ヒロインは婚約破棄させたい!

まいひめ

序章 ××は異世界転移させたい

第0話 始まりは突然に

 2月14日、バレンタインデー。


 開け放たれた窓から冷たい風が部屋に吹き込む中、一人の少女が小さな緑色の包みを手に机の前に立っている。冷たい風もゆらめくカーテンも、朝の訪れを知らせる小鳥の鳴き声でさえも彼女の心を惹くことはかなわなかった。彼女の瞳はただ一点を見つめていた。


「……ようやく、ようやくこの時が来た」


 彼女の瞳が涙で潤む。冬の朝日に照らされて彼女の宝石のような瞳が一際輝きを増した。まだ見ぬ未来への不安と少しばかりの希望を携えて。


「待っててね、きっと幸せになれるから」


 そう言い残して彼女は緑色の包みをカバンに入れ、部屋を後にした。


 部屋に残された光が、同じように残された少し大きめの青い包みを優しく照らしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


20XX年 日本


「一回でいいから!!なんなら私の推しのこの第一王子エンド分だけでもいいからこのゲーム遊んでみてよー!!お願いあかり!!」


 私の名前はあかり。この小説の主人公といったところだ。


 私は今、放課後になって人のいなくなった静かな教室で日誌を書いている。そんな私の前ですごく興奮した様子で声を上げる人がいた。


 彼女の名前はみさと。


 みさとは私の親友だ。黒髪黒目の純日本人みたいな私とは違って、明るめの茶髪をサイドテールにした、女性の私から見ても可愛い彼女はよくモテたし、その隣にいた地味な私はよく比べられた。それで嫌な思いをしたこともあったけど、共通の趣味があったおかげかそれとも彼女の性格のおかげか小学生の頃に始まった私たちの関係は高校生になった今でも続いている。


 まぁ、私とみさとの関係についてはこの辺にしておこう。それ以外はこの小説が進んでいけばきっとわかるはずだ。


 興奮収まらぬといった様子の彼女の手には『真実の愛に魅せられて』のファンブックが掲げられている。表紙になっているのは顔立ちの整った、いかにも攻略対象らしい男性たちで、彼女の指がその中の一人を指している。


 ゲームが大好きな私だがどうしてもできないジャンルがある。それは乙女ゲームと呼ばれるものだ。恋愛小説もドラマも見れないことはないがあまり好みではないし、作り物とはいえ人様の恋愛をのぞき見ているような気持ちになっていたたまれないのだ。


「私あんまり乙女ゲーム得意じゃないんだよねー。なんて言ったらいいの?そういう恋愛ものの漫画とか小説読む分にはまあなんとかなるんだけど、いざ自分が選択して恋愛するっていうの?ちょっとね…」


 そう返してみさとの方を見るとみさとはにやにやした顔でこちらを見ていた。


「なに?」


 不機嫌さを隠すことなく顔に出したまま、ちょうど書き上げた日誌の上にペンを置く。


「あかりって恋愛とかしたことなさそーだもんね!こういうのは恥ずかしいかー!!」


 限界まで口角の上がった口元の高さまでファンブックを持ち上げ、笑っているのを隠すような素振りを見せるみさと。


 確かに恋人なんて生まれてから17年一人たりともいたことはなかったが、別にそんなことは関係ないはずだ、と思う。自信はないけれど。


「べつに、そんなんじゃないよ」


 そう言い返すと、待ってましたと言わんばかりに前のめりになって顔をキラキラさせる。


「じゃあできるよね!ゲーム機本体も貸してあげる!今週金曜から祝日で三連休だから遊んでみてさ、来週の月曜日にでも感想聞かせてよ!いやー、絶対ハマると思うんだよね!ネタバレになるからあんまり詳しくは言えないんだけど隠しキャラとか特にあかりの好みだと思うんだよ!」


「待って待って、なんでそんなこと言い切れるの?」


 あまりにも自信満々に言いきったみさとに笑いがこみ上げてくるが必死に耐えてそう聞いた。


「親友としてのかん!かな?」


「なにそれ」


 こらえていたのに思わず笑ってしまった。いったいどこからそんな自信がわいてくるのだろうか。確かにいろんなアニメの感想を語り合ったことはあるし、その中で何人か気に入ったキャラについて話したこともあるけど基本的に私は聞く専門で話してるのはいつもみさとの方だった。


 でも、みさとの勧めてくれるアニメや漫画にハズレはほとんどなくて、私も好きになる作品ばかりだったから今回もそうだろうと、私は初めて本格的に乙女ゲームを遊んでみることを決めた。


