第450話 星の見えない空の下
この試合は先発のピッチャーの差もあり、レックス優位であるのは分かっていた。
タイタンズで安定した先発は四枚までで、それをこの第三戦には使ってきていないのだ。
直史を相手に一つ落とすのは、当然と言ってもいいことである。
他の二試合に勝てたのだから、勝率の差は縮まっている。
あとはこの試合でどれだけ、直史を消耗させるかだ。
この試合の後には、オールスターが待っている。
前後の休日を合わせると、四日間は休みとなる。
そこからまたシーズンが再開するわけだが、つまり直史は普通に中六日でまた投げることとなる。
どういった運用をしていくか、レックス首脳陣は悩むわけだ。
もっともそれはオールスター中に考えることで、まずは目の前の試合に集中する。
ただ今日の試合は、比較的楽に勝てそうであった。
タイタンズのピッチャーが、ローテの中でも弱いところだからである。
(そうは言っても、面倒なバッターが二人いるからな)
一回の裏に早速、レックスは二点を先取した。
だが二回の表、タイタンズの先頭打者は悟である。
もう全盛期を過ぎたとも言われるが、それでも長打力に優れたバッターなのは間違いない。
そして打率にしても、その選手生活において、三割を切ったシーズンがほとんどない。
40歳で四番を打つのは、過去の歴史を見ても、いないわけではない。
だが守備力と走力は、間違いなくもう衰えている。
前年の離脱なども含めて、次の主力がほしいのだ。
司朗を指名したのは、それが理由である。
もっとも司朗のメジャー志向は、先に伝わっていたはずなのだが。
直史はそのあたりの交渉でも、タイタンズフロントからは恨まれている。
もっとも現場の指揮官に、それをどうこうするような力はないが。
一打席目の悟の打席は、ライトへのファールフライでアウトとなった。
だが滞空時間の長い、明らかに打たせたという感じのフライではない。
よくライトが追いついてくれたな、という打球であったのだ。
ここからツーアウトまで取った直史は、少し気が抜けたのか。
普通に迫水のサインどおりに投げて、内野の間を抜けるヒットを打たれる。
下位打線に入っていくので、ツーアウトならば失点の可能性は低い。
だが直史としては、ヒットは三本までに抑えたいのだ。
司朗の四打席目は、もうどうしようもないと観念している。
しかし悟にまで四打席目が回ると、消耗が激しくなってくる。
だからといって他のバッターにまで、コストをかけて凡退させていくのか。
打たせて取るのは多くの場合、わずかな運の悪いヒットを生んでしまうものだ。
それでも直史は、コストとリターンを考える。
故障してしまうほどの負荷が、一番の問題であるのだ。
レックスが三点目を入れる。
そして三回の表、タイタンズはあっさりとツーアウト。
ここでバッターは先頭に戻り、司朗との二度目の対決。
見所とばかりに観客の視線が集中する。
3-0となってしまうと、直史が怪我でもしない限り、もう勝敗は決まっている。
その中で自分が、果たして何をするべきか。
(個人成績にこだわるか)
直史は単打までならば、打たせてもいいというピッチングをすることが多い。
まして今は点差があるので、ピッチングの幅も広くなっている。
ホームランは狙わない。
どんなボールが来ても、上手く合わせることだけを考える。
低めに投げられたボールを、軽く当てるだけにする。
サードかショートか、どちらが処理をするか。
(ショートが処理しろ)
レックスの左右田は、守備力もしっかりしている。
これで打率も高いというのが、リーグの中でもトップレベルのショートというものなのだ。
タイミング的には微妙であった。
しかし左右田の投げたボールは、ファーストがジャンプしてようやく届くもの。
ぎりぎりのタイミングだが、これはセーフとなる。
悪送球によるエラーか、それとも内野安打であるのか。
振り返った司朗が見たのは、グラウンドでうずくまる左右田の姿であった。
アクシデントが起これば、そこにチャンスが生まれる。
しばらくして立ち上がった左右田であるが、歩くことが出来ない。
(膝かな)
敵とはいえ、故障による離脱というのは、見ていて辛いものがある。
それにポジションはショート。
司朗は体が大きくなるまで、ショートを守っていたこともあるのだ。
