二章 ヒロインは抜け出したい
第31話 二度目の目覚めとそれぞれの記憶
少しばかりの太陽の光と温かさを感じて私は目が覚めた。私はあそこで死んだはずなのに、目が覚めている、その事実に驚きながらも私が見たその先には見慣れない景色が広がっていた。
死にさえすれば元の世界に戻れると思っていた。しかし、現実は違っていた。女神様とやらはまだ私にこの世界で何かをさせたいようだ。
私は期待していたものとは違うものが見えて肩を落としながらもここがどこだかを探った。
少しボロいがなぜか安心感を覚える部屋だ。来たことがないはずなのに、ここに来れたことに感動というか、安堵というかそういうものが込み上げてきて泣きそうになる。
目に涙を浮かべているとガチャリと音を立ててドアが開いた。そして、ドアを開けた人と目が合った。綺麗な金色の髪にピンク色の瞳をもちすらっとした体型の美人さんだった。
「おはよう、ソフィア。今日はソフィアがずっと楽しみに待ってた女神様の祝福の儀式の日よ。
あら、どうしたの?ソフィア。怖い夢でもみたのかしら?」
「おはよう、ママ」
無意識に口からそう言葉がでた。それと同時にこれまでの記憶が鮮明に思い出された。両親と3人で貧しいながらも幸せに暮らしてきた記憶だった。
あぁ、この人が主人公ソフィアの母であり、そして私のこれからの母なんだと自分とソフィアの記憶がまた一つ混ざった感じがした。
「ちょっとだけ怖い夢を見たみたい。起きたら目から涙が出てたの。でも大丈夫。」
「そうなのね、何かあったらお母さんに言うのよ?さ、気持ちを切り替えて、今日は祝福の儀式だからいつもよりいい服に着替えていきましょうね。」
母はそう言いながらこれまた使い込まれたタンスからお淑やかな感じのワンピースを出して私に差し出した。
母は祝福の儀式だとそう言った。その一言で今はオープニングムービーで流れていたあたりであるということはわかった。つまり私は十五歳くらいなんだろう。
「はぁい、ママ」
「いい子ね、そんないい子なソフィアにはきっと素敵な魔法が授けられるわ」
母は私の頭を撫でて部屋から出ていった。なんだかとっても子供扱いされている気がするけれど、嫌な気持ちはしないので甘んじて受け入れておこうと思う。
(十五歳までのソフィアは反抗期とかなかったみたいだから。)
母が出ていった扉が閉まることを見届けてから私は若々しくなった両手を見る。そして己の腕の中で息絶えた最愛の娘、ロティのことを思い出す。
あの冷たさは夢なんかじゃない。
ロティにとって私は本当に酷い親だったと思う。私なんかの子として生まれてしまったばっかりに幼くしてその命を終える結末になったから。もっと他の親のもとに生まれていればきっと長生きできただろうに。願わくはあの子の来世がもっと素敵なものになりますように。
そして、レイラ。彼女はずっと私のために尽くしてくれていた。この世界で最も信頼できた人。今回の人生?でもレイラと出会うことはできるだろうか。もし、また巡り合うことができたなら今度こそは彼女にも長生きできるようにしてあげたい。私にできるかわからないけれど。
そんなことを考えながら私は用意されたワンピースに着替えて、両親の待つリビングに向かった。
恐る恐る扉を開けて中に入ると、リビングではエプロンをつけて朝食を作る母と落ち着きのない父がいた。父は窓の前を行ったり来たりしてぶつぶつと何かを言っているみたいだった。
「おはよう、パパ」
なるべくソフィアの記憶の通りに父に話しかける。父は私の声が聞こえるとガバッと振り向いてにっこりと笑い私を抱きしめた。
「おはよう、ソフィア」
さっきまでぶつぶつ言っていたような暗さはなく輝かんばかりの笑顔がこちらを見ている。母と同じ金色のふわふわした髪が私の首元をくすぐる。あまりのくすぐったさに身をよじって少し父から距離を離した。
少しだけ残念な色をした水色の瞳と眼鏡越しに目が合った。子供の成長を喜ばしいとは思うけれど自分の元から少しずつ離れていくことを惜しんでいる、そんな感じに思えた。
そんな父に問いかける。
「さっき窓のそばをうろうろしてたけど、どうかしたの?パパ」
