第21話 恋愛イベント?バレンタイン!
あの事件から二週間が経った。
ついに今日、卒業前パーティーが執り行われる。そこでウィルがグレースさんに婚約破棄を突きつけることになっている。
事前にウィルがパーティーで皆に伝えたいことがあると告げているので、生徒たちは何事だとそわそわしているようだった。
“聖女が拐われた事件の犯人がわかったのでは?”と言う者や“こんなおめでたい場で暗い話なわけないもっと喜ばしいことに違いない”と言う者もいた。
みんな噂話とパーティーの準備でとっても忙しいようで私に対する嫌がらせはほとんどなくなった。嬉しい限りだ。
私はというと、とあるイベントに備えてこの二週間忙しく準備していた。
そのイベントとは何か。
二月のイベントと言えば勘のいい人じゃなくてもピンとくるはずだ。
そう、今日は二月十四日。
元の世界でいうバレンタインデーである。
異世界なのにバレンタインデーがあるのかって?
このゲームは何度も言ってるが、日本のゲーム会社が作った物。日本人に馴染み深いように日本の学校や生活であるイベントが盛り込まれている。
学園祭もそうだったし、このバレンタインデーイベントもそうだ。他にもクリスマスのような聖夜祭、花火大会みたいなものも大きな街ではあるらしい。機会があれば是非見てみたいものだ。
この世界におけるバレンタインイベントも、元の世界とほとんど同じようなもので好きな人にチョコレートやクッキー、マカロンのような甘いお菓子などを贈るというものだ。
基本的に女性から贈ることが多いが性別問わず好きな人がいる人が思いを伝えるためのイベントのようだ。
バレンタイン当日に贈り物を相手に受け取ってもらうことができて、そして相手からお返しをもらえると相思相愛だとなり晴れてお付き合いできるというらしい。
平民の間の方がこのイベントは流行っている。貴族は婚約者がいるので高位な貴族ほど関わりはなく、よっぽどの遊び人みたいな人じゃないとこのイベントに関わることはほとんどない。
ただ私が体験したこの世界のバレンタインはゲームだったので、贈ることのできる相手はその時に一番好感度が高い相手のみだった。今回だとウィルになる。
ゲームの世界に入ってしまった今は私の好きなように行動できるので、もしかしたらウィル以外にもあげられかもしれないけど、そんな揉め事を増やしそうなことをできるはずがなかった。
この世界には友チョコ、義理チョコのような概念はないようで
お菓子をあげる
となるようだ。
一週間前になるまで事件のことで己の身を守るために気を張っていたので、実際のところ私はバレンタインイベントのことを忘れていた。
アメリアに一般科の方で流行っているバレンタインっていうのを知ってる?知ってるなら教えて欲しいんだけど、と言われて思い出した。
バレンタインって一番大事なイベントだったじゃん!と。
忙しかったからといっても忘れていいイベントではなかった。これが一番大事なイベントなのだ。何故ならこのイベントが好きな人に思いを伝えるイベントだから。
今思い出したというのを必死で隠しながら私はアメリアに(ソフィアと
アメリアが聞きたがっているのはきっとソフィアの故郷の方だと思うけど、私の頭に一番に思い浮かんだ思い出は、みさとに“あかりの手作りお菓子が食べたい”と強請られて毎年作っていたことだった。
今思えば、私のバレンタインはみさとのためだけのものだったな、なんてふと思い出して失笑する。
いけない、関係ないことばかり考えてしまうところだった。話を戻そう。
その日初めて知ったことだけど、どうやらアメリアには想い人がいるらしい。アメリアはその相手に思いを伝えたいみたいでバレンタインをその機会として利用できないかと考えているようだ。
その想い人が誰かは教えてもらえなかった。もしいい結果じゃなかった時に恥ずかしいから言いたくないと言われた。そんなものなのかな、なんて思いながら私はアメリアにバレンタインについて教えた。
なるほどと考え込みながらアメリアは私にウィリアム王子に渡すのか聞いてきた。
渡すつもりだけど今まで忙しくてまだ用意できてないことを素直に話すと一緒に買いに行こうと誘われたので快く了承し、その三日後に買いに行った。
本当は二人きりで街を歩いて今までしたことなかった恋バナなんてものをしながら選びたかったのだが、学園内で簡単に拐われてしまった私が女の子二人で出かけることを許してもらえるわけもなく、護衛として新任で暇そうだからとクレイ先生がついてくれることになった。
