今日この場で婚約者であるグレース・オスキュリテとの婚約を破棄し、新たにここにいる今代の聖女であるソフィア・ルミエールを婚約者として、未来の王妃とすることを宣言する!」


 手を掲げ、堂々と高らかに宣言したウィルに対して動揺のような困惑のような声が色々なところから上がった。


 こんなことおかしいと思う人がきっと多いはずだけど、誰も何も言えずこそこそと周りの人と話すことしかできないようだった。


 大きな声ではないけれど、それなりの人数が話すと結構な大きさのざわめきになるようだ。これではまたウィルの声が聞こえないかもしれない。


 しかし、ウィルは再び騒つきだした周囲を今更気にも留めることなく、自分の話を続けようとしたがそこに待ったをかけた人がいた。


「お待ちください!」


 ミラさんだった。グレースさんと楽しそうに話している声とは全く違う、凛とした声だった。


 王族の話を遮るような行為が、無礼な行いにあたることくらい彼女なら知っているはずだ。それでも彼女が声を上げたのは、きっと彼女が誰よりもグレースさんのことを大切に思っているからなんだろうと思う。


「...ミラ・ファンミア嬢、どうかしたのかな?私の発言に何か文句でも?」


 ウィルは笑顔でそう返したが、目が全く笑っておらず邪魔をするなと言いたげな様子だった。


 しかし、ミラさんはウィルからのそんな見えない圧力にも屈することなく発言を続けた。


「文句などではございません。ここにいる皆が抱えているであろう疑問についてご説明いただきたいのです。」


 ここにいる皆が、と言われては流石のウィルもその発言を無下にすることができなかったのか、彼女に続きを促した。


「なるほど疑問か。確かに急にこのような話をされて何の疑問も抱かない者の方が珍しいだろう。皆に納得してもらうためにも、その疑問とやらを話してみてくれるかな?」


 その一言のせいで更に背後に黒いオーラを背負ってそうな雰囲気になったミラさん、そしてその隣にはいつもと変わらず口元を扇子で隠し鋭い目つきでこちらを見つめるグレースさんがいる。ほとんど無表情に近いのが怖くて仕方ない。


「では、遠慮なく聞かせていただきます。


私も今代の聖女であるルミエール嬢を王妃にすることがこの国にもたらす利点は重々承知しておりますわ。


それにルミエール嬢がウィリアム殿下と仲がよろしかったことも存じておりますから、ルーカス殿下やノア殿下とではなくウィリアム殿下が聖女様を妃に迎えられる方が聖女様の精神的にも負担が少ないことも理解しておりますわ。


ですので、ルミエール嬢を王妃にするのは私たちも賛成ですの。


ですが!


これまで、物心ついた頃から王妃教育を受け、国王となったウィリアム殿下を支えられるように努力し、尽くしてきたグレース様を婚約破棄してまで第一王妃に召し上げるなんてどう考えても可笑しいのでは?


私はグレース様を第一王妃に、ルミエール嬢を第二王妃にする方がこの国にとってより良い結果をもたらすと思うのですが、ウィリアム殿下はどうお考えでしょう?」


 周りの半分ぐらいの人達もそうだそうだと同調している。何も知らない人からすれば王子が不当にグレースさんとの婚約を破棄し、別の女子生徒を婚約者にしたがっているように見えていることだろう。


 実際のところは、不当に婚約破棄しているわけではないから話が半分くらい違うのだけれど。


「その疑問はもっともだ。


私もね、途中まではグレースを第一王妃に、ソフィアを第二王妃とし二人で協力して国王となった私を支えてもらおうと思っていたのだよ。


この国の二大公爵家の一つであるオスキュリテ家の令嬢と国の宝である聖女が協力し、この国の王妃となれたのであればどれだけよかったか。」


「それはどういう意味でしょう。


ルミエール嬢にとってグレース様が協力する相手に値しないとでも?!」


 自分の敬愛するグレース様が平民如きに下に見られていると思ったのか、怒りを含んだ声でミラさんが私を睨みながら訴えてくる。


「わ、私はそんなこと言ってません...」


 そんなこと言ったこともなければ、思ったことすらもないので私はそう答えることしかなかった。


「でしたらどういうことなのかしら?