高校に入って、外野にコンバートされた。
内野の花形からのポジションチェンジには、正直思うところがないではなかった。
しかし三年生になり、長打力まで付いてきてからは、監督の意図が分かるようになったのだ。
この体重でショートをやるのは、かなり難しいことなのだと。
あとはショートに、それなりにいい選手がいたというのも、コンバートの理由である。
実際にすぐに、外野の守備にも適応したのだ。
担架に運ばれて、左右田はグラウンドを去っていく。
シーズン残り三ヶ月と考えると、おそらくもう完全離脱だろう。
あるいはショートへの復帰さえ難しいかもしれない。
レックスベンチは大慌てである。
こういった事故が起こると、試合の行方も変わる可能性がある。
内野で一番負担が大きく、そして左右田はリードオフマンだ。
ちょっと他に、一番打者もショートも、代わりになる選手がいないだろう。
(チーム全体として考えるなら、付け込む隙なんだろうけどな)
司朗は戦う相手の不幸を喜ぶには、あまりにも才能と実力に恵まれすぎていた。
レックスベンチとしては、当然ながらショートの控えというのは準備している。
左右田が不動の一番ショートだとしても、故障の可能性は常に存在するからだ。
ただし守備力も低下するが、それ以上にバッティングが低下する。
ショートなどは基本的には、下位打線を打つ選手が多いのだ。
今日はもう、このままで行こう。
だが次の試合はどうすればいいのか。
幸いと言うべきか、オールスターのために日程が少し空いている。
その間に対応を検討しなければいけないが、ポジションを変更すべきか。
ツーアウトからの出塁であったため、得点につながることはなかった。
直史としてはベンチに、どたばたとしていてほしくはない。
ただキャッチャーとショートが離脱するというのは、チームとして重いことである。
(ただの上手いショートじゃなくて、打てるショートだからなあ)
レックスのこの数年の下位指名で、大当たりと言われているのが左右田と迫水なのだ。
この試合はもう、直史が終わらせる。
まだ司朗に二打席回ってくるが、三点あればどうにかなるだろう。
さっきの出塁は結局、ヒット扱いになっている。
無理に切り返して、そこで膝をやったということか。
だがいきなり立てなくなるなら、少しは自覚症状があったのではないか。
プロは故障しないことが一番である。
もちろん試合に出なければ、故障がどうこうという話にもならないが。
プロ入り四年目の左右田は、既に年俸が一億を突破している。
代えの利かない選手だということは、チームの誰もが分かっている。
迫水はまだしも、数試合は他のキャッチャーと併用されている。
だが左右田はここまで、休みなく使われていたのだ。
これが他のピッチャーの試合であれば、逆転される可能性はあっただろう。
スタメンの故障離脱というのは、それだけのインパクトがある。
また迫水にとっては、左右田はノンプロから同じチームでやってきた戦友だ。
よって直史としても、今日はここから自分主体でリードするつもりになっている。
(ショートか)
前のショートであった緒方を、戻すことは無理である。
さすがに41歳の選手を、ショートに戻すのは非現実的だ。
大介はどうなのかという話になるが、本当に大きな故障がない選手である。
ちょっと人間の枠に入れてはいけないし、左右田よりも体重は軽いのだ。
球場の雰囲気が重たいものとなった。
だがその重たい雰囲気のまま、終わらせてしまうのが直史である。
たとえ敵であっても、故障したところを見るのが嫌なのは、人間として当たり前の心理なのだ。
それがいつ、自分に訪れるかも分からないのだから。
直史はここから、三振を奪うことが多い配球にしていった。
ショートの控えにあまりボールが行くと、エラーなどでメンタルが萎縮することが考えられる。
特に先頭打者は、三振でアウトカウントをまず増やす。
ツーアウトからならエラーが発生しても、点にはつながらないと考える。
楽な場面であれば、守備も安定して守ることが出来るのだ。
バックが完全な状態でないと、三振でアウトを取りにいく。
考えることは少し増えるが、それほど難しいことではない。
だが今は昔よりも、ボール球を見切られることが増えていったか。
打球の方向によってヒットになったボールが、そこからも出ていった。
