第451話 新星
オールスターが始まる。
この年の注目は、当然ながら一年目にして、外野手部門で最多得票となった司朗。
一番バッターでありながら、ここまで22本もホームランを打っているので、ホームランダービーにも選出されている。
大介が怪我でもすれば、ここから追いかけてホームラン王を狙えなくもない。
あるいは打点王であれば、もっと簡単に取れるであろう。
この年の開催は、まずパの北広島ドームで行われる。
そして次がセの、東京ドームという順番であった。
せめてホームランダービーだけでも、大介が出ないものか。
そう思った人間はかなり多いであろう。
司朗は確かにホームラン数は多いが、それ以上に安打製造器というイメージがある。
それでもここまでホームランを打ってきたのは、イメージで見れば意外な話だ。
しかし数字は嘘をつかない。
高卒一年目でオールスターに出場しているのは、司朗一人である。
ただベテランの選手たちなどは、大半が父親伯父たちに、ぼこぼこにされてきた選手である。
それぞれのチームの主力がやってきている。
だがタイタンズも悟などは、事前に辞退するなどと言っていた。
このあたりオールスターも、権威もお祭り騒ぎもない。
昔に比べれば交流戦もあるため、あまり意義がなくなってきた、というのはあるだろう。
またFAによって、選手の移籍もある。
昔などは本当に、トレードぐらいしか移籍の手段がない、とも思われていたのだ。
そのトレードにしても、随分ときな臭いものばかりであった。
「ホームランダービーか」
大介が一年目から優勝していたはずだが、もちろん司朗にその記憶はない。
記録の映像はいくらでも、今から見ることが出来るのだが。
それぞれのチームから、かなり主力が出場している。
タイタンズは司朗の他に、ピッチャーも出場はしているのだ。
一日目のホームランダービーには、司朗も出場した。
パワーではなくテクニックで打つことも、司朗は出来る。
コントロールのいいボールを投げられるタイタンズのリリーフに、バッティングピッチャーを頼んだ。
そこで打った球は全てライトスタンドに運ばれ、準々決勝を突破した。
さらに準決勝にも勝ち、二日目の決勝に残る。
司朗は一番を打っているが、それは日本式の一番ではない。
メジャーにいるような、走れる一番だからこそ、ここまで打てているのだ。
オールスターに関しては、MLBの舞台で父が出ているのを、何度も見ていた司朗である。
憧れというわけでもなく、なんとなく過程の一つとして、自然と出場するものだと思っていた。
だがシーズンの試合には関係がないため、全力を出すということはない。
ただパのピッチャーとの対決機会があるというのは、なかなかありがたいものである。
試合のスタメンにおいても、司朗は一番でセンターを守った。
パは北海道から出ているリリーフが、一番手としてオープナー的に投げる。
ここで司朗はツーベースを打って、そこから先取点のホームを踏んだ。
タッチアップであるが、ほぼ定位置における外野フライのキャッチだが、余裕をもってセーフとなった。
このオールスターを、武史は自宅で観戦している。
正確には自宅ではなく、妻の実家であるのだが。
もう随分と長く、こちらを拠点としている武史だ。
それにこちらは司朗にとっては、本当の実家になっているとも言える。
故郷と呼べるのは、間違いなく千葉の田舎である。
だがあちらは田舎は田舎でも、最近は法人を取得して、少し人口が増えている。
不思議な感じだ。
今までにも何度も感じたが、それでも不思議なのだ。
子供が成長していくというものは、自分が己の経験を、追体験していくのに似ている。
武史は割りと放任というか、仕事の関係上育児や教育は恵美理に任せてきた。
なんとも真っ当な息子に育ったとは思うが、自分があれぐらいの年齢だった時は、もっと煩悩に溢れていたような気もする。
それこそ異性への興味を見せないのが、父親としては逆に心配である。
母親主体で育てられたといっても、恵美理の父も教育には参加していた。
なんだか物語の主人公のような、そんな違和感があるのだ。
甲子園の貴公子とも呼ばれ、ドラフト一位でタイタンズに入り、そしてここまでの活躍。
武史はいきなり高卒で働きたくなかったから、大学の特待生になったと言ってもいい。
兄が相方と環境を整えていてくれたため、随分と楽な大学生活が送れたものだ。
それに高校時代から、恵美理との関係自体はあったのだ。
これが直史であれば、司朗の異常性に気づいたかもしれない。