「じゃあ、借りていこうかな。とりあえず、そのみさとの推しの第一王子だけでも今週末中にクリアしてみせるよ。」


「そうこなくっちゃ!じゃあ今日の帰りにうちに寄って持って帰ってね!いやー、あかりの帰り道に私の家があるって便利だなー」


「はいはい」


 うれしそうにファンブックを抱きしめるみさとに適当に返事を返しつ帰り支度を済ませた。


「荷物まとめ終わったー?じゃ、日誌おいて帰ろー!さ、早く早く」


 みさとに背中を押されながら教卓に日誌を置き、荷物をまとめて学校から出て帰り道を二人でみさとの家まで歩いた。


 みさとの家についてすぐに


「急いで取ってくるから待ってて!」


と言い残して家に入ったみさとを待つこと数十秒。大きな物音とともにみさとの家のドアが開いた。

 

 開け放たれたドアからリビングの惨状が目につく。脱ぎ散らかされた服、学校でもらったプリントか何かの紙類、本棚に戻されない漫画などなど上げたらきりのない散らかし具合。


 そう、みさとは料理以外の家事がまるでできない女の子だった。みさとの母親は高校生だから大丈夫とみさとを残して父親の単身赴任についていってしまったらしい。


「...片付けまた手伝うよ。おばさんたちはいつ帰ってくるの?」

 

「ホント?じゃあまた整頓お願いしていい?このままだと帰ってきたお母さんに怒られそうなんだよー」


 手を合わせて首をかしげるみさと。相変わらず女である私でさえどきっとしてしまうほどのかわいさだった。


「みさとにはいつもお世話になってるしいいよ。」


 私は微笑みながらそう返す。それを聞いたみさとの顔がうれしそうなものへと変化するのは一瞬だった。


「やった!お母さん達はね、そろそろ帰ってくるらしいよー。また日程が決まったら連絡してくれるって。だから日程分かったらあかりにも連絡するね!」


「おっけー」


「いけない、本題はこっちだったね。」


 みさとからゲーム機本体とカセットの入った小さな手提げが渡される。中身の確認もかねてカセットを一度開け、中身が間違いなく入っていることを確認した後私はパッケージを眺めた。


「ちなみになんだけど、その隠しキャラってこのケースに描かれてる中にはいるの?見た感じ見た目が好みの人はいないんだけど...。」


「安心して!この中にはいないから!ストーリーによってはでてこないこともあるけど、第一王子のストーリーだと上手くいけば回数は少ないけど出てくるはずだから!上手くいかないと出てこないんだけど、もし出てこなかったら他のストーリーも見てみてよ。」


「そうするよ、それじゃまた来週」


「うん!またね」


 みさとに手を振って、私は自分の家に帰った。家に着いてすぐに食事やお風呂を簡単にすませて、ベッドに寝転がり早速ゲーム機を起動する。画面いっぱいにゲームのタイトルが映る、そして爽やかな男性の声でそれが読まれた。


『真実の愛に魅せられて』


 ファンブックで見たキャラクター達がこちらに笑顔を向けている。これが乙女ゲームかとなんだか感心してしまった自分がいた。


「確か、新規データを今何も書かれてないところに作っていいって言ってたよね」


 ゲーム機を操作してゲームを始める。


 物語は一人の少女が祝福の儀式を受けるところから始まった。


 祝福の儀式とは、適正のある魔法を女神の水晶で見極めるためのものであると説明が入った。人は誰しもこの儀式を受ける権利があり、またそのほとんどが何かしらの魔法の適性を持っている。しかし、生まれてすぐに魔法を使えるわけではなく、この儀式を受けることで使えるようになるようだ。


 このゲームの主人公である少女は平民の生まれであったためほかより少しだけ貧しい暮らしではあったが、両親に愛されて育ったおかげで誰にでも優しく思いやりのあふれる子であったようだ。


 両親と三人で仲良く暮らし、少女が十五歳になる年の祝福の儀式で少女は珍しい光属性の適性があることが判明した。


 光属性は治癒能力が格段に高く、けがだけでなく病気でさえも癒やすことができるので、見つかり次第国で保護されることになっている。保護された光属性の適性がある者は聖女の名を与えられ、魔法の勉強に加えて、帝国の歴史や聖女について、また歴代聖女達に受け継がれてきた知識を学ぶことになる。


 なぜ聖女なのかと思ったが、どうやら光属性の適正者はそのほとんどが女性で過去男性でこの適正を持てたのは一人しかいなかったらしい。それも遙か昔のことで現代の人には本当に男性に適正者がいたということはあまり信じられていないようで聖女という女性にだけつけられるような名になっていると、帰り道でみさとに教えてもらった。


