第444話 夏の始まりへ
六月最後のカードに入る。
おおよそのチームはほぼ半分の試合を消化しているが、レックスはやや少なかった。
セ・リーグのドームではないチームは、ある程度そういうことがある。
ライガースは消化が進んでいるのは、完全に運である。
ただピッチャーの事情によって、これが幸運か不運になるかは、色々と言われている。
交流戦で福岡は、雨で延期になったため、直史に二度も蹂躙されてしまった。
あまりに早く消化してしまうと、九月の後半がほとんど空いてしまう、という可能性もある。
すると試合勘がなくなる、などという人間もいる。
もっともそれを言うならば、クライマックスシリーズを一位通過したチームは、ファーストステージの間を待つことになる。
そこは試合勘が失われるのではないかとも思うが、同時に体力も回復するので、いいこともあるのだろう。
レックスとライガースの、神宮における三連戦。
ただし直史の投げるローテではない。
ならばここは勝ち越して、差を縮めたいライガースである。
実際に今季は、一度三連勝をしているのだ。
何よりレックス戦は、直史の投げた試合以外、まだ負けていない。
相性というわけでもないだろうが、不思議な話である。
ここのところライガースは、ポストシーズンでレックスに痛い目にあっているため、レギュラーシーズンでも気合が入っているのだろうか。
もっとも三年前はなんとか、日本シリーズに行っている。
直史のかけたデバフが残っていたせいで、福岡に負けてしまったが。
結局は直史をどうにかしないと、勝つことは難しい。
当の直史は今年はもう、二試合に投げるのが精一杯だと思っているのだが。
ファイナルステージは六連戦。
最初と最後に投げるにしても、中四日ということになる。
ただし他の試合を誰か、一つでも勝ってくれないと、日本シリーズへは進めない。
去年はなんとか引き分けて、それでアドバンテージがあったため、日本シリーズに進めたわけだが。
そう、引き分けてもアドバンテージで、3勝3敗1分となり、ペナントレースに勝っていた方が、日本シリーズに進めるわけだ。
ポストシーズンはピッチャーが重要。
ただレックスのピッチャーは、ポストシーズンだとライガースに弱い。
もっとも去年は百目鬼も、ちゃんとクオリティスタートはした。
三島も六回二失点であったため、平均以上の仕事はしたのだ。
今年のレックスは得点力が上がっていることを考えれば、充分に勝ち目はあると思う。
だがそれでもなぜか、相性が悪いのは確かだ。
今のレックスでは、直史に次ぐ稼ぎ頭の百目鬼は、第二戦で今季初対決。
彼まで負けてしまったとすれば、ちょっと深刻な事態であると言えるだろう。
レックスは弱いチーム相手には強い。
そんなことを言われてしまうかもしれないが、格下相手に取りこぼさないのも、大切な要因であるのだ。
そして同格や相性の悪い相手には、自軍の最強戦力を当てる。
これによってどうにか、優勝してきたのは確かなのだ。
なお今回の試合は、直史は普通にブルペンには入っておく。
リリーフの出来によって、ライガース相手は結果が変わる。
強力なレックスのリリーフ陣だが、それでもライガースには打たれる可能性がある。
大介のこれまでの成績を見てみれば、得点力の高さは分かる。
それにちょっと変わったタイプの木津も、この間は打たれて負けているのだ。
ライガースはスターズ戦の後、そのまま神宮に来る。
関東圏で移動が終わるのは、関西のライガースからしてもありがたいことだ。
もっともライガースもカップス相手なら、それなりに移動は楽である。
このあたりパのチームは飛行機での移動もあるし、大変だなとは思うのだが。
スターズ相手には第一戦で武史に負け、そして負け越してしまった。
友永の調子が微妙であったのと、リリーフのいつもの微妙さが敗因である。
このリリーフ陣の強化には、色々と監督の山田も試しているのだ。
だが結局のところ最後には、自分で上がってくる選手の力が必要になる。
育成などとは言っても、手取り足取り教えるのがプロではない。
強烈な目的意識から、勝利のために成長するのがプロなのだ。
