一章 ヒロインは婚約破棄させたい
第1話 初めての異世界と出会い
自分の部屋では感じることのない、優しい太陽の光と暖かさを感じて目を開いたその先には、日本にはない景色が広がっていた。
私は驚きのあまり声を失ってしまった。ついさっきゲームを終えて、自分の部屋のベッドで眠りについたはずなのに、次の瞬間にはこんなところにいるなんて信じられなかった。
とりあえず落ち着かないと思いながら深呼吸しつつ自分の周りを見渡した。レンガと鉄によく似た見た目の金属(でもどこか鉄とは違って何かが含まれている気がする)で作られた大きな門の奥には、これまた日本では見慣れない様式なのにどこかで見たことがあるような建築物が建っている。
そして、そこに向かって歩いていく人々が皆同じ服に身を包んでいた。そのほとんどが15.6歳くらいの年齢の少年少女で、友人達と仲よさげに話しながら門をくぐっていく。
背景こそ違うものの日本の高校のような雰囲気に、ここはきっと学校なのだろうとなんとなく察した。
ただこの既視感はどこからくるのだろうか、一体私はこの建物をどこで見たのだろうかと頭の中の記憶を漁る。
しかし、あと少しのところで思い出せず私は頭を横に振った。その瞬間視界の端にうつった女生徒を見て思い出した。とても優雅で上品な銀色の髪の女生徒だった。あの人はさっきまで遊んでいたゲームで、主人公と敵対していた悪役令嬢じゃないか?そう思った時に私はこの既視感の正体を思い出したのだ。
あぁ、ここはさっきまで遊んでいたゲームの世界に似ているのだ。この独特な様式の建物は主人公の通っていた学園にそっくりで、周りをゆく人たちの服装もその学園の制服だと気づいた。
ということは、私は寝る前までやっていたゲームの世界に入ってしまっていて、ここがクレアフュール学園、主人公たちの通う場所なのだろうか。異世界転生や転移ものはあの非日常感が好きで好んで読んでいたが、まさか自分がその立場になるなんて誰が想像できただろうか。
「ここがあの...。」
あまりにも壮大な光景にぽつりと言葉が溢れた。
ところで、今はいったいいつなんだろうか。さっき見た悪役令嬢に似た女生徒ももしかしたら別人かもしれないということに気付いてしまった。残念なことに遠目にしか確認できなかったから本人だという確証は持てない。できれば主人公のいる時代であってほしい。
景色を見るために少し上がっていた顔が不安により少しずつ下がっていく。その流れでゆっくりと自分の服装を見た。道ゆく人々と同じ制服を身につけておりリボンは赤色だった。
赤色といえば2年生に編入した主人公もその色のリボンをもらって身につけていた。ただこの学園でリボンは入学した時に色が決まり、そのまま3年間使用するからこれだけでは学年はわからないと肩を落とした。
そうしていると少し上からから声が降ってきた。
「初めまして、君が噂の編入生かな?」
聞き覚えのありすぎる声にばっと顔をあげると、そこにはみさとの推しである第一王子ウィリアムがいた。あまりの衝撃に声の一つすら出せない私をおいてウィリアム王子は話を進めていく。
「僕はウィリアム。第一王子のウィリアム・セレスティナだよ。君が今日転入してくる聖女で間違いないかな?名前を教えてくれるかい?」
太陽の光を反射して輝く
「ソフィアです、ソフィア・ルミエール」
無意識に口をついてでた名前は主人公のものだった。自分は主人公なのだと自覚した瞬間目の前にキャラクター紹介画面やセリフの吹き出しなどゲーム画面のようなものが現れた。
名前:ウィリアム・セレスティナ
年齢:17歳 (3年)
第一王子であり王位継承権第一位。クレアフュール学園貴族科生徒会長。
好きなものは辛いもの、魔法の勉強。
嫌いなものは甘すぎるもの、多すぎる書類仕事。
好感度:普通
名前に年齢、好物まで教えてもらえるなんて、この世界はどこまで都合のいい便利な世界なんだと感心した。
「素敵な名前だね。ソフィアはこれから教員室に向かうのかな?」
「はい!学園に着いたら教員室に来るようにと言われてますので!」
「では、君さえ良ければ僕が案内しよう」
「いいんですか?」
「もちろんだよ、さあ行こうか」
なんてことないかのようにすっと差し出された手。それと同時に選択肢が浮かび上がる。
【ウィリアムの手を取りますか?
