第12話 バイオテロ扱いされた件

 ところで、カツキのいた元の世界の日本においては、バイオテロならぬ『ミントテロ』というものがある。


 自然と交雑するほど繁殖力が強く、元々匂いの強いミントは、一度根付けば最後、あたり一面がミントだらけになるほど増える。元いた植物を駆逐して繁盛するそのたくましさと生命力の強さから、家庭菜園や庭作りに勤しむ人々に蛇蝎の如く嫌われているのだが、何せミントは根っこのかけらがあるだけで増殖してしまうほどだ。根絶は困難、見つければそれこそ除草剤を撒くしか殲滅方法はない。他の丹精込めて育てた植物もろとも、だ。


 まさにそこにあるだけでテロ行為にも等しい存在であるミントだが、カツキはふとコルムの祖父が遺した書物から、ある記述を発見した。


「えーと……魔物は摂食をしない、原始的な本能に従って動く存在である。しかし、やつらはなぜか匂いの強い草花を嫌う。特にミント、薄荷はっか油などは効果的で、古の伝承によれば魔物に追われていてミントの群生地に逃げ込み助かった例もある。大陸西方のとある宗教では、魔物避けに薄荷油を使う習慣があるとも聞く……か。ミントねぇ……チョコミントくらいしか思いつかないんだけどなぁ」


 当然ながら、園芸知識のないカツキはミントテロの単語さえ知らない。ミントの繁殖力はおろか、集めるとその匂いが爽快を通り越して鼻の曲がるすさまじいものとなることも知らないでいた。


 さっそく、カツキは翌日、エーバ村長に頼んでミントの苗を入手した。怪訝そうなエーバ村長へ「魔物対策です」と言って受け取ったのだが、最後までエーバ村長はミントへ警戒心を持っていた。


 その理由を知らず、カツキはログハウスの前に作っていた小さな花壇へ、肥料と水をたっぷりと与え、ミントを一株植えたのだ。


 そのさらに翌日、アイギナ村の村民総出となる大事件が起きた。無論、カツキの植えたミントが大繁殖したのだ。たった一晩で村の道という道を緑の葉っぱが埋め尽くしはじめたため、土を掘り起こして根っこごと焼却する事態となり、農民たちは畑を守れと慌てて鍬やスコップで土を掘り返してミントの増殖を食い止める三昼夜かけての大騒動となった。


 麦が一日で収穫できるほど生育するような超促成栽培を実現する祝福ギフト農耕神クエビコの手』による、最悪のバイオテロ事件の顛末である。




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 それから数日後。


 青毛の愛馬にまたがり、ルネがアイギナ村へ再びやってきたのだが——やけに新しい土で覆われている道のりを不審に思いつつも、ルネはログハウスの扉を勢いよく開けた。


「大ニュースよ! あら、アスベルだけ? カツキは?」


 ログハウスの台所にいたのは、シチュー鍋を混ぜるエプロン姿のアスベルのみだ。ルネが部屋中を見回すが、カツキの姿はない。


 すっかり主夫となったアスベルは、オーブンから焼きたてのロールパンを取り出し、ルネへ渡しついでに答える。


「ほら、焼きたて。あとカツキなら裏の井戸だよ」

「あらどうも。井戸ねぇ、今度は水質調査でもしているのかしら」


 マナーとして、決して歩き食いや立ち食いを許さない貴族のルネは、テーブルにつきロールパンを食べていた。そういうところに育ちが出るな、とアスベルは感心していたが、それどころではない。


「あいつな、魔物避けのミントが増えすぎてどうにもならなくなったから、枯れ井戸をちょっと埋めてそこで育てることになったんだよ。もう苦情がすごくてな、ミントは農家の天敵だってんで」


 ミント、という単語を聞いたおかげで、ルネはやっと気付いた。ログハウスのあちこちに、干したミントの葉やガラスの器での水耕栽培の苗、すり鉢の中に粉末にすりつぶしたであろう謎の緑色の粉などがあることを。


 意識しなければ料理の匂いで誤魔化されていたのだが、今更ながらミントの強烈な爽やかさが鼻につく。明らかに嫌そうな顔をしてパンを飲み込んだルネは、ニュースよりもこれを何とかするほうが先だ、とばかりに指差す。


「何なの、これは! いくら何でも……ちょっと待って、まさかそっちの寝室にある袋の山、全部ミントなの!?」

「ご名答。カツキが今日収穫した分だ」

「どこか倉庫でも借りるか、外に置きなさいよ」

「残念ながら、この村の誰ももうミントのために倉庫を貸すなんて馬鹿な真似はしない。匂いもきついし、万一発芽すればそこから大繁殖の大惨事だからな」

「……外に置くと、そこから発芽するの?」

「ああ。ちなみにあの袋はしっかり蝋引きしてあるから根が生えたりはしない。密封できるブリキの缶かでかい鍋があればよかったんだが、こないだ村長が近くの商業都市に発注してくれた分がまだ届いてないくらいだ。しばらく臭いぞ」

「なんてこと、これじゃおニューの香水の意味がないじゃない!」


 キーっとルネが取り出したシルクのハンカチを鼻と口に当て、文句を言う。


 そこへ、タイミング悪くカツキが帰ってきた。


「閃いた! ミントはお茶にする!」


 籐籠とうかご一杯のミントを摘んで帰ってきたカツキの姿は、ルネが一瞬目を丸くするほど短い間で変化していた。


 もっぱらカツキは農作業や屋外での調査活動が多いため、肌は焼けて小麦色だ。真新しいチェック柄のリボンが巻かれた麦藁帽子を被り、土汚れの目立つ綿のオーバーオールと袖留めで肘までめくった草木染めのシャツを着ている。


 何とも健康的になり、現地に溶け込んだ『英雄』の一人を見て、ルネは複雑だ。先日の『先遣隊』や『救援隊』の一件、城での王女派と『英雄』たちの立場が悪化しつつあること——巡り巡って、それはカツキの成果を受け取ってルシウスが国王に掛け合ったせいでもある。


 だが、ルネは今それを伝えるのは躊躇われた。楽しそうで、健康的になった少年の笑顔を見ては、どうしても言葉を呑み込んでしまう。


 自他を誤魔化すため、ルネは憎まれ口を叩く。


「嫌よ、そんな青臭いお茶。他のハーブにしてちょうだい」

「えぇ……アスベル、これお茶に」

「俺はもうミントは一生分食ったからいらない」

「そんなこと言わないで、消費に貢献してくれないと大変なことに」

「もう燃やせよ」

「それがいいわね」

「だめ! 僕が可愛がって育てたミントだから!」

「ご近所迷惑でしょう。焼き捨てなさい」


 この一時間後、イヤイヤ期の二歳児のように断固拒否して泣きそうになったカツキに根負けし、結局アスベルはやかんでミントティーを作ることになるし、ルネはそれを試飲させられることとなる。


 しかし、カツキも分かっていた。


(このミントが魔物避けになるとしても、植えて回るのは非効率的すぎるから、他の何かを考えないと……うーん、ミントを使う……清涼剤? エキスを絞る?)


 そこでやっとカツキは思い出す。コルムの祖父が遺した書物に「魔物避けに薄荷油を使う習慣がある」という記載があり、ミントから薄荷油を作れるのだということを。


「そうだ! 薄荷油を作ろう!」


 ミントの有効活用方法を思いついて嬉しくなったカツキは、ログハウスを飛び出していった。


 そのため、残った二人が大量のミントティーをこっそり捨てたことはカツキにバレなかった。

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