第432話 再生工場

 人間の身長が大きくなるかどうかというのは、遺伝の要素が大きい。

 ただそれ以外にも、様々な要因を持っている。

 生誕からすぐの幼少期に、どれだけの栄養を摂取できたか、というのが重要だとも言われる。

 それは今後の自分が、どれだけ肉体を大きくしても、それを動かすカロリーを得られるかを示すからだ、という疑似科学が存在する。

 他には成長ホルモンなど、本当に様々な要因がある。

 遺伝子でも特別に、成長ホルモンを阻害するのが、兄弟の一人にだけ出たりもする。

 そう考えると佐藤家などは、男性に比較的長身になる遺伝子があり、女性にはそれほでもないといったところか。

 ただ武史の娘は平均とさほど差はないが、大介のところは男女区別なく長身である。

 武史も長男の司朗は、相当に長身の部類になるだろう。


 人間の遺伝子は残酷だ。

 直史などは出力こそないが、柔軟性には優れた肉体を持っている。

 また老化についても、比較的遅いと言えるであろう。

 中には30代に入ればすぐに、老け始めるような人間もいるのだ。

 またどれだけ鍛えたとしても、筋肉の付き方が違う人間はいる。

 もっともそういったものを補うために、サプリメントが最近はあるのだが。


 肉体の能力で、つまり才能でどうにかなるスポーツの世界。

 しかしそれすらも今は科学的に、金持ちが制圧しかねない。

 もっともどんな時代も、音楽とスポーツは夢を掴み取る場所。

 才能が効率や投資を凌駕することは、トップレベルでも珍しくはない。

 また直史などはやっていたことは、一般的な鍛え方ではなかった。


 一つのメソッドに頼り切るのはよくない。

 もちろん効果的であることは、それを確立する上で分かっているのだろう。

 だがあまりに効率的にやりすぎると、ちょっと異質な相手に通用しなくなる。

 今はピッチャーの技術が、バッターの技術を上回っている、と言われる。

 しかしそんなピッチャーのほとんどが、大介には通じずに打たれてしまっている。


 もっと工夫をするべきなのだ。

 スピン量の多いボールは、確かに一般的に打ちにくい。

 伸びがあるために差し込まれるのだ。

 ただそれがどのボールでも一緒なら、逆にそれにアジャストしてしまう。

 大介はボールを打つのが大好きなので、そういうことが直感的に出来てしまう。


 同じことが他のピッチャーにも言える。

 直史のような半速球をど真ん中に投げるピッチャーは、どこにもいないものだ。

 手が出ないか、力んでしまってミスショット。

 これは大介にさえ通用しているものなのだ。

 直史の球種が多すぎるために、ただの棒球が変化球扱いになる。

 だが直史の真似というのも、それはそれで出来ないものである。




 チームは仙台のアウェイで試合をする。

 その間直史は、ローテには入っていないので、二軍の方に来ている。

 なんだかもうピッチングコーチのようなものだが、自分からはほぼ何も言わない。

 ただフォームに無理がありそうな選手は、ちょっと注意をして見ておくが。


 レックスで今ローテの中の選手で、完全に働いているのは四人。

 直史、百目鬼、木津、塚本となっている。

 そしてそれなりに定着しそうなのが成瀬。

 先日は阿川がそれなりのピッチングをしたが、下から勢いのある選手が来たら、ローテからは外されるかもしれない。

 ただレックスはリリーフもそれなりに強いのだ。

 いっそのことトレードなどというのもあるが、今年はちゃんと打撃も層が厚くなっている。


 日本のプロ野球も最近は、あまり大物トレードというのがなくなってきた。

 FAが存在するため、大物はそこまで待つのが基本なのだ。

 またそれ以上の大物となると、メジャーへのポスティングとなってくる。

 レックスの監督の西片も、FAで移籍してきた口である。


 今は新戦力となると、ドラフトからの育成が主流にはなっている。

 それが失敗してから、とりあえず外国人で一時しのぎをしたり、FAで高い金を払う。

 FAの場合は金銭だけではなく、地理的な条件や球団人気で、有利なところもある。

 たとえば親から続くタイタンズファンやライガースファンは少なくない。

 あとは在京圏であればそれだけで、という都会志向の人間もいる。


 西片の場合は出身地である東京に戻ってきた。

 あとはタイタンズも金のある球団だ。

 このあたりいっそ、育成で多くの選手を取って、その中から抜けてくる選手を掬い上げればいいのでは、という発想にもなる。

 だがそれは完全な悪手である。

