第439話 ライバルと言える存在
佐藤直史という存在は、本当に色々なイフを想像させる人間である。
高卒時点はまだしも、大卒の段階でプロに入っていたら。
また故障からの一時引退にしても、トミー・ジョンでも受けて一年で治して復帰していたら。
MLBでは先発専念の四年間で、全て30勝以上をしていた。
シーズン32完封などという記録は、とても21世紀に出たとは思えない、圧倒的な記録である。
NPBでは毎年ほぼフルシーズンのローテを守っていた。
それはMLBでも同じで、クローザーをやっていた二ヶ月だけで、30セーブを達成している。
その直史が今年二度目の、登録抹消。
一度目はすぐに戻ってきたが、年に二度もそうなると、純粋に肉体的な限界を感じさせる。
パーフェクトをするごとに、体を痛めつけているのかもしれない。
ならばもうパーフェクトは、達成されることがないかもしれないのだ。
平成の30年間では、パーフェクトは一度しかなかったのがNPBである。
ただ21世紀以降、MLBでは年内に複数のパーフェクトが達成されることもあった。
個人的に直史は、MLBの統計野球が嫌いである。
ただし自分に合っているのは、そういった統計での野球だ。
そういった感情と理性をはっきり分けているのが、直史という人間の不可解な部分だ。
直史が投げていないなら、ローテを一つ飛ばす間に、レックスはおよそ一つの試合を落とすと計算してもいいだろう。
勝敗は絶対に負けるわけではないので、0.5敗と数えてもいい。
しかし直史の投げることによる恩恵は、リリーフの温存としても出てくる。
どこかでリリーフを温存させるとなれば、それだけ試合を落とす可能性は増える。
今年もレックスに差をつけられているが、タイタンズはレックス相手にも勝ってくれる。
だがチーム同士の相性を言うならば、ライガースの方が圧倒的に、レックスには勝っているのだ。
今年はこれまで、4勝2敗という結果。
その中で直史に、三試合も当たっている。
重要なのは直史に先発されながら、勝っている試合が一つあるということだ。
直史に負け星がついたわけではないが、他のリリーフを打って勝つことが出来た。
直史以外のピッチャーには負けていない。
そしてレックスは直史を使っても、勝てなかった試合があるということだ。
10先発の9勝0敗。
レックスは直史を上手く使わなければ、ライガースに勝つことは出来ない。
もっともライガースは、他に木津とも相性が悪かったりする。
今年は一試合だけ当たって勝っているが、木津は肝心なところで勝ち星を挙げるのだ。
大舞台という特性でもついているのかもしれない。
あるいは乾坤一擲というスキルでも持っているのか。
ライガースはレックスが足踏みする間に、勝率を上げておかなければいけない。
埼玉相手には全勝したが、福岡相手には負け越し。
神戸とは雨天で一試合が延期となり、そして次は千葉との試合である。
正直なところ大介は、千葉を相手に向こうのホームで戦うのは、ちょっと空気が苦手である。
あそこは大介にとって、甲子園につながる道であった。
なので今でもどことなく、ホームの意識がある。
そこで向こうの方が応援が大きいと、違和感が生まれるのだ。
もっとも今回はホームの甲子園で、千葉を迎え撃つことが出来る。
甲子園はライガースのホームであり、同時に大介の魂が震える場所である。
アメリカのどこのスタジアムで、どれだけ派手なことをしても、甲子園の空気とは違うものだ。
ここは特別な場所なのだと、かつて抱いていた感情が、ずっと残っている。
引退する時はここで、と言っていた大介。
実際にこの場所で、やれる限りはやっていたい。
本当の限界までは、別に独立リーグでやってもいいか、などと思っていた。
しかし衰えを感じ始めると、やはり甲子園で終わりたい、ということになってくる。
甲子園は特別なのだ。
精神論や根性論が否定されようと、いくら闇を言われようと、ここは特別な場所なのである。
大介が今までにプレイした、最も回数の多い球場。
この甲子園でとりあえず、大介は千葉を料理にかかる。
