第15話 現状悪化、自己責任です。
ロゼールさんたち三人から忠告されたあの日、頑張ると決めた私はそれからウィルと関わる時間を少しずつ増やしていった。
昼食の時間は勿論のこと、移動教室ですれ違った時に挨拶したり休憩時間や休みの日なんかに一緒に過ごすようにしたり、とにかく二人きりになれる時間を増やしていった。
勿論、そのほとんどが偶然を装ったものだったり、ウィルの方から話しかけてくるように仕向けたりと絶対に私から迫っているように見えないように頑張った。
そして、一番頑張ったのは周りには仲のいい男女の友達だと思わせることだった。
アメリアからは結構心配された。“婚約者のいる男子生徒ばかりと仲良くして大丈夫なのか”と。
私はそれに対して大丈夫だと答えた。
ウィルもルーカス王子もアメリアと同じ友人の一人だと、自分の故郷(元の世界もソフィアの故郷も同じ)では男女問わず仲良くするのが普通でそれが貴族社会でおかしいこともなんとなくわかってはいるけど、この学園で私に優しくしてくれる生徒は彼らしかいないから彼らと仲良くしてるのだと伝えた。
そうしたらアメリアにも思うところがあったのか、とても悲しそうな顔をした後“何か辛いことがあったら言ってね、絶対に力になるからね!”と言ってもらえた。私の胸の奥に少しばかり罪悪感が生まれた気がした。
そんな風に過ごした結果、ウィルの好感度がどんどん上がっていって気がついたら最高一歩手前まできてる感じになっていた。
それに反比例するかのように、周りの人達の目線や態度が冷たくなっていった。話しかけても無視は当たり前、それどころかいないものと扱われるようになった。
そして遂に、クラスメイトも私に対して本当に関わらなくなった。今まで必要最低限だけどあった会話がなくなった。
それは別に悲しくなかった。会話できる相手はウィルやルーカス王子、アメリアもいたから。
一番困ったのは持ち物がなくなったり、壊されたりしていたことだった。机に入れておいた教科書がなくなって、次の日にボロボロになってゴミ箱で見つかったり、なくなったペンがトイレの中で見つかったりと本当にいろんな物がなくなって壊された。
流石にクラスメイトが犯人だとは考えられなかった。彼らは聖女の価値を知っているし、何より己が生まれた家に誇りを持って、それにふさわしい人になれるように努力していると感じたからだった。
だから、私はあの三人のうちの誰かが犯人なんじゃないかなって思ってる。私のクラスは結構みんな早めに行動する人が多いから、わざわざそれより早く起きて寮を出て物を取ったり隠したりしてるんだと思う。まぁこれは私の勝手な推測だけど。
荷物がなくなるから、教室に置いたままにできなくなってしまったので、荷物は極力必要最低限にまとめて持ち歩くことにした。そうしたおかげで無くなる物が減っていった。
私が対策を取って行動したおかげで、私の持ち物で取れる物が何もなくなった彼女たちは次の行動を取り始めた。
彼女たちが次に取った行動は私に対する悪口を関係ない人達にまで広めることだった。
“男好きで婚約者のいる男子生徒ばかりを狙っている”だとか“かわい子ぶってるけど裏では他の人の悪口を言ってる”だとかいろんな噂や悪口を流されてるみたい。
その噂や悪口の中には事実から少し誇張された物もあれば、全くの嘘である物もあった。
いろんな人がその話をしているようで、私の耳には入ってこないけどアメリアはたまに話を聞かされるようで、部屋に帰ってくるたびに嫌そうな顔をしていた。
婚約者いる女子生徒の多くはその噂が嘘であれ本当であれ、自分の婚約者を狙われることにいい気はしないので私に対する態度が冷たくなっていっているようだ。
男子生徒の方は、信じている人もいれば信じていない人もいるようだ。今まで興味本位で話しかけてきていた人も女子生徒に嫌われたくないのか私と関わらなくなった。無視したりぶつかってきたりとやりたい放題である。
