第13話 モフモフに避けられたけど新たな……モフ恋な件

 昔から、カツキは思いつきで行動することが少なくない。


 生物科学部に入部したときもお菓子に釣られてそのままだったし、先日の召喚された際に逃げ出すときも思い立ったが吉日とばかりに行動した。別に思い切りがいいわけではなく、善悪や損得勘定よりも、何となく悪くないほうを予見してさっさと進んでしまう性分だった。細かい理屈は後からでもつけられるし、大きく損をしないのならそれでいい、と大雑把なところもある。


 ある意味ではお人よしのように捉えられるし、アバウトで考えなしだと怒られることもある。しかし、今のところ手痛い失敗はしていないので、カツキは自分の感覚に従って動いていた。


 だから、薄荷油を作る、とログハウスを飛び出したはいいものの、どうやって? という問題については今、新しい土が敷かれた道を歩きながらだった。それも、目的地は特にない。


(やっぱり大掛かりになるなら、村の人たちの協力が欠かせないよな。魔物避けにするくらい作る、となるとミントと材料はどれくらい必要なんだ? そもそも薄荷油なんて作ったことない……誰か作り方を知ってるかな)


 カツキは肥料のおかげもあってか成長著しい麦畑に囲まれた道の真ん中で、あたりをキョロキョロと見回してみた。遠くに粗末ながらも風車があり、家もポツポツと建っているが、こちら側のコルムの家の畑はまだ人が入っておらず誰も見つからなかった。


 その理由は色々とあるが、とりあえずその一つは……今夜が満月だからだ。


 新月と満月の日は、人狼ウェアウルフたちは上手く変身ができなくなる。特に満月の日はうっかり浮かれて暴れてしまうため、早めに仕事を済ませて屋内でリラックスするのだそうな。


 なので、カツキは呼びかけた。


「コールーム! ちょっと来てくれ!」


 カツキは誰もいない麦畑に向かって、大声で叫ぶ。腰ほどの高さの麦が風に吹かれているが、収穫までもう少しかかりそうだ。しかし、動物たちにとっては今でも十分美味しく食べられるらしく、家畜の山羊や羊は飼育舎に入れればいいものの、野生動物や森に放牧している豚の襲来を防ぎ切るためにはひと工夫が必要だった。


 それが、人狼ウェアウルフたちの見回りだ。日中なら必ず誰かが麦畑にいる、コルムの家は一番若いコルムが担当になることが多い。


 案の定、クリーム色の狼の姿をしたコルムが、麦畑からのそりと姿を現した。


 ちょっと怒った顔をして、カツキに問いただす。


「カツキ、ミント処理してくれた?」


 プンスカした毛むくじゃらの生き物は、カツキから漂うミント臭を速やかに察知し、一歩引いた。


 カツキが手塩をかけて育てたミントは、実は『農耕神クエビコの手』によって品種改良がなされ、もはや別種と言えるほど香り、生命力の強い品種になっていた。


 その匂いの強さたるや、何も知らないコルムが葉っぱ一枚をひと嗅ぎした瞬間、気絶してしまったくらいだ。狼の鋭敏な嗅覚に、ミントの強烈な香りをさらに強力にしたものはさすがにまずかった。


 それ以来、コルムはカツキにむやみやたらと近寄ろうとせず、遠巻きに会話するようになってしまったのだ。


 せっかく懐いていたもふもふな生き物に警戒感を露わにされ、カツキは己の罪深さを反省する。


「なんか……ごめん」

「うん、本当にそう思うなら駆除して」

「ごめんって、コルム。それで少しでもミントを減らすために、っていうか魔物避けの実用品にするために、薄荷油作りをしようと思ってさ」

「俺は手伝わないからね」

「分かったから、村でミントの匂いが大丈夫な人を集めてくれよ」


 コルムは「もう、調子がいいんだから」などとぶつぶつ言っている。これは日を改めて好物の干し肉をプレゼントして機嫌を取るしかない。


 カツキがコルムに近づけずにいると、コルムは耳をそばだて、くるっと顔を道の先へと向けた。カツキが同じ方向を見ると、ロバくらいの大きさの——人の上半身と銀と黒の毛の山羊の体を持つ、カラフルなポンチョと山羊の体まで覆う刺繍入りローブを着た、おそらく少女が遠くにいた。