千葉は今のパでは、おそらく一番投手陣に優れたチームである。
これはドラフトの正解でもあり、育成の成功でもある。
ただ得点力で劣るため、パの覇権を取ることはかなわない。
それでも二年前には、日本シリーズまで進出したのだ。
来年になれば千葉は、溝口がポスティングで抜ける。
それを考えれば今年、なんとかペナントレースの優勝か、日本一を手に入れたい。
とはいえレックスが勝ちあがってくると、直史一人で三勝はしてしまう。
そう考えていた千葉は、直史が登録抹消となった時、これで勝てるのではと思ったりした。
自分たちが上回るのではなく、相手の下降を待つ。
ちょっと情けないことかもしれないが、そうやってどんな覇権を握ったチームでも、凋落していくのが世の常である。
六枚のローテがかなり強力な千葉だが、それでもライガースと当たるのは、やや弱いローテであった。
ただし千葉は交流戦でも、大介のいるライガースを侮ることなどありえない。
なにしろ千葉に住んでいれば、地元の人間が教えてくれるのだ。
もう20年以上も昔になるが、圧倒的な強さを見せていた、白富東の甲子園出場記録。
あの時代は本当に、千葉よりも白富東が強かったかもしれない。
当時の千葉は、それほど暗黒時代というわけでもなかったのだが。
ライガースよりも、スターズよりも、地元の強豪高校の方が強い。
これは何度もネタにされたものである。
実際にライガースは一時期、本気で貧弱であるのが続いた時期がある。
もう前世紀の話であり、ネタにしかならないが、本当に弱かったのである。
こんな人気球団がなぜ、といったぐらいだ。
しかもその暗黒期の直前には、日本一にもなっていたのに。
ただあの時代、一試合だけに限れば、確かに勝っていた可能性は高かったろう。
史上最強のバッターと、史上最恐のピッチャーが揃って、他にもプロ入りしメジャーに行った人間が何人もいたのだから。
指揮官にしてもむしろ、データの多いプロ相手なら、色々と一発勝負の采配が取れる。
さすがに直史と大介が卒業した後なら、難しいとは思えるが。
大介はここで随分と、またホームランや打点を稼ぐ。
交流戦はいつも、こんな感じであるのだ。
一応は交流戦にも、優勝などの順位がある。
しかしかつては日本シリーズで有利になるなどの処置もあったが、今ではほとんど名誉のようなもの。
純粋に勝利を目指し、勝率を高めていけばいいものだ。
やりやすくなっている、と大介は感じている。
司朗が入ったことにより、ピッチャーは注意しなければいけないバッターが増えたのだ。
それだけリソースを割かなければいけなくなり、大介のみに注意しているわけにはいかない。
だがこの千葉との試合でも、雨が降ってきた。
一戦目は雨で延期となる。
だが交流戦の延期は、交流戦の予備日に行ってしまわなければいけない。
ライガースは既に神戸相手に、一試合を雨天延期としているのだ。
それでも二日目には、ちゃんと試合が出来た。
千葉は相当に大介をマークして、ピッチャーの力がどの程度通用するかを確認する。
だがマルチヒットで片方がホームランともなれば、勝負に消極的になってくる。
二戦目は一試合に敬遠を含む三度のフォアボール。
残りの一打席も、ボール球を打ちに行って、珍しく三振というものであった。
千葉を相手に連敗した。
そして第三戦目、またも雨が降った。
既に神戸との延期が決まっていたので、このまま休養日を第三戦とするはずであった。
しかしその日に雨が降るなど、ちょっとライガースは雨に祟られている。
予備日にまたどうにか行う、ということになる。
千葉との対戦の次は、北海道である。
北海道相手に、アウェイで戦うこととなった。
千葉から北海道までは、飛行機で移動してそのまま試合。
ちょっと過酷と思えるかもしれないが、メジャーでは普通にあった程度の日程だ。
あちらでは10連戦など年に何度もある。
最高で何連戦であったかは、ちょっと覚えていないが。
今年のパは新人の活躍が大きい。
セも司朗がものすごい活躍を見せているが、パも久世が、さすが競合という感じで勝ち星を積み重ねている。
