第445話 灼熱の対決

 六月が終わった時点で、セ・リーグは首位がレックス、二位がタイタンズ、三位がライガースという順位になっている。

 ただ四位のカップスが、まだまだAクラスの可能性を残している。

 五位のスターズと六位のフェニックスは、もう厳しいと思われるが。

 主力が離脱してしまえば、一気にチーム力が落ちることはある。

 特にその選手に、依存していれば依存しているほどだ。

 ライガースなどは特に、ショートを守っている選手が抜ければ、かなり戦力は低下するだろう。

 ショートを守っているのに強打者というのが、世界基準でおかしいのだから。


 七月に入ればすぐに、オールスターのメンバーも発表される。

 今年は新人の司朗に、大きな期待がかかっている。

 中間発表では、外野手部門でトップであった。 

 高卒新人野手がここまで騒がれたのは、果たしていつ以来であろうか。


 とりあえずは七月に入って、三連戦の最後の試合を戦う。

 レックスとライガース、レックスは塚本が登板し、ライガースはフリーマン。

 どちらもローテを守っているピッチャーだが、塚本は今季大きく数字を伸ばしている。

 前年も17試合に先発していたが、今季は既に12試合に先発。

 8勝2敗というのは一気に飛躍したと言ってもいいだろう。


 先発として重要なのは、イニングを食うことである。

 そしてローテを守って、規定投球回に達すること。

 その中でどれだけ、クオリティスタートを果たすか。

 ピッチャーというのは統計的に、評価をすることが出来る。

 もちろんバックの守備力も重要な要素だが、最終的にはどれだけ失点しなかったか、が一番評価しやすい。 

 勝敗というのは常に、運が左右するものである。

 なので最多勝にはさほど意味がないと、MLBなどではサイ・ヤング賞の基準から外している。


 ランナーを出さないこと、三振を奪うこと。

 その中でもフォアボールのランナーを出さないこと。

 このあたりはかなり、ピッチャーの能力に左右されるものだ。

 直史もフォアボールは出さないし、要所で三振を奪う。

 ただ直史の場合は、投げるイニングが多いので、三振も自然と増えてくるのだが。

 

 塚本は前回の先発で、タイタンズを相手に試合を壊してしまった。

 レックスとしては珍しい、二桁失点の試合であった。

 それでも負け星がつかなかったところが、塚本のツキであると言えるかもしれない。

 ただこの試合は、相手が悪かったのだ。


 先発ローテのピッチャーは、中六日で投げるだけに、気分をまた上げていかなければいけない。

 塚本は気分を戻すことには成功している。

 プロの世界であると、最初に知るのは自分が平均より下であること。

 プロに入ったら終わりなのではなく、そこからどれだけ成長するかが、重要なことなのである。

 球威だけでどうにかなった、アマチュア時代とは違う。

 むしろ平均球速は下がったりしている。


 打たれることは普通にあること。

 それでも投げて、ローテに入らないといけない。

 リリーフの地位も上がってきてはいるが、平均的に稼動年数が少ない。

 中継ぎの無理使いというのは、いまだに残っているのだ。

(この先発を維持して、プロの世界で生きていく)