 競争というのはあくまでも、それが適正である必要がある。

 過剰競争になれば、足を引っ張り合う人間もいるだろう。

 そもそも育成する側も、タダではないのだ。

 施設も多くする必要があるし、コーチの数も足りない。

 そういった資本力は、よほどのものでもない限り、とても吊り合わないものであろう。


 単純に資本力があれば、それで強くなることは出来る。

 福岡などはそういうタイプである。

 しかし毎年優勝するほど、圧倒的な強さではない。

 それでも福岡は、採算は取れているのだろう。

 地理的にフランチャイズが上手くいっている。

 北九州はそれなりに、人口の多い地域である。

 関東圏はもっと多いが、球団の数も多い。

 そう考えると福岡は、九州で唯一のチーム。

 もっともカップスのように、地元の愛が強烈なチームも存在するが。


 レックスはほどほどといったところだ。

 同じ東京のタイタンズは、昔からの人気球団だが、同時にアンチも多い。

 その場合はレックスに、ファンが回ってくることもある。

 ただタイタンズは、球界の中で上手く、人気選手を取っている。

 まさに今年の司朗などは、それが大成功した例であろう。




 チームが遠征している間に、直史は分析班とも交流する。

 味方の戦力を高めるのと、敵の戦力を見抜くこと、分析はどちらも重要である。

 二軍のコーチ陣はほとんどが、選手の育成を行っている。

 対して一軍は、相手を分析していくことが多い。


 現時点ではほんのわずかだが、タイタンズがライガースを上回った。

 これからの直接対決によって、その順位はどんどんと変わっていくだろう。

 そしてレックスは、あえて負けることが、少しだけ出来る。

 負けることによって二位のチームを、変更する作戦である。

 もちろん五月が終わったこの時点では、そんな余裕はあるはずもない。

 せいぜい出来るのは、微妙な感じのピッチャーの機会を、どうやって与えるかという程度である。


 ライガースとタイタンズ、どちらの方が脅威度は高いか。

 そもそもポストシーズンまでに、どのような戦力になっているか、それも分からない。

 だが相性というものは、ある程度考えておくべきだ。

 ここまでの対戦成績では、レックスはライガース相手に、直史以外では一度も勝っていない。

 直史が投げた試合も一つ、途中交代で敗北しているのだ。

 タイタンズ相手には、勝ち越している。

 つまりいくらタイタンズが強くなったといっても、レックスにとっての脅威はライガースなのだ。


 レックスはここで、ライガースに勝とうと考えるか、他のチームとの試合を拾うか、二つの選択がある。

 ただ去年までもどちらかと言うと、レギュラーシーズンではライガースは、あまり相性が良くなかった。

 それでもポストシーズンに勝っていたのは、アドバンテージと短期決戦の二つの要素が大きい。

 直史の復帰初年度は、アドバンテージがなかったため、日本シリーズに進めなかった。

 ピッチャーを酷使しているため、アドバンテージは必ず必要になるのだ。


 安定して勝つには、やはりピッチャーが重要である。

 今年の負けた試合にしても、リリーフに負け星が付いている。

 平良がいないということが、ここまで顕著に出ていると言えようか。

 勝利の方程式が、今のレックスでは完全には作用していない。


 クローザー適性は大平にもあった。

 おかげでここまで、15セーブも達成しているのだ。

 だがセーブ失敗もあるし、そこに至るまでにリリーフが打たれていることもある。

 また同点やビハインド展開で、使えるリリーフも少なかった。


 そういった蓄積の結果が、この微妙な勝率になっている。

 ただ微妙とは言いつつも、六割は維持しているのだ。

 例年であればこれで、優勝出来なくはない。

 一応は去年のライガースの、最終結果よりもいい勝率にはなっている。

 この時点で優勝を意識するのは、さすがにまだ早すぎるが。




 平良も治療期間はリハビリ期の終盤に入っている。

 ある程度の力のある球を投げて、ブルペンでは試している。

 測定器による球質の確認では、ほぼ完治したとも言える。

 あとは実戦において、どういう結果が出せるかである。

 二軍の試合で、数度試してみればいい。

 そこで問題がなければ、いよいよクローザーに復帰である。


 故障というのはもちろん、フィジカル的なものである。

 しかしメンタルにも、ある程度の影響は与える。

 一度故障してから、それを恐れて全力で投げられなくなることもある。

