第441話 強いものいじめ

 福岡戦でパーフェクトを達成した直史は、登録抹消で調整に入った。

 そしてその復帰戦を、一試合延期になっていた福岡との試合とする。

 また大変だな、と直史は思っている。

 だがレックスの首脳陣としては、福岡を徹底的に叩いておくことは、将来的に必要なことだ、と分かっている。

 将来と言ってもそう、長くはない未来のことである。

 具体的には日本シリーズである。


 タイタンズとライガースの間に、少し勝率で余裕が出来た。

 ただここで恐れるのは、直史の離脱からリリーフ陣に、少し負担が掛かっているのでは、ということだ。

 その直史も結局は、ローテを一度飛ばした程度で戻ってくる。

 故障する前に自分のコンディションを把握し、チームの状態も確認する。

 それにしても昔に比べれば、無理が利かなくなったものである。


 40代というのはそういう年齢なのである。

 45歳までピークを持続したバッターは、ちょっと思い浮かばない。

 ただピッチャーであれば、44歳でもかなりの戦力になっていた選手はいる。

 MAXを記録したのが43歳のとき、というピッチャーもいるのだ。

 それに比べると直史は、間違いなく球速は衰えていた。


 全力で投げた後には、回復に時間がかかる。

 パーフェクトなど目指さなくても、完投で勝利すればいい。

 そのあたりの加減を考えるのが、今後の課題となるだろうか。

 ピッチャーは勝てばいいのだ。

 だがレギュラーシーズンもポストシーズンも、勝ち方というものが重要になる。

 直史に完全に封じてもらいたいと、首脳陣が考えているのは福岡以外にもライガースとタイタンズ。

 ただライガースはもう封じてしまうのに、力を消耗しすぎる。

 もっともそれはタイタンズを相手にしても、同じことが言えるのだが。


 交流戦が終わったら、レックスはまたタイタンズと対戦し、ライガースとも対戦する。

 そこの直接対決でこそ、レックスは勝っておきたい。

 レックスは弱いチーム相手には強いが、強いチーム相手には弱い。

 それは単純な勝率を見ても、確かなことなのだ。

 一応はタイタンズには勝ち越しているが、わずかな差だ。

 そしてライガースには負け越している。


 ここ三年は連続で、ライガースとペナントレースを争っていた。

 優勝した年でも、ライガースには互角程度の成績しか残していない。

 それだけチームとしての相性が悪いのだ、とも言えよう。

 しかし直史がいるおかげで、どうにか勝っているとも言える。

 ただ直史が勝っても、他の試合で全て負ければ、当然ながら日本シリーズに進むのは難しい。

 六日間で三先発というのは、直史にとっても限界であるのだ。




 まずは北海道との最終三連戦。

 第一戦はほぼエース格となっている、百目鬼の先発である。

 この日の百目鬼の調子は、あまりよくなかった。

 そのため六回を終えたところで、3-3の同点という状況であった。

 こういうこともあるだろうが、リリーフが打たれて一点差で落とす。

 もっともこれでも充分に、交流戦はレックスが勝っているのだが。


 二戦目の成瀬もまた、あまりいいピッチングではなかった。

 五回を四失点であるので、勝ちパターンのリリーフは使っていけない。

 4-6というスコアで連敗してしまう。

 ちょっと珍しい北海道の気候であるので、そこが調子を崩す原因になったのかもしれない。

 たださすがに、三戦目の塚本は気合が違った。


 大卒即戦力と言われて、一年目からそれなりの一軍での登板機会があった。

 しかし結局は微妙な成績を残し、この二年目に期待がかかっている。

 二軍の試合では、ほぼ無双していたのが去年の塚本。

 今年はローテの一角に組み込まれ、勝ち星をかなり先行させている。

 クオリティスタートだけではなく、ハイクオリティスタートもある。

 これでローテは保証された、と考えてもいいだろう。


 先発で重要なのは、ローテを守るということだ。

 投げてみればいい内容であっても、すぐに故障で離脱するなら、使うのが難しくなってくる。

 去年は17試合に先発し、今年は既に10先発。

 ローテを守ることの他に、立ち上がりで試合を崩さない、ということも達成できている。

 このままなら今年のオフには、年俸が大幅に上がるであろう。