 入ってみて初めて分かる、プロの世界の厳しさというものだ。




 プロの世界は一度実績を残せば、何度かはチャンスがある。

 一度の実績を残すのが、とても難しいのである。

 塚本は今年、どうにかローテを守りきりたい。

 一試合ぐらいは飛ばしても仕方がないが、20試合以上の先発を目指している。

 レックスはエースクラスになると、メジャーに行ってしまう傾向がある。

 そのためピッチャーの新陳代謝が、逆に上手くいっている。

 ただ43歳のピッチャーが真のエースで、40歳近くまで頑張っている選手もいる。


 こういった相手の事情を、もちろん大介は全く考慮しない。

 プロの世界なのだから、勝負して当たり前なのだ。

 むしろ折られても踏まれても、立ち上がるのがプロの世界。

 立ち上がれなければそのまま、引退してしまうという世界だ。


 通用しなければいくら意欲があっても、クビになるのがプロの世界。

 多くのプロ野球選手は、若い間は自分で見切りをつけるより、クビになることの方が多い。

 30代の半ばともなれば、そこまでプロでいる時点で、相当に戦力となっている。

 そのためクビではなく、引退や勇退などと言われるのだ。

 なお普通なら引退の年齢で、MLBに行ってみて立派な成績を残し、そこからまたNPBに戻ってきて主力となった、おかしなピッチャーも存在する。


 この日の塚本は六回を投げて五失点であった。

 クオリティスタートを達成出来なかったが、六回までは投げている。

 序盤で崩れてしまうと、リリーフの準備も整わないので、ブルペンとしては大変だ。

 たとえ負けるにしても、イニングを食うことは年俸のアップにつながる。

 イニングを食えるピッチャーは、間違いなく貴重なのだ。

 そもそも点を取られ続けるピッチャーであれば、もう先発のローテからは外されていってしまう。


 それぞれのチームのエースクラスになると、メジャーへの道が開けたりする。

 もっとも単純にエースというだけではなく、球界でもトップクラスでなければいけないが。

 三島はそれなりに通用しているので、あれを基準と考えればいい。

 するとライガースやタイタンズは、微妙に通用しない。

 福岡は基本的に、ポスティングではメジャーに出さない。

 あとは千葉の溝口や、それこそ今年の新人の久世、あとはレックスなら平良あたりも注目されている。


 直史のピッチャーに与えるアドバイスは、端的に技巧であることが多い。

 ただメンタルで教えることは、野球がなくても人生は終わらない、ということだ。

 一流選手が犯罪を犯し、破産してしまった例は日本にもある。

 MLBではどうしてそこまで、という感じで破産しまくっている選手が多い。

 年俸が高すぎると、金銭感覚がおかしくなるのだろう。


 直史が言うのは、自分に見切りをつけたのなら、早めに引退しろというものだ。

 折れてしまった選手を、あえて引き上げようという優しいコーチは少ない。

 それに直史としては、セカンドキャリアに進むなら、若ければ若いほどいいと考える。

 体力には自信がある野球選手なら、それこそ色々と仕事はあるのだ。


 かつて過去のSF小説などには、単純な肉体労働はやがて、ロボットが全てしてくれるという未来を描いていた。

 だが人間という肉体は、ロボットと比較してみても、肉体労働をさせるのに優秀すぎる。

 遠隔のリモート操作で、ロボットを操る。

 それよりも人間が直接やった方が、ずっと早いのである。 

 危険な作業や、重量のある作業こそ、さすがに無理ではあるが。




 ライガースはレックスに勝ち越して、タイタンズはフェニックスに負け越した。

 これで首位から三位まで、ゲーム差が縮まったことになる。

 2チームの競り合いというのも、それはそれで分かりやすい。

 しかし3チームによる争いとなると、より行方が見えなくなってくる。

 NPB全体としては、ファンの多いタイタンズが盛り上がって、それが喜ばしいことである。

 レックスとしては同じ東京のチームで、ここ最近はファンを奪い続けている期間が長かった。

 それが止まってしまったのは悲しいことである。


 レックスの次のカードは、広島に向かってカップスとの三連戦。

 だがここでまたも、雨に悩まされる。

 残り試合数が多いのと少ないの、どちらがいいのかは難しい。

 そもそも日程的には、ある程度の余裕をもって、レギュラーシーズンは決められているからだ。

 レックスの場合は延期になると、上手く直史を多く使える。

 なので明らかに、延期は有利に働く。

 ただ日程的にあまり変わらない、タイタンズは予定を狂わされることが少ないので、選手の調整としては有利である。


 考え方次第だが、ペナントレースが拮抗していた場合、この延期された試合が重要な意味を持つ。

 この三年ほどはレギュラーシーズンの優勝が、ぎりぎりまで決まらないことが多かった。

