第442話 交流戦の終了後

 レックスが福岡をひどい目にあわせている間に、ライガースは残りの二試合を行う。

 ただ運がいいのか悪いのか、複雑な状況になっていったが。

 まずは千葉との試合、大介は打点を追加したものの、ホームランは打てなかった。

 敬遠が一打席と、明らかに打てないフォアボールで出塁しているので、三打席出塁していたりはするが。

 千葉はピッチャーがいいので、ライガースでも大量点は難しい。

 そして先発の躑躅は、それほど悪くないピッチングだったのだが、リードされている状況で後続に継投。

 そのまま試合は決着し、4-6でライガースは負けてしまった。


 翌日に甲子園で行われるはずの、神戸との試合。

 ここでまたも雨が降って、延期となってしまう。

 翌日も小雨が降る中で、予備日の最終日を使って、試合は敢行された。

 こういった日であると、ピッチャーもバッターも、まずは不意の怪我に注意する。

 大介としては歩いて帰ることが出来る、ホームランを狙っていきたい。

 ランナーを返すにしても、ホームランの方が安全なのだ。


 雨の中での試合は、途中で休止することもあった。

 いっそコールドゲームにしても、と思ったのだがなかなか判断がつかない。

 とりあえず試合だけは成立させる必要がある。

 そしてライガースが勝っている時点で、雨天コールドで決着した。

 もちろんこういうこともあるが、なんともすっきりとしない勝ち方ではあった。

 それでも勝ちは勝ちである。


 この交流戦の優勝者は、13勝4敗1分のレックスであった。

 タイタンズも12勝6敗と、かなりの成績であったのだが、レックスがさらにそれを上回る。

 なおライガースは10勝8敗と微妙な数字。

 それでも勝ち越しているので、チームとしての勢いが落ちるわけではない。


 直史は交流戦で、バッキバキに福岡の心を折った後、予備日の二日間は安静に過ごした。

 無失点完投勝利というのは、直史にとって平均的なこと。

 なのでそれが変に、良くも悪くもメンタルに動揺を与えることはない。

 味方の試合もない二日間、色々と研究することはある。

 また調整のために、軽く走ったりはしていた。


 週末であったら真琴などを誘って、SBCで何かの測定でもしたかもしれない。

 だが平日は一人で、各種数値を計測する。

 球団の施設でも不可能な、様々な面からの測定。

 これによって直史は、己の状態を知る。


 だがボールを計測するよりも、血液検査の結果などの方が、はっきりと状態を示してくれた。

 おおよその肉体の不調は、まず血液検査で分かる。

 直史の場合は純粋に、疲労物質が色々と引っかかった。

 一つローテを飛ばしたのに、まだ回復しきれていないのか。

 あるいはまた一試合に投げた後だったので、またも疲れていたのか、それは微妙な問題だ。


 この年齢になるともう、休養をどのようにしてとるかで、ピッチングのクオリティが変わってくる。

 もっとも近年は若年層であっても、休養の重要度は分かってきているが。

 ひたすら練習量を増やすというのも、分野によっては必要だ。

 守備などの反復練習は、思考するよりも早く動けるようにする。

 それである程度は試合が形になるのが、高校野球の世界であったのだ。

 そんな練習量に耐えられる、体力がまずは大事。

 そういった体力馬鹿を育成して、フィジカルで制圧する。

 現在の強豪の多くは、このメソッドを使っていたりするのだ。




 野球はどういうスポーツなのか。

 ピッチャーとバッターのパワー勝負というのも、ある側面では間違いない。

 だがそればかりに注力すると、突然現れた変則型に、まったく対応できなくなる。

 直史は技巧派に思われるが、思考は技巧よりもまだ違うタイプだ。

 心理戦の面があるのは間違いない。

 そして偶然性のあるあたりは、戦場の霧にも近い。


 戦場の霧とは、戦争におけるどうしても確実に言えない部分のことだ。

 近代に至っても砲撃が偶然に敵の中枢を直撃した、などということもありうる。

 もちろん実際は数字で計算した通りに、決着するということが多い。

 だが第二次世界大戦レベルでも、ほんのわずかな偶然で、その場面の決着がついてしまったことはある。

 重要なのはそこで負けても、巻き返せるかどうか。

 日本は偶然でも一度も負けてはいけなかった。

 だから負けてしまったのである。


 野球にしても一試合を落としても、最終的なシーズンで勝てばいい。

 短期決戦と言ってもポストシーズンは、クライマックスシリーズのファイナルステージで六試合、日本シリーズは七試合もあるのだ。

 今の直史からすると、短期決戦は二試合までに抑えたい。

 そのためにレギュラーシーズンを、確実に優勝したいのだ。

(ライガースとタイタンズ、どちらが相手としては厄介かな)

