第440話 休養中のチーム
レックスにとって直史は精神的な支柱などではない。
寄りかかるのを許さない、それでいて崩れることはない、強固な防壁である。
もうほとんど人間扱いもされていないが、それは仕方のないことであろう。
実際に人間が出したとは思えない、伝説的な記録が並んでいる。
最初は五年で終わる予定が、未練が残って七年となった。
そこで故障して引退したのだが、実は致命的な故障ではなかった。
直史がNPBに復帰して、大介もNPBに帰還した。
両者の関係を知っている者からすれば、やや数字が落ちてきた大介が、最後のシーズンを過ごすために直史も戻った、と思えたかもしれない。
だが両者はNPBに復帰してもう四年目となる。
その間双方が、ピッチャーとバッターの最高の地位を占めていた。
大介などの場合、もう三冠王とかではなく、白石賞でも作って、その年最高のバッターに与えればいいのでは、などという話も出てきている。
沢村賞があるのだから、バッターの賞があってもいいだろう。
実際にMLBなどにはバッターの賞もある。
ただそうなるとピッチャーの賞を、もう一つぐらい作っておくべきか、という話にもなる。
そのあたり日本は、基本的に保守的だ。
上杉賞ならば、世間のみならずお偉いさんも、納得したかもしれないが。
サトーという記録を作ってしまったのだから、それで充分であろう。
今後10年に一度でも、出てきたら凄いと思われるものであるが。
ともあれ直史が一時離脱しても、レックスはまだそれなりに強い。
そもそも直史が投げていない時にも、ちゃんと強いのがレックスだ。
とはいえリリーフ陣にかかる負担が、三割ほど増しているか、と豊田などは思ったが。
神宮に神戸を迎えて行われた三連戦。
ちょっと天気は悪いが、雨が降るほどではなかった。
先発は第一戦が百目鬼で、向こうで早くも一年目から、実績を出している久世との対決。
ここで百目鬼としても、少しだけ力が入る。
新人との投げあいという、メンタルの部分の問題である。
立ち上がりに点を取られたが、今年の百目鬼は安定しているのだ。
もう今年も、と言ってしまってもいいかもしれない。
神戸は地味に、若手が育ってきている。
一年目の大卒即戦力以外にも、バッティングとピッチングのバランスがいいチームになってきている。
もう二年ほどすれば、かなりバランスも爆発力も、安定力もいいチームになるかもしれない。
ただ福岡と千葉の二強に、今年は勝てないであろうが。
百目鬼も序盤で二点を失ったが、そこからは安定してきた。
七回を投げて二失点と、結局はハイクオリティスタート。
そしてそこまでに三点以上を取るのが、今年のレックスの打線である。
残りはリリーフの出番である。
延長の12回に投げた平良を、二日間休ませる日程。
ここは須藤と大平で、どうにか抑えるのだ。
一点は取られはしたものの、レックス打線は最終的に五点を取っていた。
5-3というスコアでまず第一戦を勝利したのだ。
今年の日本シリーズの相手としては、やはり福岡が最有力ではあろう。
だが二年前のように、千葉が投手力で勝ちあがってくる可能性もなくはない。
その2チームを下克上で倒すことは、難しいと思っている。
それでも逆転するとしたら、やはり神戸かな、とは思うのだ。
よってレックス首脳陣も、この三連戦を重要視している。
二戦目の先発は成瀬で、若手ながら勝ち星が先行している。
レックスはリリーフが強いだけに、クオリティスタートで充分に、勝利投手を期待できるのだ。
だが完投までは求めないのが、レックス首脳陣の現実的なところ。
ブルペンで豊田は、今日の三人を考える。
五回までしかもたなければ、須藤を入れて四人で抑える。
ただあまりに際どい連勝が続いていれば、リリーフへの負担が大きくなる。
三連投はさせない、というのがリリーフ運用の大前提だ。
出来れば連投もさせたくないと、レックス首脳陣は考えている。
このあたりの戦力の運用は難しい。
出来れば勝てるだけは勝ちたいが、あまりに勝つ展開が続くと、勝ちパターンのリリーフを休ませるタイミングが難しくなる。
レックスは勝率であれば、今はリーグで一番である。
しかし連勝などを見れば、ライガースの方が上回ったりしている。
確実にカードの中で、最低一勝はする。
そして勝ち越しを狙ってしていけば、ペナントレースを制することは出来る。
ただライガースとの直接対決で、負け越しているのが不安と言えば不安だが。
直史ばかりに任せるわけにはいかない。
今年の直史が衰えていると言うか、肉体の耐久力が落ちているのは間違いない。
テクニックでフィジカルを補うのは限度がある。
テクニックを支えるのも、ある程度のフィジカルが必要であるからだ。
メンタルや思考力も、体力が落ちれば衰えていく。
思考する脳に、エネルギーを回すのも、つまりは肉体であるのだ。
それでもクライマックスシリーズで二勝、日本シリーズで二勝は計算してしまう。
それぐらいのピッチャーがいて初めて、レックスは勝てるのだ。
ライガースに加えて今年は、タイタンズも強くなっている。
三連敗を防ぐはずのレックスが、この2チームには三連敗したカードがあるからだ。
ペナントレースは今年も、なんとかして優勝する必要がある。
アドバンテージがなければ、ほぼ確実に負ける。
もっともライガースとタイタンズが、ファーストステージに残ってよほど潰し合いをしてくれれば、話は別だろうが。
双方のチームの先発陣が崩れたり、クローザーが離脱でもすれば、かなり勝率は上がるだろう。
しかしそういった相手の不運に期待していてはいけない。
まずはレギュラーシーズンを優勝すること。
そのために交流戦は、確実に勝っておかなければいけない。
第二戦の成瀬は、微妙なピッチングとなった。
ランナーを出してもアウトを確実に取って、最少失点でイニングを終える。
それからもずっとランナーは出すが、ビッグイニングは作らない。
六回を四失点で、レックスは一点をリード。
ここからは鉄壁のリリーフ陣が、勝ちパターンを作ってくれる。
たった一点のリードを守るのが、リリーフにとってはどれだけ難しいか。
そもそも一点ぐらいなら、追いつかれても仕方がないとさえ言える。
ただ今年からは終盤に、しっかりと追加点を取るのがレックスである。
一番から七番まで、決定的なタイミングで打つことが出来る。
そのためこの試合でも、6-5で最終的には勝利。
成瀬にはまたも勝ち星がついたのだ。
第三戦の塚本は、ロースコアの試合となる。
ここでレックスとしては、リリーフを使うのは難しい。
大平が連投しているからだ。
しかし六回までをリードして迎えることが出来たなら、他のリリーフ陣を使うことも出来る。
六回三失点の見事なクオリティスタートから、大平以外の三人で継投。
一度は追いつかれてしまったものの、そこからまたリードを広げることに成功。
リリーフは追いつかれても、絶対に逆転されてはいけないのである。
神戸相手に三連勝である。
引き分け一試合をはさめば、これでなんと八連勝。
直史がいない間に、この結果は素晴らしい。
リリーフ陣が上手く機能し、粘り強く投げていることが、この連勝につながっている。
直史はいずれ引退するのだ。
それこそ治療に長めの故障ともなれば、引退してもおかしくはない。
今のわずかな体調の不調は、むしろ万全に回復するためには仕方がない。
シーズン終盤に決定的な仕事をしてもらうのが、直史の役割と言ってもいい。
とにかく上手く温存するのが、直史の確かな使用法である。
43歳のピッチャーがエース。
過去にも高年齢のピッチャーが、活躍していたということはある。
だがここまで圧倒的なのは、他に例がない。
途中で一時離脱していたため、勤続疲労がないというのも、その理由ではあるのだろう。
しかし一度は引退して衰えていたものを、また実戦レベルにまで回復させた。
それが40歳のシーズンであったのだ。
不敗神話はいまだに継続中。
もっとも直史からすると、レギュラーシーズンだけを数えるというのは、ちょっと都合のいい数え方だな、とは思う。
直史が先発していながらも、勝てなかった試合もあるのだ。
とにかく勝利への執着が、直史のピッチングの根底にはある。
ライガースとタイタンズもいい数字を残しているのだが、それでもレックスは差をつけていく。
その中で運が悪いとも思えるのは、雨天延期が重なったライガースだ。
パのチームはドームが多いので、本来はあまり中止になりにくいはずなのだが。
自分のチームがドームでないなら、やはり雨には勝てないのである。
そのあたりタイタンズは、雨を無視出来るため有利なところはある。
もちろんアウェイで試合をすれば、それは別の話。
だが交通網の寸断でもない限りは、ドームで試合が出来るということ。
それだけでも有利だ、と考える人間は多い。
ライガースはタイタンズに、わずかに差をつけられた。
だがそこで北海道との試合になり、鬱憤を晴らすような試合をする。
北海道のドームは、選手にとっても使いやすい。
そこで大介はとりあえず、打点を増やしていく。
今はほんのわずかに、打率で司朗に上回られている。
わずかにエゴが出てしまうのは、大介の欠点であるが魅力でもある。
ピッチャー以上のエゴの塊。
高校野球においても、セイバーは大介を抑えようとしなかった。
そもそも采配を取るという点においては、自分は平均的なことしか出来ないと、分かっていたからである。
その大介は間違いなく、チームに最も貢献している。
ショートをいまだに守っているのも、ちょっと信じられないぐらいである。
敬遠とボール球で攻略されるが、それでも打点を入れた。
塁に出れば相当の確率で、ホームにまで帰ってくる。
なんとかこれを封じたいとは、どのチームも思っているのだ。
しかしゾーンで対戦したならば、高い確率でジャストミートされる。
それでも野手の守備範囲内に飛ぶことが、ある程度はあるのだが。
このカードでは大介は、四打点とホームラン一本を稼いだ。
だが打率は四割に戻らない。
もっとも出塁率を見てみれば、まだ司朗とは圧倒的な差があるのが分かる。
五割強の司朗と、六割弱の大介。
ただ大介は盗塁の数を、かなり少なめにしているこのシーズンである。
全盛期には盗塁の方が、ホームランを上回っていた大介。
30歳ごろまではおおよそ、盗塁の方がホームランを上回っている。
その数が落ちてきたと言われても、盗塁王のタイトルは取り続けた。
去年は惜しくも二位であったが、もう盗塁王のタイトルは二度と取れないかもしれない。
司朗にはダブルスコアで敗北しているのが現在なのだ。
タイタンズはタイタンズで、福岡との対決に入っている。
ここは勝ち越しておきたい、パの王者福岡。
おおよそこの10年で見ても、半分はリーグ優勝をしている。
ドラフトで大量に指名して、その中から選手を育成していく。
その競争の激しさが、強い選手を輩出するのだ。
ただ去年は直史の前に、完全に封じられてしまっている。
短期決戦であればどうなるか、分からないのが野球であるのだ。
タイタンズは今年、戦力の回復が見えてきた。
正確に言うと司朗のチャンスメイクにより、打線がより機能するようになってきたのだ。
特に注目されるのは、首位打者のタイトル。
シーズン序盤からある程度経過し、一度は三割台に戻った司朗の打率。
それがヒットを集中したことで、また四割を超えている。
チャンスメイクとその拡大を、打撃と走塁でなしている。
もう圧倒的なほどに、一番バッターとしての役割を果たしているのだ。
ただ六月に入ってからは、ホームランがあまり出ていない。
それなりに打点は増えているので、それで充分とも思えるのだが。
ただこの三連戦で、スリーランホームランを一発。
この一発により、福岡との対戦を勝ち越すことで終えることが出来た。
交流戦はどのチームも、残り1カードを残すのみである。
もっともライガースは雨天延期があって、ちょっとそれが面倒ではある。
レックスも福岡とは、一戦を残している。
レックスは埼玉との対戦で、一つは落としたが勝ち越し。
そして最終戦は北海道での対戦となる。
その後に延期した福岡との試合を、神宮で行うこととなる。
ここで直史を使えば、福岡にさらなるトラウマを与えることが出来るだろう。
直史自身はしっかり、肉体の末端まで自分の力が、伝わっていることを感じる。
調子を落とした理由はおそらく、純粋な疲労であろう。
肩肘の張りなどは感じないが、ある程度のマッサージはしてもらう。