 話を戻そう。


 聖女の名を与えられたものは知識をしっかりと身につけた後、大陸一の規模を誇るクレアフュール学園に二年生の春に転入することになる。プレイヤーが操作できるようになるのは、転入後からのようだった。オープニングムービーで主人公の紹介がされた後、少しだけ操作の説明とクリアのためのヒントが出された。


「なるほど、適切な選択肢を選んで好感度を上げていく感じかー。期限は約一年後の二月一四日バレンタインデーまで。できる限りがんばってみますか」


 みさとに勧められた第一王子エンドになるようにストーリーを進めていく。こういう系をあまりやったことがないとはいえ、それなりに順調に物事が進んでいきなんとか二年の二月までに必要な好感度までたまった。

 

 そこからは、乙女ゲームではありがちな断罪イベント、主人公をいじめた女の子達の主犯格である攻略対象の婚約者を国外追放した。主人公をいじめていた者達はすべて処罰され、二人の恋を邪魔する者はいなくなり、幸せそうに笑い合う二人の顔が映ったのち画面が暗転した。


 そして真っ黒になった画面に


『悪役令嬢は追放され、貴女は皇子様と結ばれて幸せに暮らしました。めでたしめでたし』


と言う白い文字が浮かび上がった。


「え?こんな終わり方ある?おとぎ話みたいな終わりかたしたけど・・・。こうもっと後日談的な幸せそうな二人の暮らしとか見せてくれないものなのかな。」


 なんだか納得のいかない終わり方に唖然としてしまい、しばらく何一つとして変化のない画面を眺めてしまった。ボタンを押せばこの画面は消えてエンディングの音楽とスタッフロールが流れるのだろうけど押す気持ちにはなれなかった。頭の中にさっき見た幸せそうな二人の顔が思い出されてなんともいえない気持ちになる。


「幸せに暮らしたって言ってるから、きっと幸せにはなったんだろうけど、やっぱり納得いかないよね。分からないことだらけで終わったし、敵だった悪役令嬢は追放したけどほかにも問題は多そうだし・・・」


 こういうことを考えてしまうからこんなゲームがむいてないんじゃないかと思ってしまう。作者が幸せに過ごしたと書いているんだから彼らは幸せになったことは理解している。それでも腑に落ちないのだ。


「まだ攻略対象一人分のストーリーしか読んでないから分からないことだらけなのかな?あと隠しキャラも含めてあと五人は攻略できるキャラがいるし、そこで分かることもあるのかな。」


 そう独り言をこぼしながらなんとなく窓の方にある時計を見た。カーテンの隙間からあふれた月の光に照らされた時計が十二時過ぎを指し示していた。ゲームを始めてから約三時間以上経っていた。


 これから残りの五人分のストーリーを進めようとすると、単純計算でもここからさらに十五時間以上かかってしまうことになる。夜が明けるだけじゃすまないレベルの時間が過ぎてしまう。流石に今日は切り上げることに決めた。今週末は三連休で、時間はまだまだあるから今急いでやることでもないと思ったからだ。なにより、急いでやることで内容がきちんと頭に入らず理解できないまま終わってしまうのがいやだと思った。


 少し開いていたカーテンを閉めて、ベッドに戻り電気を消す。自分しかいない部屋でいつも通り誰かに言うわけでもなく


「おやすみなさい」


 そうつぶやいて私は眠りについた。私の寝息だけしか聞こえないはずの部屋で、優しそうな声の女性が何かを言っていたなんてそのときの私は知るよしもなかった。


「おやすみなさい、愛し子。これからの貴女にはいくつもの試練が待ち受けていることでしょう。それでも貴女があの世界で幸せになれることを私は願っております。」











⭐︎登場人物紹介コーナー

あかり:この物語の主人公の女の子。

 肩口までのさらさらな黒髪に澄んだ黒い瞳の自称どこにでもいる普通の子。アニメやゲームが大好きで、ほとんどのジャンルを楽しんで見たり遊んだりできるが、恋愛ものだけは少し苦手意識があった。

 今回、親友に勧められて初めての乙女ゲームにチャレンジしたら、ゲームの世界に飛ばされてしまったついてない子。


みさと:あかりの親友。

 少しくせっ毛のある茶色の髪をサイドテールにまとめた女の子。可愛らしい見た目だけでなく、明るく活発的で、誰にでも優しいため男女問わず好かれやすい。友達は多いけれど、昔自分を救ってくれたあかりと過ごすことがなによりも大好き。

 実はあかりとの話題を増やしたくてアニメを見始め、気がついたらあかりよりもいろんな種類のアニメを見るようになっていたというのはここだけの話。

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