しかし点にまではつながらない。
3-0のスコアのまま、全く動かなくなった。
レックスにしてもタイタンズにしても、ちゃんとランナーは出るのだが。
悟にまで四打席目が回るのは、直史にとって面倒なことである。
しかし打線がつながらなければ、失点することはない。
直史はそれを考えて、ピッチングを組み立てていく。
司朗は三打席目から、直史の気配を感じながら勝負していった。
だがバットに当たっても、それがヒットにつながらない。
ショートの方向に打とうかとも思ったが、それはサードの小此木が処理してしまう。
反応速度がNPBとは違うのだ。
(固いなあ)
さすがはメジャー帰りとは思うが、どうにかしないと勝てないのだ。
レックス側はその後、試合終了の直前に、中軸が一本のホームランを打った。
4-0となっては満塁ホームランでも逆転できない。
直史はフォアボールのランナーを出さず、完封して14奪三振。
ただ球数は104球と、マダックスの達成はならなかった。
ヒットを四本打たれて、ダブルプレイで消すことも出来なかったのだ。
これでオールスター前の試合は全て終わった。
直史は特に長く休むことはなく、中六日でまた投げていく予定である。
個人的にはそれだけだが、レックスとしては問題がある。
左右田の膝にかんしては、手術が必要という診断が下されたのだ。
今季絶望で、復帰までは長くても九ヶ月。
左膝前十字靭帯再建からは、それだけの期間が必要となる。
九ヶ月となると今季どころか、来季の開幕にも間に合うかどうか。
プロスポーツの世界というのは、こういうことがあるものなのだ。
だから直史は、プロの世界に入ろうとは思わなかった。
オールスターにも選ばれていたが、左右田は当然参加出来ない。
そもそも医師からの聞き取りでは、少し力が抜けることがあったらしい。
今回の手術は左膝であるが、右膝にも少し炎症が見られる。
高校時代にも少し、膝を痛めたことはあったのだ。
それでもその時は、若さに任せて自然治癒だけでどうにかなった。
今回はもう完全に手術案件で、休めばどうというものではない。
あるいは手術後のリハビリをしても、ショートに復帰出来るかは微妙である。
それこそ左右田のバッティングと走塁を考えれば、他のポジションにコンバートすることもある。
だがそれは左右田の代わりになる、ショートが見つけられたら、という条件があるのだ。
ショートという守備位置だけではなく、打順の一番も問題だ。
ただそこは小此木を前に持ってくる、という選択を首脳陣はしたのであった。
元々俊足巧打の野手として、高卒から入ったのが小此木である。
あるいはショートを守らせても、それなりに出来るのではないか。
実際にメジャーでは、セカンドやサードを守り、外野も少し守っている。
高校時代はショートを守っていたこともある。
問題は小此木も、それなりの年齢になっていることだ。
ここで下手にコンバートして、また故障でもされてしまえば、どうにもなくなる。
打順は一番に入ってもらい、七番まで打順を落としていた緒方を、また二番に戻してくるか。
あるいはメジャー式に、強打者を二番に持ってこようか、という話になる。
どちらにしろ守備力重視のショートとセンターは、打てない選手が入ることになる。
それでもどうにか、二割台はキープしているのだが。
レフトの五番カーライルを、二番に持ってくる。
それがレックス首脳陣の結論であった。
そもそも外野で、肩の強さはそこそこであるが、守備範囲の広いのがカーライルなのだ。
走力を考えて、二番に持ってくる。
そして六番の迫水を、五番に入れてくるわけだ。
迫水は三割近い打率と、二桁のホームランが打てるバッターだ。
もしもキャッチャーとして通用しなくても、コンバートされるぐらいの打力がある。
これを六番に置いていたのは、守備負担が大きいと考えていたからだ。
実際に五番に上げた首脳陣としても、それが正しいのか分からない。
ここからは上手く休ませて、負ける試合を作っていく必要があるだろう。
チームマネジメントは、ただ勝つ方法を考えるのではなく、どこで負けるのかも考えないといけない。
オールスター前にこの事態で、レックス首脳陣は頭が痛い。
ただとりあえず必要なのは、穴埋めをどの程度の影響に抑えるかだ。
「参った……」
