第22話 大切な人とパーティーを天秤にのせる
そして遂にパーティーの時間になった。
私はウィルに連れられてパーティー会場入りすることになっている。
パーティーとはいえ、学園で行うものだからドレスコードは必要とされていない。制服を着ていれば問題ないのだ。
パーティーはちゃんと一般科と貴族科に分けられている。一般科も貴族科もどちらも卒業生は全員参加できるようになっている。ただ、一般科は生徒数が多いので在校生は二年生だけ参加できるようだ。
逆に人数が少ない貴族科は在校生は参加したい人が参加するということになっている。この卒業パーティーは成人前の数少ない社交場の一つで貴族の学生たちにはとても大事な場であるから、基本的に体調不良にならない限り、ほとんどの生徒が参加する。
つまり、グレースさんもミラさんも参加するということだ。
まだ犯人だとバレていないと思っているだろうからきっと彼女たちはパーティーに来る。そこで証拠を突きつけ捕らえるのだというのがウィルの考えのようだ。
そのために犯人は現在調査中としているし、犯人が見つかったのでは?という噂にはウィルが自分に近しい人に、
“犯人が巧妙な手口で自分にたどり着く証拠を全て消しているのでなかなか辿り着けなくて困ってる”
という話をしておいているので、犯人を特定したとはまだバレていないはずだ。
また、グレースさんたちを絶対にこの場にくるように仕向ける為に、発表することがあるから参加できるものは必ず参加するようにと生徒会からの通達も出ているようで、それに今日体調不良を訴えている生徒もいないので全員参加する予定のようだ。
今、私とウィルはパーティー会場の近くの待機室でエルデ先輩から全員集まったという知らせが入るのを待っている。知らせが来たらすぐに会場に行く手筈になっている。
これまでの人生にない大舞台のようなものに私は少し緊張していた。またこのままうまくいったら元の世界に本当に帰れるのだろうかと不安になる。あまりの緊張と不安に私の手が冷たくなって震えている。
そんな私に気がついたウィルが近くに移動してきて、震えている私の手を己の手で包み込んだ。
「大丈夫だよ、きっと上手くいくさ。それに君のことは私が必ず守る。だから大丈夫だよ」
そう言って笑いかけてきてくれた。
しかし、ソフィアが主人公のゲームだから確実にうまくいくことはわかっているから私のこの漠然とした不安を取り除くことにはならなかった。
それでも、ウィルがそばにいるという事実が私の緊張を少しだけ和らげることができた。私の顔に少しずつ笑顔が戻ってきたのがわかったウィルがホッとしたように私の手を離して元々座っていたところに戻った。
そして私に温かい飲み物を差し出した。
ウィルと初めてティータイムを過ごしたあの日、紅茶が苦くて飲めなかった私のためにウィルは甘い紅茶やココアのような飲み物を用意してくれるようになった。
今日はココアだ。いつも通り程よい甘さでとても美味しかった。
二人でココアを飲みながら話をして待っていると少しずつ外側賑やかになってきた。生徒が集まってきているのだろう。きっともうすぐエルデ先輩が生徒が集まった知らせに来ることだろう。
しばらくすると、廊下からの賑やかな声は聞こえなくなり、そしてなぜか申し訳なさそうにしたエルデ先輩が部屋に入ってきた。それにいち早く気付いたウィルが声をかける。
「どうしたんだい?マーカス。何か不都合でもあったのかい?」
ウィルはココアの入っていたカップを机に置きながらエルデ先輩にそう尋ねた。