①はい ②いいえ 】
選択肢もくれるのかよ!って叫ばなかった私を全力で褒めたいところだけど、そんなことは言ってられそうにないので話を進めよう。
ここで一人取り残されてもこれから先どうすればいいのかなんて今の私にはわからないし、何より主人公も彼の手を取って教員室に案内してもらっていたから特に問題はないだろう。
なら①を選ぼうと心の中で思った時、目の前に出ていた選択画面が変化した。ぴこんと何かの通知音のような音が鳴り①が選ばれた。
そして私の体は差し出された手をとって、彼に促されるまま歩き出した。自分の体のはずなのに、どこか違う誰かに操られているかのようなそんな感覚を覚えた。まさか、そんなことはないだろうとすぐにその考えを振り払った。
ウィリアム王子に連れられて教員室に向かう道中、周りの女生徒の視線が少し痛い気もするが、そんなことはどうでもよかった。それよりも問題なのは自分が主人公であること。
私が遊んだのはウィリアム王子分のストーリーのみで、そのほかのキャラクターのことは全くと言っていいほど知らない。好みや現在の好感度は見せてくれるとはいえ何が正解の選択肢なのかも分からないし、なによりどうすれば元の世界に戻れるかも分からない。
家族も友達もいない、見知った顔一つとしてないであろうこの世界を思うとさみしさと不安、恐怖が私の心を覆い尽くしてゆく。そんな状態でも時間は無情にも進んでゆき、気がつけば私は教員室と書かれた部屋の扉の前に立っていた。
「着いたよ、ここが教員室。」
ウィリアム王子の声で教員室に着いたことを知り、考え事をしていて少し上の空だった意識をそちらに向けた。目の前にはウィリアム王子よりもはるかに高い扉があった。その近くに教員室と書かれたプレートがあった。
「先生の名前は覚えているかな?」
ウィリアム王子にそう問われたが、私自身はまったくもって覚えていない。先生なんてほとんど出てこなかったし、名前ですら超序盤の自己紹介くらいでしか出なかった人だ。
しかし、ソフィアはそれをしっかり覚えていたようだ。ソフィアの記憶を探すと先生の名前がしっかり思い出せた。
「ファンミア先生です」
「ファンミア先生か。
ファンミア先生だと、2年1組だね。私の婚約者やその友人も同じクラスだから仲良くしてもらうといいよ。さて、私がファンミア先生を呼ぶから少し待ってね」
ウィリアム王子はそういうとコンコンとドアをノックして開けた。開けてもらうとか返事が返ってくるまで待たないのかとちょっとだけ思ってしまったのは日本人のさがだろうか。
「失礼します、ウィリアム・セレスティナです。ファンミア先生はいらっしゃいますか?」
好奇心に駆られてしまったので、ウィリアム王子の後ろからこっそりと教員室の中をのぞいてみた。
見える範囲だけでも広いなと思える室内には、一人一人のスペースがしっかりと確保されるようにと考えられているであろう間隔で机や椅子、棚などが設置されていた。
あまり教師についてゲームでは描かれてなかったが、貴族科は生徒だけではなく教師も貴族なのだろうということが学園側の先生への対応から察することができた。
他に何か見えないだろうかと目を凝らしていると、奥の方から一人の男性が歩いてきているのも見えた。艶のある黒髪をなびかせながらこちらにきて笑いかけた。
「おはようございます、ウィリアム王子。
今日は一体どういったご用件でしょう」
名前:アシェル・ファンミア
年齢:25歳
2年1組の担任。
好きなもの:本全般、図書館
嫌いなもの:うるさい場所、うるさい人
好感度:普通
「おはようございます、ファンミア先生。
ちょうど門のところで編入生に会いましたので、教室に行くついでにと編入生を案内してきました。」
ファンミア先生はウィリアム王子の背に隠れて様子をうかがっていた私とどこかを見比べて、少し驚いた顔をしてみせた。
しかし、すぐに取り繕って私やウィリアム王子に向いて笑顔をつくった。
「それはそれはありがとうございます。
これから迎えにいくところでしたので、行き違いにならなくて良かったです。」
「そうだったのですね。私の役目はここまでのようなので私は失礼させていただきます。」
先生に一礼した後こちらに向いてウィリアム王子は笑いかけてきた。なんだろうと思っていると彼は口を開いた。
「ソフィア嬢、今日の昼食なんだが、もしよければ一緒にどうかな?」
【ウィリアムと昼食の約束をしますか?
