第20話 誰かにとっての知りたくない真実

 水晶から音声が流れ始める。


 それはあの集団のボスらしき男の声だった。どこか演劇じみていて気味が悪かった。


“我が主はとても悲しんでらっしゃる!国のために人生を捧げて尽くしてきたというのに、良き王妃になるために寝る間も惜しんで勉学に励んできたというのに王子殿下といったらどうだ?”


 良き王妃となるために、というフレーズを聞いた瞬間にウィルの表情が怒りに変わった。


 そんなウィルにお構いなしに魔道具の水晶は音声を流し続ける。


“今まで恋愛など異性など興味がないといった素振りを見せていたくせに、新しく可愛らしい聖女様が現れたらその少女にうつつをぬかし、挙げ句の果てにその平民の聖女を第二王妃にするなど世迷いごとを申し出した!


しかもそれだけでは飽き足らず!我が主に聖女の手助けをせよと申した!聖女と協力し己を支えよと言った!


これがどれだけの侮辱かあなた方に理解できようか!いや、理解できない!なぜなら、このような事をしでかすウィリアム王子殿下をたしなめることすらできないのだから!


無能な王子とその周囲にこの国は任せられない!我が主こそこの国の王になるべきだ!


貴様殿下に対してなんたる侮辱!”


 男の声だけでなく、エルデ先輩の声も録音されているようだ。エルデ先輩の声はウィルや王族に対する侮辱とも取れる言葉に怒っている声色だった。


“侮辱罪で俺を殺すか?あぁ殺すがいい!俺が死んだところであの方は止まらないぞ!


あぁ、グレース様!私は貴方様の創る国を見ることはできませんがこの国の繁栄を願って私はこの命を捧げます!


うぐっ!


どうした?!学園長先生これは一体?


どうやら自害したようですね。自分が証言しなければ証拠になり得ないと思い自ら命を絶ったのでしょう。主の弱みとならぬように。しかし、こちらが一枚上手でした。こうなることも見越して録音水晶を使ってありますから。


では、録音はこの辺にしておきましょう”


 学園長先生が録音を止める声で音声は終わった。生徒会室がしんっと静まり返った。


 音声が流れる間、ウィルはどんどん顔を顰めていき、ルーカス王子は顔を伏せた。ノア王子はだんだんと顔を青くしていき何かを小さな声で呟いている。アメリアは隣で震えている。


 四人がそれぞれの反応を示す中、私はというと結局ゲームと似たようなイベントが起きることに強制力というのはすごいと感心していた。


 ゲームではここまで酷いことではなかったけど、ソフィアに対してグレースさんが主導して嫌がらせが行われていた。


 どんどん悪化していった結果、


“ウィリアム王子に近寄るな。これ以上続けるならお前を殺す”


という脅迫状まで届いた。


 それがグレースさんの仕業だったことが判明したためウィルによって断罪されていた。


 このままいけば、怒った顔をしたウィルによってグレースさんは断罪されるのだろう。結局グレースさんとミラさんの二人と仲良くなれなかったことが悲しく思う。


「これがあの男が最後に語ったことです。」


 エルデ先輩が締めくくる言葉を言った後他の誰かが喋りだすより早くノア王子が口を開いた。


「こんなの絶対デタラメです!グレース様を貶めようとする誰かの策略かもしれません!兄上、考えを焦らないでください!」


 ノア王子が立ち上がりウィルに詰め寄る。ノア王子は、絶対にデタラメだと言い切った自信満々な言葉使いとは裏腹に、どこか焦っており縋るような目でウィルを見ていた。


「ノア、私はお前に十分な時間を与えたはずだ。調べた結果はどうだったかな?無実の証拠は見つかったのかい?」


 ウィルの言葉にノア王子は更に顔を青くして目線は下に向いてしまった。


「......その様子だと見つからなかったようだね」


 悲しそうにウィルが言った。ウィルだって傷つかないはずがないのだ。自分の婚約者がこんなことをする人だったなんてショックを受けているに違いない。


 ウィルだって本当はグレースさんが犯人ではない証拠が見つかって欲しかったはずだ。だから実はノア王子が見つけてくることを期待していたんだと思う。でも見つからなかった。絶望以外の何物でもないだろう。


 それでも気丈に振る舞って、次期国王である王子としての役割を果たそうとしている。


「例えば別の誰かが犯人だとして、ソフィアを拐って傷付けて何の得があるんだい?何もないだろう?