 プロは金を稼いでこそ。

 つまり一軍でローテを守るか、勝ちパターンのリリーフにならなければいけない。

 もっともブルペンにいるだけでも、最低年俸の1600万は保証される。

 しかしプロの世界では、そんな金額では満足してはいけないのだ。

 ピッチャーなど五年ほどしか活躍できなかった、という選手は多い。

 むしろ一年でもしっかり活躍できた、という選手が珍しいのだ。

 一軍にいって、機会を与えられるということ。

 今年の塚本は一味違うのである。


 七回を一失点のハイクオリティスタート。

 リリーフ陣も楽が出来る、ありがたいピッチングである。

 最終的には5-2というスコアで三連敗は防ぐ。

 これで残りは雨で延期となっていた、福岡との対戦のみである。




 直史の復帰戦となる。

 福岡の選手たちは泣いていい。

 もっともこれぐらいで泣くならば、プロでは通用しないだろう。

 直史に心を折られても、他の試合で活躍すればいい。

 幸いなことに直史はピッチャーで、ローテどおりにしか投げてこないのだから。


 他のチームもおおよそ、交流戦は進んでいる。

 タイタンズはドームということもあり、雨天の延期が一つもなく、無事に終了した。

 12勝6敗という成績であり、かなりの勝率を残したのだ。

 ライガースも雨天以外のカードは終わらせている。

 ただ千葉と神戸の二試合ずつ、雨天延期になった試合が残っている。

 それを除くと9勝7敗と、タイタンズよりも悪い戦績となってしまった。

 主力が抜けているというわけでもないので、やはり今年のタイタンズが強くなっていると考えていいだろう。


 レックスと福岡、ライガースと千葉の試合が、同じ日に行われる。

 そして直史の先発が知られているわけで、神宮にやってきた福岡は、難しい顔をしているのだ。

 一応今年も、直史が先発しながら、負けた試合がないわけではない。

 直史のリリーフをしたピッチャーが、打たれて逆転されているわけだ。

 もっとも一時離脱してからの復帰戦となる。

 ならばまだコンディションも、完全にはなっていいないかもしれない。


 実際のところ直史の様子などは、マスコミの親しくなった連中から、ある程度は知ることが出来る。

 ただ直史はブルペンでは、やたらとキャッチボールを重視するのみ。

 記者の目から見ても明らかに、遅いボールを投げている。

 しかし伸びはあるように見えるので、あれでもちゃんとした練習なのであろう。


 今年二度目の離脱なわけで、さすがに衰えを感じているのか、と思わないでもない。

 ただパーフェクトをした反動が、普通にあったとも考えられる。

 パーフェクトだけではなく、マダックスもおまけについていたあの試合。

 福岡はそれなりにトラウマではあるのだが、反動で戦線離脱したというなら、まだ救いようがある。

 昔ほどの無茶な間隔では、投げてこれないということであるからだ。


 しかしその離脱からの復帰で、まず福岡に投げてくる。

 これは嫌らしいことだな、と福岡の首脳陣は考える。

 それでも復帰戦であるのだから、少しはコンディションが調整しきれていないかもしれない。

 希望的観測ではあるが、そうとでも思わないとやっていられない。


 実のところ直史としても、福岡をパーフェクトに抑えるつもりなどさらさらない。

 前回の試合にしても、もう少し打たせる余裕があれば、楽なピッチングをしていたのだ。

 味方が一点しか取ってくれなかったから、一点も取らせないピッチングをした。

 その結果としてパーフェクトが導き出されただけである。


 チームが北海道に行っている間も、直史は調整を続けていた。

 そしてやはり感じるのは、力の入っている袋に、わずかな穴が空いているという感触。

 肉体的にはどこも、怪我などはしていない。

 だが体力が回復しきらない、という感覚であろうか。

 全力で投げたならば、次のローテまでには回復していないのではなかろうか。

 まずは体力の底が抜けてしまったことを感じる。


 ただローテを完全には守れないにしろ、年間に20登板もすれば充分であろう。

 そのうちの15試合を確実に、完投勝利する。

 それだけでも他のピッチャーが、及ぶところではない。

 もっともそうなると完全に、当てる試合を選ぶことになる。

