第7話 いざ?実力測定

「お待たせしました。まずはミラ・ファンミア嬢からでもよろしいでしょうか?これまで結構お待たせしていますが...」


 アシェル先生はグレースさんに近付いてそう聞いた。確かに、グレースさんは結構長いこと待ってるし、何よりこの待ってる三人の中で一番身分が高いから確認は必要だと私でも思う。なんでミラさんから始めるのかはわからないけど。


「かまいませんわ。皆様の実力を知る良い機会でしたので待たされてるなんて思っておりませんわ。先生のお考え通りになさってください」


「ありがとうございます、グレース嬢。ではミラ・ファンミア嬢所定の位置へどうぞ」


 アシェル先生がそう言ったのを確認した後、グレースさんはミラさんの方に向いて口を開いた。


「ミラ、期待してますわ」


 グレースさんの口をついて出た言葉はとても短いものだった。しかし、それだけでもミラさんにとってはとても嬉しいものだったようで、ミラさんの表情が和らいだ。


「グレース様の期待を裏切らぬよう精一杯、努めてまいりますわ!」


 そう言ってミラさんは位置につく。それを確認したアシェル先生が課題がフランマスファエラであることを告げた。


「では、お好きなタイミングでどうぞ。」


 アシェル先生の言葉に対して特にこれといった反応を示すことなく、ミラさんはただ一点を見つめている。これから己が放つ魔法のたどり着く先を。


 関係ないただ見ているだけの周りの人達の空気さえも張り詰めさせてしまう彼女の集中力には驚くことしかできなかった。


「...フランマスファエラ!」


 しんと静まりかえったこの空間に彼女の声が響いた。次の瞬間、とてつもない熱風が私たちを襲った。腕を顔の前に持ってきて目を瞑りくるであろう衝撃に備えようとしたが、恐れていたものはこなかった。


 意を決して目を開けると、目を瞑る前とほとんど変わらぬ光景が見えた。唯一変わったところといえば、さっきまであった人型の的が跡形も残さず消えてしまったことと見たことのない老婦人が立っていることくらいである。


「学園長!おこしになられたのですね」


 アシェル先生がそう声をかけながら学園長と呼ばれた老婦人に近寄った。少し遅れて駆け寄ろうとするクレイ先生とフェルド先生を手で軽く制した後、アシェル先生に対して微笑みかけた。


「仕事が思ったより早く終わりましてね。次期王妃様やファンミア侯爵家次期当主様の実力を見ておきたいと思ったの。そうしたらファンミア嬢の魔法が見えたものだからちょっとだけお手伝いしたくなっちゃったわ。


きっと三人の先生方だけでも大丈夫だったのでしょうけど」


「いえいえ、助かりました。流石は学園長です!」


「それにしてもアシェル先生、今代のファンミア家もどうやら安泰のようですね。」


「ええ、本当に。」


 学園長とアシェル先生が談笑している横で先程ミラさんが壊した的のあったところを見ると掃除したり、新しい的を持ってきたりしているクレイ先生とフェルド先生がいた。


 生徒である私たちはその光景を見ているだけになってしまっている。どれくらいまで待てばいいのかな?と思いながら立っていた。そんな私たちの中で一人だけ先生たちの方へ歩みを進めた者がいた。グレースさんだ。


「学園長先生、アシェル先生楽しそうにお話しされてるところ申し訳ないのですが、準備が終わったようですわ。」


「あぁ、ごめんなさいね、オスキュリテ嬢。次は誰だったかしら?後何人いるのかしら?」


「次はオスキュリテ嬢で、最後にルミエール嬢ですね。後二人です」


「あら、もうそんなに終わってたのね。残念だわ、皆さんの分見たかったのだけれど。終わってしまったのは仕方ないわね。お二人の分だけ見て帰るわ。」


「ぜひ見ていってください」


 学園長に対しても変わらず凛とした態度で接しているグレースさんにはもう尊敬しかない。私は先生ですら話すの苦手だったなと高校生や中学生の頃を思い出す。


「では、グレース・オスキュリテ嬢。課題はダークネスファエラとなります。問題ないでしょうか?」


「勿論ですわ」


「では的の正面までどうぞ」


 アシェル先生に促されてグレースさんは的の前まで歩いていった。堂々たる佇まいで彼女はそこに立った。これが人の上に立つべくして生まれ育った人の風格かと感動してしまう。人ってこれほどまでに差があるのかと。


