第448話 悩める三連戦
オールスター前の最後のカードとなる。
ライガースは広島にて、カップスとの三連戦を行う。
その予定だったのだが、ここのところの中国地方は、本当に天気が悪い。
ドームである福岡などなら、それも問題はないのであろうが。
カードが丸々雨で潰れるかも、と選手たちは言われていた。
すると日中は練習をしたものの、夜にはレックスとタイタンズの試合が見れることになる。
果たしてどちらに勝ってほしいのか。
実はライガースはレックスだけではなく、タイタンズ相手にもいい成績を残している。
それなのに順位が三位というのは、格下のチーム相手に取りこぼしているからだ。
上位にいるレックスやタイタンズとしては、厄介なチームになる。
とりあえずライガースとしては、レックスに走られるよりは、タイタンズが首位との差を縮めていてくれた方がありがたい。
「ペナントレースで勝ってアドバンテージを持ってないと、勝つのは難しいからなあ」
監督の山田がそう言うのは、弱気ではなく単なる事実である。
三年前のクライマックスシリーズでは、アドバンテージがあったからこそ勝てたのだ。
一勝分のアドバンテージは、大きなリードである。
それでも際どい勝負にはなったが。
レックスは直史というジョーカーを持っているのだと、誰もが理解している。
味方の側の首脳陣は、それをどうやって使うかが問題だ。
わずかずつ体力が落ちているのは、その配球からでも分かっている。
どこかが少し落ちていても、他のところでカバーしてしまう。
ピッチングの幅が広いので、どうにかなっている現状だ。
これが致命的に落ちてしまえば、もうプロでは投げられなくなる。
勝つか負けるか分からない、程度であれば直史の投げる意味はないのだ。
その程度のピッチャーであれば、大介には打たれてしまう。
「さて、どっちが勝つかな」
自宅のマンションで、のんびりと試合を観戦する大介である。
一緒に見ている椿も、メモを片手に視聴観戦。
何かをつまみながら、アルコールは入れずに客観的に見る。
「お兄ちゃんが投げないなら、普通にタイタンズが勝つと思うけど」
ピッチャーは若手の砂原が第一戦なので、そこはタイタンズも勝ちたいと思っているだろう。
さて、砂原と司朗の間には、それなりに関係性がある。
それは同じ東京の高校にいたというものだ。
もっとも東西に分かれていたので、夏の甲子園の行方を争ったというわけではない。
だが秋や春の大会では戦い、そして司朗相手には負けている。
司朗が入ってからの帝都一は、ほぼ負けなしであったのだから。
昇馬と将典は除く。
砂原は高卒二年目のピッチャーで、去年もわずかだがリリーフを経験している。
だがほとんどは二軍で活動し、今はローテに入っている。
もっともオーガスが調子を戻してローテに戻れば、また外されてしまうかもしれない。
そう考えるとこの試合も、なんとか勝っておきたい。
神宮で行われるので、東京出身の砂原としては、ホームに戻ってきた感覚がある。
東京の夏の地方大会は、準々決勝からは神宮で行われるからだ。
サウスポーということもあって、かなり期待されていた。
それでも高卒ピッチャーは、一年や二年は時間がかかるものだ。
ただピッチャー以上に、野手は仕上がりが遅い。
そのはずの野手において、司朗がいきなり活躍している。
確かに一年生の夏から、あの帝都一での主砲となっていたのだ。
勝負強さもあったが、打率も地方大会なら、八割近くはあったはず。
帝都一はあの時代、東京では一度も負けていなかったのだ。
司朗としてはもう、高校時代のことは考えない。
甲子園を制覇して、三度も優勝したのだ。
昇馬には勝てなかったものの、それはチームの総合的な差。
同じく他のピッチャーに対しても、因縁などは感じていない。
それでも負けた砂原にとっては、雪辱戦となる。
奮起して肩を作っている砂原を、直史はのんびりと見つめている。
(気合で勝てるなら、問題はないんだがな)