最も酷い例としては、王族と結婚することの多い聖女を自分の一族に引き入れるチャンスだと逆に私に言い寄ってくる人もいる。そういう人は基本的に適当な対応させてもらっている。
中には“オスキュリテの長女という最高峰の婚約者のいるウィリアム王子は、平民出身の君なんて絶対に選ばないだろうから虚しい恋なんて追わないで僕と結婚しよう”なんて言ってくる人もいてその時は丁重にお断りさせてもらった。
だって彼の話に乗ったって私が元の世界に帰れないから。もちろん、ウィルルートでも帰れる確証はないけれどただの男子生徒よりもよっぽど可能性があると思う。
なのできっぱりと断らせてもらった。それはもう本当にキッパリと。
すると、その男子生徒は断られるなんて思ってなかったようで、顔を真っ赤にして平民如きに侮辱されたと言いながら去っていった。
そう言った人たちがルミエール嬢から言い寄られて困ってるんだと噂をさらに流すので“男好き”という噂だけはいろんな人に信じられているようだ。
まったく、プライドだけは一人前に高いんだから貴族の坊ちゃんは困る。
どんどん流れる噂に、他のクラスや学年の人の私の対応がどんどん冷たくなっていく。それでも、陰口やよくない噂だけになったから特に気にしなければなんとかなっていた。
言い寄ってくる人も他に人がいれば話しかけてこないので、余計にウィルと一緒にいるようになったし、ウィルに会えない日は一人で出歩かないようになった。
そういう生活を続けて約二ヶ月半が経って八月になった。
八月は前に説明があったけど、職場体験と呼ばれる物が開催される。
今年は例年より遅く七月の中旬ぐらいに開催が決まり、各職場に行くのは八月からになった。
職場体験とは、言葉の通りこの国にある就職場所のいくつかに学生のうちにどういった仕事なのかを体験しに行くというものだ。
学園祭はその先駆けのようなもので、そこで自分の実力を貴族の子供達にアピールすることができれば、貴族の経営するお店やお抱えの針子や給仕の仕事の体験に行けるらしい。
そこで更に良い印象を体験先に持ってもらうことができれば、卒業後に雇ってもらえることが確約される。しかも貴族の経営するところや貴族の領地のお店なのでそれなりにお給金をもらえるから勝ち組なようだ。
貴族に呼ばれなくても学校側が用意してくれた体験先でも相当のものだからみんなこぞって応募するようだ。
職場体験に参加したい人、招待したい生徒がいる貴族の子供や職場体験にきて欲しいお店などが事前に申請し両者の希望を学園がしっかりと精査して職場体験先を決定するらしい。
職場体験の時期が近づいてきたころ、アシェル先生に私だけ呼び出された。私がこの世界に来てすぐにアシェル先生に連れて行かれたあの職員室の休憩室でまたアシェル先生と面談した。
アシェル先生は私の現状を知らないようで、何故聖女に職場体験の斡旋がないのか不思議がっていたが私が、
「平民出身であることが知れ渡っているから、みんな様子見をしているんだと思います。」
と言うと
「クラスメイト以外に公表したのですか?」
と聞かれた。
アメリアにはルームメイトになるから自分から伝えたが、それ以外の人には私自身公表したわけではなかった。
でも、魔力測定の時に絡んできたロゼールさんたちの“平民の貴女にはないつてがありましてよ”という一言に平民出身じゃないと否定しなかったから彼女たち以外も私が平民だと確信したんだと思う。
「公表してはいないんですが、二年生の全クラスが集まっている魔力測定の時に平民だと言われて否定しなかったのでそれで確信したんだと思います」
そう答えると納得したのか少しため息を吐きながら手元にある書類に目を向けた。
「なるほど、そういうことだったのですね。一応学園が用意してあるどこかに職場体験に行くことができますが、どうしますか?