あくまでもコーチやトレーナーは、アドバイザーなのである。
ライガースの暗黒時代は、それはそれはひどいものであったという。
それこそ大介たちでさえ、生まれる前の話だ。
ただ選手の晒されるストレスは、今の方がずっと強烈だと言われる。
全てはネットの責任である。
ネットという存在がどれだけ、人間の世界を変えたか。
それはとても便利なものであるが、同時に危険なものだと分かるのは、過渡期を生きた人間だけであろう。
古い人間は、単純に便利になったと考えるだけ。
しかしネットネイティブの人間に対し、過渡期をしっかりと生きた人間は、その弊害もしっかり分かっていたりする。
人間の距離が離れているのに、近くなりすぎたというもの。
便所の落書きが世界中に拡散されるというものだ。
今もプロは散々に、ネットでは誹謗中傷される。
もちろん昔も悪態をつけられることはあった。
しかし悪意の分散がここまで、共鳴して広がっていくことはなかったのだ。
他人の評価に敏感な人間では、今の世の中は生きづらい。
ただ個人の情報発信が出来るということは、悪いことではないだろう。
マスコミによる情報のコントロールは、かなりしにくくなってきたからだ。
そしてマスコミにしても、上手く利用することは出来る。
他人をコンとロールするというのは、マスメディアの人間にとって、最大の快楽である。
そのための情報を与えてやれば、喜んで協力してくる。
直史の場合は計算だし、武史の場合は天然だ。
さらに言えば大介は、気にしないタイプである。
直史は弁護士でもあるだけに、マスコミをこちらからコントロールすることさえある。
法的な措置はマスコミさえも、ある程度は抑えることが出来るのだ。
もっとも金と法律で対抗するのは、マスコミよりも一般のネガティブな発言の方が多い。
マスコミはなんだかんだ言って、ネタになる人間には協力的だ。
ただマスコミは身内を庇う意識が、あまりにも強すぎる。
これは日本人ならではの感覚なのだろうし、またアジア圏に通じるものである。
だからこそ身内の汚職などが、よくあることなのだが。
これが欧米であると、汚職にならないようにルール上で儲かるようにしてしまう。
勝てないのならルールを変えるのは、欧米の得意技だ。
もっともそれで大失敗して、立て直すのが自動車業界であったり、IPコンテンツ業界であるが。
ネットによってチャンネルが膨大になった。
その中で日本のアニメが、一部とてつもなく売れている。
しかし逆に日本では、海外のアニメがほとんど売れなかったりする。
これはアニメだけではなく、マンガにしても同じことが言える。
直史は色々と事業に手をかけているが、多くの実務は手を離れている。
とにかく最初に資本を出すのが、直史の仕事であった。
その後は妹たちや、義妹のルートなどからも、成功の道が作られていった。
そして当人はここで、野球の試合を見守っているのである。
今の社会にとって、最も価値のあるものは何か。
健康や若さといった、不可逆的なものは除く。
それは知名度である。
何を言ったかではなく、誰が言ったか。
その説得力を増すために、直史は野球を続けていると言ってもいい。
大介との対決など、野球界全体のことも言うが、ある程度の打算はあるのだ。
そしてこの、ライガースとの三連戦。
レックスの初戦、先発は木津である。
木津はジャイアントキリングなところがあるが、平均してみれば普通に負けているピッチャーだ。
だが大量失点の負けというのが、案外ないとは言える。
今はレックスの場合、序盤で大差がついてしまえば、若手の練習用に投げさせてしまうというのもあるが。
木津のボールというのは、打てそうで打てない球、というわけではないのだ。
もっと打てそうなのに、凡退もかなり多い球、とでも言える。
甲子園で投げた時の記録から、そのスピンの多いストレートの特徴は分かっている。
だがNPBのピッチャーの平均値より、あまりにも彼は外れている。
そのため分かっていても、打てないピッチャーとなっているのだ。
完全に木津に合わせてしまえば、その後の数試合が不調になる。
これが恐ろしい木津のピッチングである。
