第447話 宴にはまだ
あちこちの試合が雨で流れていっている。
こういう時、パのチームはドームのチームが三つもあるので、上手く消化出来ていく。
もっとも埼玉のドームに関しては、色々と文句がつけられているが。
かつては黄金時代の築いたジャガースであるが、ここのところはぱっとしない。
それでもドラフトでいい選手を続けて引き当てて、一時期はまた強くなった。
その選手がポスティングはともかく、FAでも普通に出て行ってしまうのが、今のジャガースと言えるのだが。
それとは関係なく今年も、オールスターがやってくる。
ここ近年はオールスターでも、本物のスターが出場していないことが多く、どこがオールスターなのか、などとも言われていたが。
主に佐藤兄弟のせいである。
ただ外野手部門では、司朗が圧倒的な票数を集めて、セの一位になってしまった。
成績を見てみても、ホームラン数では上回る外野手はいても、それ以外では全て司朗の方が優る。
なので選ばれること自体は、別段不思議ではないのだが。
直史や大介は、不参加を表明している。
年齢的に勘弁してくれという話であるし、なんなら仮病で休んでもいい。
だが直史としては、本当にこのあたりで、少し休みたいのは確かだった。
オールスター直前のタイタンズ戦が、直史のAS前最終先発になる。
今年は20勝に到達するかどうか、微妙なペースである。
NPBとしては大介にも出場してもらって、恐怖の一番二番を結成してもらったり、父が投げて息子が打つという、そういう姿を欲したであろう。
だがフィジカルモンスターである大介でさえ、今年は開幕を欠場した。
直史や武史も、昔のようにローテを完全に投げることなど出来なくなっている。
武史のスタミナお化けっぷりも、遠い昔の話である。
あとはどれだけ調整しながら、ローテを守るか。
そして勝たなければいけない試合に、どうやって勝つかである。
広島と関西で、雨によって試合が流れると、ドームでやっているタイタンズの試合に注目が集まる。
タイタンズはフェニックス戦から続いて、三連敗していた。
ここで取りこぼしたのは痛いが、嫌なムードを断ち切る司朗のホームラン。
一気にビッグイニングを作り、先発に勝ち星をつけることに成功した。
このホームランで司朗は、20本に到達。
残り65試合で、10本のホームランを打てばトリプルスリーだ。
ペース的には充分に可能であろう。
ただ新人というのは、何かの拍子に打てなくなってしまうことがある。
ベテランにもあることだが、新人のスランプは出やすい。
今はまだ勢いだけで、どうにかなっていると見ることも出来る。
翌日の第三戦も、司朗は猛打賞であった。
ホームランこそ出なかったものの、打点も稼いでいる。
チーム内ではホームランも打点も、悟を上回りつつある。
これが四番ではなく一番に入っているのは、悟が昔ほど走れなくなったからだ、というのが大きい。
司朗の足を考えれば、塁に出したらツーベースになる、という場合が多い。
そんな一番バッターというのは、嫌過ぎる存在である。
かつては織田やアレクが、そういうタイプのバッターであった。
もっとも長打力は、もうちょっと低かったが。
司朗はあの二人を、打撃においては上回っている。
NPB時代と比較してみれば、守備範囲でもほぼ互角。
あとは肩の強さで、司朗の方が勝っている。
来年にはまた、怪物クラスのピッチャーが入ってくる。
それと司朗との対決が、また楽しみなプロ野球ファンだ。
日本の野球人気は、アマチュアを基礎に作られている。
そのために甲子園の価値は、絶対的なものとして受け継がれなければいけない。
古くからあるものには、それだけで価値がある。
正確には多くの人が、価値があると思っていれば価値があるのだ。
もちろんそれに対して否定的であっても、個人の自由ではある。
ただ価値観や付加価値を消していってしまうと、世の中が回らなくなってしまう。
実利的すぎるものは共産主義だ。
自由経済が効率だけを目指さず、人間の好悪の付加価値を認めるのは、少し不思議な話である。
だが昔から言われているではないか、パンとサーカスという言葉で。
原始的な時代から、人間には音楽と踊りはほぼほぼ存在していた。
むしろ宗教によって、それを制限したというのが、不思議な話である。
野球がなくても人は生きていける。
