第14話 ラブレター?いいえ、これは果たし状!
学園祭が無事終わってから約二か月。
私はこれまでと変わらない日々を過ごしていた、と言いたかった。
何か大きな変化があったというわけではないが、なんだか周りの人の私に対する態度が変わった気がしている。
もともとクラスメイトは私をちょっと遠巻きにしていたけど、班活動の必要な会話とか挨拶とかはしてくれていた。仲良しでお喋りする、なんてことはなかったけどそれなりの関係を築いていたはずだった。
それはグレースさんやミラさん、ルーカス王子にも同じことが言えてそれなりに適切な関係を築けていた。
結局のところ親しい間柄になれたのは、ルームメイトで他の視線を気にせずに会話できたアメリアと現在攻略中のウィルくらいなものだった。
他のクラスの人はほとんど私に興味なんてなくて話しかけてくる人もいないし、こちらを見てくる人もいなかった。ウィルといる時だけ“誰あいつ”みたいな目で見られることはあったけど、それだけだった。
元の世界でも友達が多い方ではなかったので、それでも気にはしていなかったし何より私はこの世界からいなくなる存在だから必要以上に関わらないようにしていたというのもある。
私がこの世界に居られなくなった時に、悲しませたくないし、離れなきゃいけない事実に私が悲しみたくないから。
まぁそういうわけだから、基本一人でも気にしていなかったけど最近なんだか周りがおかしい気がする。
では何がおかしいのかというと、他のクラスの人達にあからさまに避けられるようになったことだ。
男子生徒の一部から好奇な目で見られることが増え、残りからは避けられる。
女子生徒の半数には睨まれたり話しかけても無視されたりすることが多く、残りの半分には関わり合いになりたくなさそうに避けられる。
裏でコソコソ悪口を言われているらしいというのもアメリアから教えてもらった。
アメリアは私とルームメイトということもあって告げ口の可能性があるからか近くで悪口を聞くことはなかったけど、一度通りかかった道で私に対する良くない話を聞いてしまい、友人なのにその相手が怖くて何も言い返せなかった自分が情けなくて、申し訳ないと謝られた。
まぁ実際よくあることだ。加害者側が怖くて悪いことだと分かっていても何もできない、止められないというのは。
私だって正義感の強い方ではない。そういう場面を見てしまって何かできるかと言われれば保身のために何もできない部類になるだろう。
だからアメリアを攻めるつもりはない。むしろそんな陰口を叩かれる私のルームメイトであるという理由でアメリアにも何か危害が加えられやしないだろうかとそれだけが心配だった。
アメリアの方は特に目をつけられていることはなく、むしろあんなのとルームメイトなんて大変ねという同情をされたいるそう。なんだか失礼な話だ。
一方、クラスメイトはあまり変わりなく適当な距離感のままの人がほとんどだったことが唯一の救いだとも言える。
他のクラスや学年の人よりクラスメイトの方が貴族の中でも身分の高い人が多いし、何よりゲームにおいて主要人物だったりよく話に出てくる人だったりするのが多いのがこのクラスなのだ。
つまり、このクラスの人たちから嫌われない限りはこの国で生きていけるということである。
今のところ私に人前で話しかけてくるのはウィルとルーカス王子だけというなんとも寂しい結果になってしまった。
これはソフィアが攻略対象に“私にはあなたしかいないの”みたいな状態になっても仕方ない気がする。
だって本当にその人しかいないのだから。
ゲームのソフィアの状態を憂いても今の私の何かが変わるわけでもないからこの話はおいておこう。
今の私は前以上に一人で行動している。朝食と夕食をアメリアと共にしていたけど、それもやめてしまった。昼食だけは今も変わらずウィルやその友人と食べていた。
またアメリアとは自分たちの部屋で誰にも邪魔されず誰の目線も気にせずに話すことができていた。それらのおかげであまり寂しさは感じなかった。
だから実際のところ、周りの視線や接し方に気になることはあっても私自身に実害はなかったために学園祭が終わってから約二か月間放置していた。
その結果が今の“これ”である。
放課後、私は教室で机に入れられた一通のお手紙を眺めている。差出人は不明、だが、可愛らしい丸文字からなんとなく女の子かななんて予想する。
(丸文字を書く男の子の可能性もある)
どうやらこの手紙朝から入れられてたようで、全く気づかなかった私のせいで、教科書に押し込まれてちょっとシワができている。
気になる内容はなんと!