「実はグラシアール嬢が参加しないと申しておりまして...。それ以外の人はもう集まっております」
とてもとても言いにくそうにエルデ先輩はそう告げた。アメリアが参加しない?何かあったのかなと不思議に思っているとウィルもそう思ったようだった。
「なるほど。どうしたものか。グラシアール嬢は体調が良くないのかな?」
今日の朝出かけて行く時にはとても元気そうで、誰だかわからない想い人の彼に贈り物を渡して想いを伝えてくると意気込んでいたのになぁと最後に会った彼女を思い出す。
「わかりません。
ただグラシアール嬢のご友人に話を聞いたところ、今日のパーティーは参加できないと泣きながら伝えて寮の部屋に篭ってしまったようで...」
「何かあったのだろうか、心配だね」
「はい、とっても心配です。アメリアは大丈夫なんでしょうか?アメリアの友人は他に何か言ってませんでしたか?」
「いえ、特には。」
「そうですか...」
泣いていたということは、アメリアの想いは彼に伝わらなかったということだろうか。あんなにも頑張って作っていたのに、こう言うのも何だけどあまり自由にできるお金の少ないアメリアがその人のために少ないお金を使って材料を用意したのに、受け取ってすらもらえなかったとしたらとても辛いだろうなと、アメリアの現状を想像する。
もちろん、これは考えうる最悪の場合であって受け取ってもらえたけどいい返事じゃなかったとか、単純に他のことかもしれない。
これだけ私は考えているけれど、結局のところ、本人に聞いてみないとわからないのだ。
だからできることなら私は今すぐにでもアメリアのところに行って何があったのか、大丈夫なのかを聞きたい。
アメリアはこの世界でできた一番の友達だから泣いているのにそばにいてあげられないのがすごく辛い。
そんな私に気が付いたのかウィルが諭すような口調で私にとって残酷な言葉を告げた。
「ソフィア。
グラシアール嬢のことが心配だと思うが、他の生徒は集まっているようだから私達は今すぐにでもパーティー会場に行かなければならない。
グラシアール嬢は発表の内容をしっているから絶対にその場にいなければならないということもないし、何より今日のために色々準備してきたことを無駄にはできないからね。」
そう少しだけ申し訳なさそうにウィルが言った。泣いている友人よりも今日のパーティーを優先しろと言っているようなものなので、近くにいる聞いているだけのエルデ先輩でさえ申し訳なさそうな表情になっている。
もちろん、そんなことはわかっている。酷い人だと言われるかもしれないが私が元の世界に戻るにはこのイベントが必要不可欠なのだ。たとえこの世界の友人が泣いているとはいえ、元の世界に戻る以上に優先すべきことではないのだ。
「わかっています。アメリアのことは心配ですが、私にはやるべきことがあるのでそれをしっかりまっとうします。」
そう言うとウィルはホッとしたように笑った。エルデ先輩はまだ気まずそうな顔をしている。
「ありがとう、ソフィア。君ならわかってくれると思っていたよ」
「......では我々もパーティー会場に参りましょうか。私も後ろからついていきます。ルーカス王子とノア王子がパーティー会場に入る扉の前で待っておりますので合流してから中に入ることになります」
「わかった。ありがとう」
私達三人は部屋を出てパーティー会場の扉の前まで歩いて行った。前に着くととびらの隣の壁に背中を預けて立っているルーカス王子がいた。
ノア王子がいない?