「あぁ、ソフィアに見られてしまったんだね。今日は女神様の祝福がもらえる儀式の日だろう?パパは心配なんだよ!愛しのソフィアにちゃんと魔法の適性が授けられるかどうか。
いや僕とママの子供なんだきっと素敵な魔法が授けられるはずだ!!そうは思っているけれど、もしものことがあったらと思うと心配で仕方がないんだよ」
「まったく、親がそんなに狼狽えたらこの子が不安になるでしょ。しっかりしなさい。ソフィアなら大丈夫よ。
ほら、もうすぐ朝ごはんできるから、二人とも座って待ってて」
またぶつぶつ言い始めた父に、料理を作りながら母がそう言った。母に強く言われてしょぼくれた父がトボトボと席につく。そもそも十五歳の娘に対して過保護すぎないか?と思っていた私はそんな父を気にもとめることなく自分の席についた。
しばらくすると母がお盆を使ってスープとパンを持ってきてくれた。
ソフィアの母特製の具の少ないスープ。城で食べてきたスープと全くもって違う、具なんてほとんど入ってない、いや入れられるほど余裕がないと言った方が正しいのだろう。それでも私の分のスープの具材はこの中の誰よりも多かった。
そして、少し硬いパン。これも私の物が両親のパンよりも一回りだけ大きかったことを私は気がついてしまった。
どれもこれも両親からソフィアに向けられた愛情なんだと思うと、ここにいるのが私であることが少しだけ申し訳なく感じてしまう。
そんなことを考えながら朝食を食べ終えた。祝福の儀式が十時から教会で行われるようなのでまだ時間がある。私は寝室に戻って一人考え事をすることにした。
考えるのは今後の方針。
今日の祝福の儀式の結果にもよるけれど、きっと私はまた光属性の適正を授けられることだろう。そうなると私はソフィアの記憶の通り、神殿に連れていかれそこで聖女について学び、そして学園に編入するのだろう。
学園での生活で気をつけることと言えば、ウィリアムに近寄らない、関わらない、これにかぎる。
学園で共に過ごした時はとても優しくて頼りになる人だったけれど、結婚して夫婦となり、国王と王妃になってからわかった。
私は王妃になり、ウィリアムを支える覚悟が足りていなかった。だからだろうかウィリアムの気持ちは私から他の人へと行き、その結果国は崩壊した。
そんな未来、二度と見たくない。大切な人が死にゆく姿を何度も何度も見送るだけの未来なんて嫌だ。だからこそ私は今回の人生、ウィリアムに関わらないように、好きになられないようにしよう。そう思った時、私はゲームを借りた日の学校からみさとの家までの帰り道に聞いた話を思い出した。
『ウィリアムって初心者でも簡単に攻略できるキャラなの。いわゆる、このゲームの入門編みたいな。だから恋愛ゲーム系未経験のあかりでも簡単に攻略できると思うよ。
このゲームにはね、六人の攻略対象がいるんだけど、他の五人のキャラが主人公を好きになるきっかけとか思い出とかって結構しっかりしたものがあるの。でもね、ウィリアムだけは主人公の純粋な笑顔に一目惚れしたっていうなんかちょっと薄っぺらいものなんだよね。
いや、悪くはないんだよ。誰かの笑顔を好きになれるって素敵なことだと思うし、それに私もウィリアム推しだし。
顔が好きなだけなんてソンナコトナイヨ。
でもね、ウィリアムの何がヤバいって他のキャラを攻略してる時にその攻略対象より好感度が高くなっちゃうことなの。そうだよね、笑顔だけで惚れちゃうんだもん!
それが自分に向けられてない他の人に向けられてる笑顔でも『なんて純粋な笑顔なんだ!あんな風に笑う子は初めてだ』って惚れちゃうよね!
ストーリー最後の二月のイベントで貴女が贈り物を渡せるのはこの人ですって表示されるんだけど、他のキャラ攻略してるのに何度ウィリアムが出てきたことか!
ウィリアム、好きだけど!好きだけども!!私の推しですけども!出てこないでって初めて思っちゃったよ。他のキャラとも仲良くしたい!
こんなんだから、ウィリアムは『真実の愛に魅せられて』の攻略サイトに“お手軽な真実の愛”とか“
これ、もしかしなくてもやばい?
私、ウィリアムと関わらないようにしたいけどできない可能性が高い?
ウィリアムの前で笑うなってこと?