「ではまいります。」


 他の人のように大きな声をあげるでもないのにその凛とした声はこの訓練場を一瞬で支配した。皆が固唾をのんで彼女の次の行動を待っている。勿論、私もその中の一人だった。


「ダークネスファエラ」


 的を指差しながらそう唱えた彼女の指先に直径が500円玉くらいの小さな紫色の球体が生まれた。そして次の瞬間には、的が吹き飛んでいた。


 あんなに小さな球だったのにあれほどの威力があるなんて思ってもいなかった。そりゃあ、学園長先生にみんなを守る魔法を使わせるくらいの実力を持ってるミラさんが慕ってる人だからきっとすごいんだろうと思っていたけどまさかこれほどまでだったなんて!


 あ、ゲームで見てたんじゃないのかって?


 私の魔力測定の結果が、ゲームと違う内容になってしまったあたりからなんだか少しずつゲームの内容から離れていっている気がする。


 つまり、ゲームにはこんな展開なかったんだ。学園長なんてこの時点じゃ出てこないし、なんなら最後の最後に一言言っただけのキャラだったのに。


 本当にこの世界は謎が多い。ゲームと違うところが多すぎて困る。早く寮に帰ってこれまでのことを頭の中で整理したいところではある。異世界転移系の漫画や小説をよく読んでいたからこれが夢ではないことはよくわかってるけど、夢であってほしいと強く願ってしまう。


 そんなことはさておき、次はついに私の番だ。的はどうするんだろうと、さっきまで的のあった位置を見つめる。


 そもそも、光属性は治癒に特化してるみたいな話がソフィアの記憶にあるから、攻撃魔法なんてあるのかな?とりあえずアシェル先生の指示を待つことにしよう。


「それでは最後ソフィア・ルミエール嬢ですね。ルミエール嬢こちらまで来ていただけますか?」


「はい!」


 アシェル先生と学園長先生の近くに走り寄る。学園長先生は近くで見るとほんとに綺麗なお婆様って感じの人だった。ゲームでは立ち絵どころか性別の表記も名前もなくて、


学園長

「...オスキュリテ嬢、貴女のような賢い女性がこのようなことをするなんて失望しました。本当に残念でなりません」


 こんな感じに表記されて、話していただけだったから話し方でしか性別の判断できる要素がなくてどっちかわからなくてゲームの終盤に混乱したのを思い出した。今思えば女性だったのかと思えなくもないけど、あれは製作陣の意図的なものなのだろうか。


「ルミエール嬢は初めてお会いになりますよね。こちら、このクレアフュール学園の学園長であるペルラ・クレアフュール様です」


名前:ペルラ・クレアフュール

年齢:60歳よりは上だが乙女の秘密らしい

好きなもの:学園の子供達、魔法の研究

嫌いなもの:特になし

好感度:普通


「ソフィア・ルミエールと申します!お会いできて光栄です!」


「まあまあ!可愛らしい聖女様だこと。私も貴女にお会いできて嬉しいわ。神殿での噂は聞いていたけれど、やっぱり噂は当てにならないものね。」


 神殿での噂?まったく、色んなところで噂にされてるのか。今代の聖女様とはいえ、プライバシーの侵害というものはこの世界に存在しないのかな?一挙手一投足まで見逃さないレベルで盗み見られて噂にされたんじゃたまったものじゃない。


「それで相談なのですが、聖女様の魔法は治癒が主なので本来実力測定には怪我人や病人の治療という形で行なっていたという記録があったのでそれを参考に準備をしたのですが、フェルド先生に確認してきてもらったところ完治していたようで...」


「あら、それはとてもいいことね。でも、そうね。確かに聖女様の魔法は特別で基本的にそれに関する情報は神殿が管理しているから私達にもよくわかっていないのは確かだわ。それなのに実力を測定するなんて難しいわよね。」


 そう言って学園長は口元に手を当てて考え事をし始めてしまった。しばらくそのままでいたあと、突然ぱんっと手を叩いた。


「それじゃあこうしましょう。この後、14時ごろに私のお客様がいらっしゃるの。そのお客様は昔、足に怪我をしてしまってもう自分の脚で走ることができないとされてしまって前線を退いているの。