「待たせたね、ルーカス。
......ノアはどうしたんだい?」
「あー、んー、なんて言ったらいいのかな。
ほら、ノアってグレース嬢のこと本当の姉のように慕ってたでしょ?ショックであの日からずっと体調を崩してたんだ。
これからのことで手一杯の兄上やソフィアちゃんに心配かけないように今まで隠してたみたいだけど、やっぱり体調が良くならなくて今日は不参加にするって言って帰って行ったよ。
無茶はするなって前々から言ってるんだけどねぇー」
ノア王子、体調不良だったのか。最近見かけないなと思っていたけど、そういうことだったのかと納得する。
「ふむ、そうだったのか。
弟のことくらい心配させて欲しいと思うのが兄として気持ちなんだけれども、そうはさせてもらえないみたいだね。」
ウィルはそう小さな声で呟いた。
隣にいた私には呟いた言葉のほとんどが聞こえていて、その横顔があまりにも寂しそうだったから彼の手を優しく握った。
はっとした表情になったウィルが私に握られた手を見つめた後、何かを決心した様子で口を開いた。
「ありがとう、ソフィア。そうだね、私にはやるべきことがある。次期国王である王子としてのやるべきことが。
ノアには後でしっかり話をするよ。兄としてね。
皆準備はいいかな?それでは会場に入ろう」
ウィルのその言葉を聞いた後、エルデ先輩とルーカス王子が左右に分かれてそれぞれ扉を開けた。
中には見たことのある生徒や全く見たことのない先輩とか一年生とかだと思われる生徒、そして貴族科の先生がいた。
みんなが思い思いに会話したり飲み物や軽食を楽しんだりしながら過ごしていたようだが、扉が開いたために見ながらその動作のままこちらを向いている。
そしてウィルやルーカス王子を見つけると女の子たちは好きな人や憧れの人に出た会った時のように色めき立った。
男子生徒も王子たちがパーティー会場に来たことで皆背筋を伸ばし良い印象を与えようとしているようだ。
そんな様子だった彼らはウィルの隣にいるのが私だとわかった瞬間に様々な表情に変わってしまった。
ウィルはそんな様子に気付きもしないのか、それとも気付いた上で気にしていないのかわからないがウィルは私をエスコートしながらパーティー会場の中心へと進む。
パーティー会場はとても美しい部屋で、白で統一された上品なテーブルやイスといった家具や煌めくシャンデリア、有名な画家のものであろう絵画や彫像などといった調度品の数々がこの場所を彩っている。
豪華絢爛とまでは言わないけど、こんな空間が学園にあっていいのかと思うくらいにはすごい仕上がりになっている。
綺麗な建物とか景色とか見ることがそれなりに好きなので、こんな場合じゃなければ素直に楽しめたのになぁなんて思いながら私はウィルにエスコートされて歩く。
そんな様子を見た周りからコソコソと話す声が聞こえてくる。
「どうしてウィリアム王子は婚約者じゃない女の子をエスコートしてるのかしら?」
「あれって噂の聖女様だよね?」
「もしかしてウィリアム王子に見初められたとかかしら...」
「なんであんな平民如きがウィリアム様に選ばれるの?!意味がわからないわ!」
「平民でも王子に見初められるなら、私にもルーカス様に見初められる可能性があるかしら?」
などなど、基本的には批判的なものが多かった。中には困惑といった様子のものもあったり、純粋に平民にチャンスがあったなら自分にもとルーカス王子を狙ったような発言をする者もいたりしていた。
こちらを見ているほとんどが悪意や敵意のある視線だった。その中心となるべき人たちの視線はその誰よりも冷たいものだった。
奥義によって隠された口元に、冷たくこちらを射抜く瞳、そして彼女たちから発せられるオーラのような気迫のような何かに恐怖を感じた。
その瞬間私は思い出す。実力測定で、アシェル先生が壊さないと言った的をさも当然のように壊してみせた彼女たちの魔法を。
彼女たちが本気を出せばいつでも私なんて倒せるという事実に今更気付き恐れが勝ってきた。収まったはずの震えが彼女たちを前にするとまた戻ってきた。
そんな私に気がついたウィルが、グレースさんとミラさんの視線を遮るように私の前に立った。そしてエルデ先輩が全員に向かって呼びかける。
「静粛に!」
「ありがとう、マーカス。
皆がパーティーを楽しんでいる時にこのようにその時間を遮ってしまってすまないね。
どうしても皆に伝えたいことがあったため、皆が一堂に会する卒業前パーティーというこの場を利用させてもらうことにした。」
ウィルの言葉にまたパーティー会場が騒つく。なんだ何事だと隣の人や周りの人とまた話し始める。これではウィルの声が届かない。
エルデ先輩もそう思ったのか大きめの声でまた静かにするように呼びかける。
「この国に関する重要な発表である。皆今一度静粛にウィリアム殿下の言葉を聞くように」
騒つくことはあるけれど、ただやっぱり貴族科の生徒たちなので静かになるのは早かった。
周りの生徒たちが静かになったことを確認したウィルが口を開いた。
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