 特にブルペンではともかく、マウンドでは投げられない、というのはよく聞く話だ。

 平良はクローザーとして、最後に試合を終わらせる役目を担ってきた。

 それだけにメンタルは強い、と推測は出来る。

 だが試合の修羅場と、故障への恐怖はタイプが違う。

 メンタルが強いと思われていた人間が、欝になってしまうというのは、別に珍しい話ではない。

 自分は大丈夫と思っている人間ほど、むしろ弱いのに近いと言うべきか。


 チームが遠征している間に、一度二軍のマウンドに登った。

 直史もこれを、ベンチの中から見ていたりする。

 周囲の人間が緊張していたりするが、それは仕方のない話である。

 こういったプレッシャーにも慣れてくれれば、直史としてはありがたいのだ。


 結果として平良は、問題なく1イニングを三者凡退で抑えた。

 とは言え二軍と一軍では、まるで意味が違うであろうが。

 それでも結果は出したので、平良の一軍復帰は決まった。

 これでレックスはやや弱くなっていた、リリーフ陣が強くなる。

 同点やビハインド展開でも、比較的強いピッチャーを使える。

 もちろん平良がちゃんと、一軍でも投げられるようになったら、という話だが。


 平良の復帰は福岡とのカード、ということになった。

 実際には点差や展開次第で、投げるかどうかは変わってくる。

 ただこのチャンスを考えると、福岡相手に三連勝もありうる。

 なんだかんだ言いながら、交流戦も優勝すれば盛り上がる。

 年に一度、三試合しかない、パ・リーグとの対戦なのだ。


 肝心のオーガスの復帰は、もう少しかかるだろう。

 だが今一軍のローテの阿川に加え、直史はまた一軍にピッチャーを持っていこうかと考えている。

 去年も少し投げていたが、高卒ピッチャーの砂原である。

 早大付属からプロ入りした、本格左腕と言われていた。

 今はツーシームが上手く投げられるようになってきて、ストレートの威力も増している。


 変化球を身に付けるのは、単純にその変化球に頼ることだけが意味ではない。

 それによってピッチングの幅が広がり、ストレートの効果も高くなるのだ。

 今ではMLBなどは、フォーシームとツーシームはかなり必須の球種となっている。

 元から砂原は、ナチュラルシュートは使っていた。

 そのためそれをしっかり、ツーシームとして安定して投げることは、難しくもなかったのである。




 東北との対戦カードは、レックスの2勝1分に終わった。

 今シーズン初めての、引き分けによる終わりである。

 この引き分けがあると、勝率の計算も微妙になる。

 ただ今のレックスの投手陣はともかく、東北が引き分けにまで持ち込むというのも、ちょっと不思議なところではあった。

 大平のセーブ失敗が大きい。

 1イニングに二つもフォアボールを投げていれば、そういうこともあるだろう。

 このフォアボールの多さというものが、大平よりも平良の方が、クローザーに向いていると言われる理由である。


 せっかく成瀬はクオリティスタートに抑えたのに、勝ち星はつかなかったわけだ。

 しかし成瀬は勝ち星が先行している。

 もっともクオリティスタートは達成しても、七回まで投げられることが少ない。

 リリーフに国吉と大平だけを使うなら、もっと勝率も上がるのだろう。

 だがまだ若手であるのだから、集中して六回までを投げれば、それで充分とも言える。


 直史はこの試合を、飛ばしながらも見ていた。

 東北はおそらく日本シリーズで、対戦する可能性はない。

 チーム力が全体的に、低下している時期と言えるだろうか。

 現場をどうにかするよりも、フロントが何かを考えるべきだ。

 それが直史には分かっている。


 経営的な視点で見てしまうと、レックスも微妙なのだ。

 今は育成が上手くいっているが、FAになったら出て行く選手は多いだろう。

 実際に三島は、FAではなくポスティングだが、レックスを出てしまった。

 もっともポスティングならまだしも、球団に金が入るため、そこで資本投下が出来るのだが。


 FAの選手を積極的に、取りに行くことは難しい。

 タイタンズもいまだにFAの選手を取っているが、昔ほど露骨ではない。

 それは野手であっても、メジャーである程度通用することが、明らかになってきたからというのもある。

 ファーストを守る選手ならば、ちょっと厳しい。

 しかし外野の守備力がそれなりに高ければ、メジャーでも獲得しようというチームはあるのだ。


 小此木も内野として、メジャーではそれなりに活躍した。