それにだ、指示した人間がグレースだという決定的な証拠があの男の言葉にあったんだよ」


「証拠とは?」


 ショックのあまり言葉を紡げなくなったノア王子の代わりにエルデ先輩がウィルに聞いた。


「私は、“ソフィアを第二王妃にする”ということは一部の人間にしか伝えていないんだよ。それも信頼できる人間のみにね。


私が伝えたのは八人だ。


まず、ソフィアに初めて伝えた時、その場にいたソフィア、ルーカス、ノア、マーカスの四人。


第二王妃とするための了承を得る目的で国王と王妃、偶然その場にいた叔父上の三人。


そしてこのことについてグレースと揉めたくなかったというのと、しっかりと納得してもらいソフィアと協力して欲しいと思ったから伝えたグレースの八人だけだ。


私はね、ここにいる者がこのようなことをやったとは思えない。


ルーカスはこういったことに興味がないし、ノアはグレースを姉のように慕っていただろう?グレースを陥れるようなことはしない。マーカスは私の判断に間違いがあれば、素直に言える関係性だと思っている。


そして、ソフィア。あんなに怯えていたんだ、自作自演など考えられない。


国王と王妃である両親も、叔父上も私が聖女を第二王妃とすることには賛成していた。この国にとってこれ以上の利点はないからね。


消去法ではあるが、グレース以外にこのようなことをして、何か得をする者がいないんだよ。」


「なるほど、確かにそうですね」


 肯定したエルデ先輩を絶望した顔で見上げたノア王子ははっとなって他の人の顔を見渡した。


 残念そうな顔をしたルーカス、このような話を聞いてしまって恐怖を抱いた表情をしたアメリア、そして困惑した顔をしているであろう私。


 誰一人としてグレースさんが犯人ではないと言えない、それどころかこの中の誰もが彼女を犯人だと思っていそうな空気を感じ取ったのか、ノア王子は項垂れてソファーに座った。


「今回のことを踏まえて、私は以前から言っていたことを発表しようと思う。」


「それはつまり......」


誰かが息をのんだ音がした。


「私はグレースとの婚約を破棄する。聖女の出自が何であれ、この国の宝である聖女にたいしてこのようなことを企む人間を私は己の妃にはできないよ。


今決めたことだからもちろんまだ国王の了承は得ていないが、この後すぐに手紙を書き了承を得るつもりだ。


了承の手紙が届き準備が整い次第公表しようと思う。遅くても2週間後、二月にある卒業前パーティーには公表する。


皆には先に伝えておく。異論はないかな?ルーカス、ノア」


 異論はないかなんて聞いてるけど、その声には圧というか王の風格というかそういった類の何かがあって、異論なんて受け付けないといった様子だった。


 ルーカス王子もノア王子も何を言っても無駄だとわかったのだろう。あれだけグレースさんに対することについて食いついて反論していたノア王子でさえもう何も言えないようだった。


「......なさそうだね。


公表するまで他言無用で頼む。また、今日のことについて公開する情報は制限させてもらうよ。


ソフィアを抱いて歩いているところをいろいろな生徒に見られているからね、きっと明日には何があったと聞かれるだろう。


答えていいのは、


クレアフュール学園の生徒に成りすました者が友人といた聖女を拐い危害を加えようとしたこと、


それを生徒会が助けたこと、


実行犯は捕えたが裏で手引きした者については調査中だということ、


この三点のみとする。


大丈夫そうかな?」


 みんなはすぐに顔を見合わせて頷いていたが、私は頭の中でウィルが言った三つのことについて軽く復唱したあと私も頷いた。


 全員の確認が取れたウィルは満足そうに頷いてまた口を開いた。


「それでは、今日はこれで解散だ。ソフィアもグラシアール嬢も急にこのような話を聞かせてしまってすまないね。」


「い、いえ!大丈夫です!」


「ならよかった。マーカスすまないが彼女達を寮まで送ってあげてほしい。私はこれから両親に出す手紙や今回の件について書類を書かなくちゃいけなくてね、送ってあげたいが出来そうにないんだ。頼まれてくれるかい?」