 ライガースなどに調整して当てていくなら、疲労は普段よりも激しいものになるだろう。




 福岡はこの試合、なんとか点を取ることを目標としている。

 ただ直史としては、試合に勝つこととリリーフを温存すること、この二つを重視している。

 リリーフに関しては、交流戦の予備日のため、少しの休養期間がある。

 だから重視するのは、あくまでも試合に勝つということ。

 なんなら直史はあまり投げず、リリーフ陣で抑えてしまっても、それはそれでいいことだ。

 レックスのピッチャーを打てない、と思い知らすことになるからだ。


 とりあえず一回の表から、福岡の打線をしっかりと打ち取る。

 ストレートの球威はどうかと見てくるので、初球からストレートでストライクを取ってしまう。

 そしてムービング系のボールで、ゴロを打たせてアウト。

 三者凡退ではあるが、全てゴロを打たせたボール。

 ただツーストライクまで、福岡のバッターはボールを見てきていた。


 球数を増やそう、という意識であるのか。

 だが15球は投げていないので、直史としても疲労は少ない。

 そもそも球数などというのは、あくまでも一つの基準にすぎない。

 全力のストレートを投げるのと、八分のボールで打たせるのを、同じ球数で数えていいわけがない。

 直史は特にカーブを投げることによって、カウントを整えていく。

 このカーブがスローカーブでもパワーカーブでも、ストレートよりは負担は少ないのだ。


 そしてレックス打線は早々に、一点を先取した。

 もっとも一点差だけでは、この間の試合と同じことになる。

 三回にも一点を追加して、これで2-0となった。

 直史は試合の中盤に入って、楽な組み立てが出来るようになってくる。


 一点までならば取られてもいいとなると、まさかというボールをリードの中に入れていける。

 点差が開けば開くほど、直史は楽になってくるのだ。

 四回からは一桁の球数で、アウト三つを取ることが出来るようになっている。

 ただその四回に、呆気なくヒットは打たれてしまったが。

 初球のゾーンのボールを狙われたのだ。


 パーフェクトもノーヒットノーランもなくなった。

 あとは絶対に勝てる試合を、楽しむ以外には何もない。

 レックスは今年から一気に、得点力を増やしている。

 そのため味方の攻撃の時には、存分に楽しむことが出来ている。

 もっとも直史が投げるなら、守備の時にも楽しむことはある。

 しかし三振をあまり取らないのは、かなり玄人向けのピッチングであるのだ。


 野球に詳しくなるほど、直史のピッチングが面白くなる。

 それは事実であって、しかし野球というものは、ビール片手に楽しむものでもあるのだ。

 バックネット裏に陣取るでもなく、中継で試合を見ているファンの方が、ナオフミストは多いであろう。

 球数などがしっかりと分かるし、解説の説明も聞けるからだ。

 ただ直史のピッチングの解説は、なかなか難しいものがある。

 とにかく心理的な死角を突くのが、直史のピッチングであるからだ。




 確かにヒットを打たれて、ノーヒットノーランまでがなくなった。

 また序盤にそこそこ球数も使っていたため、マダックスも難しくなっている。

 しかし二本目のヒットが全く出ない。

 福岡が二人目のランナーを出したのは、イレギュラーによるエラーから。

 だがそのランナーも、二塁を踏むことが出来なかった。


 ピッチングのスタイルは、ものすごくスムーズなものである。

 セットポジションからほぼクイックで、ボールを狙ったコースに投げるのだ。

 基本的にフォームは、何を投げる時も変わらない。

 たださすがにリリースポイントで、ある程度は分かるものだが。


 ピッチトンネルを使ったり、使わなかったりする。

 多くのバッターはゴロを打ってしまうが、状況によっては三振も奪う。

 操られているかのように、スイングが弱弱しいものになっていく。

 それは変化球に対応しようと、フルスイングが出来なくなっていくため。

 分かってはいてもフルスイングで、まともにボールに当てることが出来ない。

 しかしコンパクトなスイングでも、どうしてもミートポジションを外してしまう。

 今日はとことんゴロを打たせる日であるらしい。


 守備がしっかりと、動いてリズムを作る。

