第18話 ここは不可侵領域ではないんですか?!

 ウィルに“ソフィアを第二王妃にする”と他の王子や将来の宰相候補の前で言われた日から何日も何ヶ月もの日々が過ぎ去った。気がつけばもう冬になっている。冬休みというものは存在しないので基本的にずっと寮にいるという生活が続いていた。


 私とウィルの関係は今まで以上に深いものとなった。その証拠にシステムが表示してくれるウィルの好感度は他の人にはない“最高”と示されている。これまでの努力が報われた気が少しだけした。


 ただ好感度が最高になったからといって変わったことはほとんどなかった。今まで通り仲の良い二人というだけだ。


 少しばかりウィルの方に重たい恋愛感情(束縛とかはあんまりないと思いたいけど“私以外見てはいけないよ”なんて言われてる)が芽生えつつあるけれど、それには目を向けないことにしておく。


(私がいなくなった後、戻ってくるかもしれないソフィア、ウィルの相手頑張ってください)


 変わったことといえば、昼食の時間だったり温室でのティータイムだったりと二人きりで過ごした後の別れ際、ウィルに頬やおでこにキスをされるようになったことくらいだ。


 他に人がいない場合のみであるとはいえ、結構な頻度でキスされるので少しずつ慣れてきてはいる。


 でもそれをウィルも承知しているのか時折不意打ちでキスしてくるものだから、結局のところ恥ずかしくなって顔を赤くして挨拶もそこそこにウィルの前から逃げるのがオチだった。


 そんな私をウィルがとても幸せそうに愛しそうに見ているというのが偶然その場所を目撃したルーカス王子の証言である。


“兄上が幸せそうでなによりだよ〜”


 なんてちょっと気まずそうに言ってのけた彼の顔が本当に苦虫を噛み潰したようなものだったから私とウィルで笑ったのはいい思い出だ。


実は後日、ルーカス王子からこっそりと


“兄弟のそういう大事な人にしか見せない姿ってのを見るのはなんとも言い難い気持ちになるね、俺もちょっと気にしておかないとな”


なんて言われたのはウィルには内緒の話。


 ルームメイトであるアメリアとの関係も良好だ。好感度もそこそこ高くなってきているようで少しホッとしている。


 少し前に、学園長先生伝いに高級そうなお菓子が届けられた。そのお菓子は実力測定の時に治療したキースさんがお礼にと贈ってくれた物だった。結構有名で令嬢やマダムを中心に人気なスイーツ店のお菓子らしい。この辺はアメリアが教えてくれた。


 そのお菓子を食べながら最近話せていなかった分、ゆっくりと話をすることができたからアメリアとの仲も更に深まったな、なんて勝手に思っている。


 ルーカス王子もエルデ先輩も特に嫌われるようなイベントもなかった。勿論、嫌われるようなこともしないので当然といったところではあるが。


 ただ嫌われるイベントがないのと同じように好感度が上がるようなイベントもなかった。そのため、二人の好感度は今までと変わりはない。


 さて、基本的に今まで仲の良かった人たちとは関係を継続するか、更に仲を深めることのできた数ヶ月間だったが、それ以外の人との関わりは最悪そのものだった。


 ウィルがグレースさんとミラさんに私に対する態度を改めるように、また幼稚な嫌がらせもやめるようにと言ったらしいが本人たちは認めておらず、それどころか嫌がらせへの関与を完全に否定しているようだ。


 ノア王子は二人が犯人ではない証拠を探そうと学業の合間の時間を使って必死に調べているようだ。


 元々身体の弱いノア王子が無理していないか心配なウィルはノア王子と話をしたいと思っているが取り合ってもらえず、今のところは静観することに決めたようだ。


 注意したからといって私に対する嫌がらせが収まったかというとそれはどうやら別の話だったようだ。


 グレースさんたちが犯人ではないのか、それても注意されて苛立っているのか、どちらなのかはわからないが私に対する嫌がらせはなくなるどころか悪化しているように思えた。


 私のことを無視するのは当たり前のことになってしまった。しかも、話しかけた時だけじゃなく存在自体ないものという扱いを受けるから道を通りたくても通れないとか歩いていたら見えてるはずなのにぶつかってくるとか、あからさまにわざとやってるよねっていうことをされるのが増えてきた。


 それに加えて今まで我関せずだったクラスメイトでさえ、少し申し訳なさそうな顔をして私に嫌がらせをするようになってしまった。プリントが私の分だけないとか、先生が見ていないと班活動に入れてもらえないとか結構面倒なことになってきている。


 クラスにも学園にも私の居場所がなくなりつつあった。それでも、アメリアと過ごす自室は安全だったし、ウィルといる時間は彼に守られているおかげで安心して過ごせた。


 アメリアと同じ部屋だから流石に他の人に迷惑はかけられないと思ってくれているのか自室に入られるみたいなことはなかった。だから安心しきってしまっていた。


 嫌がらせが始まってから途中までは警戒していた。二人で過ごす部屋まで嫌がらせの対象になったら困るので、アメリアと相談して平日は授業以外はお互い部屋の外にでない、休日だとどちらかが自室にいる、出かけるのは交代制に決めた。どちらかが必ず部屋にいる状況を作っていたのだ。


 しかし、無理な場合もあった。例えば私が出かける予定の日にアメリアが先生から呼び出されるのような感じだ。何度かそんな日があったが、そんな時でも部屋が荒らされることはなかったからつい油断してしまった。


 珍しく二人とも同じタイミングで外出する日があった。それも長い時間部屋を留守にしてしまうことになった。


 アメリアは学園祭を一緒にまわった子と課題のために図書館に、私はウィルに呼ばれてウィルとエルデ先輩の魔法訓練の見学に行くという用事のために朝の10時から17時くらいまで二人とも部屋を留守にしていた。


 そしてどこからその情報を手に入れたのはわからないが、私達二人が長い時間部屋を留守にする間を見計らって誰かが私たちの部屋に侵入して、私たちの部屋を荒らしていったのだ。


 ソフィアの持ち物だとわかるものは全て壊されており、部屋の物も結構手当たり次第に壊されていた。壊された物の中には当然アメリアの物もあった。


 私が普段持ち歩いている物やノートに書かれた名前などで多少は推測できたようだが、どっちの物かわからないものはとりあえず壊していったようだった。


 先に寮に帰ってきていたアメリアが部屋の前で立ち尽くしていたので何事かと思って中を覗いたら見るも無惨になった部屋があった。


 私達の驚いている様子を見た他の生徒たちが何事だと寄ってきてコソコソと話をしていた。女子寮には女子生徒しか来れないので野次馬のようにやってきたのは全て女子生徒だった。


 そのほとんどがアメリアに対して


“こんなのと同じ部屋だったせいで巻き込まれて可哀想に”


と言いたそうな感じの同情の目線を向けていたり、私に対して不信そうな目で見ていたりしていたがその中で数人だけ笑みを浮かべている人がいたことを私とアメリアは見逃さなかった。


 しかし、そこでどうして笑っていると詰め寄っても見間違いだとか言い訳されるので時間の無駄だとわかっていた私たちは部屋が荒らされただけかと興味を失った野次馬たちが散っていくのを見届けた後、部屋に戻った。


 部屋に戻るとすぐにアメリアが口を開いた。


「いい気味だって感じで笑ってた人が数人いたよね、ソフィア。あの人たちが部屋をこんなに風にした犯人なのかな?」


「わからない。ロゼールさんとその友人は私に対して良い感情は抱いていないみたいだったし、犯人じゃなくてもそういう表情しそうだよ?」


「そうなんだよね、あの三人はそういうところあるからよくわかんないんだよね。


まあ誰が犯人か探すより明後日の授業のために教科書とかの手配を優先したほうがいいよね。」


「そうだね、幸いアメリアの教科書やペンなんかには手を出してないみたいだし、アメリアの学園での生活にはあまり影響がなかったようでよかったよ。」


 そう、アメリアの名前が書かれている教科書やノート、それらが置かれていた机の間は大体無事だったのだ。しかし、二人で勉強するために用意した共用の机に置いてある文具系は容赦なく壊されていた。