 甲子園で戦うのなら、ライガースが絶対に厄介だ。

 しかし東京ドームともなればどうなのか。


 神宮で戦うことになっても、タイタンズは同じ東京。

 ファンがかなり動員されるのは間違いないであろう。

 それでも基本的に、ホームの試合にしておきたい。

 ペナントレースを制することの重要度は、誰もがわかっているはずだ。

 この三年、セではアドバンテージを取ったチームが、日本シリーズに進出しているのだから。


 総合力で勝負をするのが野球だ。

 そしてその総合力とは、何も選手だけの話ではない。

 もちろん采配だけでもなく、編成までも含めた話だ。

 他にライガースなどは、明らかにホームでの応援には力が入っているだろう。


 レックスの場合は玄人好みの試合が多い。

 派手な乱打戦の方が、客が喜ぶことは分かるが、確実に勝つには守備力が必要だ。

 だが今年は明らかに、得点力が増えている。

 また平良が復帰してからは、やはり失点も減ってきている。

 リリーフがさらに強化されているということだ。

 だがオーガスが戻ってくるのには、まだ時間がかかっている。


 年齢的には30代の前半なのだ、衰えてくるピッチャーはいるだろう。

 いわゆる本格派なので、わずかな球威の衰えも、結果には明確に反映するかもしれない。

 だがこの調子でシーズンを通して戦えたなら、おそらくペナントレースは問題がない。

 40代の直史としては、勝率である程度のリードを保っているなら、他のピッチャーにも出場機会を与えたい。

 正直なところ衰えというか、本気を出すのに以前より、力が必要なのは確かなのだ。


 本気でなくともヒット一本であれば、それで充分であるかもしれない。

 ただ直史が気にしたのは、球数の方である。

 一試合に106球を投げて、ある程度の疲労が残る。

 なんとかこれを、球数という単純な問題ではなく、肉体を削らないピッチングにしていきたいのだ。




 交流戦が終了し、レックスがこの成績では一位であった。

 そしていよいよ、リーグ戦に戻っていく。

 その最初のカードが、タイタンズ相手となっている。

 ここで勝ち越すことが出来れば、レックスのペナントレース優勝は、さらに近づいてくることとなる。

 ただライガースとタイタンズ、どちらかが残ることは間違いないだろう。

 その時にどちらと戦うのが、より大変かというと判断しがたい。


 タイタンズとの三連戦、直史に出番はない。

 木津、百目鬼、塚本という布陣で、タイタンズ打線と対戦する。

 ピッチャーの標準から逸脱した木津を第一戦、そして正統派の百目鬼を第二戦。

 これはそれなりに考えたローテであると思う。

 次に直史が投げるのは、フェニックス戦となっている。

 焼き鳥をまた焼こう、という話が首脳陣でなされたのかもしれない。


 ただ福岡との対戦に、直史を持っていったことは、このタイタンズ戦で直史を使えないということ。

 さらにフェニックス戦の後の、ライガース戦でも使えないこととなる。

 ライガースやタイタンズと対戦することで、直史が消耗することを避ける。

 しかし他のピッチャーでは、この2チームをどれだけ抑えられるか微妙なところだ。

 もっとも両チーム共に、特にタイタンズは投手陣に不安が残る。

 ライガースはまだしもクローザーが固定できているだけに、そこでは強いだろう。


 まずは木津に、タイタンズを抑えてもらおうか。

 それに失敗したとしても、百目鬼との落差で、どちらかは勝てるであろう。

 本格派と変則派を並べて使う。

 これは以前からやっていたことだが、試合の日程でどうしても、それがずれてしまうことはあるのだ。


 タイタンズとしても交流戦後、少しは休んでいたのだ。

 その復帰第一戦が木津というのは、ちょっとやりにくいものであろう。

 司朗は毎日練習をし、トレーニングも適度にしていた。

 あまりに無理をすると、試合に響いてしまうからだ。

 四日間の間、タイタンズは試合がなかった。

 その間にはある程度、外出している選手もいた。

 司朗も実家には帰ったが、そこでちょっとショッキングなことを知らされていた。

 母のまたの妊娠である。


 晩婚化と高齢出産が、日本では進んでいる。

 先進国においては、おおよそ似たような問題は発生しているが。

 恵美理は41歳で、確かに高齢出産ではあるが、それよりもこれが五人目であるのか。

 長兄として色々と思うところはあるが、両親はまだそこまで仲が良かったのか。

 悪いことではないはずなのだが、色々と思うところがあるのは、司朗だけでもなかった。

(つーか故障で休んでいた間に、子作りしてたってことかよ!)