呪いのピッチャーなどと直史は言われるが、ボールのスピードが鈍いのも合わせれば、むしろ木津の方が呪いのピッチャーであろう。
実際に理屈が分かっているだけに、余計に性質の悪い呪いだ。
ライガースの打線はそれを承知の上で、木津の攻略をしないといけない。
そしてレックスがリードしたまま、リリーフに継投したとする。
そこで木津の本領が発揮されるのだ。
そう、そこまで木津のボールに慣れてきたバッターが、普通のいいピッチャーの球に対応出来ない。
もちろん程度問題で、すぐに対応出来るバッターもいるが。
この日の木津のピッチングは、六回までを三失点に抑えていた。
見事にクオリティスタート達成で、先発としての仕事は果たしたと言っていい。
そしてレックスはわずか、一点だがリードしていた。
ここからがリリーフの出番となる。
先発が試合を作る。
それはよく言われることだし、確かなことだろう。
そして試合を決めるのは、リリーフの役目だ。
特にクローザーである。
先にレックスが一点を追加したため、レックスのリリーフ陣も一点は取られたが勝利が出来た。
平良はセーブがついて、木津にも勝利がつく。
レックスがライガース相手に想定していた、カード全敗だけは避ける。
その目的を第一戦で達成することが出来たのであった。
タイタンズはライガースを上回り、現在リーグ二位の勝率である。
しかしレックス的には、ライガース相手の方が勝率は低い。
タイタンズ相手ならばほぼ互角だが、ライガース相手には相当に負け越している。
この数年のペナントレース争いにより、かなり苦手意識を持っていると言えようか。
実際にライガース打線は、恐ろしい存在であるのだ。
得点力が高いチームが、統計としてはレックスに勝てる。
不思議な現象であるが、実際にそうなっているのだ。
ペナントレースの結果が、そのまま日本シリーズに続いている。
少なくともこの三年は、その通りであった。
ライガースは福岡に負けたが、レックスは千葉と福岡に勝っている。
もっともライガースが福岡に負けたのは、レックス戦で全てを出しすぎたからだ、と当時から言われていた。
実際にライガースの打者の多くがそう感じていた。
大介でさえ、ポストシーズンの本調子ではなかったのだ。
大事な試合ほど、決定的な試合ほど、大介の能力は向上する。
能力と言うか、正確には結果であるのだが。
OPSが2を超えて、全打席敬遠の方がよくなってしまう。
それでも勝負しないといけないところが、プロの興行の大変なところだ。
この状態の大介を抑えたと言えるのは、上杉と直史のみ。
武史もある程度は抑えたが、平均から比べると負けていた。
世界中を見ても、大介を抑えたと言えるのは、この二人ともう一人。
味方であったがゆえに認められないだろうが、高校時代の真田のピッチングは、大介を抑えていたと言ってもいいものだった。
大介としても木津相手に、打点は2を記録した。
ただホームランの数は増えなかったが。
とにかく木津というのは、面倒なピッチャーではあるのだ。
確実に勝ち星を取ってくれるというわけではないが、意外性が高いピッチャー。
それは間違いなく、プロとして成立する力である。
この同日に、タイタンズはフェニックス相手に勝利。
つまりタイタンズとライガースの勝率は、広がったということになる。
なお司朗個人としては、五打数二安打。
ホームランは打っていないが、打率をより四割に近づけている。
30本はともかく、40本にホームランが到達するのは、ちょっと難しいかもしれない。
盗塁の数はまた一つ増やしたが。
レックスとしては木津の後に百目鬼というのは、一番勝利が続きやすいパターンだと考えている。
平均から逸脱したピッチャーの次に、平均の極めて高いピッチャーを当てる。
このボールの落差によって、バッターを封じることを考える。
ただ世の中、そう理屈どおりに決まるものではないのだ。
百目鬼は三島の次のエースである。
直史はちょっと例外なので、外しておかなくてはいけない。
上手く育ってきてくれて、おそらくポスティングでまたメジャーに売り捌けそうだ。
ただ本人としては、メジャーで通用するのかどうか、不安を感じていないわけではない。