甲子園の存在は、間違いなく日本の野球を異常に過熱させている。
それでも完全否定するのは間違っている。
直史でさえ、甲子園には行きたかった。
本当に行けるなどとは、高校に入るまでも思っていなかったが。
合格してなお、そんなことは奇跡の果てだと思っていた。
実際に大介とジンがいなければ、それは達成出来ていないはずだったのだから。
青空の下で行われる野球。
今でもデーゲームはあるが、基本的に野球はナイターの方が多い。
直史は甲子園の、あの昼間の野球が好きであった。
それは大介もそうであって、ほとんどの選手は昼間の晴天で、行われる野球を経験している。
(最近は誘われるにしても、草野球は少なくなってるしな)
草野球に直史が登場すれば、左で投げても蹂躙必至である。
オールスターには今年も出ることはなかった。
実際に今年、二度もローテを飛ばしている。
打たれるヒットも増えたし、パーフェクトなどを狙っていくと脳が疲れる。
気力が消耗するのは、肉体の衰えと関係しているのだろう。
精神は体力と密接な関係がある。
脳の思考力もまた、体力が関係しているのだ。
さすがに将棋のような、完全に思考力のゲームとは、選択が完全に多いので、話が変わってくるが。
直史や大介には、人気投票以外での、参加打診もあった。
しかしそれは二人とも本意ではない。
祭りの主役になるべきは、もっと若い選手であるべきだ。
もちろんその若者の、自信をへし折ってしまうのも楽しいが。
さすがに40を過ぎると、そういう大人気ないことは、公式戦でしかやろうとは思わない。
手の内を散々に明かしてしまうのは、出来るだけ避けたいことだ。
もっとも二人ともここまで、多くのデータを晒してきた。
それでも勝てないのだから、手の内がどうこうという問題ではないだろう。
オールスターを前に、まだまだ試合は残っている。
だが今年は本当に、この時期の雨に悩まされる。
直史だけではなく大介も、雨の試合など好きではない。
もっともMLBにいた頃は、スケジュールがもっとタイトであったため、無理にでも試合を成立させてしまうこともあった。
ダブルヘッダーなど、野手にとっては憂鬱であろう。
直史はNPBとMLBで、どちらが面白いかを考えたことがある。
その結果として出たことは、より因縁がつきやすいのは、NPBであるということだ。
もっともアメリカで育って、あの制度を当然に感じる人々は、MLBが面白いと思うのだろう。
しかしNPBの方が、ピッチャーとバッターの対決で、待ち望んだ勝負が多く見られる。
MLBではリーグが違えば、それこそ年に一度も対決しないことすらありうる。
ピッチャーとバッターの対決というのが、あまりメインでは見られない。
ピッチャーはバッターをなぎ倒し、バッターはホームランを打って行く。
宿命の対決という、浪漫が作りにくいのだ。
同じ地区の同じリーグでさえ、年間19試合が最多。
しかも同じリーグであれば、ワールドシリーズでは対戦しないことになる。
日本ならば同じリーグなら、年間で25試合も対戦する。
その中でピッチャーは、四試合か五試合ほどは投げてくるのだ。
もっともそれも、リリーフが使われるため、三打席でも多いぐらい。
直史のようなピッチャーがいなくなれば、果たしてどうなるのか。
それでもまだしもNPBは、対決が行われやすい。
ライバル関係を作りにくいのが、MLBというものだった。
確かにレベルは高いのであろう。
だがあちらでやっているのは野球ではなく、ベースボールであった。
チーム数の多さなどからも、楽しみ方が決定的に違う。
ライバル関係というのであれば、むしろカレッジスポーツの方が、熱心に見られていたものだ。
なにしろMLBでは、選手の移籍が多すぎる。
アメリカはもうそれが慣れてしまって、移籍自体を楽しみにしている。
しかし日本はいまだに、一つのチームに残ってくれる、選手のことを重く扱う。
ポストシーズンの中でも、ワールドシリーズともなれば、また話は違う。
だが基本的にMLBは、NPBよりも応援の熱気が低い。
かつてのパ・リーグのように、観客が1000人もいないというような、そんなひどいことはないが。
一万にも入っていない試合というのは、ごく普通にある。
またマネーゲームの対象になっていることも、球団自体が商品であることも珍しくない。
