第427話 適応と経験

 交流戦の最初のカード、ライガースは福岡との対決である。

 あるいは今年の日本シリーズの予行戦になるのかもしれない。

 両チーム共に、主力を欠いてはいない状態での対戦である。

「福岡はピッチャーのストレート平均スピードが二位なんだよな」

 あまり当てにはならないが、そういうデータもある。

 なお一位は千葉であったりする。


 まだ大介の速球対応能力は、落ちてきているわけではない。

 バッターは衰えればまず、速球が打てなくなるのだ。

 ただ今年は全体的に、数字が落ちているのは確か。

 もっとも打率が落ちていないのは、司朗と競い合っているからかもしれない。

 勝負になると力を増すのが大介なのだ。

 あとは年長者の意地というのもあるだろう。

 可愛い甥っ子には、もっと敗北を教えてやらないといけない。


 甲子園に福岡を迎えて、このカードは行われる。

 福岡としてはレックスと並び、日本シリーズの仮想対戦相手となる。

 ライガースはとにかく、まずはレックスに勝たなければいけないのだが。

 日本一になるよりも、日本シリーズに進むことのほうが難しい。

 別に福岡を甘く見ているわけではないが、それがライガースの首脳陣から選手にかけて共通している想いである。


 ここの投手陣を相手に、どういった得点をしていけるか。

 大介は一つの基準になるな、と思っている。

 特に二戦目、即戦力の名前の通り、勝ち星を挙げている御堂。

 福岡はローテ六枚を、基本的に勝てるピッチャーで揃えている。

 だがそのレベルには上下があるため、どこかで勝っておくべきなのだ。

 三年前には日本シリーズで、打線陣の不調もあって敗れている。

 もちろんそれはライガースが弱いのが悪いのであって、福岡に責任転嫁をするわけにはいかない。

 しかし日本シリーズに進めば、今のところは一番対決する可能性が高い。 

 巨大な資本力を武器に、ペナントレースを優勝する可能性は高いからだ。


 ここで勝ったとしても、福岡は日本シリーズまでに、立て直してくることは間違いないだろう。

 だがライガースが一方的に、優位であるという心理で戦えるなら、それはそれで意味がある。

 相手が苦手意識を持っていなくても、呑んで戦えるならその方が有利。

 それが油断になればむしろマイナスだが、そこまでの実力差はないのがプロの世界である。

「レックスに差をつけられないようにしないとな」

 監督の山田としては、まずそこが一番の問題なのだ。




 山田の選手時代、まずライバルと言うか、巨大な存在は上杉の入ったスターズであった。

 本当にあの時代、上杉一人が入っただけで、前年最下位のスターズが、一気に日本一になったのだ。

 高卒育成枠から、下克上を果たした山田としては、とんでもないピッチャーが出てきたな、というのが感想であった。

 事実上杉の存在は、NPBの記録を大きく塗り替えるものとなっていった。

 一年目から沢村賞やMVPなど、当然ながら新人王も取っていく。

 こんなカリスマに対して、どう挑むのかとも思った翌年の連覇。

 しかし同時に甲子園では、さらなるスターが登場していたのだ。


 大介は一年の夏に甲子園に出場できなかったにもかかわらず、通算で30本以上のホームランを叩き込んだ。

 しかも二年生の時は金属バットであったが、三年生の時にはもう、木製バットを使っていたのだ。

 その大介に引っ張られる形で、ライガースはスターズを降して日本シリーズも勝利した。

 五年間ライガースとスターズが、ペナントレースを争う時代になったのだ。

(でも一番恐ろしかったのはあいつかな)

 山田としてはピッチャーであっただけに、レックスに樋口が入ってきたのが脅威であった。

 大学野球でも三年目までは、それほど打撃では目立つこともなかった。

 しかし最後の四年目で、打率もあげれば勝利打点も打つという、止まらない打撃成績を見せ付けた樋口。

 翌年に武史がレックスに合流し、セ・リーグは三強時代を迎えた。


 あの頃が一番、NPBが輝いたいたのではないか。

 正確にはそこに、直史が入ってきた一年間であったか。

 全てのレジェンドが、全員NPBにいた時代。

 翌年は上杉が故障で二年間離脱、大介はメジャー移籍、そして直史も大介を追ってメジャーへと戦場を移した。

(レジェンド四人も、一人は引退し、もう一人は故障がち)