精神論を科学的に考えるのが、直史のピッチングである。
レックスは首位を走っている。
平良が復帰するまでに、既に首位にいた。
あとはここから主力が離脱でもしない限り、問題なく勝てるのが戦力の状況だ。
もちろん誰かが離脱すれば、それだけで難しくなる。
たとえば迫水が離脱すれば、一気にキャッチャーの能力が低下する。
もっともレックスも第二キャッチャーは、しっかりと揃えているのだ。
ただバッティングの能力が大きく違うし、キャッチャーとしての全体の能力もやや劣る。
それで守備力に偏ったキャッチャーが第二キャッチャーとしているわけだ。
だがレックスの得点力は、去年よりもかなり向上した。
なので第二キャッチャーにも、それなりの経験を積ませている。
キャッチャーもそれなりに、守備負担が大きなポジションだ。
日本の場合は特に、インサイドワークが重要とされる。
MLBではリードは、もう完全にベンチからの指示に従っている。
しかしそういった統計による選択では、抑えられないバッターがいるのも確かだ。
(さて、今日はどうするか)
砂原の力ではまだ、タイタンズ打線を抑えるのは難しい。
だがどうなれば抑えられるようになるかなど、迫水としても分かるわけではない。
(全力で投げてもらって、あとはその場の状況次第)
難しくあっても、不可能ではないのが、野球というスポーツなのだ。
プロの世界の厳しさを、砂原は感じている。
ここまで三試合に先発しているが、クオリティスタートに成功したのは一度だけ。
ただ勝ち星自体は、二勝しているのだ。
勝ち星は運がものをいう。
だがクオリティスタートは、統計でも重視されるものだ。
神宮で迎えたタイタンズ戦。
一回の表、一番バッターの司朗と対決する。
一つ年上であった砂原は、何度か対戦経験がある。
バッターボックスの中で、静かに構える人間であった。
(高校時代から、圧倒的なセンスはあったけど)
砂原も普通に打たれて負けている。
(プロでも一年目から通用するレベルなんて)
通用するどころか、完全に主力となり、オールスターにも選ばれた。
ベストナインやゴールデングラブにしても、故障なくシーズンを終えれば、選ばれることは間違いないだろう。
あと50打席に立てば基底打席に到達する。
ホームランや打点など、そこまでにはさらに伸びていることだろう。
(父親の遺伝子が違うのか)
NPBどころかMLBでさえ、殿堂入り間違いなしと言われている血統。
才能というものの違いを、砂原は感じている。
司朗としては才能どうこうは考えない。
確かに肉体的な素質はあるのだろうが、世の中には上には上がいる。
昇馬のフィジカルモンスターっぷりを知っていれば、うぬぼれることは出来ない。
また大介のような記録を、自分が残せないことも分かっている。
(それでも限界を求めるんだ)
この試合、先頭打者ホームランで、試合は開始した。
レックスとタイタンズは、総合的に見ればレックスが強いかもしれない。
しかしわずかな差であれば、その日の先発の違いで逆転する。
タイタンズのピッチャーは前の先発で、武史と投げ合って負け星が付いた土井。
標準的なピッチャーよりも、かなりいい数字を残している。
ここまで14先発の7勝3敗。
七試合でクオリティスタートを達成しているのだ。
お互いの得点力が鍵となる。
そして点の取り合いの中で、どれだけ集中して無用の失点を防ぐか。
ある程度取られてしまうことは仕方がない。
だがそこで集中力を切らしては、それが本当の敗因となりうる。
高校時代などはエースクラスであれば、地方大会のかなり上まで、勝って当たり前であったろう。
しかしプロのステージに立てば、自分がほとんど最低限度の力しかないと、すぐに思い知らされるのだ。
圧倒的な暗黒時代のチームが、高校よりも弱い、などと揶揄されることがある。
そんなことは絶対にありえないと、プロに入れば分かるのだ。
甲子園でも六割は打っていた司朗が、四割しか打てないということ。
それがレベルの圧倒的な違いを示す。
