第9話 今度こそ!実力測定
セレスティナ王国誕生秘話という絵本を読み終わってふっと息を吐く。
なるほど。セレスティナ王国はこういうふうにできたと伝わっているのか。ゲームにはなかった設定、いやこの世界においては過去の話にあたるものを知ることができてすごく感動した。
こういうゲームの設定集だとか裏話とかを見るのが好きだった身としては、ゲームの中でしか知ることができない情報とかあるとちょっとだけ興奮してしまう。
ページを捲る手は止まることなく本を最後まで読み切っていた。こんなにも早く終わってしまったことが残念に思えてしまう。
物寂しげに絵本の最後のページを眺めていると扉を叩く音が部屋に響いた。体がびくっと飛び跳ねる。
学園長先生が返事しながら扉を開ける様子を見ながら、急いで絵本を閉じてソファーの上に置き、私も立ち上がってお客様をで迎えようとした。
学園長先生によって開けられたドアの先には杖をついた一人の男性が立っていた。貴族らしいお高そうな服装に身を包んでいる男性だ。
それなのに肩より長く伸びた黒髪はあまり整えられておらずぼさっとしていて、無精髭も生えている。瞳は光がなく、青いはずなのに深い闇を見ているようだった。
お世辞にも貴族とは言えない風貌をしているなんともチグハグな人だった。なぜ、学園長先生はこの人をあの方と呼び慕っていたのだろうか。私には不思議でたまらない。
彼は学園長先生に案内されるまま、私の座っていた席の前に座った。学園長先生もその隣に座る。そんな二人と向き合うように私も席に着いた。
「いやー、待たせてしまって申し訳ない!!道に迷ってしまった!」
帽子を脱いで早々に彼は明るくそう言った。その姿がどこか無理しているように見えてしまってなんとも言えない気持ちになった。
「キース殿は相変わらずですわね」
「先生もおかわりなさそうでなによりです。ところで、こちらのお嬢さんはどなたでしょうか?」
彼の目が私を捉える。
「こちらはソフィア・ルミエール嬢、今代の聖女ですよ。ルミエール嬢軽く紹介しますね、彼は私の教え子でキースといいます。家名は名乗れませんが、深くは考えないでくださいね」
学園長先生はこの人の苗字を教えられないと言った。しかし、こちらには情報を教えてくれるシステムがいる。どれだけ隠そうとしてもある程度はこのシステムが私に教えてくれるので隠しても無駄ではある。
そんなことを考えながら彼の横に出てきた人物紹介のための情報を気付かれないようにこっそり見る。
名前:キース
年齢:40代後半
学園長先生のお客様。
好きなもの:×、×××、×、××
嫌いなもの:××、×、××
好感度:??
これはバグか何かなのか?全くもって情報が見えない。ちょっとだけしか表示されておらずそれも苗字のない名前と曖昧な年齢。そして、好感度も不明。好き嫌いに至ってはシステム的には書いてあるつもりなのかもしれないが、文字がおかしくて読めない。
この人の存在自体をシステムでさえも正確に認識できていないのだろうか?そんなふうに驚きながらも私はとりあえず自己紹介をすることにした。
「ソフィア・ルミエールと申します。どうぞ、よろしくお願いします、キース様」
「よろしく、ソフィア嬢。それでどうしてこの場に彼女を呼んだんだい?」
「実は......」
学園長先生が私の実力測定のことについてきちんと説明してくれた。
「あははは!それはすごい!実力測定で治療する予定だった人を魔力測定で出てしまった光の波紋だけで癒してしまうとは!
いやー今代の聖女様はすごいなぁ!!」
魔力測定での私の失敗?(と言っていいのだろうか)を豪快に笑い飛ばしたキースさん。
「協力していただけますか?」
恐る恐るといった感じに学園長先生はたずねた。歳は学園長先生の方が上なのに立場はキースさんの方が上なんだなぁなんて場違いなことを考えながら話を聞いていた。
「もちろんだとも!私がこの国の宝である聖女様の実力測定に役立つのなら、この体如きなんとでもしてもらって結構!それでもし、この足が治るのならばこちらとしても願ったり叶ったりだ!