 直史と大介が活躍しているが、もうさすがに年齢的なものがある。

(神埼が入ってきて、次は白石のジュニアがどうなるか)

 セの球団に入ってくれれば、また激しいペナントレースが繰り広げられるだろうが。


 もっとも来年はそれを別にしても、高校生にタレントが揃っている。

 まだシーズンも半分を終えていないが、今から編成部は大忙しである。

 スターズはもちろん、上杉将典を獲得しに行くのだろうが。 

 おそらく他の球団が指名したら、その球団のファンからでさえ、空気を読めと思われるだろう。


 パはパでそれなりに、活躍する選手も出た。

 今もメジャーで現役の織田に、メジャーへ行ったアレクや蓮池、それに元は悟もパの選手であった。

 決してパが圧倒的に劣っていたというわけではないはずだ。

 それでもあの時期は、圧倒的にセの方が日本シリーズの優勝は多かった。

(今回は甲子園で、DHなしで対戦するんだから、勝ち越さないとまずいんだよな)

 普段は打っていないパのピッチャーが、完全に穴になる。

 それなのに勝てないならば、日本シリーズが問題となるだろう。


 


 第一戦から、大介は打っていく。

 先発の躑躅の能力からすると、かなりの援護がないとなかなか勝てないと分かっているからだ。

 四月度は七本しかホームランを打ってなかった大介だが、五月は既に10本を打っている。

 先日のタイタンズ戦では今シーズン初の、一試合二本塁打を記録した。

 どちらもソロであったのが、なんとも大介に対する評価であろう。

 この試合も初回から、ほぼ逃げるようなピッチングで対応される。

 福岡が先制していなかったため、大介も無理なバッティングはしない。

 まずは塁に出て、先制点を狙うのだ。


 盗塁をしていくか否か。

 大介は走りたいならば、自分でもサインを出すことを許可されている。

 ただ福岡は千葉と並んで、捕手の強肩が目立つチームだ。

 守備負担の大きな捕手であるが、130試合は出場している。 

 現在ではNPBでも、捕手は併用するチームが多くなっているが。


 大介はリードを大きく取るが、盗塁は簡単に仕掛けない。

 先日ついに一度盗塁失敗をしたが、これまでに12回盗塁を成功させている。

 走られたらツーベースと同等、というのが盗塁の意味である。

 昔ほど盗塁の数は多くないが、それでも去年49盗塁しているのだ。

 失敗したのが四回なので、その成功率の高さも凄いものである。


 打率と長打率と、盗塁のバランス。

 それが上手くいっていると、数字が伸びていく。

 と言うよりはもう、止めようがなくなると言おうか。

 大介はほとんどスランプのない選手であるが、特にその成績が突出していたのは、MLBの二年目から五年目までである。

 200打点だの80本塁打だの、打率が四割、出塁率が六割、OPSが1.6以上。

 これが全盛期であったのは間違いない。


 だがNPBに戻ってきてからも、自分の持っているNPB記録を、いくつか更新している。

 四球、敬遠、出塁率といったところだ。

 ただ総合的な評価の分かりやすいOPSは、MLB時代の方が高くなっている。

 それも今年はようやく、1.5を切るかといったところだが。


 実はタイトルでこそないものの、司朗が今年で抜きそうな記録が一つある。

 シーズン最多得点、つまりホームベースを踏んだ回数だ。

 大介は去年、この記録を更新して221点となった。

 そして司朗は現時点で、88得点となっている。

 シーズンを通して戦うことが出来れば、250得点あたりまで一気に伸びていく。

 そんな大幅な記録の更新が出来るのは、一番バッターだからである。

 MLB時代は試合数が違うため、比較の対象にはならないであろう。


 そもそも大介は最多安打の部門で、NPBでは200本を超えたことがない。

 敬遠が多くなればヒットを打つ機会が少なくなり、高打率であっても届かないのだ。

 その中でもホームランを打ち、歩かされれば盗塁をする。

 統計ではOPSが2にならないのなら、勝負した方が得であるというのは、理論的な正しさであるのだ。


 もっともこのOPSは大介の場合、罠であると知っている人間もいる。

 ボール球でも無理に打っていって、それで打率が下がってしまうところがある。

 ゾーンの球だけを狙って打っていたのなら、OPSは2以上になるのではないか。

 実際に大介はポストシーズンになると、OPSが2を超えているのは珍しくなかったのだ。




 得点という記録には、あまり興味がない。

 最多安打のタイトルも、大介は取れないと諦めている。

 もしもそれを取るのなら、ホームラン王と打点王は諦める必要があるだろう。

 さらには盗塁王さえも。


 交流戦直前のタイタンズとの対戦で、大介の打率はまた四割まで上がっていた。

 だがそれもわずか一戦、福岡との第一戦は、三打数の一安打で、また打率は三割台に落ちていく。

 四割直前の三割など、果たして意味があるのか。

 なお大介はそのキャリアにおいて、四割、40本、40盗塁を七回達成している。

 ちなみに分かりやすく40本と言われるが、全て50本以上のホームランを打っている。


 打率は落ちてしまっても、出塁率が落ちることはない。

 なにしろこの試合、大介はフォアボールを一つ選び、敬遠を一度されたからである。

 福岡のこの選択は正しかった。

 試合は一点差で、福岡が勝利したのであるから。


 ランナーがいる状況なら、歩かせてしまったほうがいい。

 それでも大介は一応、打点を一つ増やしている。

 また盗塁も一つ決めて、自分自身もホームを踏んだ。

 こういった活躍をしても、試合には負けるものなのだ。

 リリーフ陣が打たれて、最後の競り合いに負けている。


 抑えの弱いチームは、最後の最後で勝てない。

 ライガースは抑えが、弱いとまでは言わないチームだ。

 ただ今年の福岡は、抑えがやたらと強くなっている。

 ピッチャーの層が厚くなっているというわけだ。

(うちにも少し分けてほしいな)