歴代最強レベルと言われた帝都一でも、プロまで入れたのは二人や三人。
その事実を考えれば、まず底辺の実力が、どれだけ高いか分かるのである。
土井はタイタンズのローテに定着し、もう三年になるか。
高卒ピッチャーから中継ぎを経て、先発のローテの座を獲得した。
今のタイタンズは、計算できる先発が四枚まで。
その中の一人が土井なのである。
ピッチャーから見たレックス打線は、とにかく油断が出来ないというものだ。
爆発力があるわけではないが、チャンスを作ればそれを遠慮なく拡大してくる。
今の時代にも送りバントをしてくることがあり、一点を得る嗅覚に優れている。
基本に忠実と言うべきか、一番から七番までは、油断の出来ないバッターが続く。
ホームランバッターは少ないが、チーム全体のホームラン数を数えれば、タイタンズを上回ったりもする。
司朗が一点を取ってくれたが、それだけで安心できるはずもない。
しかし土井はひたすら、クオリティスタートを意識するのだ。
下手に勝負をしていって、大量失点を喫するわけにはいかない。
首位のレックスと戦っている今、必ず勝ち越さなければいけない。
もちろん目指すべきは、久しぶりのペナントレース優勝だ。
ここ数年はレックスとライガースが、大きな壁となっていた。
それに対してタイタンズは、Aクラス入りもなかなか出来ないという状況。
土井としても現状、チーム内の軋轢に思うところはある。
だがメジャーに行くほどの力はない、と見切りをつけている土井は、長くローテを務めて、より高い年俸を長くもらうのが目標だ。
プロ入りした時に、一度は夢がかなった。
しかし今はもう、現実を生きているのだ。
ずっと子供の頃に、メジャーの試合も見ていた。
その中では日本人選手が、多く活躍していたものだ。
自分もいつかは、という思いは中学生ぐらいまでは持てていた。
しかし高校になると、フィジカルモンスターが何人も出現する。
司朗はそういうタイプではないが、それでもセンスの違いを感じる。
ここぞという感じで投げ込んだ勝負球を、あっさりと叩いてヒットにしてしまう。
そして一点を取ってそれが、そのまま決勝点になってしまうのだ。
勝負どころを理解しているバッターと言えようか。
だがこの試合は、先頭打者としてホームランを打っていった。
(同じ東京出身だから、まあ因縁もあるものか)
土井はその程度のことを思ったのだが、司朗としてはもう少し、深くつついたつもりである。
神宮で投げて、司朗に打たれる。
こういったことが砂原の頭の中で、メンタルを動揺させる過去を思い出させる。
砂原は他に、昇馬にも打たれたことがある。
もっともそれは神宮ではないので、最限度はそこまで高くはなかったが。
(二年目だと、まだ分からないよな)
司朗はベンチの中から、砂原を観察していた。
そして二打席目もヒットを打って、そこでも打点を稼ぐ。
その二打席目あたりから、本格的に砂原のコントロールは、乱れていったのである。
本日の司朗は、四打数二安打で二打点。
盗塁も一個記録して、試合の序盤から中盤までを完全に引っ掻き回した。
レックスとしてもどうにかしたかったのだが、リリーフのピッチャーも負けている場面では投入出来ない。
ここでしっかりと敗戦処理どころか、追加点を防いでくれるピッチャーがいれば、重要な場面でも使えるのでは、と思うのだが。
最終的なスコアは7-3でタイタンズの勝利。
また2チームの差が縮まってくる。
同じ東京のチームとして、この2チームの対戦となるとバチバチである。
もっともスコアに差がついたので、今日のところは微妙であったろうが。
ビールを飲みながら応援するのも、観客としてみれば勝っていてこそ。
だがタイタンズファンも本拠地が東京だけに、かなりの数が入っていたのだ。
今のところライガースも上回り、リーグ二位のタイタンズ。
司朗の力が大きいのは、誰の目にも明らかである。
ライトやレフトはともかく、センターは本当に守備範囲が広い。