とはいえ、5年以上前にも受けた傷。治るとも思っていない。少しでも痛みがなくなれば儲けものだろう。
その程度にしか思っていないから、ソフィア嬢は気負いせずに実力測定を受けてほしい。失敗しても誰も責めたりしないし、文句も言ったりしないさ。」
そう言って私の方を見た。優しい瞳が私を静かに見つめている。私が頷くと満足そうに彼も頷いた。
「では、早速で済まないが始めてもらってもいいかな?」
「わかりました。では足下に失礼しますね」
そう声をかけてから彼の足のそばに屈む。私が近くに来ると彼がズボンの裾を上げてくれた。
痛みが残っていそうな感じだったから、彼が痛い思いをなるべくしないで済むように、気をつけながら確認するとふくらはぎに痛そうな傷痕があった。
普段の生活なら絶対に見ることないほどの傷に思わず目を背けそうになった。しかし、私は目を背けることができなかった。なぜならその傷痕になぜか黒いモヤがかかっていたからだ。なぜかわからないけど、私はそのモヤを早く消し去らないと強く思った。
そのためにソフィアの記憶の中から使えそうな魔法を探し出した。そして無我夢中でそれを唱えた。
「ピュリフィケーション!」
ピュリフィケーションとは浄化するための魔法らしい。水や空気を浄化できるとソフィアが見ていた教科書に書いてあった。キースさんの足にあるような黒いモヤに効果があるかはわからなかったがこれ以外に良さそうな魔法がなかったから使ってみたらなんと効果があったようで彼の傷にあった黒いモヤはなくなった。
しかし、その光景は私にしか見えていなかったようでキースさんと学園長先生は不思議そうな顔をしている。
それでも、私の視界内ではモヤはなくなっている。このモヤがなくなったことできっと普通の治癒魔法も効果を示すだろう。なのでソフィアが使える一番効果の高い治癒魔法を使う。
「ハイヒール」
靴かな?なんて一瞬思ったけど、治癒の魔法には純度の高い祈りが必要だと教科書にあったのでその考えは振り払った。
そして、彼の傷痕の方に手を向けて、彼の傷痕が治るように祈る。せめて少しでも痛みがなくなるように、強く祈る。
私の手からきらきらとした光が粒が出てきてキースさんの足に飛んでゆく。粒が触れたところから少しずつ傷が癒えていった。
成功してる!と喜びながらも集中は切らさないように祈り続けた。
全ての傷痕がなくなったことを確認すると魔法をやめる。その瞬間、体から何かが少しなくなった気がした。これが魔力かななんて考えてその時は深く考えなかった。
いや、考えられなかった。なぜなら、目の前で涙を流し男泣きしているキースさんの姿があったからだ。
私が顔を上げた瞬間、ばっと手を掴まれた。
「ありがとう!ほんっとうにありがとう。まさか治るなんて思ってなかった...。これで俺はまたアイツの隣に立てる...!どれだけお礼を言っても足りない!!何か君に礼を!」
「お礼だなんてそんな!むしろ私の実力測定に無理を言って付き合っていただいたんですからこちらの方がお礼をしないといけない立場です!
それよりも、足の方は本当に治ってますか?表面上は治ってるように見えるとかで立ったり歩いたりしたら痛いとかないですか?」
私が気になっていたことを確認すると、キースさんもはっとしたような顔になって立ち上がった。
「傷も痛みがなくなって喜んでいたが、そうだな。しっかり確認しなくては。」
そう言って涙を拭い、軽く足を動かし、歩いてみせた。一歩一歩踏み締めるごとに彼の顔に笑顔が溢れていく。そしてとても嬉しそうな顔でこちらをみた。
「あぁ!痛みも何もない!まるで生まれ変わったようだ!」
先程拭ったはずの涙がまた彼の瞳から零れ落ちる。彼はすぐに気づいてさっと涙を拭って再び私の手を取って跪いた。今度は先程のような勢いではなく壊れ物でも扱うかのような優しさだった。
「あぁ、聖女様!何かお礼をさせてほしい!俺にできることならなんだって差し出そう!」
そう言って私を見つめる青い瞳にはもう闇はなく明日への希望の光が満ちていた。私にはそれだけで充分だった。誰かにこれほどまでに感謝をされたことのない私からすれば、それだけですごく心が満たされた気分になった。
「その気持ちだけで私は充分です。」
「しかし...。」
私がなんと言っても食い下がってくるキースさんに、本当に何もいらないのになぁ、なんてお気楽に考えしまう。
それにしてもどこかうずうずしてるキースさんに何かあるのかな、なんてお礼のことよりそっちの方が気になった。
「ルミエール嬢もこう言ってますし、今はそれでいいのでは?この子がもし将来何かが必要になった時にでもそれをプレゼントすればいいじゃないですか!