 山田は内心でそう思うが、もちろん口に出すことはない。

「うちにも少し分けてほしいな」

 首脳陣のミーティングでは、普通に言ってしまうが。


 ライガースというチームの、根幹にある気質と言ってもいいだろうか。

 ピッチャーを軽視するわけではないし、実際に評価の高いピッチャーを獲得している。

 FAで友永を取ったのもそうだし、実際に友永は今年も、相手が武史と直史であった試合を除けば、4勝2敗である。

 また新人の御堂が、しっかりと勝ち星を得ている。


 だが真田レベルはもちろん、かつての山田レベルにまで、防御率などが高いピッチャーがいない。

 どうしても試合の空気が、殴り合いになってしまうのだ。

 大原などはむしろ、逆にその恩恵を受けたとも言われる。

 ライガース以外のチームであったら、もっと負け星が先行していたであろう、と言われているのだ。

 それでも毎年ローテを守っていたので、立派な戦力ではあったのだが。

 二桁も勝ってくれていれば、それで充分首脳陣は計算が出来る。




 先発についてはもう、あまり言うことがない。

 重要なのはやはり、リリーフであるのだ。

 現代野球においては、エースでも継投が当たり前の時代になっている。

 直史は異常であるが、あれはもうピッチャーと言う名前だけは同じの、別な存在と考えるべきである。

 クローザーのヴィエラは充分な仕事をしてくれている。

 だがそこに行くまでに、逆転されてしまうことが多いのだ。


 負け試合を逆転していることもある。

 だが結局はレックスとの差というのは、そこにあるのであろう。

 現在は平良が離脱しているのに、それでもしっかりと大平がクローザーをしている。

 さすがに全てセーブ成功とはならないが、それでもほとんどは成功させている。

 レックスの試合は多くが、先発の出来で決まってくる。

 その点ではまだ、逆転する試合も多くないので、リリーフになったた風呂に入る、というのが世間の一般常識なのだろう。


 このライガースの気質は、確かにハイスコアゲームを好む、ファンの傾向とも一致する。

 しかしこの傾向が完全に固まってしまったのは、おそらく大介と西郷がクリーンナップを組んでいた時だ。

 大介がメジャーに行き、西郷が引退してからも、それなりの時間が経過している。

 それでもまた大介が戻ってきて、この傾向は戻ってしまったと言えようか。


 野球は点の取り合いである。

 そこで一点でも多く取るか、一点でも少なく抑えるか、どちらで考えるかが問題となる。

 ライガースは別に、守備がまずいわけでもないのだ。

 それなのにハイスコアゲームになるのは、もうチームの気質と言うべきなのか。

 山田はそれでも自分の現役時代、しっかりと抑えていた。

 真田もいたし、大原も毎年二桁前後、勝っていたのである。


 先発の成績を見ても、去年は五人も二桁勝利のピッチャーがいる。

 それなのにこういう結果というのは、どういうことであるのか。

「まあレックスも佐藤が引退したら、一気にチームは弱くなる気もするけどな」

 山田はそう言うが、それは大介の引退したライガースでも同じでないのか。


 ピッチャーは他のチームからFAで獲得するべきか。

 ただ友永は勝敗こそ期待以上であったが、防御率や奪三振は、むしろ数字が悪化している。

 殴り合いの試合に、どうしてもピッチャーも共感してしまうのか。

 これは空気を読まないピッチャーがいてくれれば、とてもありがたいのだ。

 真田などは、自分が抑えて当たり前、という気質で投げていた。


 何を変えれば果たして、点の取られないチームになるのか。

 それを期待してフロントは、ピッチャー出身の山田を監督にしたのだろう。

 根本的な原因が、いったいどこにあるのか。