その分神戸が、しっかりと勝っていると言えるだろうか。
だが即戦力ではあったが、千葉の投手陣全てを、上回るほどではない。
そんな神戸がいることもあって、北海道は今、四位の位置にいる。
福岡が首位にいて、千葉が二位にいる。
このあたりはこの数年、決まった順位に近い。
三位以降がどうなるか、それがAクラス入りになる。
もっとも千葉もエースがポスティングで、来年はどうなるのか分からないが。
千葉を相手に連敗したのは、正直なところ痛い。
延期になった残り一戦は、なんとしてでも取りたいところだ。
ただ勝ちたいと思って、勝てるならば悩みはない。
懸命に準備し、鍛錬し、それで結果を出しても勝利にまでは結びつかない。
それが野球というものなのである。
その間にタイタンズは、少し勝率を上昇させていた。
やはりドームを本拠に持つチームは、ある程度の運用の予想が立てられるため、有利ではあるのだ。
司朗は打率が、四割の境界を上下する。
ただひたすらヒットの数を増やそうと、出塁のためのバッティングを行う。
チャンスを作ればタイタンズは、そこから点を増やしていく。
ボール球に手を出さないので、打ち取るのが難しい。
それでも統計的に見れば、勝負したほうがいいのである。
ランナーが複数いる時は、長打もそれなりに狙っていくのだが。
この数試合のタイタンズは、勝敗自体は悪くない。
ただ先発になかなか、勝ち星がついていかないのだ。
リリーフがそれなりに打たれて、こちらはそれ以上に打ってまた逆転する。
もちろんそれでも先発は、ちゃんと評価されるものだ。
しかし試合を作る先発もだが、リードを維持するリリーフも、タイタンズは不安定である。
それでも埼玉相手などには、ちゃんと勝ち越しておくのがライガースだ。
タイタンズは交流戦の後半に、福岡と千葉のカードを残している。
このあたり運がいいのか悪いのか。
どちらでもない。公平である。
とても公平に、不公平であるのだ。
なぜならどのチームも、パのチームとのカードは持っているのだから。
司朗は交流戦のカード、四つ目の対決までに、二度の猛打賞を達成した。
また久しぶりにホームランも打てたわけだが、長打はそれなりに多い。
ホームラン以外にも、少し守備が手間取ったら、単打を二塁打にしてしまうのだ。
またライトゴロなどもありえないという走力を持つ。
今は走力の評価が、昔よりも低くなっている。
だが走れないバッターなど、ホームランを打つしかないではないか。
かつては大介もその小回りの利く足を活かし、何度も盗塁王を取っていた。
ただそれよりも、ホームランの方が目立ったが。
それでいてあの体格なのだから、詐欺のようなものである。
司朗はそれに比べると、ずっとホームランを打ちそうである。
ただ六月に入ってからは、まだ一本しか打っていなかった。
契約などにはないが、一つの目標としていたのは、トリプルスリーである。
そのうちの盗塁は既に、基準を達成した。
打率も問題なさそうだが、ホームランは分からない。
ひたすら自分だけを追究して、打っていくのなら簡単なのだが。
チームの一員として、タイタンズをAクラス入りさせる。
それが本当の主力と言えるだろう。
もちろん一人だけで、どれだけ勝てるかは分からない。
しかしWARなどの数値であれば、司朗は平均的な選手より、ずっとチームを勝たせることに貢献している。
バッティングによるチャンスメイクと、後続のバットによるホームへの帰還。
下位打線がランナーに出ていれば、それを帰すための長打。
だが地味に大きなのは、守備力である。
センターは外野の中では、一番守備貢献が高いポジションとも言われる。
強肩もあいまって司朗はタイタンズの、外野に飛んできたボールの多くをキャッチしているのだ。
守備範囲が明らかに広くなっている。
ダイビングキャッチではなくスライディングキャッチを多用し、送球にすぐに移行し、また故障のしにくいプレイをする。
一年目から活躍するというのは、それだけで驚異的だ。