それに、貴方には今すぐにでも会いに行きたい人がいるでしょう?うずうずしてるのが目に見えてますよ?
そんな状態ではこの子に気を使わせるだけですよ、まったく。早く行ってきなさい。あぁ、私との約束はまた後日でいいですよ、喜ばしい報告をしてらっしゃいませ」
学園長さんの一言に“あぁ”とか“ゔぅ”とか一々反応を示し、私の手を握る力がどんどん弱くなっていくキースさんになんだかおかしくなって笑いそうになった。
学園長先生が一通り話し合えると少しの間この部屋に静寂が訪れた。その間にキースさんは何か心に決めた顔をして立ち上がった。
「では、お言葉に甘えて俺はこの辺で失礼します!ソフィア嬢、何かあれば学園長先生を通じて俺に伝えてください。必ず貴女の力になりましょう!」
彼はそう言い残して去っていった。廊下の遠くの方から“今行くぞ!リチャードォ!!”という叫び声?雄叫び?みたいなのが響いていた。学園長先生と目を見合わせて笑った。
彼がいなくなって静かになった部屋はなぜか少し寂しく感じた。
「......ごめんなさいねぇ、押しが強くて。でもねぇ、すごく嬉しかったのよ。
あの人はある人の側近だったの。幼い頃からその人を尊敬してて、その人を守るために誰よりも強くなれるよう努力して頑張ってきたのに足を怪我してしまってね。
すごくね、落ち込んだのよ。それはもう人が変わってしまったんじゃないかって思うほどにね。みんな心配したの、いつか消えてしまうんじゃないかって。
それでも大丈夫だって言い張るから誰も何も言えなくてねぇ。あの人の先生だった私が無理矢理約束をつけて呼び出して生存確認してたのよ。
そういう訳だから貴女にはすごく感謝してるわ。もちろんキース殿も感謝してると思うわ。
それにしても、あんなにも元気に笑っているのを見るのは久しぶりだったわ。本当にありがとう。」
学園長先生の言っている通りキースさんはすごく感謝してくれてるみたいだった。だって最後に見た彼の情報の全く読めない文字で書かれた好きなものの欄に
名前:キース
年齢:40代後半
学園長先生のお客様。
好きなもの:×、×××、×、××、“聖女”
嫌いなもの:××、×、××
好感度:??
聖女って書かれてたもの。見えちゃってるのがちょっとだけ申し訳なくなってしまった。確実に好感度が上がったんじゃないかって思ったけど、好きなものの欄以外には特に変化はなくてがっかりした。
「治って本当によかったです。」
「えぇ、そうね。貴女の実力測定は文句なしの最高得点だったとアシェル先生には伝えておくわ。
今日はありがとう。もう帰って大丈夫よ。明日からの授業も頑張ってね。」
「はい!今日はありがとうございました!それでは失礼します!」
学園長先生にお辞儀をして部屋を出る。そのままウィリアム王子に案内してもらった道を戻って行きなんとか玄関口までついた。
ちょっと道に迷いかけたのはここだけの秘密である。
玄関口で鞄から寮までの経路案内図を取り出した。なんと、建物内の地図はもらっていないのになぜかクレアフュール学園の敷地内の地図はもらっていたようだ。
だから朝はちゃんと間に合うように着いていたのかと感心する。もしかすると、私と違ってソフィアは迷子にならないタイプかもしれないけど。
案内図を見ながら寮まで歩いていく。いくつかの建物を通り過ぎてゆき30分くらい歩いたところでようやく寮に辿り着くことができた。
この学園が広いのであって、断じて迷っていない。迷っていないと言ったら迷っていないのだ。
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