第16話 届くことのない謝罪
昼食の片付けを済ませて、ペンを探すためにウィルと一緒に二年一組の教室の近くの廊下まで歩いていった。
道中にある他のクラスにも生徒が全く残っておらず、みんなもう帰ったようだ。この様子ならもしかしたら廊下にペンが残っているかもしれないと少しだけ希望を持つことができたが、現実はそう甘くなかった。
教室の近くの廊下、加えて二年生の教室三クラス分全てくまなく探したが、ペンが見つかることはなかった。
あまりにも見つからなくて顔から血の気が引いて行くのを感じた。少し動揺して何も考えられなくなった私の手をぎゅっと握ったウィルが安心させるために優しい声で
「ここにはないみたいだね、教員室に行ってみよう」
と言った。
その一言で、教員室にあるかもしれないんだったと私も一度正気を取り戻した。ウィルに手を引かれるまま教員室に向かう。
教員室に入るために扉を開けたウィルが、ちょうどそのタイミングで教員室から出ようとしていたアシェル先生に教員室に来た理由について説明した。
「落とし物の担当をしている先生は二年三組の担任のクレイ先生ですね。今から呼んできますので少しお待ちくださいね」
事情を聞いたアシェル先生がそう言って担当のクレイ先生を呼んできてきくれた。
「では、後はクレイ先生にお任せしますので私は仕事がありますからこれで失礼しますね。ルミエール嬢の大切な物が見つかることを願っています」
アシェル先生はそう言い残して仕事をしに行ってしまった。
残されたクレイ先生と私とウィルの三人は最近届けられた落し物が入っているという箱の中身を確認することになった。
最近何故かよく来る教員室の休憩所の中で箱の中身を見る。
「ここ一ヶ月の間に届けられた落し物はこれだけですね。ここにないようでしたらもしかしたら誰かが拾っていてルミエール嬢を探しているか、忙しくてまだ届けに来れてないかだとは思いますが...。」
箱の中に入っていたのは五つだけだった。可愛らしい見た目の髪飾りに紐の切れたペンダント、化粧ポーチのような小物入れ、男性が好きそうな柄のハンカチ、そして三年生と同じ緑色のネクタイだった。
ここにもなかった。
「ないです...。」
「ガラス細工の施されたペンでしたね、そういったものがもし届けられたらすぐにルミエール嬢にお知らせしましょう。
ですから、あまり気を落としすぎないでくださいね!絶対に見つかりますから!この学園の生徒たちは皆いい子なので、きっと見つけたら届けてくれますよ!」
「はい...」
クレイ先生もウィルも私の現状について多分よく分かってないんだと思う。悪口だとか噂だとかを多分耳にしてないし、私の物がなくなってるとかも知らないのだろう。
だからそんな無責任なことが言えるのだ。
でも、その二人とも私のことを心配してくれていて、たかがペン一つにあまりにも落ち込む私のことをなんとかして安心させようと思ってくれていることもわかっているから私自身心一旦沈めることにした。
「クレイ先生、ありがとうございました。また届けられたら連絡のほどよろしくお願いします。」
「では、私たちはこれで失礼しますね。行こうか、ソフィア」
「はい」
ウィルの後について教員室を後にする。教員室から出たウィルがこちらを向いて優しく微笑んだ。
「荷物をまとめて、今日はもう帰ろうか。私の教室の方が近いから先にそちらに行くね。その後にソフィアの教室に行こうか」
話す気力がほとんど残っていない私は頷くことしかできなかった。そんな私が軽く頷いたのを確認したウィルが、私の手を引いて歩き出した。私達は教員室の前で話した以降、一言も話すことなくウィルの教室まで向かった。
流石に昼食から結構な時間が経っていたのでウィルの教室にも人は残っていなかった。
残っているのはウィルの荷物だけで、それを取りにくるウィルのために前側の扉が開いていたがそれ以外はしっかりと戸締りがなされていた。
ウィルが手際よく荷物をまとめているのを眺めながら私はペンのことをずっと考えていた。
私がもう少ししっかりしていれば、そうすればソフィアの大切なペンがなくなることはなかったのに、と後悔がとまらない。
「ソフィアの教室に行こう」