でもね、あの方はまだ諦めきれていないはずなのよ。だからもしルミエール嬢が治せるかもしれないと言ったらきっと実力測定に協力してくれるはずだわ。


あまり人に会いたがらない方だからアシェル先生の立ち合いはきっと許可できないのだけれど、その分私がしっかり測定しておくわ。それでどうかしら?」


「かしこまりました。それでよろしくお願いいたします。」


 アシェル先生が了承したことで私の実力測定は午後から学園長先生と行うことになってしまった。


「ルミエール嬢もそれでいいかしら?」


「はい!よろしくお願いします!」


 一応私にも聞いてくれているけど、特に文句もないし、なんならみんなの前でまた何かをやらかしてしまうよりはマシと言ったところかな、なんて思ってしまった。


「では、昼食後学園長室までいらっしゃい。14時前くらいに来ていれば大丈夫だと思うわ。あの人時間にゆるくてね、あちらがきっと遅れてくるから逆にルミエール嬢をお待たせしてしまうかもしれないけれど」


 何かを思い出しているのか微笑む学園長先生。きっと、その人は学園長先生の親しい友人なのだろうと察することができる。学園長先生の友人ということはそれなりにいい身分の方のはず、失礼のないように行動しないといけないな、頑張らないと!と気合を込めるために胸の高さで手をぎゅっと握る。


 そんな私を微笑ましそうに見ていたアシェル先生は私がそれに気がつく前に全体の方に向きを変えて口を開いた。


「それでは、みなさん、今日の授業は全クラスここまでとなります。この場で解散となりますので、各自教室で荷物を取り用事のない者は速やかに帰路につくように。何か質問があればまだ私たちはここで残っていますので聞きに来てくださいね。ではこれにて解散です。」


 その言葉でみんながこの場から離れていく。全体の半数ぐらいは残って質問をするみたいだった。グレースさんとミラさん、ルーカス王子もそこにいてアシェル先生と親しげに話している。そんな様子を横目に見ながら私は教室へ向かう。


 ウィリアム王子との昼食の約束があるから早く教室に帰って待っていないといけないのだ。走ってしまうといけない気がして、それでももしかしたらもう教室まで来ていて待たせているかもしれないと思うと足取りがどんどん速くなっていく。


 教室についたけど、まだ来ていないようだった。ほっと息をつき自分の席に座った。他の人がやっているように私も鞄の中に荷物を片付けていく。


 荷物を片付け終わっても他の生徒がみんな帰ってしまってもまだくる様子もなかったのでぼーっとしながら窓の外を眺めていた。


 青い空の中、漂う白い雲、風を切って飛ぶ名も知らぬ鳥、暖かな太陽の日差し。


「こうしてみると私の故郷と何一つも変わらないんだよなぁ」


 澄んだ青空に心奪われて何の気なしに呟いてしまっていた。


「ソフィア嬢はおかしなことを言うんだね。


勿論同じ空だよ、だって君の暮らしいていたところから見た空とここから見る空は繋がっているからね。そうだろう?」


 ソフィアの故郷じゃなくてあかりの故郷だから実は全く繋がっていないんだけど、なんて言えることなく私はその声の主の方に振り向いた。


「そうですね、ウィリアム王子。でも、建物とか人の服装だとかは全然違うんですよ?私のいた故郷とは。まるで別の世界に迷い込んでしまったみたいなんです。それでも、この青空だけは一緒だったからなんだかほっとして」


「そうだったんだね。ソフィア嬢の故郷か。また機会があれば是非案内してもらえると嬉しいな。」


「“約束”ですね!いつかきっと行きましょうね!」


「あぁ、君と僕の約束だね。こういうのは久しぶりだから、ちょっとわくわくするよ。


おっと、遅れてきてしまったことを詫びていなかったね。申し訳ない。思ったより授業が長引いてしまったんだ」


「大丈夫です!」


「そうか、それじゃあ行こうか。」


 ウィリアム王子はそう言ってまた手を差し出してくれた。


【ウィリアム王子の手を取りますか?

        ①はい  ②いいえ】


 朝の出来事でとんでもない噂になってしまっていた事が頭の端をよぎったが、この後二人で昼食を食べるならもうその時点でアウトな気はするし、ここで拒否する必要もない気がする。というわけで①にしておこう。私はすっと彼の手に自分の手を重ねた。その光景に何故かすごく嬉しそうなウィリアム王子を見てこれから先大変だろうけどまあいいかと思えた。





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