『今日の放課後、空き教室に来い。
誰にも言わず誰にも気づかれずに来い』
だそうだ。
全くもって勝手なお手紙である。誰にも気づかれずになんてちょっと無理な話だ。
だって、私の隣はルーカス王子。学園祭の時もそうだったけど、普通にこちらのノートやメモ帳を見るから隠せない。ましてや恋文とも捉えられかねないお手紙なんて彼が覗かないわけがなかった。
今も“告白のお手紙?!”と全力でワクワクしていた彼が隣から手紙を覗き込んで、内容を見て何かを察したのか顔を顰めたところである。距離感の近い人だなぁ本当に。
「...こういうのよくもらうの?」
「いいえ、これが初めてですよ」
もちろん、あかりとソフィア合わせて初めてである。こんな面倒なものに関わらないように生きてきたからね、それに元の世界だとこんなことする人も少ないから見ることも関わることもほとんどない。
「そっか。うーん、それにしては落ち着いてるからさー、よくもらうのかなって思って。」
まぁ、ゲームのソフィアにも起きてた事だしそのうち来るかななんて予想していた範囲内ではある。それでも実際もらうとちょっと怖いなとは思った。
「驚きすぎてまだ頭が処理できてないみたいです...。クラスメイトの皆さんがこんな私でも親切だったからこんな呼び出しされるなんてちょっとびっくりで...。」
「行くの?それ」
不安そうに揺れる瞳がこちらを見ている。心配してくれたのがわかってちょっと嬉しく思った。
「一応行こうかなって思ってます。無視するのは良くないと思うので」
行きたくない気持ちがとても強いけど、行かないとストーリーが進まないから絶対に行く必要がある。
「気をつけてね。何かあったら俺でもウィル兄さんでも相談するといいよ」
「ありがとうございます、何かあったら相談させてもらいますね」
「何もないのが一番なんだけどね。じゃあ俺は用事があるから先に帰るけど、何かあったら誰かに助けを求めるんだよ」
ルーカス王子はそう言って教室から出ていった。取り残された私は仕方なく指定された空き教室に足を運んだ。
***
生徒がほとんど寮に帰って静まり返った廊下にからからと扉をひく音が響いた。
放課後になってから気がついたから、結構待たせてしまったことになるけど大丈夫かな?なんて見当違いな心配をしながら空き教室の中に入った。
「遅かったわね、待ちわびたわ」
「ロゼール様を待たせるなんて貴女何様のつもり?!」
「ホントね、ご自分の立場をわかってらっしゃるのかしら?」
入った瞬間に三人の女の子から怒りを含んだ声色でそんな言葉がかけられた。顔を見た瞬間に思い出した。魔力測定で私に話しかけてきて出自のことを馬鹿にしてきた人達の中で中心人物そうな三人だ。
なんだかそれなりに出てきそうな人達なのにシステムが情報を教えてくれない。このシステムたまに不親切だから困る。とりあえず本人から聞くしかない。
「えっと、魔力測定の時に話しかけてくれた人ですよね?それは覚えてるんですけど、結局名前聞いてなくて...」
そう言うと真ん中にいる女の子の綺麗な顔が歪んだ。
「これだから学のない平民は困るわ。私のことを知らないなんて。まぁでも優しい私が特別に答えてあげるわ。
私はロゼール・スティラ。スティラ伯爵家の一人娘、平民の貴女なんて出会う機会もないくらいの貴族よ!」
「私はニナ・シンティッラ。ロゼール様の一番の友人なの!覚えておきなさい!」
「私はエミー・カルクス。」
こんなところに呼び出しておいて、なんだかんだ優しいのか自己紹介してくれた。
一番に自己紹介してくれたのは真ん中にいる艶っつやの黒髪をポニーテールにして何故か縦ロールにしている一番気が強そうな女の子。今もまだ水色の瞳が鋭くこちらを睨んでいる。
次に自己紹介してくれたのが、ロゼールさんの左側にいる赤みがかった茶髪をツーサイドアップにした可愛い感じの女の子。ピンク色っぽい瞳が可愛さを増してる。背は低めで、少し私を見上げるようにして睨んでくるので全くもって怖く感じない。本人は私を怖がらせようとしているんだろうけど。