そう言って手を差し出してきたウィルの手を無意識のうちに握ってまた歩き出す。気持ちが沈みきった私を心配してくれているウィルが定期的にこちらを見るのでその度に“大丈夫だよ”と伝えるために笑って見せた。
そんなことを繰り返しているうちに私の教室についたので、私も荷物をまとめ始めた。
するとそこで、足元にキラリと光る何かが点々と落ちていることに気がついた。荷物をさっとまとめてその光る何かを拾い上げた。見覚えのある色合いのガラス片に嫌な予感が増しながらも私はガラス片を辿った。
そんな私の様子に気がついたウィルも一緒になってガラス片を見る。
そのガラス片は一つの机の下に多く落ちていた。
すぐに手を入れて取り出そうとした私を止めて、怪我をすると危ないからと、私の代わりにウィルが確認してくれることになった。ウィルはハンカチを手に机の中にある物を探った。
「何かあるね」
そう言って、その“何か”を包んだハンカチを机の上に置いた。そして、ハンカチを開いた。
ハンカチの上には粉々にされたペンがあった。ソフィアの大切にしていたガラス細工のペンだった。
「これ、わた...しの、ペンです...。」
粉々になったペンを見た瞬間、目から涙がこぼれ出てきた。
このペンはソフィアの両親が、貴族の学校に行っても浮かないように少しでもいい持ち物を持たせてあげようと、ちょっと無理をしてソフィアに買い与えた物だった。
ソフィアの両親は、父親の方が水属性の治癒魔法を使えるおかげで診療所のようなところに勤めることができているのでギリギリその日の暮らしに困らない程度に生活できていた。
そのため贅沢品を買うとすぐに生活が苦しくなってしまう。
ソフィアは小さい頃から子供ながらにそのことをしっかりと理解していたので、贈り物としてこのペンをもらった時、それを買うとどれだけこれから先の両親が大変な思いをするかがわかってしまった。
これから大変な思いをしても、今以上の貧しい生活になってしまっても、愛する子供の門出に何かを贈りたいと思ってくれていることを知ったソフィアはそのペンを何よりも大事にすると誓ったのだ。
その大切な宝物をこんなにも粉々にするなんて!
これをしでかした人に対する怒りと、ペンを壊された悲しみと無くしてしまったことに対する罪悪感で心がぐちゃぐちゃになって涙が本当にとまらなかった。
ウィルは静かにすすり泣く私の手を引いて抱きしめた。優しく私の頭を撫でる手つきにありし日の両親を思い出した。それは私の両親なのかソフィアの両親なのかはあまり覚えていない。
「泣いていいよ、今は私とソフィアしかいないから。」
ウィルの胸に顔を埋めて私は小さな子供のように声をあげて泣いた。頭に置かれていた手が背中に添えられて子供をあやすように背中を撫でた。
「それにしても誰がこんな酷いことをしたんだ。怪しいのはこの机の持ち主だが、一体この机は誰の席なんだ。」
ぼそっとウィルが呟いた。涙が止まらなくなった私の代わりにウィルが怒ってくれている。
そうだ、この机は確か、そうグレースさんとミラさんの座っている長机だ。
「グレー...スさん...とミラさんの、使ってる...机です」
ウィルの独り言に対して途切れ途切れになりながらもウィルに伝える。珍しく驚いた顔をした後、その顔はすぐに怒りに染まった。
「二人には私の方から話をしておこう。絶対に犯人を見つけるからね」
さっきより強く優しく抱きしめられて久しぶりに感じた人の暖かさに感極まって、少しずつ収まり始めていた涙がまた止まらなくなってしまった。服が涙で汚れることを気にもとめずにウィルは抱きしめ続けてくれた。
しばらくの間抱きしめられたまま泣いた。約十分ぐらい経っただろうか。ようやく心が落ち着いてきて私は一度泣くのをやめた。
ずっと慰めてくれていたウィルにお礼を言おうと顔を上げると今まで以上に近い距離にウィルの顔があった。
ぱちっと目があって、16歳にもなって泣いていたことが恥ずかしくなってきた私は急いで手で涙を拭い誤魔化すように笑った。
「もう大丈夫です、泣いたらちょっとだけ落ち着きました。制服汚してしまってすみません」