 はっきり言えば応援してくれる、ファンの気質にまで転嫁してしまうしかないだろう。

 しかしどういう勝ち方であっても、優勝さえ出来るならそれはそれで、問題はないのであるが。


 とりあえずは、福岡との残り二試合。

 勝利を目的としながらも、他の点にも注意していかなければいけない。




 第二戦は、新人ながらここまで、まだ負け星のついていない御堂が、立ち上がりで崩れた。

 これはそのうちあるだろうな、と首脳陣は覚悟していた。

 福岡は普通に打撃もいいチームのため、全く不思議なことではない。

 そして大介は無理に打ちにいって、また打率を下げる。

 ただしボール球をソロホームランにしているので、充分に仕事はしている。


 福岡も徹底して、ライガース打線の封じ込めは考えているのだ。

 今のライガースはロースコアゲームに持ち込めば、おおよそ勝てると認識しているからだ。

 この二戦目も敗北したが、それでもライガースは四点は取っていた。

 序盤に御堂が四点取られたので、それでも追いつけなかったが。


 去年のレックスなどであれば、四点あればおおよその試合に勝っていた。

 それだけ失点の少ないチームであったのだ。

 ピッチャーの投げるボールの性質など、取れるデータを分析してみれば、おおよそ理由は分かってくる。

 キャッチャーのインサイドワークに差があるのでは、と思えてくるのだ。


 レックスは直史が復帰後、正捕手はおおよそ迫水に固定されている。

 打てるキャッチャーであり、また強肩のキャッチャーでもある。

 だが直史という、リードによって力を発揮するピッチャーと、もう三年も組んでいるのだ。

 それだけ育ててもらった、ということが出来るであろう。

 いいピッチャーはいいキャッチャーを育て、いいキャッチャーはいいピッチャーを育てる。

 上手い循環になっているように思えるが、そもそも三島などはそれより前からいいピッチャーではあった。


 いっそピッチングコーチに、レックス出身の人間を雇ってみるか。

 ただこういうものは、やはり元のチームとのつながりが大きいのである。

 西片などは元はライガースで、レックスに移籍して今は、レックスの監督をしている。

 山田としても元はピッチャーであったのだから、一家言ないわけでもない。

 引退した大原などを、ピッチングコーチとしてすぐ現場に戻すべきであったか。

 大原は真田や山田、あるいは柳本などまで知っているので、粘り強いピッチングについては詳しい。

 そもそも本人が、そういうタイプのピッチャーであった。


 今のライガースのピッチャーには、確かに粘り強さが欠けている。

 取られても取り返す、というそういう気迫は、チーム全体としては必要である。

 だがキャッチャーなどは冷静に、失点を最低限に抑えるように考えなければいけない。

(キャッチャーを代えるか? 今でもそう固定はしてないんだけどな)

 なのでするべきは、バッテリーコーチの刷新であるかもしれない。


 点を取られないよう、冷徹な判断が出来るピッチャーかキャッチャー。

 まさに真田のようなピッチャーが、それに当てはまるであろう。

 今はアマチュア指導資格を回復させているが、もう一度プロの世界に入ってこないのか。

 そもそも実績的には、ライガースの将来の監督であっても、不思議ではないほどなのだ。

(大卒じゃないけど、それは俺も同じだしな)

 指導者としては、今は自分の子供を教えているらしいし。

(来年のことになるだろうけど、まあ目の前の試合だよな)

 福岡との第三戦、なんとか勝たなければまずいライガースであった。

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