そして実際に身近に、異常とまでは言わないが、おかしいと思っている人間はいる。
この家に居候になっている、明史である。
中学に入ってこちらに住んでいるが、一年間は司朗と共に暮らした。
本人の責任ではないが、あまり運動が出来なかったために、そこは弱点となっている。
幸いなことに頭脳が明晰であったため、下手なコンプレックスは持たないはずであった。
姉や従兄弟に、とんでもないフィジカルエリートがいなければ。
明史も一緒に、このオールスターは見ている。
家族であるのだから、こういった晴れの舞台は、見ないほうが不自然であろう。
現在の佐藤家、武史の家族においては、長女がヨーロッパに留学している。
イギリスは祖父が拠点としている国なので、そこで世話になっているのだ。
明史からみても武史は、息子よりも娘に甘い。
特に長女の沙羅は、妻に似ているためか、ダダ甘である。
もちろん次女の玲を、冷淡に扱っているというわけではないのだが。
明史は玲に頼まれて、色々と音楽のソフトを使っている。
彼女は母や姉とは違い、クラシックの道に進んでいない。
最初はピアノやヴァイオリンを、それなりに弾いたりはしていたらしいが、そちらの方面には適性がなかった。
だが音楽が嫌いというわけではなく、ロックやメタルなどのポピュラー系を好んでいる。
また日本のPOPSも、よく聞いているのだ。
オールスターは問題なく進んでいった。
二日目のホームランダービー決勝は、惜しくも勝てず。
だが僅差での敗北は、その長打力を認めさせるものであった。
一番打者にしては、高すぎる長打力。
ただ盗塁の数を考えれば、それも無理はないと言えよう。
三番などに置いても、打席の数が減ってしまうだけだ。
もっとも後ろに悟がいるなら、勝負せざるをえなくなるのかもしれないが。
司朗は試合の方でも、ヒットを打っていった。
交流戦では対決しなかった、パの強いピッチャーたち。
もちろんピッチャーの投げるボールは、それぞれに個性がある。
だが特に注意するような、どうしようもないピッチャーとは感じなかった。
高校時代には昇馬と対決し、プロ入り後は直史と対決している。
また父である武史も、まだまだ強力なピッチャーだ。
パで一番と言われているのは、千葉の溝口である。
今年でポスティングからメジャーに移籍するというのは、よく言われていたことだ。
タイトルも多く取って、直史がいなければ沢村賞にも選ばれていただろう。
リーグが違ったことが、最大の幸運であったとも言われている。
そもそもセは上杉の全盛期に、武史の全盛期や直史の復帰後が重なっているので、かなりひどいリーグであったのだ。
タイトルを取れなかった中で、一番偉大と言われるピッチャー真田。
もっとも200勝しているので、その実力を疑う者はいない。
パはそれに比べると、タイトル争いはそれなりに分散している。
それでも福岡と千葉のピッチャーが、かなりの割合を占めているが。
この2チームはピッチャーの育成と、ドラフトに成功した。
競合一位を獲得しただけではなく、下位指名からも育成が上手くいっている。
もっとも福岡は、一位指名が大成しないことでも、最近は有名である。
千葉は普通に、スカウトが有能と言えるであろうか。
ほぼ同じ年代に、良いピッチャーが揃っているのも、千葉の強い理由だろう。
だが溝口がポスティングで抜ければ、その強さは大きく落ちるのは間違いない。
二試合を終わらせた司朗は、寮に戻る前に一度、実家にも戻ってきた。
高卒選手は基本的に、四年間は寮暮らしと決まっている。
ただ普通の一般家庭と違って、神崎家は司朗たちのために、トレーニング機器のある部屋を作った。
食事にしても栄養士の資格を持った使用人を抱えている。
本物の金持ちであるため、あまり寮にいる意味はないのだ。
それでも練習グラウンドが、寮の隣にあるというのは、悪いことではない。
だがシーズン中であると、どうせ司朗は一軍の試合にずっと帯同するのだ。
寮の部屋にしても、そうたくさん余っているわけではない。
ドームに向かうには司朗の場合、実家からの方が近い。
身の回りの世話にしても、寮であろうと実家であろうと、使用人に任せてしまうのは同じだ。
このあたり司朗は、間違いなくボンボンではある。
もっとも一人で自分の世話を、焼けないというわけでもない。
今年のオフになれば、もう寮を出るかもしれない。
一軍のスタメンともなると、それぐらいの自由は与えられる。
ポストシーズン後の契約更改の折にでも、そういった話になるかもしれない。
実家にいることが悪いとは、思わないのが司朗であった。