学園が用意してくれたクレアフュール学園の紋章が入った馬車に乗って街まで行き、それなりにお菓子を売っている有名なお店をいくつか見てまわった。
しかし、どれも有名なお店なだけあって結構お値段のする物ばかりだった。
私はソフィアが神殿からもらったお金を持ってはいるが、私がいなくなった後帰ってくる本物のソフィアのためになるべく残しておきたいのであまりにも高すぎるものは買えない。
アメリアもグラシアール家そのものがそこまでお金持ちではないらしく、二人とも買うのはやめて作ろうという話になった。
食材とかを売っている市場に馬車で移動した。道中でアメリアと相談して簡単なカップケーキを作ることにしたのでそれの材料を買った。シンプルだけど可愛いくて女の子らしいカップも雑貨屋さんで買った。
この世界のバレンタインは、元の世界のようにチョコレートを渡すのが主流!チョコレートを買おう!なんてことはなく甘いお菓子ならなんでもいいようで助かった。
この世界、元の世界と比べてチョコレートはちょっとお高めだったからほんのりと気持ちだけ飾れるように二人で割り勘してチョコチップだけ買った。
後は帰るだけとなって、アメリアと馬車に揺られながら話をしていると何やら外が騒がしくなった。出てこないようにと明るい声でクレイ先生が私たちに注意する。
窓からこっそり外を確認すると十人弱の男達に囲まれていて、どうやら私たちは襲撃というものにあっているようだった。
裏で指示を出している人がもう後に引けなくなったのか本気で私を殺しにきているのかもしれないと思うとすごく怖かった。
でもすごかったのはクレイ先生が、御者の人と協力して二人でその全てを倒してしまったことだった。どうやらその御者さんとクレイ先生は幼なじみで今回の聖女の護衛として彼も雇われていたようだった。
二人のおかげで私とアメリアは怪我一つなく学園に戻ることができた。
寮の前で馬車から降りて、アメリアと二人で御者さんとクレイ先生にお礼を言って寮に入った。買ってきた食材は寮の中にある食堂の冷蔵室のすみをお借りすることができたのでそこに作る日まで保管させてもらうことになった。
そして、昨日私とアメリアは食堂のキッチンの一角を昼過ぎにお借りしてチョコチップのカップケーキを作った。
ゲームで見たものとなるべく同じになるように出来上がったカップケーキをシンプルな薄い緑色包装紙を使ってラッピングした。仕上げはウィルの瞳と同じ色のリボンで飾り付け。
緑色ばっかりだけど、うん、我ながらいい仕上がりだ。
満足気に出来上がった物を眺めていると、ウィリアム王子に渡すのにそんなにシンプルな物でいいの?ウィリアム王子に贈り物を渡す人は多いのにそんなのじゃ目立たないし記憶に残らないよ?とアメリアに聞かれた。
高価な物ならきっとこれまでにたくさんもらっているだろうし何より目立たなくていいのだからこれでいいと笑うと、変なのと言いたげな顔で自分のカップケーキの方に向いた。
だってウィルに選ばれるのは、主人公であるソフィアとこの世界が決めているのだから。他に負けるはずないのだ。
そんな質問をしてきたアメリアのカップケーキは可愛らしい模様の包装紙でラッピングしてあり、リボンは青色だった。
この世界では、贈り物のリボンには贈る側か受け取る側の瞳の色や髪の色などにすることが多いらしいからもしかしたら相手の色なのかななんて思う。
しっかりとラッピングされた小さな包みを大事に持って私たちは自室に戻った。それぞれ自分の机に置いて、夕食を済ませてその日は眠りについた。
そして、今日に至るということだ。
アメリアはもう部屋を出ている。その手にはしっかりと贈り物のお菓子が握られていた。
なんでも、渡す相手が先輩でその人も早めに来る人だから人の少ない朝のうちに渡しておこうという話だった。
私は急ぐ必要はなく、パーティーが昼過ぎからなので昼前にウィルと会う約束をしている。
昼前まで自室でゆっくりとこれまでのことを振り返ったり、今後のことを考えながら時間を過ごすことにした。
今日のイベントが終わると多分私は元の世界に帰ることができるはずだ。確信はないけど、そうであってくれないと困る。
帰ることができた場合、この世界は無くなるのか、それとも本物のソフィアが戻ってくるのか。
もし戻ってくるとしたら私がソフィアの記憶を受け継げたように、ソフィアも私の記憶を受け継げるのだろうか。
受け継げなくても戻ってきたソフィアが苦労しなくてもいいように書き置きを残しておきたいと思う。
机の上に数枚の紙と封筒、ペンを用意して書くことを考える。