 静かにぶち切れていた司朗であった。

 恵美理は自宅で音楽のレッスンなどをしているが、妹たちは色々とやっている。

 めでたいことではあるが、釈然としない司朗であった。




 野球というのはコンディションがパフォーマンスに反映する。

 メンタルのコンディションも、当然ながらそこには関係してくるのだ。

 丁寧なスイングが持ち味と思われていた、これまでの司朗。

 それがここから数試合、荒っぽいものになっていった。

 ただそれが悪い結果をもたらすかというと、そういうわけでもない。


 第一戦は木津から、スリーベースとホームランを一本ずつ。

 これがかなり貢献して、試合はタイタンズが勝利した。

 第二戦は百目鬼が、かなり慎重に対応してきた。

 そのためボール球を選んで出塁することが二度あったが、試合の終盤にはツーランホームランを一本。

 地味にホームランも打点も、かなりトップに近いところにいる。


 ひょっとしたらこのペースなら、40本にまでホームランは伸びるのではないか。

 大介の一年目には及ばないにしても、高卒野手としてはとんでもないペースである。

 打率が四割に達すれば、トリプルフォーが見えてくる。

 大介もやってしまったものだが、ちょっと人間の記録ではない。

 むしゃくしゃしてやった。今は反省している、というレベルではないだろう。


 動機がなんであれ、首位のレックスとの勝率差を、縮めるものである。

 レックスとしては第三戦、どうにかここは取っておきたい。

 今年はタイタンズと、そしてライガースには三連敗したカードがあるのだ。

 三戦目の塚本との対戦は、ピッチャーやバッターがどうこうというものではなく、珍しい乱打戦になったのであった。


 ただ乱打戦になった時でも、勝ちパターンのリリーフ陣を持っていると、チームとしては強い。

 大平も平良も点は取られたが、それ以上にレックスが点を取っていた。

 13-11というハイスコアゲームにより、なんとかレックスは三連敗を避ける。

 ここで負け越してしまった分は、フェニックス戦で取り戻せばいいだろう。


 それにしても派手な三連戦であった。

 そしてこれだけ派手な試合をしても、順位が入れ替わるというわけではない。

 司朗は第三戦も、ツーベース二本を打つという驚嘆すべき結果を残した。

 六打席も回ってきたので、むしろミスショットが多かったとも言えるが。

 打率はこの時点で、大介を抜いて首位に立っている。

 まさに首位打者と言えるであろう。

 さらには盗塁数が、50個を超えた。

 あるいは日本記録を更新するのでは、というぐらいのペースである。


 もっとも司朗としては、あまりそれは意味がない。

 どれだけの機会があって、どれだけの成功率で達成したか、それが重要になるからだ。

 試合数が多いMLBを含めていいなら、大介はシーズンに115盗塁を達成している。

 これだけやってもシーズン新記録ではなかったのだから、MLBの記録というのは恐ろしいものが残っている。

 直史なども最多勝の更新などは、まるで狙っていなかった。

 70勝もしようと思うなら、中三日で投げても足りないのであるから。




 ライガースはこの間、カップスと対戦している。

 三連戦のカードを勝ち越したが、二位のタイタンズとの差は縮まらない。

 とにかくライガースとしては、自分の上にタイタンズがいるのが、気に食わないというチームである。

 正確にはライガースではなく、ライガースファンだと言えるかもしれないが。


 ライガースファンの中でも年長の人間は、特にタイタンズに対する敵愾心が強い。

 一時期はスターズとライガースで優勝争いを独占し、その後にレックスが混じってきた時代を、黄金期と言ったりもしている。