最後に自己紹介してくれたのが、ロゼールさんの右側にいる一番おとなしそうな女の子。目元にかかるくらいの前髪に肩までかからないくらいのふんわりカールのグレーに近い黒髪の子。この中だとあんまりお嬢様には見えない感じだった。
自己紹介してくれたおかげか情報を教えてくれるシステムが彼女たちを認識したようで、彼女たちの近くに名前と年齢だけ表示されるようになった。
折角自己紹介してくれたんだから、私も自己紹介しておいた方がいいかなと思い口を開いた。
「私は
「貴女の自己紹介なんていらないわ。今日は忠告をしにきただけよ。」
忠告ですか?」
けど、話を遮られた挙句自己紹介なんていらないと言われてしまった。そして、忠告だと言う。なるほど、あるあるのやつね。“〇〇に近寄るな!”的な感じのものかな。
だとすればどっちだろう。多分ルーカス王子じゃなくてウィルの方だとは思うけど。
「これ以上ウィリアム様に近寄らないでくださる?ウィリアム様にはグレース様という最も高貴なご令嬢の婚約者様がいらっしゃいますの。
たとえ聖女だと言っても、所詮平民の出の者、軽々しく近寄っていい方ではありませんのよ!
ご自分の婚約者が他の女性と仲良くしてる姿を見たグレース様のお気持ちを考えたことがありますの?!グレース様はお優しい方ですから貴女に直接何か言うことはありませんけれど、きっと傷ついていらっしゃるわ!
歴代の聖女様が王族と結ばれたこともあるようですが!貴女も同じだと思い上がらないでくださいませ!
貴女がこの忠告を無視したらどうなるかすらわからない程の人間ではないことを願っておりますわ。
それでは、忠告いたしましたので私たちはこれで失礼しますわ。いきましょう、ニナ、エミー。」
「はぁい!ロゼール様!」
「はい、ロゼール様」
ロゼールさんが言いたいことを思う存分吐き捨てると二人を連れて出ていってしまった。残されたのは私だけ。
ロゼールさんが喋っている間、ニナさんはロゼールさんと同じようにずっと厳しい目でこちらを見ていて、エミーさんはなんだかよくわからない表情をしていた。
なんだかよくわからない三人のことを思い出しながら私は自分の部屋に帰った。アメリアはまだ帰ってきてないようで私はここでも一人だった。
私は一人でロゼールさんの言った言葉を思い出す。
“ご自分の婚約者が他の女性と仲良くしてる姿を見たグレース様のお気持ちを考えたことがありますの?!”
か。
考えたことがない、わけがない。
もちろん考えた。
でも、この世界はゲームなんだ。ゲームの世界なんだよ。何かの間違いでこの世界に来てしまったけど、私はこの世界をゲームの世界だって思ってる。
だからこの世界にいる人達のことは、ゲームの中のキャラクターとしか思えない。どうせゲーム通りの動きをする、ゲーム通りの結末を迎える。私の行動となんの関係もなく。
私には元の世界に帰るという目的がある。何よりも優先しなければならない目的だ。だから、この世界の人達の心配をしてる余裕は申し訳ないけどない。
そういう結論に至った。
今後私がすることが誰かにとって許し難いことかもしれない。でも私は元の世界に戻るために行動を辞めるつもりはないし、手を緩めるつもりもない。
勿論、私のことを許して欲しいなんて言わないし、思わない。
これから先、私の身に降りかかることに対して酷いだなんて思わない。私が行ったことの当然の報いだと受け入れよう。
それでいて、私も人間だから嫌なものは嫌だと抵抗しよう。そういう対応をすることにした。
酷い人間だと思われるかもしれないけど、私にはこうする以外の道はほとんど残されていない。
誰になんと言われようと、なんと思われようと元の世界に戻るために私は頑張ると決めた。
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