 だが守備に関しては、外野もやったりとユーティリティに働いた。

 そういう守備力があったからこそ、メジャーで居場所を得ることが出来た。

 もう一生食っていけるだけの金を稼いで、NPBに復帰した小此木。

 どうせなら東京か神奈川で、野球人生を終えたい。

 故郷に錦を飾る、という意味合いが強かったのだ。


 またMLBはあまりにもチームが多いため、どうしても優勝の可能性が低くなる。

 強いチームに行ければ、もちろんそれはあるのだが。

 レックスは直史が戻ってから、打てる守備職が揃っていた。

 小此木はそこに、マイナーでブレイクしかけている選手を持ってきて、加わったというわけである。

 ただこのためにおそらく、緒方のキャリアは終わりに近づく。

 いまだにそれなりに働けるが、さすがに次を育てるべきだ。

 ただこのセカンドは、レックス一筋でやってきた。

 将来的には監督をやるのも、おかしくはないだろう。

 現在でもチームキャプテンなのだから。




 福岡との対戦カード、先発は木津、阿川、直史という順番になりそうだ。

 しかし問題とも言えることが、またも一つある。

 それは二日目の試合が天気予報では、また雨で潰れそうだということ。

 ただ阿川の先発なので、そこのローテは飛ばされるであろう。


 他のチーム相手であれば、スライド登板も考えた。

 それによって直史は、三連戦の初戦に投げることになる。

 するとその呪いのピッチングによって、相手は残りの試合も不調に陥る。

 三連勝を狙うためには、それもまたいいだろうという話になる。

 だが福岡相手だと、二試合を負けてしまう可能性もあるのだ。


 どのみち交流戦の終わりには、予備の日があるためそこで、ローテを調整することが出来る。

 そう考えてレックス首脳陣は、阿川のローテだけを飛ばすこととした。

 直史としても中六日で、変に登板がずれないほうが、ありがたいことは確かだ。

 もっとも阿川にとっては、与えられた少ないチャンスを、取り上げられたということになるのだが。


 阿川の伸び代はあまり感じられない、とレックス首脳陣は考えている。

 それでも結果を出せば、しっかりと使ってもらえるのだ。

 例えば木津などが、その代表例であろう。

 去年一年間、ローテを24試合回して10勝8敗。

 規定投球回に到達している。

 また奪三振率が、10を超えているというピッチャー。

 もっともフォアボールが多いため、首脳陣としては使うのに、ひやひやするピッチャーではあるのだ。


 WHIPの数字が悪いわりに、防御率は比較的まとも。

 つまりランナーは四球で出すことが多く、比較的ヒットは打たれていないということだ。

 WHIPはつまり、出塁させてしまった数なのだ。

 そしてランナーが出ても、ホームランでもフォアボールでも、一人出たことには変わらない。

 本当ならこのWHIPなら、もっと防御率は悪化しているはず。

 だが決定的なヒットを打たれていないため、こういう数字になっている。


 エースにはとてもなれない。

 だがローテの五番目以降としては、充分に使えるピッチャーである。

 こういった選手をどう使うか、それが監督の采配の大きさだ。

 直史を例外として考えれば、去年は百目鬼と三島がエース格であった。

 とにかく守備の堅さもあって、無駄な失点を許さないというものだった。

 今年は明らかに打撃が向上している。

 しかしなぜか、守備力が低下しているというか、失点も増えている。


 楽に勝てる試合になれば、守備への集中力も落ちる。

 だがそれは悪いことばかりではないのだ。

 精神的な余裕をもって、シーズンを過ごすことが出来る。

 そのためシーズンの終盤頃に、精神的なスタミナが残っているかもしれない。


 問題は故障がないか、というものだ。

 レックスがこの数年実績を残しているのは、比較的故障者が少ないことだ。

 スターズなどは武史が離脱して、一気にAクラスから落ちている。

 タイタンズも悟の離脱があった去年、ずいぶんとその間は落ちたものだ。

 そう考えるとクローザーの離脱していた、レックスは安定していた。

 大平にちゃんと、クローザーの適性があったことが、チームの成績につながっていた。

 他にクローザー適性があるのは直史だが、年齢的な問題がある。

 かくしてまたもレックスは、優勝争いの先頭に立ち続けるのであった。

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