しかし司朗としては、まず全試合にスタメンで出場することを考えている。
当然ながら選手の起用は、監督の判断である。
その監督が外せないと思うような、絶対的な戦力にならなければいけない。
なのでやはり、故障しないようにしなければ、と考えるのだ。
故障というのも微妙なものなのである。
もちろん長く活躍することは、選手として重要なことだ。
逆に言えば戦力として機能するから、長く使ってもらえることになる。
しかし日本人には、滅びの美学のようなものもある。
上杉の無茶なピッチングによる、引退への道程。
あれはあれで興行とか人気とかを逸脱した、完全な伝説への道のりである。
直史や大介をけなす人間も、上杉を批難することは難しい、という風潮はあるのだ。
レックスは直史が外れたが、簡単に落ちていくチームではない。
これは今年からしっかり、小此木が得点源として、入ってきたからというのがある。
先発はリードしてリリーフにつなげれば、高い確率で勝ち投手にしてくれる、という信頼がある。
お互いの甘えではなく、信頼があるということ。
これはチームとしては強い支えになる。
三島が抜けたことにより、投手陣はやや薄くなった。
直史もちょっとした不調だが、これで今季二度目の離脱。
それもあってか勝率は、去年の同時期よりも低い。
得点力は上がっているのに、勝率が下がる。
それは当然、投手を含めた守備力の低下と言える。
また直史が見る限りでは、緒方もそろそろ衰えがきている。
あの体格からは意外なほど、長打も打てていた緒方。
万能型の選手というのは、結局何も備えていないのと同じ、などと言われることがある。
ただ緒方は本当に、色々な長所があったのだ。
どこかで緒方を上回っても、また違うどこかで緒方の方が上回る。
今の緒方は何よりも、経験で上回っているのだ。
ただ基礎体力の低下は、さすがにどうしようもない。
セカンドは経験と判断力が重要なので、緒方が今も守っている。
しかし本来のポジションを考えると、小此木をそこに入れればいいのではないか。
打力をより向上させよう、という考えも首脳陣にはある。
緒方はバッティング、守備、走塁と多くの分野で平均を上回る。
だからこそキャプテンとしてやってきたわけだし、今でも後輩には慕われる。
だがそういったリーダーシップのようなものは、コーチとして発揮してもらってもいいだろう。
人柄もいいので編成に入って、スカウトなどもしてもいい。
ただ直史から見ても、ずっとレックスにいた緒方は、やはりコーチとして使うほうがいい。
直史も選手ではあるが、コーチのようなことをしている。
他にピッチャーが増えれば、楽になることが分かっているからだ。
対して緒方はポジションを争う後輩選手にも、ちゃんと技術を指導していく。
そういった選手がいると、たとえ引退されたとしても、戦力があまり低下しないのだ。
そのあたり上杉が引退しても翌年どうにかなっていたスターズが、武史ではどうにもならなかったのと、比べてよく分かるであろう。
ベストナインやゴールデングラブへの数回の選出に、2000本安打による名球会入り。
まさにこれこそが成功者という中で、メジャーに行かない選手の中では、特に成功例と言えるだろう。
人格も含めて、また思考力も含めて、コーチとしては申し分ない。
監督になるには、ちょっと人が好すぎるかもしれないが。
監督と言うのはキャッチャーと同じで、相手の裏をかく能力が必要となる。
あるいは一気に編成に入って、そちらを任せてもいいだろう。
監督をやるなら、二軍の監督をやらせれば、成果を出してくれるかもしれない。
直史はそんな首脳陣や、フロントの思惑を知らない。
引退すれば野球の世界からは、去ってしまうものだと分かっている。
しかし選手である限りは、絶対的な戦力として存在する。
その直史を、どのようにして使っていくか。
「延期になっていた福岡との試合で、復帰してもらおうか」
福岡は泣いていい。
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