第443話 セ・リーグ三国志

 セ・リーグは三つのチームが争う状態となっている。

 もっともその中でも、レックスが一歩抜きん出た状態となってはいるのだが。

 実際の三国志に比べれば、チーム力は3チームがそれなりに、均衡を保っている。

 ただレックスの投手陣を中心とした守備力は、他の2チームよりも安定している。

 野球は守備からリズムが始まる、というのは本当のことなのだろう。


 タイタンズはレックス相手に勝ちこしたが、まだかなりの差がある。

 それよりはライガースに追いつかれる可能性の方が高いぐらいだ。

 ここで3チームはそれぞれ、四位以下のチームとのカードが組まれる。

 レックスはフェニックスと、タイタンズはカップスと、ライガースはスターズと。

 この中で一番有利なのは、言うまでもなくレックスである。


 カップスは弱くなったわけではなく、タイタンズが強くなっただけだ。

 またライガースはスターズとの第一戦に、武史が投げてくる。

 直史や大介に比べても、武史は衰えていると言えるだろう。

 だが40歳を過ぎたパワーピッチャーが、いまだにエースクラスの活躍をしているというのが、それだけでもおかしいのだ。


 武史のストレートは、いまだに160km/hはコンスタントに記録されている。

 163km/hまでは問題なく出るし、165km/hが出ることもある。

 しかし今ではそのストレートを、ゾーンの四隅にしっかり、投げ分けることが出来ているのが重要なのだ。

 上杉もそうであったが、武史もパワーピッチャーだがコントロールはいい。

 それこそ木津などよりもずっと、優れたコントロールを持っている。

 スピードがあってノーコンというのは、おそらくノーラン・ライアンのイメージが最初だろうか。

 日本の場合はむしろ、マンガなどの媒体が最初の気もする。


 コントロールされていないスピードは、安定的には使えない。

 だから一発勝負のトーナメントでは、かなり使い方が難しいし、逆転負けを許したりする。

 だがプロの世界では、統計的にある程度ストライクが取れれば、充分に役に立つ。

 それこそセットアッパーなどでは、使いようがあったりするのだ。

 もっとも本当に首脳陣がほしいのは、フォアボールをあまり出さないリリーフだ。

 リリーフがフォアボールのランナーを一人出すたび、自分の寿命が一日減る、などといったMLBの監督もいるとかいないとか。


 武史も昔に比べれば、一日に投げられる球数が、減ってきていると言える。

 若かった頃は50球ほど投げてやっと、肩が温まってきた、などと言ったものである。

 今は立ち上がりを上手く、制球力で抑える。

 そして120球ぐらいまでは問題なく、力の入ったボールを投げられるのだ。

 その武史でさえも、大介との対決は極力避ける。

 まだスピードへの対応力が、充分に残っていると知っているからだ。


 今の大介を、パワーで抑えられるピッチャーはいない。

 昇馬がプロ入りしたとしても、リードが悪ければ打たれるだろう。

 それでも打率を三割ちょっとに、抑えているピッチャーもいる。

 そういった誇り高いピッチャーがいるおかげで、大介はホームランを打つ機会を与えられているのだ。

 武史としては大介に、ホームランさえ打たれなければいい、と考えている。

 そうすれば後のバッターは、おおよそ抑えられるからだ。

 一点か二点は取られても、それで負ければさすがに打線の責任である。

 ライガースのピッチャーは、そこまで試合を支配する、圧倒的なピッチャーはいないのだから。


 この試合においても、大介はヒットを打った。

 四打席あったうち、全ての打席でボールは、バットの届く範囲に入ってきた。

 だが打点はつかず、シングルが一本あったのみ。

 八回までを投げて一失点で、武史はチームに勝利をもたらしたのである。




 レックスはオーガスがまだ戻ってきていない。

 あるいはもう、そのピークが完全に過ぎてしまったのだ、とも思える。

 ピッチャーの成長曲線は、20代の後半に入ったあたりで頭打ちになるともいう。

 もっとも実際にはそこからも、技術を磨いて通用するピッチャーが多い。

 30代の前半あたりで、致命的な故障をして引退、というピッチャーは多い。

 そのあたりでは筋肉の出力よりも、それを受け止める軟骨や腱、靭帯が重要になってくるのだ。


 あとは体質というものもある。