直史はこの間も、普通に過ごしていた。
中六日で投げるペースは変わらない。
ただショートが離脱したということは、とんでもなくチームには痛手である。
靭帯の再建手術に、今年はもう間に合わないと聞く。
最近は手術が終われば、すぐにでもリハビリをしていくのだが、それでも今年はもう間に合わない。
直史としては左右田はレックスに復帰した時から、一緒にいるチームメイトである。
なので最低限の見舞いになどは行ったが、故障した本人としては、焦燥に駆られる思いであったろう。
高卒社会人からプロの一軍でスタメンを取ったのは、かなり成功したと言っていい。
ただ四年目で年俸が一億を超えたのに、ここで休まなければいけないのが痛い。
もっとも直史からすると、ここで故障をしなくても、そのままであればどこかでパンクしていたのだろうな、というのは分かっていた。
ピッチャーのトミージョンなどと同じように、どこかでしっかりと休まなければいけないのは、プロとして当然のことである。
無理に無理を重ねれば、逆の膝や腰なども、故障していた可能性が高い。
今後はトレーナーとも相談した上で、無理のない動きをしていくべきである。
もっともプロスポーツの選手など、ほとんどがどこかしら痛めてはいるものだ。
スポーツが体にいいというのは、適度な運動であればこそ。
プロスポーツの肉体にかかる負荷は、とても適度などとは言えない。
まだしもボディコンタクトのないスポーツならばいい。
野球も昔に比べれば、乱暴なプレイは減ったものだ。
乱闘騒ぎなど随分と起きていない。
だがアメリカの四大スポーツであれば、アメフトなどは脳震盪を起こしやすく、障害の残る選手も少なくない。
バスケットボールも足腰への負担は大きく、アイスホッケーは衝突で歯がボロボロになる。
他のスポーツにしても、サッカーは足を削りあうことが多い。
腰を故障してまともに歩けない、という引退した選手もいる。
ゴルフでさえあれだけ運動強度が低いのに、首や背中を故障することがある。
日本ならば相撲取りの平均寿命は短いが、それはボディコンタクトの他に、あの体格を維持する食事も原因であろう。
実はソフトテニスなどは、平均寿命が長くなるそうだ。
あとは陸上の中距離走。
野球はそれなりに足腰を故障する。
現役を退くのが故障であることは多いし、現役時代は大丈夫であっても、引退してから晩年に、その後遺症が出てくることも多い。
司朗はそういった無理がないよう、完全にトレーニングなどを管理してもらっていた。
この体格や骨格を考えて、ショートではなく外野を守らせるようになったのは、ジンの慧眼である。
ファーストやサードを守るにしては、その守備力がもったいない。
5ツールプレイヤーとして、足と肩を活かすのだ。
人生というのはおおよそ、全盛期を過ぎてからの方が長い。
そのためにも司朗は、五体満足のままで、引退までを過ごさなければいけない。
レックスの左右田は、膝を故障してシーズンを離脱。
直史は小さな怪我はあったが、無理は絶対にしなかった。
大介もあれだけ長く主力でありながら、特に故障した部分などはない。
細かい怪我で少し休む、という程度のことはあったが。
オールスターも終わり、いよいよレギュラーシーズンも、勝敗を見ていく段階に入っていく。
レックスはトップを守れるのか、ショートのいないことがかなり痛い。
とはいえレックスは選手を上手く使って、なんとか勝っていくしかない。
一人が抜けただけで、チームが崩壊するようでは駄目なのだ。
もっともスターズなどは、上杉がいなかった時には、一気に弱くなっていったが。
オールスター後の初戦、レックスは最初がスターズとのカードになっている。
そしてその初戦には、武史が投げてくるのだ。
直史はここで中六日の間隔を置いて、カードの最終戦に投げるように調整される。
だが次にはまた、調整して初戦になるよう、間隔を変えていくのだ。
世間が期待しているのは、オールスター直後のライガースとタイタンズとの対決。
司朗がオールスターで活躍したことにより、大介とのバッターとしての対決、という図式が作れてくる。
ここからまだ二ヶ月以上残っている、レギュラーシーズンの試合。
見所になる部分は、タイトル争いだけではない。
レックスはショートを失ったことで、かなり不利になっている。
それがペナントレースをむしろ、面白くさせてしまっているというのは、皮肉なことであるのかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます