第433話 二人のバッター
ライガースにわずかながら、勝率で上回ったタイタンズ。
日本全土でいまだに、一番多いと言われているファンは、大喜びであった。
もっとも首位に立つレックスファンは、余裕綽々であったが。
この二年、最初の数戦を除けば、ずっとトップに立っているのがレックスである。
首位にいて当たり前、という意識が育ってきている。
少し前にはペナントレース六連覇という時期もあった。
ただこの時代はポストシーズンで、下克上を起こされて負けることも多かったが。
勝利を継承する必要がある。
選手としては優秀でも、監督としては無能というのは少なくない。
また監督の采配だけで、チームがどう変わるかとも言えない。
編成においても派閥があったりするものなのだ。
レックスはそのあたり、組織がスリムであるのが、上手くいっているコツであろうか。
ただ弊害としては、人間の能力に頼りすぎて、システム的な強さはあまりない。
どれだけ優れた人間でも、いずれかは働けなくなる。
そうすると一気に弱くなるのが、補強の面である。
ドラフトこそが今の戦力補強の王道。
そこからの育成も、もちろん重要ではあるが。
人間の能力を上げるのと、性格を変えるのは、どちらが難しいであろうか。
これはもう人による、としか言いようがない。
大成する人間というのは、矛盾した素質を持っている。
変化を恐れない心と、自分を曲げない心である。
いいと思ったものを、すぐに自分に取り入れていく。
自分を曲げないのが単純に、歪んだ自尊心であるのならば、それはもう優れた素質をも覆す愚かさになる。
スカウトはもちろん、素質を見抜くことが重要である。
ただ近年では人格というのも、重要視するようになっている。
善良であればいいとかではなく、目的を明確に持っていて、そのために行動出来るかということだ。
もちろんチームの足を引っ張るような人間は論外だが。
それでもチームを逆に率いていくほど、強烈なエゴがあるならそれはいい。
チームというのは組織であり、組織というのは人間関係が存在する。
足を引っ張るのではなく、競い合うような関係が生まれれば、それは幸いなことであるのだ。
レックスは関東から東北にかけては、しっかりとスカウトを行ってきた。
もちろん他の地方からも、それなりに指名して戦力とはしているが。
時折直史が二軍で、青砥と出会うことがある。
スカウトとして新人を発掘するのも仕事だが、指名された選手がどう育っているか、それも見なければいけない。
選手の成長を見ていけば、これから自分がスカウトする選手も、どのように成長するかをイメージ出来る。
青砥がこのままスカウトとして編成にいるにしても、あるいはユニフォームをまた来てコーチになるにしても、選手を見るということは重要なことだ。
野球に魅了されてしまった、というのは鉄也などのことを言うのだろう。
元は選手であったが、プロに入ることは出来なかった。
だが選手を見る目があり、その眼力と弁舌でもって、選手をスカウトしていく。
そんな鉄也であっても、万事が上手くいくというものではない。
プロ野球の世界では、本当にあっさりと壊れてしまう人間がいる。
しかし五年も戦力になっていれば、それはそれで充分とも考えるのだ。
プロの世界ではおおよそ、一度は二億の年俸に至った選手なら、その前後を考えて充分に、野球だけで食っていけると言えるだろう。
ただ引退後に破産している人間は、かなりの数がいる。
飲食店の経営を手がける人間が多いが、そもそも飲食は10年後には一割しか残っていないという分野。
それでも下手に野球で成功してしまったら、何もかもが自分には上手くいく、と勘違いしてしまう人間が多い。
別に店舗経営のみならず、怪しい金融に巻き込まれて、巨額の借金を背負った選手が何人いることか。
野球しか出来ない人間は、セカンドキャリアを築くのが難しい。
それでも若ければ、まだやり直しが出来る。
充分に成功していながら、それでも破産してしまえば、それはもう自己責任であろう。
直史はプロの世界に連れ込んだなら、ある程度はその責任を持つべきだろう、と考えている。