 上杉もあそこで一度故障しなければ、果たしてどこまで投げられていたのか。

 また武史も30代の半ばになっても、充分にMLBで無双していた。

 直史などはスピードはともかく、スピン量などの球質は落ちていない。

 いよいよ今年は、肉体の体力限界を感じ始めていたが。


 淡々と勝利を積み重ねることも、ローテのピッチャーとしては重要である。

 だが全く手が出ないというピッチングで、相手のバッターの心を叩き折ることも考えられる。

 その点では直史は、フェニックス戦で本気を出さない。

 正確には本気ではあるのだが、さらにその深いところには潜っていかないのだ。

 ゾーンと呼ばれる状態がある。

 直史はさらにその深い状態を、トランスなどとも呼んでいた。

 あれは肉体もだが、それ以上に脳が疲労する。

 情報処理能力を、過剰に上げていると思うのだ。


 フェニックスは完膚なきまでに叩いておく必要など、ない相手である。

 もちろん一戦目に直史が投げるので、続く二人には楽に投げてほしい。

 ただその後は、タイタンズやライガースと当たる。

 それまでにはメンタルを回復させて、少しでも削ってくれるとありがたいのだ。


 そんなつもりで投げているので、この日の直史は普通であった。

 普通にちょっとはヒットを打たれて、普通に失点にまでは至らない。

 三振は必要な時にだけ奪い、あとは打たせてアウトにする。

 守備がリズム良く守ると、バッティングもしっかりと動くのだ。

 これがパーフェクトになってくると、守備が固くなってくる。

 それではむしろエラーをしやすい、というのは誰もが分かっているだろうに。


 野球にはどうしても、不運の要素が付きまとう。

 打ち取ったと思った当たりが、イレギュラーしてセーフというのは、それこそよくあるものなのだ。

 だが重要なのはそこで、変にメンタルにダメージを受けたりしないこと。

 ピッチャーがどうにか無失点に抑えている試合で、一点を取られたら一気に崩れることがある。

 特に高校野球では、強豪を抑えていたピッチャーが、それだけでビッグイニングを迎えてしまうのだ。

 基本的にプロにやってくるのは、そういった状況を乗り越えた怪物ばかりである。

 しかしたまに、高卒や大卒でそういう経験がなかったため、プロで一気に心を折られる選手もいたりする。


 フェニックス相手に、フルイニングを投げた。

 そして球数は99球となんとかぎりぎりに収めている。

 ヒットは二本打たれたが、一つはダブルプレイで消している。

 三振は七つしか奪っていない。

 これでもまだフェニックスとしては、マシだなと感じていたりする。


 六月は結局、三試合しか投げることがなかった。

 一時離脱もあったし、交流戦でローテが変更にもなったからだ。

 その三試合で、福岡から二勝しているのだから、福岡は泣いていい。

 ただレックスの首脳陣としては、雨天で延期になることまでは、さすがに想定していなかった。

 純粋に中六日で回ってきたので、直史を使っただけである。




 フェニックス戦は他の二試合、若手の砂原と成瀬が先発している。

 直史が復帰してから三年の間にも、この一軍と二軍の境界上の選手は、色々と変わったものだ。

 プロ野球選手は20代のうちに引退する者が多いというのは、むしろ温情である。

 30代の半ばになってからよりは、ずっとセカンドキャリアを立てやすくなっているからだ。

 野球の上手さだけで、全てが通用してきた世界。

 そこから全く違う世界に行くには、精神的なハードルが高い。


 今ではプロにも独立リーグがあり、そちらに向かう選手もいる。 

 ただ基本的には独立リーグも、若手をメインで使っていくのだ。

 プロスポーツの世界というのは、本当に恐ろしいものだ。

 それこそ大介の父のように、怪我で選手生命が絶たれたものもいる。

 直史のキャリアの築き方は、セーフティをかけているならおかしなものではない。

 もっともMLBに行ったことで、事業を始めるのにも充分な、資産を手に入れることが出来たが。


 直史の野球に対する執着は、本音で言えばもうほとんどない。

 あくまでも方法であって手段であって、そして通過点であったのだ。

 それでもまだプレイしているのは、自分に残された最後の仕事をするためだ。

 つまり、若い世代に負けることである。


 このまま無敗で引退するというのも、それはそれで凄いことだ。

 しかし継承ということを考えると、次の世代に負けて、主役の座を明け渡さないといけない。