 この数年も調子はいいが、それでもタイタンズには負けたくない。

 タイタンズからすると、ライガースの一方的な敵意、ということになるのだが。

 それでもこの数年、ライガースとレックスが圧勝する、リーグの状況には忸怩たる思いがあったらしいが。


 今年のタイタンズは強い。

 そしてもし今年は勝てなくても、数年内にライガースに逆転し、レックスにも勝てるだろうと思っている。

 司朗がメジャーに行くにしても、それは25歳になってからと考えているからだ。

 大介と直史が衰えて、その後にタイタンズの時代がやってくる。

 もっともそのあたりになると、悟も引退していておかしくないのだが。


 あとは忘れているかもしれないが、一つ下には昇馬の世代がある。

 昇馬も傑出したピッチャーだが、他にもこの年代には、優れた選手が多いのだ。

 おそらく高校生が、これだけ豊富なドラフトもない。

 そういう10年に一度もないレベルのドラフトになるはずだ。


 野手はともかく投手は、高卒一年目から活躍することが少なくない。

 そう考えるとタイタンズは、特に秀でた数人のピッチャーから、誰を選ぶかを考えることになる。

 さすがに司朗のような、五年でメジャーに行くという、そんな条件をつける人間はいないだろう。

 25歳まではいてくれた方が、チームも選手もありがたいはずだ。

 司朗の場合は実家が太いので、メジャーに挑戦するリスクが低いわけだ。


 大介としては三冠の行方が気になっている。

 ホームランと打点ではそれなりにリードしているが、打率では司朗に負けている。

 史上最高の首位打者争いになるのか、と世間では言われたりしている。

 正直なところ現在の段階でも、司朗は新人王になってもいいだろう、などとも言われているのだ。


 ライガースは次に、スターズと対戦した後レックスと対戦する。

 しかしこのスターズとの対戦で、武史のローテが回ってくるのだ。

 武史も今年、少し離脱はしていた。

 だがそれでも、リーグで二番目のピッチャーであると言ってもいいだろう。

 最終的にはおそらく、10個は貯金を作ってくるだろう。

 

 ペナントレースに優勝し、アドバンテージを得る。

 そうしなければポストシーズン、勝ちあがって日本シリーズに行くのは難しい。

 それは分かっているのだが、レックスやカップスのみならず、タイタンズまで厄介な相手となっている。

 一時期はセ・リーグは3チームによる三国志などとも言われていたが、またその形になるのか。

 もっともその期間は、それほど長くなるとも思えないが。


 大介は回ってきた打席数が、確かに司朗よりも少ない。

 二番打者であるのだから、それも当たり前であろう。

 それにしてもフォアボールの数が、もう100を超えている。

 もっとも司朗の敬遠回数なども、大介の一年目に比べて、かなり近いものがあるのだが。

(こういうのは見ているお客さんとしては、面白いんだろうけどな)

 パの方は福岡と千葉が、ペナントレースは制するだろう。

 ただ投手力の高い千葉は、下克上を起こしても不思議ではない。


 オールスターなど、大介はもう興味をなくしていた。

 ただ直史と違って、それなりの体力を残している。

 だから司朗と一緒に、セの一番と二番を打ってもいいのでは、などと思ったりしている。

 あるいはこれが、同じチームで戦う、最後の試合になるのかもしれないのだから。

 レックスが有利ではあるが、まだまだその結末は予想できない。

 今年のレギュラーシーズンは、複雑なだけに面白いものになっているのであった。

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