①はい ②いいえ】
本日二度目の選択画面が出てきた。さっきは急に知らない世界にいたことで動揺していて気が付かなかったけど、少し時間の流れが遅くなっているように感じる。
ウィリアム王子もファンミア先生も止まっているような気がした。少しばかり選択について考えられるということだろうか。私に対してすごく優しい世界なんだなだと思った。
まぁ、今回に関しては悩む必要なんてないんだけれど。今の私に頼れる人なんてこの人以外にいないのだから、この人からの好感度を下げるような行為をしないように努めないといけないのだ。
確かウィリアム王子は主人公に遠慮されたり素っ気なかったりするようなどこか距離を感じてしまうような態度で接されることが好きではなかったはずだ。理由はあまり覚えていないけれど、遠慮せず語らえる友が欲しかったみたいな感じだったはずだ。
なら私が選ぶのは①がいいはずだ。①を選ぶと周りの人も動き始めた。やっぱり時間の流れが遅くなっているというのは間違いではなかったんだと実感した。
「私でよければぜひ」
そう答えて笑ってみせると、驚きながらもどこか嬉しそうな顔をしたウィリアム王子がいた。
「本当かい?じゃあ二限目が終わった後にでも迎えにいこう」
「流石にウィリアム王子に迎えにきてもらうなんて申し訳ないです」
先生が目の前にいる手前、いくら食堂の場所を知らないとはいえ、この国の第一王子に対して迎えに来てください!ぜひお願いします!!なんて言えない。
言おうものなら不敬罪に問われてもおかしくないレベルのものだ。遠慮しないにも限度があることを理解してくれるといいのだが。
「いいんだよ、遠慮しないで。編入してきてまだ食堂や教室の場所もわからないだろう?案内がてら一緒に行こう」
ウィリアム王子からの押しが強い。それどころか彼の斜め後ろからの言葉はないが笑顔での圧もすごい。‘王子の心遣いを無下にする気か?’と言わんばかりの笑顔である。
「わかりました!では教室でお待ちしてますね!」
私のその答えに満足したのか、彼はまた笑って頷き、また後でと残して去って行った。
彼の歩く音が遠くなった後、残された私はその間ずっと黙っていた先生の方を向いた。どこか何かを言いたげな表情で、ウィリアム王子の去っていった方向を見ていた。
「ファンミア先生?」
そう呼びかけるとこちらの存在を思い出したようで、また柔らかく微笑みを浮かべた。
「あぁ、放置してしまってすみません。
ソフィア・ルミエール嬢ですね。お迎えに行けず申し訳ありません」
そう謝罪の言葉を述べながらも彼は頭を下げなかった。彼は先生だ。私が平民出身であることを間違いなく知っている。私が聖女である以前に平民であることが彼をそうさせているのだろう。
「しかし、予定の時間より少し早いようですが?なにかありましたか?」
なるほど。迎えに行けなかったのは私が早く来すぎたからと言いたいらしい。
「迷っては行けないと思い、少し早めに神殿を出ました。そうしたら思いの外、早く着いてしまったみたいで」
「ふむ、時間前行動を心がけられるのは良いことですが、貴女は聖女ですからあまり一人になりそうな行動は身を守るためにも避けるようにしてくださいね。今回は第一王子殿下がいらっしゃったおかげでなんともなかったようですが」
口調にどこかトゲがあって、心配しているように見せかけてどこか嫌味を含んだ物言いだと感じた。しかし、反論したとてこちらの立場が悪くなるだけだということはよく知っている。
「わかりました。」
そう言うだけにすることにした。謝罪する必要も特にない。私が変わる前のソフィアは何も間違ったことをしていないのだから。
「では、今から学園について少し説明しますので中へどうぞ」
ファンミア先生はそう言って踵を返し、教員室の中へ入っていった。
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