中には損得度外視に、チームを強くして優勝を目指すオーナーもいるが。
レックスは順調に勝ち星を得ている。
直史が投げないとしても、その存在自体が、チームに影響しているということはある。
一軍の練習に出なくても、二軍で調整したりはする。
そこで見せられるピッチングに、感化される選手もいるのだ。
ただやはり野球は、点の取り合いが面白い。
レックスにしても得点力のため、今年はメンバーを変えている。
実際にそれで、得点力は上がった。
だが点の取り合いとしては、ライガースとタイタンズが面白いのだ。
二つのチームはプロのチームの中でも、最も古い二つのチーム。
因縁もファンにしても、代々積み重ねてきたりしていたのだ。
レックスはまずフェニックスと当たる。
カップス戦が二日も潰れたため、ここでローテが少し変化する。
中六日は空けているので、その点では問題はない。
塚本、木津、百目鬼という三人が投げる。
フェニックス相手ならば、これでまず勝ち越すことは出来るだろう。
タイタンズはカップス、ライガースはスターズと、またAクラスとBクラスの対戦になる。
スターズは武史のローテがないので、ここではバッターによる点の取り合いが、重要となってくる。
まだまだ先は長いとは言え、タイトル争いも少し話題になってくる。
勢いだけを言うのならば、タイタンズは全体が盛り上がっている。
優勝争いを諦めなくてはいいと、現在の成績で分かっているのだ。
二強であったところに、三番目のチームが出てきた。
そのため漁夫の利を浚うように、上手く戦うことが出来ている。
ペナントレースを戦っていると、大介などは司朗のバッティングが、かなり計算されたものだと分かってくる。
おそらく単純に打つだけであれば、もう少し打率も上がるのではないか。
だがあまりに打てるバッターであると、警戒されて敬遠だらけになる。
自分がそうなっていた大介には、それが良く分かっている。
スターズ戦、友永が先発として投げて、しっかりと第一戦を勝利した。
ホームランも打ったので、打点も追加されている。
思えば司朗は、一番打者であるため、ホームを踏んでいる回数も多い。
ホームランの数にしても、逆転の可能性は残っているぐらいだ。
だが盛り上がっているのは首位打者争い。
打率は上がったり下がったりするので、一番逆転の可能性があるものだろう。
ホームランや打点は、積み上げるものなので難しい。
大介は相変わらず、敬遠される数が圧倒的に多いが。
タイタンズもタイタンズで、カップス相手に先勝。
ただここのところカップスは、雨によってかなり試合を飛ばされている。
あるいはその延期になった試合が、終盤のペナントレースを左右するかもしれない。
もちろんこれは勘であるが、大介の勘は割りと鋭いものがある。
司朗の勘は、ちょっと超能力めいたところがあるが。
司朗は今年、最多安打のタイトルを狙うと共に、そのシーズン記録更新も狙っている。
新人でそれを達成したならば、大介の出来なかったことの一つを、司朗がすることになる。
もっとも最多安打という記録は、三冠ほどの名誉ではないし、最高出塁率ほどに勝利に貢献するわけでもない。
だが司朗はちゃんと狙った上で、必要なところで打っている。
盗塁の記録にしても、大介が届かなかった100盗塁が、それなりに現実的になっている。
80試合を消化して、現在は57盗塁。
63試合で43盗塁出来るのか。
微妙なところではあるが、盗塁王のタイトル自体は、完全に司朗のものとなるであろう。
フェニックスとの第一戦、塚本が投げてまずは一勝。
相手との組み合わせもあるが、今年は直史以外のピッチャーでは、今のところ塚本が一番、勝ち星を稼いでいる。
ただ防御率やWHIPで計算すると、やはり百目鬼が二番目にいいピッチャーとなる。
将来的にはやはり、MLBに移籍するのだろう。
そしてそこで成功することを、かなり期待されている。
直史が引退した後、レックスはどうするのか。
長い暗黒時代に入るような気もするが、そこまで悲観もしていない。
迫水と左右田という、打てなくても守備力重視のポジションに、打てるバッターがいる。
これが充分に大きなことなのだ。
迫水もピッチャーの成長する過程を見てきていた。
そして今では、リーグでもかなり評価が高くなっている。
ずっとキャッチャーをやってきて、社会人までキャッチャーをやって、そしてプロに対応出来ている。