ルミエール嬢ですと、大神殿、地方の神殿・教会、個人経営の薬師の店などが職場体験先の候補としてありますよ。どこも貴女の光属性の適性が活かせる場所ですね。
参加するもしないもルミエール嬢の自由です。ご自分の意思でお決めください。学園はそれを支援しますので。」
私が元の世界に戻って、この身体の本当の持ち主のソフィアが戻ってきた時のために職場体験もしておきたかったけど、現状では無理そうだ。
貴族からの私に対する印象は最悪の一言に尽きるし、二年生で編入してきたために一年生で習う内容がほとんど身についていないし、自分一人では自分の身を守れないから安全な学園から出ないほうがいいだろう、という判断をした。
それに私は上手くいけば、今年の二月でこの世界を去れる予定なのでもしかしたら来年の職場体験は参加できるかもしれないので、今年はやめておこうと思う。
「今年はやめておきます。一年分遅れている勉強の方を優先したいので」
「わかりました。ではそのように対応させていただきますね。
必要なものやわからないことがあればいつでもお気軽にお声掛けくださいね。我々教師は必ず貴女の力になりましょう」
「ありがとうございます!」
こんな感じでアシェル先生との面談が終わった。期間中は一般科の学園に登校する生徒数は減るけれど、貴族科の生徒は普段とほとんど変わりないようで、私に対する悪口や噂は途絶えることはなかった。
絶えない悪口、
身に覚えのない噂、
嫌悪感を隠しもしない視線、
下心満載で身体を舐め回すように見てくる不躾な男子生徒、
そんな最悪とも言える環境の中で私の精神はどんどんすり減っていった。
そして遂に私はソフィアに対してとんでもないことをしでかしてしまった。
これまで隠されたり壊されたりしたのは教科書やノートなどがほとんどで、それは教室に置いておく物だったというのが主な理由だけど、ソフィアの記憶を共有しているおかげでソフィアにとって何が一番大切かを知っている私にとって優先順位が低い物だったというのもあった。
そして最も大事な物はどんな時でも肌身離さず持ち歩いていた。それは可愛らしいガラス細工の施されたペンだった。
そのペンは両親がソフィアのために買ってくれた物で、それがどれだけソフィアにとって何物にも代え難い物なのかを知っていたはずなのに気がついたら私はそれをどこかに落としてきてしまったようだった。
気がついたのは恒例となったウィルとの昼食の時だった。ウィルとお互いの宝物について話していた時にふっと思い出したのだ。
ソフィアの宝物を心ない貴族の女子生徒に流行遅れのダサい物だと馬鹿にされるイベントがあったことを。
嫌な予感がしてペンをしまっていた胸ポケットを触るとペンが無くなっていた。
私の顔が青ざめていったのを見たのだろうウィルが心配そうな顔をして、机の上で震える私の手を握ってくれた。
「なくしてしまったのかい?」
「昼前の授業では使ったので、そこ、まではあった、はずなんですけど...」
「どこか心当たりはあるかな?」
心当たりと言われて考える。昼前の授業が終わったところまでは絶対にあったはずだ。胸ポケットにしまった記憶もある。
なくしたとすれば、きっと教室から食堂までのどこかだと思う。
そういえば、教室から出たすぐの場所で一人の男子生徒とぶつかってこけたんだった。その男子生徒は舌打ちをしてすぐに去っていったから特に何かされたわけではなかったから忘れていた。
落としたと聞かれたすればきっとその時のはずだ。
そう思ってウィルにもその時にあったことを伝えると怪我はないかと心配されたが今はそれどころではなかった。
「今日は午後から授業がないから探しに行こう。教室の近くの廊下だったね、勿論私もついて行くよ。こんなにも不安そうな君を一人で行かせるわけには行かないからね」
「ありがとう、ございます」
「きっと大丈夫さ、必ず見つかるよ。もしそこになくても教員室に行けば落し物として届けられてるはずだからね。
この学園では落し物は見つけたら教員室に届ける決まりになっているんだ。だから安心して。心優しい誰かが届けてくれているさ」
私を安心させるようにそう教えてくれたウィルには申し訳ないけど、今の学園には私に対して心優しい人なんてほとんど存在しないから、私のものだとわかったら壊される可能性がある。
安心するなんてできるはずもなく、普段ならゆっくり食べる昼食を今日だけは早く食べ終わって私たちは食堂から出た。
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