 もっともそれをしたとしても、全盛期の直史であったらどうだったのか、という疑問は永遠に残るだろう。

 直史としては今年は確かに、明らかに衰えたと感じている。

 だが去年までは、パワーなどを失ったら失ったなりに、それに伴ったピッチングを考えていったのだ。


 肉体と技術と思考のバランスが取れていたのは、やはりMLBにいた時であろう。

 年に七度もパーフェクトをしていたのだから、悪魔と取引した男、などと呼ばれても仕方がない。

 キリスト教徒でもない直史は、別にそれを侮辱ともなんとも感じない。

 基本的な部分では、無宗教なのが直史である。


 NPBに復帰する時は、体を作り直すのが、かなり難しかった。

 しかし一度完全にプロから離れたことが、かえって思考の柔軟性を生んでいる。

 直史は生活のために野球をしていない。

 今はもう誰かのために、という感覚ではないのだ。

 それにもしも下の世代が、いつまでも届かないのであれば、あっさりと諦めて引退してしまってもいい。

 大介がいる限りは、付き合ってやりたいとは思うが。


 残りのフェニックスとの二試合、レックスは片方を落とした。

 打線が打てなかったというわけでもなく、ピッチャーが大崩れしたわけでもないが、それでも負ける時には負ける。

 負け試合はある程度あっても、リリーフを休ませることが出来る。

 今のレックスは勝ちパターンのリリーフに、須藤、国吉、大平、平良の四人を上手く使っている。

 この終盤の安定感が、平良復帰以降はさらに強力になった。

 レックスが首位を走っている理由である。


 やはり野球はピッチャーだなと思わせるものだが、打線も強力になっている。

 ただ緒方の動きが、さすがに限界を感じさせるものになってきた。

 下からの選手に、ある程度は任せることもある。

 スムーズな世代交代を、チームは望んでいるのだ。

 もっともセカンドを守らせるなら、小此木をそこに入れた方がいいだろう。

 そもそも二遊間のどちらも守れる、というのが昔の小此木だったのだ。

 サードはもっと打撃に秀でた選手を入れた方が、全体として厚みが出てくる。




 司朗は交流戦が終わる前に、ヒットを100本にまで伸ばした。

 200本が打てるペースであり、あるいは新記録に届くか、というペースである。

 大介が更新していない記録というのは、それなりにあるものだ。

 その中でタイトルとしては、最多安打が存在する。


 司朗はタイトル自体は狙っているが、その更新までは狙っていない。

 必要なことではないからだ。

 メジャーへのポスティングを、球団側に飲ませた条件。

 それはタイトルあるいは表彰を、15回以上取ること。

 大介に当てはめれば、三年で取ってしまうものだ。

 だが普通に考えれば、その大介がいるリーグでは、15回も取るのは厳しいはずなのだ。


 取れるとしたら最多安打か、ベストナインにゴールデングラブといった表彰。

 五年以上はかかるだろうな、と球団側は見越していたのだ。

 ところが今年、もうこのままなら盗塁王は間違いないだろうし、最多安打のタイトルも取りそうだ。

 まさかと思っていた首位打者も視野には入っており、外野でベストナインとゴールデングラブを取ることは間違いないだろう。

 せめて五年は、という見込みではあった。

 しかしこのペースならば、四年でその約束を果たしてしまうだろう。


 大介が少し衰えれば、首位打者もまず取れる。

 そして意外と言えば意外であったのが、この盗塁王のタイトル。

 高校二年の秋まで、司朗はどちらかというと、俊足巧打でヒットを量産するタイプであった。

 しかしずっと四番であったため、この走力をはっきりと認識していなかったのだ。

 もしも盗塁の日本新記録などを取ったら、他の賞まで獲得することは間違いない。

 活躍してほしいのは間違いないが、あまり活躍しすぎても困る。

 タイタンズのフロントは、もどかしい思いをしている。


 自軍に新しいスターが登場するのは望ましい。

 しかも守備的にもかなり貢献度の高い、センターであるのだ。

 ピッチャーも花形ではあるが、毎試合出るとなると野手の方がいい。

 そして司朗はここまで、一試合も休むことなく、試合に出場しているのである。


 悲運のスターというのも存在する。

 故障に悩まされたり、病気によって引退する、そういう選手のことである。

 日本人の価値観的には、そういったプレイヤーにも需要はある。

 だが野球界全体のことを考えれば、やはり長く活躍してくれる方がいい。

 フロントは色々と考えているらしいが、現場の首脳陣はもう、司朗のいるこの数年間の間に、日本一を取りに行くことを決めている。

 悟が本格的に衰える前に、それは果たしたい。

 彼も今年で40歳と、もう引退してもおかしくない年齢なのだ。

 そもそも打撃成績も、やや下がってきているのは確かだ。


 カップス相手の三連戦が終わったところで、タイタンズは丁度試合数の半分、72試合を消化した。

 ここまで司朗は打率0.396 打点71 ホームラン18 出塁率0.516という数字を残している。

 またヒットの数は111本、盗塁は52個。

 ペース的に言うならば最多安打については、220本ほどに届いて記録を更新してもおかしくはない。

 盗塁は歴代記録が106個なので、ちょっと無理をする必要があるだろう。

 もっとも打点にしても、大介がいなければ充分に、タイトルを狙える数字だ。


 パに行っていたならば、いきなりタイトルをもっと取れたであろう。

 だがセで大介と競い合い、直史と対決して、そういう数字を残すことに意味がある。

 この打点の多さを考えると、タイタンズは二番打者に司朗を置くべきでは、とも考えられる。

 しかし監督の寺島は、司朗が最初にいる打線は嫌がられるだろうな、と考えてこうやっているのである。




 なお同日において、ライガースは71試合を消化している。

 大介の成績は、打率0.394 打点81 ホームラン25 出塁率0.582となっている。

 参考までに並べてみれば、91安打の19盗塁。

 打点は一番ではなく二番にすれば、ひょっとしたら追いつくのでは、と思われたりするところだ。

 ただホームランの18本も含め、司朗は打撃タイトル全てが、リーグトップ5に入っている。

 そもそも三部門でトップなのだから、とんでもないものだが。


 大介もNPBで一度だけ、首位打者を取れなかったことがあった。

 試合に欠場した期間が長かったため、無理にホームランを打ちにいったようなものだ。

 おかげでホームラン王は取れたのだが、首位打者を取っていない。

 ただ今年はそういったことは別に、三試合に欠場していたことを考えても、打撃三部門でトップ。

 二人の間でもっとも、競争が激しくなりそうなもの。

 それはやはり首位打者であろうか。


 大介の場合は打率は、ホームランを落としてもいいのなら、もっとゾーンのボールだけを打っていけばいい。

 ボール球にまで手を出すから、そういうことになるのだ。

 盗塁にしても充分に、リーグトップ5には入っている。

 ショートを守っているのだから、まだまだ足腰もしっかりしているのだろう。

 それでも少しずつ、数字は落ちていっている感じである。


 大介の狙っていた数字の一つが、ホームランの50本というものだ。

 118試合しか出られなかったシーズンも、51本を打っている。

 それにしても気になるのは、出塁率の圧倒的な違いだ。

 それだけ大介が敬遠されているということだが。


 打順を代えれば司朗も、また数字は変わってくるのかもしれない。

 ただ今の走力を見せ付けられれば、一番以外に置く選択しは取りづらい。

 このまま一番センターとして、圧倒的な数字を残してもらうか。

 体格の大きな司朗は、外野を守るほうがやはり、選手寿命は伸びるであろう。

 シーズンのおよそ半分を過ぎて、二人の競争は今年の最も、価値ある見ものとなってきている。


 他にはもちろん、チーム同士の順位争いである。

 突出したバッター二人が、チームの核となってきている。

 それに対して首位のレックスは、直史がまたおかしなことを色々とやっている。

 パーフェクトが取れないのを、おかしいと思われてしまう直史。

 だが今年も、常勝でこそないものの、不敗神話は継続中であるのだ。


 ペナントレースを制して、アドバンテージを奪う。

 それが今のレックスにとっては、日本シリーズに進むために必須の条件だ。

(あるいは福岡より千葉の方が、相手としては嫌かもしれないな)

 投手陣が厚い千葉は、そう思われている。

 もちろん直史としては、どんなピッチャーが相手でも、投げ合って負けるつもりはないのである。

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