貴女がウィリアム殿下に何か言っているのではないなら、何故グレース様が婚約破棄されなければならないの?」


「落ち着きなよ、ミラ」


 ミラさんの近くに寄ったルーカス王子が彼女を落ち着かせようと声をかける。しかし、それは逆効果だったのは誰が見ても一目瞭然だった。


 彼女は目を更にきつく釣り上げてルーカス王子を睨みつけた。女の子に声をかけているルーカス王子を見ている時よりも鋭い瞳にルーカス王子以外が一瞬萎縮した。


「私は今、ウィリアム殿下にお聞きしているのです。ルーカス殿下は関係ありませんので少し黙っていただけます?」


 ルーカス王子は少しため息をつきながらミラさんを諭すように声をかける。


「君が今そうやって憤ったところでグレース嬢の印象や待遇が良くなるとは限らないよ。むしろ、悪くなる一方じゃないの?


グレース嬢のためにもとりあえず、兄上の話をちゃんと最後まで聞いてからにしなよ」


 ルーカス王子にそう言われて、一旦落ち着きを取り戻したのか渋々といった様子で黙った。彼女が己の話が終わるまで口を開かないとわかったウィルがまた話し始めた。


「皆、知っているとは思うが先日ソフィアが何者かによって雇われた男達に拐われた。その時そばにいたグラシアール嬢が私たちに伝えに来てくれたことで、なんとか最悪の事態になることはなかった。」


 その話が今回の件と何の関係があるんだと言いたそうな顔でミラさんはウィルを冷たく見つめているが、黙っていると決めた以上何も言わずに静かにしていた。


「捕らえた男達に話を聞くと、彼らは皆“あの方”と呼ばれる人間を崇拝しており、その人から頼まれた名誉ある仕事だと言った。


その仕事の内容とは、

“聖女を拐い、傷ものにし、ウィリアム王子に二度と近寄れないようにしろ”

というものだったようだ。


ほとんどの者が“あの方”について口を割らなかったが、一人だけ素直に話してくれた男がいた。


彼らに指示を出し、ソフィアを拐わせた犯人がグレース、君だったんだね。」


 みんなの視線がグレースさんに集まる。


 当の本人であるグレースさんはこの話が始まってから一度も口を開いていない。美しい紫の瞳が冷たく静かにこの状況を見据えている。


 パーティー会場に不似合いなくらいしんと静まり返った。誰も話さない。ウィルがグレースさんに問いかけるかのように話したから他の人は一切口を開かない。


 あんなにグレースさんに対することが不当だと訴えていたミラさんでさえ何も言わない。ただ静かにグレースさんが話すのを待っているようだった。その瞳に不安の色は全くなく己の主に問題などないと堂々としている。


 静かな時間が続いた。


 時間になおせばきっとほんの数十秒。一分にも満たない短い時間。それでも私には途方もなく長い時間に思えた。


 いつまでも何も話しそうにないグレースさんに痺れを切らしたのかウィルが少し怒ったような口調で話しかけた。


「何も言わないのかい?グレース。


このまま何も言わないのなら君は罪を認めたとそう解釈するが構わないのかな?」


 ウィルがそう言ってから一呼吸分間を置いた後、ついにグレースさんは口を開いた。


「言いたいことはそれだけでよろしいですか?ウィリアム殿下」


「どういうことかな?」


 二人の周りの空気がビシッと凍った気がした。それくらい二人の纏う空気が悪くなった。主にウィルの方が顕著に。


「静かに聞いていれば、捕らえた男性の発言たった一つで私を犯人だと決めつけているのですか?それ流石に無理がありましてよ。」


「これを聞いてもまだそんなことが言えるのかな?」


 ウィルはそう言いながら、左手を上げてエルデ先輩に合図を送った。合図をもらったエルデ先輩が前へと一歩踏み出した。


 ウィルとグレースさんに軽くお辞儀をした後、エルデ先輩はあの日みんなで聞いた、捕らえた男が話した内容を録音してある水晶を取り出して流し始めた。


 周りの誰かが息を呑む音が聞こえる。誰もが静かにその音声に耳を傾けていた。


 録音された全ての音声を聴き終わったあとグレースさんはため息を一つついてから話し出した。


「人という生き物は簡単に嘘をつけますわ。たとえそれが死の間際であったとしても。何かを成すために、何か大切なもののためなれば誰に対しても嘘をつき残酷な行いをするものなのですよ、殿下」


「ではこの者が私に対し嘘をついていると?何のために?」


「例えば、その方のご家族が危険な目に遭っていて、大切な人を守るためには嘘をつくしかなかったとか、私とは別に“あの方”と呼ばれる方がいて、本当にその人を崇拝していてその人を守るために嘘の証言をしたとかではありませんこと?」


「あくまでも自分は関係ないと言うのだな。ではこれはどうだ?