自身も現役時代、リードオフマンをしていた西片は、この事態で苦しんでいる。
彼はセンターを守っていたが、ショートはさらに代えの利かないポジションだ。
「全盛期の小此木なら、任せられたんだけどな」
「全盛期で言うなら、緒方が全盛期なら、とも言えるわけですし」
たらればを言っていても、どうしようもないのである。
基本的に打てるショートなどという者がいれば、スカウトは必ず注目する。
そもそもショートというのがそれだけ、守備力を求められるからだ。
打力さえあればショートは無理だと思われても、他のポジションにコンバートすればいい。
そんなわけでレックスとしても、ショートの内野手は毎年、指名候補に入れている。
二軍にもショート候補はいるわけで、ただそれが一軍で通用するかとなると、また別の話になる。
「今年のドラフトで、ショートを取ってこないといけないかもしれないな」
緒方がそろそろ引退なので、セカンドに左右田を回すか、あるいはサードに左右田、小此木をセカンドにということも考えられる。
ともかくレックスは残り二ヵ月半のレギュラーシーズン、内野の一番守備貢献度の高いポジションを、控えで戦わなければいけなくなったのだった。
復帰まで平均で九ヶ月。
ただこれはアスリートの場合であり、また左右田は比較的若い。
そのため早く復帰できるかもしれないが、今年はもう間に合わないのは確定である。
医学的な立場からすると、本来は一年半ほど見た方がいい、とさえ言われるものだ。
実際のところ、そこまで待つわけにはいけないのであるが。
今季は絶望なのは間違いない。
また戻ったとして、ポジションを奪われていないか。
当然ながら誰かが、ショートを埋めているのは間違いない。
そこでポジション争いをしなければいけないのが、左右田の立場である。
手術が必須と言われて、すぐに左右田はそれを決めた。
保存療法ではどうにもならないと言われれば、手術をするしかない。
ただショートの膝というのは、かなり難しいものなのだ。
あるいはコンバートの可能性もあるが、それでも一軍に戻れればいい。
せっかく年俸も一億を超えたのに、来季はダウンでの提示となるだろう。
今年もリードオフマンとして、またショートとして、立派な成績を残していた。
それでも一寸先は闇というのが、プロスポーツの世界である。
もっともわずかな痛み自体は、シーズン開幕からあったのだが。
それでもこの程度なら動けると、放置したのがこの結果である。
チームに迷惑をかけるとかではなく、自分のポジションがどうなるか。
まだ若い左右田としては、そこが心配になるのだ。
打てるショートなど、そうそういるものではない。
大介は別として、あとは悟であろうか。
だが悟も長打を増やすのに、ポジションの変更があった。
今では走力を落として、打撃力に力を振っている。
左右田にはとても、そこまでの長打力はない。
ただ足と肩ならば、間違いなく通用するという自信がある。
レックスの今のポジションでは、緒方の後継者が必要となっている。
キャプテンシーなども考えると、なかなか他の選手など、選ぶことが出来ないのだが。
(絶対にまた、一軍の舞台に戻る)
長い怪我との戦いが、左右田にとっては始まった。
ショートというポジションは、確かに守備貢献度が高く、運動強度が比較的強い。
キャッチしたボールをファーストに投げるなり、外野からのボールをカットするなり、色々と身体能力が必要になる。
そんなポジションで三割を打っているというのが、左右田の売りなのであった。
試合中の怪我のため、もちろんチームとしては全力で治療をバックアップする。
そもそもショートで打てるという選手が、本当に少ないのだ。
首脳陣が考えていた通り、左右田もまたショートというポジションを、小此木あたりに取られるのでは、と思っていた。
だが控えのポジションの選手も、当然ながらベンチにいる。
守備力が元に戻らなければ、一軍には戻れたとしても、ショートには戻れないかもしれない。
それでも走力とバッティングによって、レギュラーポジションを取るつもりはあったが。
事実首脳陣は気が早いことながら、左右田をコンバートするならば、どこがいいかということも話し合っていたのであった。
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