「ソフィアは大丈夫?教科書とか全部破られてるけど...。先生とかに相談できたらなんとかなるかな?」


「先生に相談しても多分なんの冗談だってなると思う。先生は私が嫌がらせ受けてるなんて知らないから信じてもらえないよ。


今のところは、私が嫌がらせをされてるって知ってるのはウィリアム王子だけだからとりあえず、ウィリアム王子に相談してみるよ。


一学年上だから去年使った教科書とか譲ってもらえないか聞いてみる。買うお金はないから、最終手段として図書館で借りれないかもウィリアム王子に聞いて考えてみるよ」


 何故か私以上に悲しそうな顔になってしまったアメリアに申し訳ない気持ちになった。


「そっか...。その日に私が使わないものなら全然貸せるからね!ノートもちょっと授業違うからない物もあるけど、必要があったら言って、いつでも見せるよ!」


「ありがとう、アメリア。迷惑かけてごめんね」


「気にしないで!ソフィアは何も悪くないよ。こんな嫌がらせしてくる人が悪いんだから!」


「私のルームメイトがアメリアで本当に良かった」


「私もソフィアと仲良くなれて本当に良かったと思ってる!」


 そんな感じで二人で話をしながらぐちゃぐちゃにされた部屋を片付けて、壊されてしまった物ですぐに替えが必要な物とそうでない物とを分けてリストアップしていたらその日は終わってしまった。


 次の日、一応ウィルと昼食を食べる約束はしていたから待ち合わせの場所である生徒会室に行くと笑っているのになんだか黒いオーラを背負ったウィルと居心地の悪そうな顔をしたエルデ先輩がいた。


 エルデ先輩の顔には“なんで自分までここにいないといけないんだ”と書いてある気がした。


 どうやら“聖女の部屋が何者かの手によってぐちゃぐちゃにされている”といった噂はすぐにウィル伝わったようで、挨拶をして座るとすぐに


「犯人探しは一旦置いておこう。まずはソフィアの学生生活が普段通りに行えるように整えることが優先だ。


何がないんだい?すぐに用意させよう」


と言われた。


 元々昨日のことは全部話す予定だった。その上でこの中で譲ってもらえる物はないかと聞くつもりだったから一応リストは持ってきていたのでウィルに事情を説明しリストを見せた。


 今すぐに必要な物のリストだけを見せると、


「壊されたのはこれだけではないだろう?用意できる物は私が責任を持って用意しよう。遠慮しなくていいんだよ」


 そう言われたのでアメリアと作った二人分の壊された物が全て載っている方のリストを二人の前に出した。


 普段使っている教科書や文具系、授業をまとめたノートに今後使う予定だった新品のノートや付箋、服や靴などなど。


 他にもいろいろな物が壊されていて、あまりの多さにウィルは顔を顰め、エルデ先輩は頭を抱えていた。


「教科書に関しては私が去年使っていた物をこの場に一応用意しておいた。必要な物を持って帰るといいよ」


 ウィルがそう言うと隣に立っていたエルデ先輩がそばにあった紙袋から教科書を取り出してリストにある教科書を改めて紙袋に詰め直して手渡してくれた。


「必須科目はそれでなんとかなるだろう。選択科目の分とノートや文具はなるべく早く用意させよう。


それ以外の物だが、好みもあるだろうし私はあまり女性の服について詳しくないから他の者に用意させて後日届けさせよう。


他にも足りない物があったら言ってくれればすぐに用意しよう。」


と、申し出てくれた。


 申し訳なかったけど頼る以外に私に取れる方法はなかったのでお願いすることにした。


 ウィルは快く引き受けてくれた。そのおかげで私の持ち物は一週間もすればほとんど前と変わりない状態まで戻った。私のせいで壊されてしまったアメリアの持ち物もウィルがついでにと新しくしてくれた。


 そんな感じで私達の部屋がウィルのおかげで元通りになったので今日はそのお礼を言いにアメリアと二人で生徒会室に向かうことになっている。


 普段は自室以外で二人一緒にいることはない。それはアメリアに嫌がらせの鉾先が向けられないようにするためだった。


ただ今回は


“一人で王族や高位貴族のいる生徒会室に入れない、ましてや生徒会室の前で立ってるのも怖いし何より他の女子生徒に見られたくない!ソフィア一緒に行って欲しい!”


というアメリアたっての希望で二人で歩いて行くことになった。私にとっては慣れ親しんだ場所なので快く了承した。


 ウィルに予定のない時間を聞いて昼食の時間の前後なら大丈夫とのことなので昼食前に向かうことにした。私はその後一緒に食事を取るけど、アメリアは緊張して食事が喉を通らないから食堂で食べるためにお礼を言ったらすぐに帰ることになっている。


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