 ただ外野ははっきり言って暇である。

 ゴロばかり打っていると、外野にまではボールが飛んでこない。

 もちろん普通ならば、内野の間を抜けたボールが、それなりに飛んでいくはずなのだが。

 外野フライを打たせないため、こんな労働の無駄が出ている。

 もちろん外野にしても、送球に対応するために、カバーに入ったりはするのだが。


 三点目が入ってからは、より楽になってきた。

 変化球に緩急をつけると、内野フライを打たせることになるからだ。

 外野にもそこそこ飛んで、少しは仕事をすることになる。

 ただファールフライをキャッチするだけの、簡単なお仕事です、といった感じであるが。

 ピッチャーゴロでアウトにすることも、それなりにあった。

 そこでエラーをしないので、ピッチャーとしての守備貢献度が上がっていく。


 試合が進めば進むほど、本来ならスタミナも切れてきて、球にも目が慣れてしまう。

 しかしレックスがリードすると、直史の使える配球が増えてくるのだ。

 まさかと思うようなボールも投げるし、定番の組み立てでも抑えてくる。

 何をどうして、どうやって狙えばいいのか分からない。

 試合が終盤近くになると、どんどんとその傾向が強くなってくるのだ。


 この試合は確かに、パーフェクトはおろかノーヒットノーランでもない。

 しかし出たランナーが、二塁にも到達しない。

 暖簾に腕押しといったところで、まるで攻撃の圧力を与えることが出来ていない。

 福岡の打線が絶望するのは、パーフェクトなどという分かりやすい言葉ではない。

 普通に投げている試合でも、こういうことになってしまうのだ。

 そして終盤の球数の節約で、マダックスが見えてくる。

 さすがにそこまでやらせてたまるかと、福岡の選手たちは考えてくるのだが。




 パーフェクトもノーヒットノーランもマダックスもいらない。

 重要なのは完投勝利で、球数ではなく直史の疲労度である。

 直史の実感としては、50%の消耗で、この試合を終わらせることが出来る。

 今の直史は全盛期より、フィジカルもメンタルもスタミナが、一割ほどは落ちている。

 それだけ消耗しているということは、間違いのない話であるのだ。


 ローテを崩さないように、完投勝利を続ける。

 だが今年はあと一回ぐらい、ローテを外すかもしれない。

 もっともその程度で優勝を逃すなら、レックスは直史に頼りすぎである。

 確かにピッチャーとしては、規格外の蹂躙を見せ付ける存在であるのだが。


 最終的なスコアは4-0とかなり楽なものとなった。

 確かにパーフェクトはされていないし、マダックスも阻止した。

 ただヒットが出たにしても、まるで点が取れる気がしなかった。

 あまりにも打線が、ボールを打てていない。

 ジャストミートがそもそも、出来ていないのである。


 ムービング系のボールで、打たせて取るという理想。

 確かにそういう考えは、他のピッチャーも考える。

 しかし実際に打たせて、たまには三振も奪って、実際に勝利する。

 理論と現実の間には、広くて深い溝がある。

 それを直史は、自分なりの技術でやっているだけだ。


 交流戦で直史相手に二度の敗北。

 レックス相手には三敗となった福岡は、ここから少し調子を崩した。

 ただスタメンの交代が、新しい戦力の台頭を許すというあたり、福岡は選手層が厚い。

 もっとも直史の恐怖は、他の選手にも伝わっていってしまう。

 選手ではなく首脳陣さえも、色々と頭を悩ませることになるのだ。


 たとえペナントレースを勝ち、日本シリーズにまで残ったとする。

 その時にレックスと対戦して、果たして勝つことが出来るのか。

 直史が一試合目に投げてくれば、それだけで一気に福岡は、士気が下がってしまう可能性が高い。

 もうその存在はピッチャーというよりも、何かの天災のようなものだ。

 当たったら諦めて、敗北するしかない。

 他の試合でカバーするしかないと、考えるべきであろうか。

 もちろんそんなわけはないが、圧倒的な存在であるのは確かだ。

(もう早く引退しろよ)

 だが完全に悪魔のような数字を残す限り、通用し続けるのも確かなことなのだ。

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