 初めて見る種族に驚き、カツキはコルムへ問う。


「コルム、あの子は?」

「ああ、隣村の獣人サテュロスの子だよ。最近来てなかったけど、何かあったのかな」


 そう言うと、コルムは先に少女のもとへと駆けていった。カツキもその後を追う。


 栗色のウェーブがかった髪を後ろで留め、小さめの山羊の角を両こめかみに生やした獣人サテュロスの少女は、走ってくるコルムを見つけて可愛らしい笑顔を浮かべて迎える。


「よかった、コルム、久しぶり!」

「うん、元気そうでよかったよ、ラス。どうしたの? また牛の病気か何か?」

「それは大丈夫。あなたのお祖父様が遺してくれた薬と対処法のおかげで牛たちは元気よ。でも」


 獣人サテュロスの少女はため息を吐いていた。


 やっと追いついたカツキが、コルムから獣人サテュロスの少女について紹介を受ける。


「カツキ、彼女はラスナイト。隣のレストナ村に住む牛飼いの一人だよ」

「よろしくね。あなたのことは聞いているわ、作物をあっという間に豊作にする祝福ギフト持ちの子でしょう? 素敵ね」


 ラスナイトは、カツキへ満面の笑みを見せる。


 そのときのカツキの気持ちをどう表すべきか。本人は獣人サテュロスとはいえ少女——アイドル並みの小顔とぱっちり大きな緑色の神秘的な目、まるで絵画に出てくる少女神のような——を前に、なぜだか心臓が止まりそうだった。


 というより、カツキはモテない。異性と付き合ったこともなければ、事務的な会話以外をしたことなど身内を除けば生物科学部の地味な先輩女子部員二人とだけだ。それも、思いっきり子どもか弟扱いされてのことだ。


 であれば戸惑うのも無理はない。どう返事をすればいいか分からなくなった一端の思春期の少年カツキは、やっと思いついた挨拶を口にすることが精一杯だ。


「え……あ……こ、こんにちは」

「はい、こんにちは。ちょうどよかったわ、頼みがあるの」

「た、頼み?」

「ええ。牧草地を見てもらえないかしら。最近、牧草が生えなくて困っているの。今年に入って一気に土地が痩せたような気がして、このままじゃ放牧を続けられないわ」

「それは大変だ! カツキ、薄荷油作りのことはエーバ村長に伝えておくから、ラスのことを頼めないかな」


 カツキが「え?」と言う暇もなく、コルムはさっさと話を進める。いつになく主体的なコルムから理由を聞いてみれば、それも道理だった。


「多分、エーバ村長はミント騒動でカンカンだから、ついでに俺が取りなしとくよ……」

「あ、うん、本当ごめん。頼んだ」


 アイギナ村において、先日のミントテロにもっともブチギレたのは、エーバ村長である。村中の道の掘り返しと再舗装、畑への影響を最小限に抑えるための徹底的な草むしり、それらを村人を総動員して指揮し、やっと終えたあと、カツキはエーバ村長からこう言われた。


「予想できなかったんだから今回はしょうがない。でも次はないよ、分かったね?」


 これにはカツキも無言で首を縦に振り、猛省するしかなかった。カツキが可愛がっているミントの栽培を泣く泣く古井戸へ押しやった最大の要因である。


 そのうちエーバ村長のご機嫌取りもしなくてはならないカツキは、コルムにまず取りなしを依頼することが賢明だと判断する。しょうがない、本当にしょうがないのだ。農家に対してミントテロをかましたカツキは、その事の重大さをやっと思い知りはじめた。


 コルムを見送り、カツキは自分よりも頭ひとつ分背の高い——体高と言ったほうがいいかもしれない——ラスナイトの困りごと解決に向け、助力を承諾した。


「分かった、行く。えっと、よろしく、ラスナイト」


 カツキはまだ動悸が治まらず、照れながらの挨拶だったが、ラスナイトは気にしない。


「ラスでいいわ。道中歩きながら、状況を話すわね」


 ラスナイトは器用に四つの蹄を返し、自身の住む隣村へとカツキを案内することになった。


獣人サテュロス……いや、それ関係ないな。可愛いっていうか、本当あの美少女っていうか、うっわまつ毛長いすげぇ! これもうあれだ、春の女神か何かだろきっと)


 どう見ても、ラスナイトは可愛い。そんな思いを募らせて、カツキは早足でラスナイトについていく。




 沼間カツキ、十三歳。今は季節は夏に差し掛かっているが、時期遅れの甘酸っぱい春の予感に気付くのは、もう少し経ってからだ。

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