またキャッチャーと同じく、全体の動きが見えるのだ。
そこで司朗は強肩を活かし、タッチアップを防いでいる。
それらの守備への貢献度も、低く見ていいものではない。
俊足による守備範囲に、強肩による進塁阻止。
ヒットになるエリアが狭くなってしまった、と多くのバッターは感じている。
ちなみに守備範囲の広さは、これまでレックスのセンターが一番であった。
ただしバッティングが打てないので、俊足を活かすのがなかなか難しかったのだが。
これだけの守備力をもっていながら、それがおまけとも思える打撃力。
ホームラン数も打点も、増えにくい一番バッターでありながら、リーグトップ5に入っている。
打率の首位争いは、日本野球史上最高レベルのものとなっている。
まさか大介がここまでの数字を残しながら、それに匹敵する選手が出てくるなどとは思われていなかった。
充分すぎる長打力に、さらに盗塁まで加わる。
一番打者として歩かせてしまえば、あっさりと二塁に進まれてしまう。
一塁が空いている場合は、敬遠されることも増えてきた。
ただライガースと違って、そこから点に結びつくのは、やや少ないと言えるだろうか。
大介も大介で、ランナーとして出たらかなり、ホームにまで帰ってくる。
得点の数だけならば、司朗のほうが上ではある。
ここからまだ丸々二ヶ月以上、シーズンは残っている。
司朗の盗塁の数は、既に去年の盗塁王を上回っている。
あとはここから、首位打者をどう取っていくかが課題になる。
レギュラーシーズンの優勝も、司朗としては重要だと考える。
だが個人タイトルも取ってしまわなくては、メジャー移籍の条件が達成できない。
昇馬をはじめ一歳年下であった、あのピッチャーたち。
多くがレベルの高いピッチャーであり、さらに伸び代も多かった。
ああいったピッチャーと対決するなら、NPBにいるのも悪くはない。
それでも司朗としては、やはりメジャーで通用するか、それを試したいと思っているのである。
第二戦はレックスが、成瀬を出してきた。
成瀬もまだ若手であるが、今年からほぼローテに定着。
現在まで10先発の5勝4敗である。
投げた試合にしっかりと、勝敗がついているのが特徴だ。
ただこの試合にしても、タイタンズの打線がそれなりに動いた。
司朗はこの試合、ヒットを一本も打っていない。
しかしながら敬遠とフォアボールで、ランナーとしては塁に出ている。
そして盗塁を二つも重ねて、引っ掻き回すのには成功していた。
第一戦と違い、かなりのシーソーゲームにはなる。
それでもまた、タイタンズが勝ったのである。
タイタンズはこれで三連勝。
レックスとの勝率が縮まってくる。
しかしタイタンズの本番は、次の第三戦なのである。
予告先発はローテ通りに、直史の登板を告げていた。
ここまでタイタンズの打線は、かなり調子が良くなっている。
特に司朗がリードオフマンとして、派手な活躍をしているのだ。
そろそろ負けてもおかしくないな、と直史は考えている。
若さの強さというのを、その身で感じているのだ。
だがプロ一年目の甥っ子が、ここであまり成功体験を積み重ねるのは、将来的には害になるかな、とも考えていた。
人間は挫折によって、成長するものである。
プロに入ったからには、一度や二度の強烈な挫折を経験するのは悪くない。
そこで立ち上がれなければ、それはもうそこまでの選手だったということだ。
まだ10代のうちにそれを知ることは、長い人生の間には、むしろ成長の糧となってもらわなければ困る。
負けるかもしれない、とは思う。
だが同時に、なんとかかつ手段も模索する。
今年は既に、先発した試合の中で、勝ち星が付かないものが一つあった。
そんな試合をこれ以上、増やしたくはない直史である。
根本的なところで、あまりにもひどい負けず嫌い。
色々と理由をつけてはいても、それだけは間違いのない直史であった。
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