そして柔軟をして、体の関節の動きが最後、ボールのリリースに伝わるようにする。
ストレートの球質は、ちゃんと元通りに戻っている。
タイタンズは千葉と、ライガースは東北との試合が残っている。
ここでタイタンズは、雨天延期がないため、わずかながら選手を休ませることが出来る。
半年にもなるレギュラーシーズン、どこかで休息を入れることが、重要なのは間違いない。
それをここで入れられる、タイタンズは有利なのだ。
そしてオールスターがどうなるか。
直史はまた、仮病で休む気満々である。
実際にピッチャーとして、疲労することは確かなのだ。
ペナルティがついたとしても、直史はここで休む。
3イニングまでしか最高で投げないのだが、それでも本気にはなれない。
そして本気で投げない直史は、かなりの確率で打たれてしまう。
オープン戦などではそれなりに、打たれてしまうのが直史だ。
それをもう他の選手は、誰もが知っている。
敵も味方も、直史の調整方法は、彼独自だと理解している。
ただそれでもオールスターで、そのピッチングを見たいと思っている者は多い。
どうせ選ばれても辞退する、というのは分かっているのだが。
セ・リーグの上位3チームは、交流戦の最終カード全てが、相手の球場で行われる。
別にそのように計画していたわけではなく、そもそもタイタンズがここまで強くなるとは、誰も思っていなかったであろう。
ここでも直史は同行せずに、東京と千葉で地味にトレーニングを行っている。
休養もしなければ、回復することがない。
どうやってスタミナのペース配分をするか、それが直史にとっては重要なことになっている。
投げるだけではないのだ。
ある程度は迫水にリードを任せているが、それでも打たれる可能性は考えている。
だから首を振るか、少しコースをずらしたりもしている。
あえて相手の得意なコースの、ほんの少し違うところに投げたりすると、凡退に取りやすいのだ。
チーム全体のことも考える。
レックスは40勝18敗1分と、圧倒的な勝率になってきた。
二位のタイタンズが38勝25敗、三位のライガースが35勝25敗。
分かりやすく圧倒的になっている。
レックスとライガースは、消化した試合が少ない。
これが果たしてどうなるか、判断の難しいところである。
ただ直史が離脱しても、レックスは最大で九連勝した。
むしろ直史がいない時にこそ、なんとかしようと考えたのか。
ここでローテを得られるチャンスである。
オーガスの調子も、二軍ではそこそこ投げられるようになってきた。
ただ若手が台頭するのなら、特にオーガスは切られる可能性が高い。
外国人枠は一つ、空けておきたいと考えるのは不思議ではない。
それにしても最近は、ピッチャーの事情が変わってきている。
ある程度活躍すると、MLBからポスティングの狙いが見えてくるからだ。
選手としてもNPBとMLB、年俸が違いすぎるという問題はある。
もしも上手く活躍出来なくても、日本に戻れるという体制。
ただ日本人投手は最近、ほとんどが平均以上の成果を残している。
するとMLBとしても、食指が動くというわけだ。
30代になって、もうそろそろ引退が近づいているのでは、というピッチャーでも通用したりする。
あちらで契約が切れても、また日本に戻ってくるという選択もある。
契約金だけで日本の、10倍ぐらいになることも珍しくない。
成功と失敗の格差が巨大なのがアメリカ。
その中間的な選手なら、NPBで通用したりもする。
基本的にはMLBで、数年も活躍してFAを取れば、充分な年俸となるのだ。
MLBはこのFAを取るまでが、本当に厳しいと言えるだろう。
だが日本で活躍してからMLBで契約すれば、むしろその方が早く結果につながったりもする。
レックスのピッチャーも、百目鬼をはじめとしてメジャー移籍をどう考えているのか。
直史としてはアメリカの社会には、あまり行きたくないと考えているが、それはもう日本大好きの内弁慶だからである。
なおMLBでの成績を、NPBと比較したら、そんなことが言えないのはよくわかることだ。
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