セカンドキャリアのために、やり始めた事業もあるのだ。
直史はそんな難しくてややこしいことを考えているが、ライガースとタイタンズの間には、バチバチの競争意識が生まれている。
元々ライガースはタイタンズに対して、敵愾心を強烈に持っていた。
伝統の一戦などといって、確かに伝統は両チーム共にあった。
だがチームとしての実績は、長らくタイタンズが一方的に優越していた。
しかし今となると、少なくとも近年は、ライガースのほうが上回っている。
スターズの時代、スターズとのライガースの時代、3チームの三つ巴の時代。
タイタンズはそこで弾き出されたが、今はまた戦国時代の後、二強から三強へとなりつつある。
ただ関東の東京に住みながらも、司朗は別にタイタンズファンではなかった。
むしろレックスのファンであったので、直史がいなければレックスに期待しただろう。
MLBという選択肢がなければ、直史が引退した後のレックスを、FAで移籍して支えてやってもいいと思っていた。
さすがにそれは傲慢すぎるであろうが。
タイタンズは次に、神戸でアウェイのゲームを行う。
根拠地は同じドーム型球場。
神戸は地味に戦力が充実していっているので、千葉からピッチャーがポスティング流出すれば、福岡に対抗していくかもしれない。
ただ最近の福岡は、一位指名を上手く育成出来ていない。
そのあたりが問題となっているのだが、福岡としても狙って外しているわけではないのだ。
福岡が競合必至の、実績あるピッチャーやバッターを指名しない理由。
素質型を求めているとか、青田買いとか、一本釣りとかそういう理由ではない。
単純な話で、ポスティングをしないからである。
競合必至の超有望株などは、もうポスティングを前提としてキャリアを考えていたりする。
司朗にしてもタイトルや成績を残した上で、ポスティングをさせるという契約を結んだ。
ただ福岡の場合は、基本的にこれを認めない。
そもそも金銭的には、資本力が巨大であるため、選手を売り飛ばす必要がないからである。
タイタンズはそれなりに、一位指名が成功している。
一時期は変なところから鶴の一声が出て、失敗していた時期もあったが。
元々選手のほうから、タイタンズ以外なら大学に行く、などといった選手さえいたのが昭和から平成初期。
熱心なタイタンズファンというのもいたが、昭和の中ごろまでは明確に、契約金や年俸に差があったのだ。
もっともタイタンズはタイタンズで、リーグ最高の選手の年俸を絞っていたため、なかなか選手全体の年俸が上がらない、という時代が長かった。
それを覆したのが、三度の三冠王を取った男である。
年俸にしても一時期は、NPBとMLBでさほど差のない時代もあった。
だが放映権の高騰から、市場を大きくしたことによって、MLBはどんどんと年俸が高騰している。
もっともこれは皮肉にも、日本に市場が出来たから、という理由もある。
日本人選手が大活躍したことにより、野球大国日本のファンが、よりMLBの試合を見るようになったのだ。
実際のところは野球より、その元となったクリケットの方が、世界的には競技人口が多い。
だがそれでも日本の市場は巨大であった。
物価などが変わっても、変わらないものもある。
ただこの放映権での市場拡大は、日本において野球は成功したが、サッカーは失敗している。
昔は球団経営などは、親会社の趣味である、というところもあったのだ。
一つのブランドとして、野球のチームを持っているのが広告塔になった。
しかし今では基本的に、球団は単体で利益を上げるものとなっている。
MLBはMLBで、色々と問題を抱えてはいる。
だが全体として市場を拡大できているのだから、強いことはまちがいない。
独立リーグの存在が、アメリカにおけるマイナーに近くなっていると考えるべきであろうか。
日本の場合は一軍の最低年俸、また支配下契約の最低年俸に、育成契約の最低年俸などがある。
アメリカはマイナーの一番安いところであると、日本よりも条件が悪い。