もっとも三島が充分に平均以上のピッチングをしているのだから、そこは大丈夫であろうと思う。
ただそんな百目鬼をしても、ライガースには簡単には勝てない。
大介が盗塁をあまりしなくなって、敬遠のリスクは減っている。
だが場面によってはどうしても、勝負するべき場面がある。
そこで勝負してしまった結果が、この第二戦の結果となる。
つまりソロホームランを二本というものだ。
ランナーのいない場面であれば、勝負したほうがいいだろう、と考えるのはそのOPSの数字から。
だが大介はボール球にも手を出して、その結果がOPSとなっているのだ。
ゾーン内で勝負してくれたなら、おそらく打率は五割を超える。
実際に大介を打ち取るには、ボール球をどう使うかが問題となってくるのだ。
レックスもそれなりに勝負はしたのだ。
打線が四点も取ったのは、まず及第点とは言えるだろう。
しかし最終的なスコアは、5-4でライガースが勝利。
単純に言えば大介のソロが二本なければ、レックスが勝っていたとも言える。
もちろん敬遠された大介が、怒りのあまりに盗塁をしまくった可能性もあるが。
もしも、というのは野球にはない。
ただ思考としては、他のパターンも考えておく必要がある。
この試合の場合は、大介に対して百目鬼は、なんなら歩かせてもいいという感じで、投げておくべきであった。
そういう組み立てをしていれば、大介も無理にボール球を打ちにいっただろう。
キャッチャーの迫水も、そのつもりでリードしていたのだ。
それでも最初の打席は、百目鬼の意思を通して勝負させた。
ソロならば問題ないのだ。
大介はそう思われたりもしている。
もちろん本当は、打たれないに越したことはない。
点さえ取られなければ、それでいい。
直史はそう教えているのであるから。
ピッチャーというのはどうしても、エゴが前に出てくる。
このあたりメジャーに行って、ピッチャーが通用するかどうかの話になるだろう。
あちらではもうリードに関しては、完全にAI任せになっている。
それでも大介は年間に、60本以上を打っていたのだが。
AIは活用するもので、頼るものではない。
実際に樋口のリードの方が、ピッチャーの成績は上がっていたのだから。
バッターには心がある。
そして思考もするのであるから、その虚を突くのが正しい。
これを心理的な死角、などと直史や樋口は言っていた。
その死角を理解しているのなら、ど真ん中のストレートでも打てない。
木津などをリードするには、この虚を突くのが重要になってくる。
果たしてそれを、迫水がどこまで出来るか。
また迫水がいなくなった時に、木津がどこまで出来るか、それは問題である。
1勝1敗になって、その次の試合はレックスが、塚本を出してくる。
ただその前にこの時点で、六月の試合が全て終わっていた。
直史は既に11勝している。
ただシーズンの半分を過ぎているのだから、12勝をしていてもおかしくない。
後続が打たれてしまったのと、短期間の離脱。
それがこの結果となっているのだが、シーズン半分で二桁勝利など、他には誰もいないのであった。
司朗が盗塁の新記録を作るかは微妙なところ。
だが試合数が増えているのだし、更新できてもおかしくないだろう、と司朗自身は冷めた頭で考えている。
むしろそちらよりも、最多安打の方がタイトルとしては問題だ。
こちらはそれこそ、記録更新を考えているのであるから。
大介には何も、更新する記録などはない。
戦う相手は、過去の自分だけである。
もっとも首位打者争いは、微妙なところがある。
大介がもっとフォアボールを選んでいけば、打率は自然と上がっていく。
このシーズン打率だけは、MLBでも記録を更新できなかったのだ。
ともあれここから、七月の試合が始まっていく。
プロの試合もより競争が激化するが、それと共に高校野球も最後の夏がやってくる。
夏の選手権三連覇。
果たしてそれを果たせるのかどうか、脅威の記録が今から期待されているのである。
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