だが本格的にキャッチャーとして成長したのは、直史相手に対戦してからだろうか。
直史と組んだ時ではなく、直史と勝負した社会人時代だ。
もてあそばれたような一方的な勝負であったが、どうすれば打ち取れるかをもっと考えるようになった。
レックスの場合はキャッチャーのバッティングが弱かったこと、完全に守備型のキャッチャーでもなかったことで、評価されるようになった。
今年もオールスターに選出されて、他のチームのピッチャーとも組むことになるだろう。
FA権を取得してからは、果たしてどうすべきか。
大卒社会人からのプロ入りなので、年齢的にはベテランである。
またキャッチャーというのは守備技術が優れていれば、打てなくなってもそれなりに需要があるポジションだ。
とにかく経験がものをいうと、日本の野球では思われている。
そんな迫水だが、木津は打たれてしまった。
ともかく木津も、充分な戦力にはなっている。
出したランナーの数に比して、取られる点数が少ないピッチャーだ。
コントロールが微妙なので、ベンチやキャッチャーもなかなか心配になる。
しかし統計の結果で見れば、しっかりと勝ち星も増やしているのだ。
今の評価基準では、なかなか正当に評価しにくいピッチャーなのだ。
そして第三戦、百目鬼は七回を一失点。
ここからならばと試されたリリーフが、二失点してしまう。
クローザーとして出てきたのは、平良ではなく大平であった。
レックスはこの二人が、クローザー適性が高い。
そのおかげで平良が離脱している間も、レックスが逆転負けをすることは少なかったのだ。
クローザーの出来るピッチャーが二人いるというのは、他のチームにとってはうらやましいことである。
もっともそれを上手く活用するのは、ベンチの仕事であるが。
左右のピッチャーが揃っているので、どちらを使うかの選択肢がある。
また一方をセットアッパーとして使うのも、かなり有利に試合を進めることが出来る。
今のレックスというのは、かつて樋口が築いたものと、同じような投手のシステムを構築できているのだ。
この間にも大介と司朗の首位打者争いは続いていた。
とは言っても二人とも、スランプにはならないタイプだ。
ベテランの大介はともかく、新人の司朗がそうであるのは、ちょっと驚異的であった。
一試合が終わるごとに、その打率を比較する。
三連戦が終わったところでは、また少し大介がリードである。
長打力では差があるが、司朗も大介がいなければ、四番の悟を差し置いて、打点王になっていてもおかしくない。
ホームランの数では、さすがに四番に譲るところがあるが。
40本は打てるだろうというペース。
大介も今年、50本に届くかどうか、それなりに微妙なところがある。
長打率ではまだまだ、司朗の及ぶところではないのだが。
大介の長打率も、10割を超えていた頃を思うと、落ちてきたものだ。
それでも九割近いのだから、恐ろしいものなのである。
衰えたと言われても、まだOPSが1.4を超える。
こんなバッターが二番にいるのだから、初回からピッチャーは圧力をかけられるのだ。
ピッチャーとして直史は、相手の打線を折っていく。
だが大介もそのバットで、ピッチャーの心を折って行くのだ。
外したボールがどうして、バックスクリーンを直撃するのか。
そこからピッチングを崩すことが、少なくはないのだ。
二人の存在は、今のリーグにおいては圧倒的過ぎる。
それでもプロを目指して、対決しては負けることがある。
二人の対決になった試合では、ほぼレックスが勝っていく。
ただ直史が大介を、簡単に封じられるというわけでもないのだ。
オールスター前の最後のカードには、レックスとタイタンズの対戦がある。
直史が投げるローテが、回ってくる試合だ。
司朗はここでも、どうにかチームを勝たせようと考える。
今のタイタンズならば、それも不可能ではないと思えるのは確かだ。
かつてのライガースなどは、もっと直史を追い詰めたこともある。
それ以上に蹂躙された回数の方が多かったが。
直史が予定しているのは、カードの最終戦。
つまりオールスター前に、可愛い甥っ子の心を、バキバキに折るチャンスが回ってくるわけなのだ。
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