だから日本に来るそれなりの選手がいるわけで、そこではメジャーの最低年俸よりも払ってもらえている。
交流戦2カード目にして、またも順位は入れ替わる。
埼玉と対戦したライガースが、三連勝をしたからである。
このカードで大介は、ホームラン二本を打って20本に乗せる。
バッティングでの貢献が大きく、点の取り合いを制したのである。
またこの試合によって、大介の打率はまたも四割に乗ってきた。
これはジャガースのピッチャーが、安易に勝負をしすぎたと言えるであろう。
対してタイタンズは、神戸を相手に負け越し。
だが司朗はヒットの数は、どんどんと積み上げていっている。
ジャガースは今、チーム再建中であるが、ずいぶんとその期間が長くなっている。
育成が上手くいっていないというのが、その理由の大半であろうか。
スカウトも頑張ってはいるのだが、クジ引きに弱い。
実際に指名を外した一位の選手が、しばらくしてチームの主力のなっていたりするのだ。
司朗のことも指名したが、結局はクジを外してしまっている。
下位指名からの下克上を期待するしかないのだろうか。
ただ埼玉は選手のポスティングにも寛容で、FA移籍も強く引きとめようとはしない。
普通ならFAの前年あたりには、大型の複数年契約を提示するのだが、ジャガースはそれをしないのだ。
これは現場ではなく、フロントの中でも編成の責任と言えるだろう。
育成環境の充実を、フロントは考えている。
また選手の側からすれば、魅力がないわけでもない。
FAで他のチームに行く主力が多いということは、それだけチームの新陳代謝が激しい。
つまりチャンスは多く回ってくるのだ。
そうやって選手を育てて、ポスティングで高く売る。
ジャガースはその点では、上手くやってきたチームである。
ただポスティングまで届かず、FAになってしまうと、ちょっと悲しいことになる。
人的保障や金銭保障はあるかもしれないが、それもたいしたものではない。
一番まずいのがFA権を取得しても、実働期間自体は長くても、ブレイクしたばかりの選手。
これをほぼタダで取られてしまう可能性があるわけだ。
若い主力が多いということは、それほど選手に金がかからないということでもある。
だからといって他のところに、金をかけるというわけでもない。
さすがに外国人枠は、ある程度使って戦力化している。
しかし万年Bクラスというのは、かなり長く続いている。
大介の若かった頃は、まだしも強かった。
だがそれは上杉正也、アレク、悟、蓮池、毒島といったあたりのレジェンドレベルの選手を多く引いたからだ。
アレクと蓮池はメジャーに、正也と悟は他球団に、そして毒島は問題を抱えてトレードに。
育成も運用も上手くいかなかったのがジャガースというわけである。
ただ在京圏であるというあたり、いいところもあるのだが。
なお観客から見ても、その中途半端なドームであったり、道路事情であったりと、色々と言われることは多い。
司朗は大介にまた、打率で差をつけられた。
だが出塁率は五割をキープしている。
歴代の選手の中で、シーズン出塁率五割を達成した人間など、ほとんどいないのだ。
それを一年目の高卒野手がやっていることで、話題になっているのは間違いない。
長打にしても大介が規格外なだけで、司朗も充分に化け物の範疇だ。
実際にこのペースなら、30本以上のホームランには届きそうであるのだから。
司朗は大介の出来なかったことで、記録を作ろうとしている。
たとえば大介は、最多安打は一度もタイトルを取っていない。
また一年目には、盗塁王を取れていなかった。
司朗は現時点でも既に、ぶっちぎりの盗塁王である。
下手をすればここから、一度も盗塁をしなくても、盗塁王になれるかもしれない。
さすがにあまりにも、都合が良すぎる予想かもしれないが。
最近はNPBも比較的、盗塁を重視していない。
だがタイトルとしては存在しているのだ。
新人王と共に、盗塁王のタイトルを取る。
スピードスターとして、リーグを席巻することは出来ないものか。
本質的には司朗は、走れる強打者なのである。
そういうのはもう、好打者と言うべきであるだろうが。