「えぇ、お任せください。


戻り次第、今回の件についての書類の作成のお手伝いさせていただきます。」


「あぁ、ありがとう」


「では、ルミエール嬢、グラシアール嬢寮まで護衛させていただきますね。さ、どうぞ」


 エルデ先輩が扉を開けて退室を促してくるので、軽くウィルに手を振って私達はその場を後にした。ウィルだけじゃなくルーカス王子も気をつけてね〜なんて言いながら手を振ってくれていたのはなんだか友達みたいでちょっと嬉しかった。


 エルデ先輩に寮まで送り届けてもらった私たちは精一杯のお礼を彼に告げて、仕事をするために生徒会室に戻る彼を見送った。


 寮内に入るとたくさんの視線を感じた。


 アメリアも感じ取ったようで私の方を向いた。今日はもう無理だよ、話したくないと言いたそうな顔で私を見るので、私も頷いて二人ですぐにその場を離れた。


 話しかけたそうにしている人もいたけど、私たちが疲れ切っている様子だったおかげか彼らが話しかけてくることなく部屋に戻ることができた。


 部屋に入って二人きりになるとすぐにアメリアは私を抱きしめて涙目になった。


「ソフィアが無事でよかった!!ごめんね、連れ去られそうになってる時に助けられなくて。あの時私がもっとちゃんと助けれてればソフィアがあんな怖い目にあわなくてすんだのに!!」


 責任を感じているようで、すごく申し訳なさそうな顔で私を覗き込んでいる。


「そんなことないよ。アメリアがウィリアム王子を呼んできてくれたんでしょ?アメリアがいてくれたおかげでウィリアム王子が助けに来てくれて、私は助かったんだから!


足も捻挫していたって聞いたよ。それなのに私を助けるために頑張ってくれてたってウィリアム王子が言ってたの。


本当にありがとう。アメリアがいてくれて本当によかった。」


 私がそう言うとアメリアは感極まったのか私に抱きついたまま泣き出してしまった。


 泣きじゃくるアメリアの背を優しく撫でながらアメリアが泣き止むまでそのままでいた。


 しばらくすると落ち着いたのかアメリアは私から離れてタオルをとって戻ってきた。


 戻ってきたアメリアを誘導して二人でアメリアのベットに座る。


 取ってきた可愛らしいデザインのタオルで涙で濡れた顔を拭いて、少しスッキリした顔でこちらを見た。


「落ち着いた?」


 そう声をかけるといつものふんわりとした笑顔でアメリアは明るく頷いた。


「もう大丈夫。今更嘆いても起きてしまったことは変わらないし、ソフィアが無事だからそれだけで充分だよ。


それにしてもとんでもないこと聞いちゃったね。あの場にいたことをちょっと後悔しちゃうくらいの内容だったね」


「巻き込んじゃってごめんね」


「もう、そういうことじゃないってわかってるでしょ?」


 むすっとした顔でそう訴えてくる。もちろんアメリアが謝罪を求めていないことはわかっているけど、巻き込んでしまったことに対する負い目があるのでつい謝ってしまった。


「でも、そっかぁ、ソフィアは王妃様になっちゃうんだね」


 他の人に聞かれたら困るからかアメリアは小さな声で言葉を噛み締めるようにつぶやいた。


「そうみたい。私もあんまり自覚ないんだけどね」


「なんだか、ソフィアが急に遠い存在になった気がするなぁ〜」


「そんな寂しいこと言わないでよ。これから先も私はアメリアと仲良くしていくつもりだよ?アメリアはそうじゃないの?」


「わー!意地悪言わないで〜!


私だってこれから先ソフィアと仲良くしていくつもりだよ!当たり前でしょ!他の人に何で言われようと私がソフィアの親友だもの!」


 そう言ってアメリアはまた私に抱きついてきた。そして私たちはお互いに見つめ合った。そしてなんだかおかしくなってきて二人で笑った。


 今日は本当に色々あった。怖いこともあったし驚くこともあったけど、とりあえず自分とアメリアも無事で本当に良かった。


 この時間のせいでアメリアに王妃になるということが知られてしまったけど、ここ数ヶ月の付き合いでアメリアがどれだけ信頼できる存在であるかは私が一番よくわかっている。きっと誰かに言うことはないだろう。


 本当に良い友達ができたと思う。


 私はもうすぐ元の世界に帰れる予定だからきっと本当のソフィアがここに戻ってくる。本当のソフィアにとってもアメリアが良い友人となれることを願ってその日は眠りについた。




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