流石に厳しくないかな?
一国の王子様である人に私のような平民出身の人間が二度も愛してもらえるなんて思ってはいないけど、もし、みさとの言っていたことが本当で、この世界のウィリアムにも当てはまるのであれば本当にちょっとヤバいかもしれない。
できれば、元の世界に戻る方法を試すためにも、ウィリアム以外の攻略対象のルートでエンディングストーリーを目指したいところではある。前世?と言っていいのかわからないけど、前世で仲良くしてくれていたルーカス王子かマーカス・エルデ先輩のどちらかが好ましい。ただこの二人ともウィリアムと親しいというのが難点かもしれない。
まぁ、今からこんなこと考えていても、どうにもならない。学園に通い始めてからなんとかしよう。そう未来の自分に仕事を押し付けることにした。
そんなことを考えていたらお腹が痛くなってきたからトイレに行こうと寝室を出ると、リビングから両親の話し声が聞こえてきた。
勝手に聞いてしまってはいけないとは思うけれど、気になってしまってこっそりとリビングの扉の前に行って耳をすませる。
扉を開けなくても、扉も壁も薄いから両親の話し声が内容までしっかりと聞こえた。
「ロータス、不安になるのはわかるわ。それでも私たち親があの子を信じてあげなくて、誰があの子を信じると言うの?」
母の心配そうな声色を聞いて、やっぱり二人とも不安なんだと思った。でも未来を知ってる私は心の中で二人に心配しなくても大丈夫だよ、ソフィアはちゃんと光属性の適性をもらっているからねと声をかけた。
「ごめんね、フローラ。わかっているけれど、あの子は僕や君の瞳の色を受け継いでいないだろう?」
申し訳なさそうな声色の父がそう言った。瞳?なんでこんな話の中で瞳の色についての話がでるんだろうか?
「僕の水色でも、君のピンク色でもなかった。ソフィアの瞳は何色だ?髪の色と同じ金色なんだよ。
この世界では魔法適性は瞳の色と深い関係があるとされているだろう?水色なら水属性、赤色なら火属性のようにね。
ならばソフィアの瞳の色である金色とはなんだろうか?
そんな例はないんだよ。」
そんなこと今初めて知った。そう言われてみれば、風属性のウィリアムやノア王子はエメラルドグリーンで、とってもすごい炎の魔法を使っていたミラさんは濃いルビーのような瞳だったと思い出す。
瞳の色と魔法適性の関係性がみんな知っていることなのに、どうして金色の瞳が光属性の適性だということは知られていないのだろうか?
そもそも、この金色の瞳は光属性に関係ない?もしかして、例外もある?
「ロータス、例外はあるわ。本当に稀だけれど、魔法適性と瞳の色が全く違う人もいるし、普通は一つの属性しか授けられないはずだけど二つの属性を授けられる人だっていると聞いたわ。
ソフィアだってきっと何かの例外なのよ。それこそ、貴方に似てとってもすごい水属性の治癒魔法を使えるかもしれないでしょ?」
父と母の話している瞳の色と魔法の適性の関係性にも例外がある...そう考えた時、とある人の顔が思い浮かんだ。
それはレイラだった。
彼女は私とロティを襲撃から守る時に土属性の魔法を使っていたけれど、レイラの瞳の色は水色だったはずだ。もしこの人生でもレイラに会って仲良くなれたら聞いてみようと決めた。
「そうだね、そうだと信じよう」
「さ、そろそろ出発の準備をしましょう?私はもうできているから、貴方の準備ができたらソフィアを呼んでくるわ」
「わかったよ。」
リビングの中から椅子をひいて立ち上がる音が聞こえたので私はなるべく音を立てないようにトイレへと向かった。
さっとトイレをすませて、部屋へと戻るとちょうど母が呼びにきていた。
「ソフィア、そろそろ出発するわよ。リビングまで出ていらっしゃい」
「はーい!ママ」
母に呼ばれてリビングに向かうと、父はしっかりと仕事着に着替えていた。ソフィアの記憶によると父はどうやら小さな診療所で平民や貧民向けの治癒師をしているようだ。きっちりとした白衣に似た服は、優しそうでふわふわした感じの雰囲気を持つ父にはちょっと似合わない感じがした。
「それじゃあ出発しようか」
ヒロインは婚約破棄させたい! まいひめ @maihime0805
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