 プロ野球全体を見ている人間としては、さぞや面白いと思えたであろう。

 マスコミにしても野球の話題は、それなりにニュースを充実させるので、ありがたいことである。


 レジェンドたちが争っている中に、超新星が飛び込んだ。

 それもレジェンドの息子というのだから、話題としては素晴らしい価値がある。

 これは単純に、新しいスターが現れたというだけではないのだ。

 レジェンドの血を引くがゆえに、今の人気も引き継ぐこととなる。

 レジェンドが引退しても、野球そのものの人気が落ちないというわけだ。


 これで直史に息子がいて、それが野球で活躍していれば完璧だったのだが。

 真琴などはその独特のピッチングから、おそらくプロ相手でも最初の一試合ぐらいは通用すると思う。

 だが女子にしてはフィジカルお化けでも、男子の中ではプロに入るほどのスペックではない。

 息子の方も長男は、スポーツ全体にあまり興味がない。

 もっともスポーツの戦略や分析には、統計的に興味があるらしい。

 今では野球の情報分析を、趣味でやってくれていたりする。


 現代のスポーツは、全て科学的な分析が必須である。

 過去には経験則で指導していた人間も、その背景を知りたがったりする。

 下手な元プロなどよりも、分析に長じたトレーナーの方が、よほど理屈は正しく出してくる。

 それでも選手が納得するか、そちらの方が重要である。

 押し付ければ反発する、というのをアメリカの場合はよく分かっている。

 訊かれない限りはデータを出してこないが、万全に準備はしている、というのが今のコーチなのだ。


 サッカーなどはまるで結果を出さなかった選手が、コーチとして頭角を現すというのが珍しくない。

 またMLBでもレジェンドクラスの選手は、なかなかFMになったりもしない。

 せっかくの選手時代の名声を、指揮官としての失態で失うことを、恐れているとも言えるだろう。

 またFMなどの年俸は、スター選手よりもずっと低いものなのだ。

 監督がいいから強い、というようには考えないのがMLBだ。

 フロントも含めてまで全てで、MLBはそのトップを争い、ワールドシリーズ優勝を狙う。




 カップス相手のアウェイでの試合、初戦に直史は任じられていた。

 しかし事前に分かっていたことだが、中国地方に雨雲が襲来。

 第一戦は雨天による延期となったのである。

「これでスライド登板か」 

 ホテルにて直史は、難しい顔をしていた。

 第二戦は一応、試合が出来そうな範囲の天気になる予定だ。

 しかし完全に晴天かというと、それも違うのである。


 雨雲は残ったままになるはずだ。

 時間ごとの予想を見ても、試合の前でも雨が降っている。

 直史は計算外の要素を、出来るだけ排除して投げたいタイプだ。

 その中でも雨というのは、あまりいい記憶がない。


 普段のピッチング環境と、まるで違うものである。

 かなり念入りに投げることは投げるが、ボールが滑る可能性は0ではない。

 またコントロールに、かなり集中して投げる必要もある。

 メンタルのスタミナを消耗してしまうのだ。


 いっそのこともう一度延期になってくれれば、と思ったりもした。

 しかし試合開始時間には、なんとか問題のなさそうな状態になる程度のはず。

 これで試合中にまた、雨が降ってくれば最悪である。

 ただそれをもって他のピッチャーに回す、というのは自分の都合だ。

 どうせなら雨の日には投げられない、とでも言っておけばよかったのだろうが。


 長期的に見れば直史を、負担の大きな試合で使うことは、チームにとってもマイナスである。

 単純に相手が強いからとかではなく、消耗しやすい試合だから、というのが問題なのだ。

 それでも直史はもう、投げないわけにはいかない。

 スライド登板を宣告された時に、言っておけば良かっただろうか。

 だが直史としては、今のレックスの先発陣には、やや不安が残っているのだ。

 いつまでも帰って来れないオーガスが、その不安の元となっていたりする。


 もしも日程どおりなら、ここは砂原に投げてもらう予定であった。

 砂原はプロ入り二年目、早大付属から入ってきたサウスポーである。

 一年目は主に二軍で鍛えてきて、今年は三試合に先発。

 運のいいところもあったが、既に勝ち星を挙げている。


 成瀬と共に、次のレックスの主力投手になるだろうか。

 だがあまりに傑出してしまうと、またメジャーに行ってしまう。

 誰か数人メジャーに行って失敗してくれたら、メジャー挑戦の機運も落ち着くのだろうが。

 ここのところはピッチャーだけではなく、バッターもかなりの成功が見られるため、猫も杓子もメジャーメジャー。

 しかし年俸の巨大な格差を考えると、その選択も当然のものであるだろう。

 失敗して日本球界に戻ってきても、またちゃんと戦力になるのだから。