なんとか首位打者を取りたいが、それが不可能でも四割を目指したい。
なにせまだ、大介だけしかNPBでは記録したことがないのだから。
そう考えるとセ・リーグに来たのは失敗だったかなとも思う。
もっともリーグの中でも、タイタンズに指名されるとは、まさか思っていなかったのだ。
親子の話題性を狙ってスターズか、あるいはパのチームと考えていた。
だが同じリーグで大介とタイトルを争うのも、これはこれで大変である。
(チームとしては弱いからなあ)
ライガースなどはあと一枚、リリーフにいいピッチャーが入れば、相当に勝率は上がる。
司朗が計算したわけではなく、知能の高すぎる従弟が教えてくれたのだ。
タイタンズに関しては、先発が一枚とリリーフが二枚必要と言われた。
それだけ強化すれば、レックスに対抗できるとも。
もっともそのレックスには、平良が戻ってきている。
去年と同じ活躍をされれば、やはりもう追いつけないであろう。
主力の故障というのは、本当にチームを弱体化させる。
それでも野球はまだしも、他の選手がカバーしていくのだが。
今の野球で一番、チームに貢献する役割は、強力なキャッチャーかショートということになる。
すると大介になるはずなのだが、どうも計算の仕方によっては、直史ではないかということも言われる。
アメリカで使われるWARなどは、まだ完成した評価ではない。
評価の中の一つであり、まだ発展途上なのだ。
それこそマネーボールのセイバー初期には、出塁率が評価されていなかった。
一時期は奪三振の評価が、不当に低くなったこともある。
司朗としては今は、盗塁の評価がおかしくなっているのでは、と思っているが。
これはアメリカの、盗塁と言うよりはピッチングの問題である。
ピッチクロックの導入や、ベースの大型化などにより、盗塁の成功率は上がった。
そもそもメジャーでは盗塁に関して、ピッチャーの意識が薄いところがある。
だから走る選手がいた場合、多くの穴を突いていける。
大介も走りまくって、それでも敬遠されたものである。
なんとかチームとしても個人としても、交流戦2カード目を無事に終えた大介。
レックスはまだ先にいるが、それでも一つは引き分けた。
これで最終的に、勝率が同率になる可能性は低くなる。
もっともこの先どちらかが、また引き分けになっていく可能性は高いが。
今年のライガースとしてはむしろ、二位争いの方が激烈だ。
どの試合も重要であるのは間違いないが、ポストシーズンに二位で進むのと三位で進むのは、大きな違いがあるだろう。
去年のカップスもその前のスターズも、ライガースは総合戦力で上回っていた。
しかしタイタンズは選手を上手く運用すれば、ライガースよりも強いのでは、と言われているのだ。
レックスは選手運用が上手いと言えるのだろうか。
とにかくピッチャーが、先発からリリーフまで、隙のない陣容であった。
そして今年は得点力が、明らかに上昇している。
(それでも直接対決なら、こっちの方が分はいいんだけどな)
大介としてはどうしても、直史に勝てないのが苦々しい。
大介が一人で頑張っても、届かないものなのだ。
むしろタイタンズの方が、直史に勝てるかもしれない。
もちろんチームの勝敗と、個人の対戦は別と考える。
だがそちらにしても、直史の方が平均的に見て、上回っていると言えるであろう。
ピッチャーは一点でも取られたら、かなり負けに近い評価になる。
バッターは三打席に一打席打てば、それで充分であるのに。
なんとか直史と対戦し、ちゃんと勝ったと納得したい。
その機会はもう、少なくなっていると思う。
司朗に刺激を受けて、大介はまた頑張れている。
だがそれがなければもっと、今年の数字は落ちていたと思うのだ。
(俺が現役の間に、なんとか勝ちたいけどな)
あとは昇馬が、果たしてこの世界にやってくるのか。
もしもやってきたならば、史上最強のスラッガーとして、敗北を教えてやることになるであろう。
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