ソフィアはこれまで学園内で所有物がなくなる壊される、また話しかけても無視されるなどと嫌がらせを受けていたようだ。


その嫌がらせに加担していた学生達に話を聞いたところ、君に指示されて断ろうとしても


“次期王妃になる私に逆らうのかしら?”


と言われて逆らえなかった。本当は嫌がらせなんてしたくなかったと証言している。


それもここにいる多くの生徒がそう証言しているのだ。」


 そう言ったあと、ウィルは上着のポケットから何かを包んでいるハンカチを取り出した。そのハンカチを見た時、私は壊れたペンを思い出してソフィアに申し訳なくなった。


 そのハンカチがつつんでいた物は私が思った通り、ソフィアの大切な物だったペンが出てきた。あの時と変わらず粉々に壊された状態のままだった。


 周りの人達は小さすぎるためあまり見えないようで、あれはなにかしら?みたいな声が聞こえていた。グレースさんたちもそれなりに離れているので見にくいはずだが、ウィルの手元を軽く一瞥した後すぐに目を外した。


「これはソフィアが一番大切にしていたペンだったものだ。


ある日の昼食時になくなってしまったと悲しんでいたソフィアと一緒に探すと、これが粉々に壊された状態で君の机から出てきた。


これらに関してはどう説明するつもりだ?」


「説明も何も、私はそれらには何一つとして関わっておりません、としか言えませんわ。」


「これだけの証言と証拠がありながら認めないと言うのだな。」


「やっていないことを認める訳には参りませんから。そんなことよりも、国王陛下と王妃様の了承はとっていらっしゃるのですか?


許可もなしにこのようなことを学園のみとはいえ、全体に向けて発表するなどあってはならないことですよ?」


「君が心配することではないが、きちんとお二人がこの件について承諾したという内容の手紙が届いているさ」


「最近学園にきた馬車は王妃様のご出身であるヴォンテ家のものだけだったと記憶しておりますが」


「そうだね、叔父上が代理で届けてくれた。それだけだが問題があるのかな?」


「......国王陛下と王妃様もウィリアム殿下と同じお考えということですね。」


「あぁ、そう受け取ってもらって問題ない」


「でしたら私からここで申し上げる事はもう何もありませんわ。」


「本当に認めないのだな」


「もちろんですわ。私にはどれも身に覚えのないことですから」


「残念だよ。罪を認め、謝罪することができたのであれば少し処罰を軽くしようと検討していたと言うのに。」


「あら、そうでしたの。でも残念ながら私は謂れのない罪を認めるほど弱い女ではありませんわ」


 二人で問答をした挙句、最後まで罪を認めなかったグレースさんにウィルは呆れたように息を吐いた。


「......衛兵、連れて行け。拘束し部屋に監禁しておいて、後日王城の地下牢に収監しろ。


この国の聖女を殺そうとした罪を償わせるのだ。」


 何処かからか出てきた衛兵二人がグレースさんの隣に立つ。拘束しようと手を出すと彼女の持っている扇で軽く制された。


「私は逃げませんわ」


 堂々とした様子で立っている彼女に、衛兵二人がどうすべきかとウィルの顔を見る。どこか怒りを含んだ表情のウィルが衛兵に向かって


「...拘束はいい。早く連れていけ」


と指示を出した。


 グレースさんを拘束することを諦めた衛兵達に連れられて彼女がパーティー会場から出るために歩いていく。


 開かれた扉の前にたったグレースさんは一度こちらに向き直り、これ以上ないくらい美しく微笑んだ。


「この国の益々の繁栄を願っております。それでは皆様、ごきげんよう」


 制服のスカートの裾を軽く持ち上げ、美しいカーテシーを披露し、彼女は確かな足取りでこの場を去っていった。



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