内容としては、今まであったことや人間関係についてなど。特にウィルに関することは重点的に書いておこうとこれまでのことを思い出す。
ウィルと初めて会った日のこと。
グレースさんやミラさん、ルーカス王子と話したこと。
魔力測定と実力測定のこと。
ウィルと昼食を共にしていること。
学園祭をウィルと見てまわったこと。
色々と書きたいことはいっぱいあるけど些細な思い出は書きすぎると紙が足りなくなってしまうから要点を絞って書かないといけない。
となると最近起きた事件の方を多めに書いておくべきかな、と考えてまた思い出す。
第二王妃になる予定だったけど、グレースさんが婚約破棄されるから王妃になるのはソフィアだけだということ。
少し前に拐われ、その後街に出かけた時に襲撃にあって、その首謀者がグレースさんだったということ。
そして、今日ウィルがグレースさんとの婚約を破棄することの発表がされること。
出来事に関してはこのくらいでいいかな。あとは人間関係について軽く書いておこう。
ウィルとは婚約するくらいには仲がいいこと。
ルーカス王子やエルデ先輩とはそれなりに世間話できるくらいには仲がいいこと。
ノア王子とは接点がほとんどないこと。
アメリアというルームメイトとは本当に仲が良いこと。
それ以外の生徒とは基本的に険悪なので基本的には話しかけない方がいいこと。
人間関係についてもそれなりに詳しく書くことができた。それにしてもそこそこの量になってしまって紙一枚に入りきらなかった。
でもこれを見ればソフィアがそれなりに困らないで済むんじゃないかと思えるできのものが仕上がった。しっかりと封筒に入れて机の中に隠すように入れた。
そんなことをしていたらちょうどいい時間になったので私も部屋を出ることにした。
朝だからとアメリアが空気の入れ替えに開けた窓から入ってきた冷たい風が部屋を出ようとした私の頬を撫でる。
「...やっとここまで来れた。きっと帰れる」
私はそう呟いて、緑色の包みを大事に鞄に入れてウィルとの約束の場所に向かった。
***
約束の場所はいつも通り生徒会室。
普段なら他にも生徒会のメンバーがいるけど今日は人払いしたらしく私とウィルの二人だけだった。
ウィルの生徒会の仕事が終わったのを見計らって私はウィルに話しかけた。
「ウィルに渡したい物があるんです」
「何かな?」
「バレンタインって知ってますか?平民の間で流行っているイベントなんですけど」
「もちろん知っているよ」
「私もウィルに渡したいと思ったので、お菓子、手作りしました...よければもらってくださいっ!」
両手でお菓子を持ってウィルの方に差し出す。手作りダメだったらどうしようなんて不安が今更ながら溢れ出す。
そんな私の不安を振り払うかのように、ウィルはとても嬉しそうに私の手からお菓子を受け取った。
「ソフィアの手作りかい?すごいね!とても嬉しいよ!ありがとう。昼食後にでもいただくよ」
ウィルは大事そうにお菓子を机の上に置いて、机の引き出しを開けて何かを取り出した。
シンプルだけどそれでいてちゃんと豪華さを持ち合わせた包みに金色のリボンで飾り付けられた小箱をウィルは私に差し出した。
「今日はバレンタインだから君から贈り物をもらえるかと思ってね、もしもらえたらその場で君にお返しをしたかったんだ。
私のは君のように手作りではないけれど、君のことを思って選んだお菓子だよ。受け取ってくれるかい?」
「もちろんです!ありがとうございます!大事に食べますね!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。今日はここに昼食を用意するようにしているから、一緒に食べてパーティーまでここで過ごすといいよ」
そう言ってくれたウィルの言葉に甘えて、今日はパーティーの時間までここで二人でお話ししながら過ごした。
私の作ったチョコチップのカップケーキをウィルは物珍しそうに見ながら食べて、とっても美味しいと言って笑った。
私もウィルにもらったお菓子の包みを開けてみた。すると中には美味しそうなチョコレートが八個入っていた。
一個取り出して口に含むと口の中いっぱいにチョコレートの甘さが広がった。これまで食べてきたチョコレートの中で一番美味しかった。夢中で食べてると嬉しそうな顔をしたウィルに見つめられていた。
私たちはパーティーまで時間の許す限り、そんな穏やかな時間を二人で過ごした。
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