 直史にしてもメジャーで得た報酬が、今の事業の元手となっている。

 金をより獲得出来る場所に行くのを、否定することは愚かである。

 ただ直史も大介も、別に行きたくて行ったわけではなかった。

 だが結果は巨大なものを残したので、それに続く選手が出ている。




 雨雲はおおよそ、中国地方までを覆っていた。

 なので甲子園では試合が行われ、東京ドームはそもそも問題がない。

 ライガースの対戦相手はフェニックス、そしてタイタンズの相手はスターズである。

 ライガースの試合はさほど興味もないが、問題はタイタンズである。

 今日の試合の先発は、武史だったのだから。


 武史の成績は、今季これまで8勝1敗となっている。

 途中の短い離脱はあったが、それでも圧倒的な数字と言っていいだろう。

 親子対決となるのは、今シーズン三試合目。

 バッターとピッチャーとしても、またチームとしても、武史は負けていない。

 だが司朗が完全に、手も足も出ないというわけでもないのだ。


 武史は完投力が落ちてきている。

 それでも直史に比べれば、という高さを誇ってはいる。

 野球チャンネルで全般を契約している者は、間違いなく今日はこの試合を見るだろう。

 武史としてはそれほど気負いもなく、試合の前に集中している。

 公式戦で対決してみて、司朗のことは手も足も出ない、とまでは思わなかった。

 

 直史などは自分のことを、最後には若者に倒される存在、などと認識している。

 だが大介はひたすら、自分がやりたいことをやっているだけ。

 武史はそれすらなく、娘に仕事をしているお父さんの姿を、見せ付けているという感覚なのだ。

 息子にはどう思われても、あまり気にしない。

 そもそも次男はまだ、はっきりとそのあたりが分かる年齢にもなっていないのだ。


 長女は母親にかなり似ていて、次女は比較的父親に似ている。

 二人ともスポーツよりは、芸術分野に興味を抱いているのは間違いないが。

 ただこの二人も、甲子園で活躍していた司朗には、楽器を演奏して応援はしている。

 学校は違ったが妹として、兄のひのき舞台を応援していたわけだ。

 また二人とも、スポーツが出来ないというわけではない。

 このあたりは母親と同じく、色々な経験をしている。

 もっとも一人娘であった恵美理は、それだけに色々と、手をかけられていたのだ。


 ただ恵美理にしても、父が長期休暇を取った時に、色々な体験をすることが多かった。

 長期休暇を取るという点では、武史も同じような仕事をしている。

 またアメリカにいた頃も、日本に帰ってきてからも、東京であれば色々な習い事が可能である。

 基本的には楽器演奏が得意な二人だが、基本的には万能タイプなのだ。

 さすがに野球はやらなかったが。


 この日はドームでの試合なので、保護者同伴で妹二人は応援に来ている。

 果たしてどちらを応援するかだが、もちろん司朗以外の打席では、父親を応援する。

 だが司朗との対戦となれば、姉の沙羅は父を応援し、妹の玲は兄を応援する。

 どちらを一方的に応援しても、問題が残るものだ。

 司朗はともかく武史は、どちらからも応援されなかったら、かなり傷ついていたであろう。


 序盤にまず、司朗は単打で塁に出た。

 ただサウスポーの武史からの盗塁は、相当に難しいものである。

 タイタンズの強力打線を相手にも、武史が警戒するのは二人だけ。

 司朗と悟を抑えれば、他は偶然による一点ぐらいしか、取られるとは思わないのだ。

「まず一打席目は勝ち、っと」

 打った打たれたではなく、点を取った取られたで武史は計算している。

 そのあたりこの年齢になってようやく、兄の思考をなぞるようになってきたと言えるのかもしれない。


 試合全体を見れば、スターズが序盤から先制点を奪った。

 もちろんたったの一点であれば、まだまだ試合は決まらない。

 武史の今季の防御率は、おおよそ1といったところである。

 つまり一試合投げて、一点取られるかどうかというところ。

 もっともリリーフに任せるところもあるので、実際はもう少し取られている。

 スターズは守備において、かなり全盛期よりも落ちているというものはあるのだ。


 試合全体を楽しむのと共に、親子対決も楽しむことが出来る。

 司朗は今のところ、最多安打を更新するペースでヒットを打っている。

 あまり注目されないタイトルだが、打ちまくっていることは間違いない。

 何より司朗は、チャンスメイクも得意であるが、それ以上にチャンスを得点につなげるのが得意なのである。

(二点目は取られたらまずいな)

 広い外野を駆け回って、司朗はスターズの追加点を潰していく。

 その守備範囲の広さは、現時点で外野の守備力判定で、リーグナンバーワンとさえ評価されているものであった。

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