「このくらい気にしなくていいよ。君の心と違ってこの制服はいくらでも替えがきくからね。それに、このくらいなら魔法を使えば一瞬で元通りさ」
そう言うのと同時に軽く風が舞って、私の涙で濡れていた彼の制服がさっと乾いた。本当に魔法って便利で凄いと感じた。
「このペンは私が預かっておいていいかな?」
ウィルは優しげな声でそう聞いた。さっき犯人を絶対に見つけ出すと言っていたのできっとそのために使うのだろう。
「はい、いいですよ。持ってても悲しくなってしまうし、何より自分じゃ捨てられないので。いらなくなったら私の確認はいらないのでウィルの手で捨ててください。」
「ありがとう、必ず君をこんな目に合わせた犯人を見つけ出してみせるからね。」
ウィルは粉々になったペンをハンカチで丁寧に包み鞄の外側のポケットに入れた。
そして私の方に向き直り、すっと手を差し出した。
「帰ろうか」
はい、と返事して差し出された手を握った。満足そうに頷いたウィルと、本来なら昼食時に話すつもりだった今日の出来事について話をしながら寮まで歩いて帰った。
寮につくと出迎えてくれたのは、嫉妬や怒り、軽蔑を隠すことなく顔に出して私を睨んでくる女の子たちだった。多分、どれだけ嫌がらせをしてもウィルから離れることのない私にイライラが止まらないのだろう。
私の方を見てまた明日と挨拶をしていたウィルが視線に気がついて彼女たちの方に顔を向けて軽く微笑み手を振ると、甲高い声をあげてうっとりした表情になった。
ウィルがまたこちらに向くと、すぐに顔を歪ませてこちらを睨む。なんて器用な表情筋なんだろうと感心しながら私はウィルにまた明日学校でと返事をして自室へ向かった。
自室に帰るとアメリアが帰ってきていて心配そうな顔をしてこちらに駆け寄ってきた。
「おかえり、大丈夫だった?」
「ただいま、アメリア。大丈夫って何が?また何かあったの?」
「実は......」
神妙そうな面持ちでアメリアが教えてくれたのは私が持っていたペンと似ている物を持った男子生徒が黒髪の縦ロールの女子生徒にそのペンを手渡していたということだった。
黒髪の縦ロールなんて珍しくないし、何より後ろ姿だったせいで女子生徒の方が誰なのかはわからならかったけど、男子生徒は顔をバッチリ見ることができて、その人はアメリアと同じクラスの子らしい。
アメリアはその二人の話が終わってすぐにその子を捕まえて話を聞いたけど、お前には関係ない話だと取り合ってくれなかったそうだ。
ここ数ヶ月、私の物がなくなったり壊されたりしていることを知っていたアメリアはまたソフィアの物が取られていて壊されたらどうしようと心配してくれていたようだ。
「ソフィアの持ち物に何もなかったのならそれでいいの。私の取り越し苦労ならそれでよかったってなるだけだから。
ソフィアの持ち物になくなったものはない?ちゃんと確認して欲しいの」
「教えてくれてありがとう、アメリア。実はね...。」
私はアメリアにさっきあったことを説明した。ペンがなくなっていたこと、見つかったけど粉々にされていたこと、ウィルが犯人を見つけ出してくれること。
「うそ、そんなことって!酷すぎる!」
アメリアはあの時のウィル以上に怒ってくれた。私の近くには、私のために怒ってくれる人がいるなんて幸せなことだろう。
「ありがとう、私のために怒ってくれて。本当にもう大丈夫なの、一通り泣いたし何より私のことをこんなにも思ってくれる人がいる。それを知れただけで私は十分なの。」
「ソフィアがそう言うなら私は何も言うことはないけど、もし何かあったら言ってね」
「うん、ありがと、アメリア。
さ、悲しい話ばかりしてないでもっと楽しい話をしよう?今日の授業はどうだった?」
ペンのことを忘れたくて、私はアメリアと長い時間お話しした。ここ最近は忙しくて少ししか話せていなかった分、話題には事欠かなかった。
アメリアと話せて楽しい気持ちになったけど、寝る時間になるとやっぱり思い出す。
あのペンを大切にしていてソフィアの気持ちや粉々にされたペンを見た瞬間の絶望感に喪失感、両親に対する申し訳なさを。
その日の夜は涙で枕を濡らしながら私は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます