第426話 交流
別に交流戦に限らなくても、パのチームとは戦った経験がある。
オープン戦ではちょこちょこ、近くのチームと戦っているからだ。
だが公式戦ではこれが、最初の対決となる。
(パ・リーグか……)
司朗はその違いを考えるが、究極的には一点だけである。
DHの存在だ。
パのピッチャーは完全に、投げるだけの専門職。
今ではMLBも完全に、DH制が両方のリーグで使われるようになった。
また国際大会でも、多くはDH制を導入している。
(しょーちゃんはどうするのかな)
右でも左でも投げられるので、そこでまず起用の仕方が変わってくる。
セ・リーグならば週に二回も試合に出て、あるいはピッチャーのシーズンホームラン記録などを作ってしまうかもしれない。
昭和の頃には代打で、出場していたピッチャーもいたものだ。
司朗はそういったことは、あまり考えないようにしている。
昇馬が本気でプロの世界に来るかどうか、その問題が大前提としてあるからだ。
父親とは対戦してみたい、と昔から言っていた。
だが自分を上回っている大介が、既に全盛期からずいぶんと衰えているというのも、確かなことなのだ。
司朗はいくら打っても、劣化大介としか言われない。
内野と外野で守っているところが違うだろうが、と個人的には思っているが。
センターなのでタッチアップを阻止するのに、相当の貢献をしている。
もっとも大介はショートであったので、守備貢献度はセンターよりもさらに高かったが。
ショートは外野よりも、選手生命が短い。
43歳の大介がいるのに、何を言っているのだという話になるかもしれない。
だが実際にショートは、守備負担の激しいポジションであるのだ。
それよりも走り回る外野の方が、まだしも長く活動できる。
正確に言うと守備貢献度が低下しても、ショートほど致命的ではない、といったところか。
その点では司朗は、このポジションで長く活躍できるかもしれない。
究極の存在を間近で見てきた司朗は、モチベーションを世界一に設定する。
バッターとして、センターとして、そしてチームを優勝に導く存在として、世界一を目指す。
もっとも野球はレジェンドであっても、一度もチャンピオンリングを取れなかったりするスポーツだ。
NPBであってもMLBであっても、それは同じこと。
他の多くのスポーツでも、そういうことは言えるであろう。
まずは北海道との対戦を東京ドームで。
一度北海道に行ってみたくもあったのだが、それはこの先に機会があるだろう。
今年の交流戦で、司朗が興味を抱いているのは、千葉との試合である。
出生地は東京であり、過ごした年月はニューヨークが次に長いが、司朗が郷愁を覚える場所。
人間は誰もが、その魂の故郷を欲している。
それは本当の故郷でなくともいいのだが、意外なほどこのことを理解している人間はいない。
移民が問題になっているのも、このあたりが関係する。
日本人はかつて海外に移住したが、そこに適応することがかなり上手くいった。
しかし特に宗教が違う人間は、それが難しいのである。
東京ドームにおける北海道との試合。
まずはこの三試合を、勝ち越す必要がある。
ほんのわずかであるが、現在はリーグ三位のタイタンズ。
もっとも今年のタイタンズは、とりあえずAクラスに入れればいいぐらいの気分の人間もいる。
だが一番の勝ちたがりである監督はともかく、コーチ陣の内紛が大きい。
下手に球団内に派閥があるため、面倒なことになっているのだ。
勝っている限り、対立が表面化することはない。
だが負けが先行してくると、対立意見が力を持つ。
司朗は幸いなことに、この派閥争いには巻き込まれていない。
一応のつながりを言うならば、監督の寺島派とは言えるだろう。
しかし本来は選手全員が、監督の指揮下にあるのが普通なのだ。
もっとも名監督と呼ばれた人の中にも、継投のタイミングや代打の選び方など、コーチにその部分を任せている者はいた。
(この三連戦で、五月も終わりか)
今のところ盗塁数と安打数でリーグトップを走っている。
また打率で首位争いをしているが、他の打撃二冠もトップ5にいる。
まず求めるのは、タイトルを取ること。
あとは外野部門で、どれだけの表彰を得られるか。
既に始まっているオールスター投票では、中間発表もまだされていないが、予想としては外野手部門で一位となっている。
外野手は三位までが出られることは確定するので、もちろん期待している。
二人の伯父はもう出たくないらしいが、一度ぐらいは同じチームで試合をしてみたい。
もっとも直史の方は本当に、本業が忙しいので無理であろうが。
日本代表にも共に参加したかった。
だが次のWBCまで、二人がプロでいられるのか。
そういった檜舞台は、若い選手たちに譲っていく。
直史はそういう言い訳をして、とにかく自由時間を確保しようとしている。
オールスターに選ばれたとしても、ほとんど出番のない選手が大半だ。
それでもロースターに登録されるだけで、充分な名誉なのである。
もう名誉は充分にいただいた、というのがあの二人である。
そして武史もそろそろ、戻ってきてもいいのではないか。
武史も武史で、あまりオールスターには出たがらない。
だが親子選出という面白さは、もうほとんど機会がないであろう。
そのあたりを考えると、どうにか戻ってきてほしい。
世間の話題を考えても、司朗の周辺には色々なネタが散らばっているのだ。
MLBに行くのだろうな、と既に思われている。
だがそれまでの数年間を、スタジアムで見たいのである。
司朗に加えて昇馬と上杉将典が、次世代ビッグ3と呼ばれている。
実力もあるがその父親が、レジェンドであるからだ。
その中にレジェンドの中でも、最も異質な直史の子供だけは、NPBに入ってこないだろう。
真琴は女の子であるし、明史は運動能力が低い。
その下にまだ男の子が一人いるが、幼少期から特別な才能を、見せているわけではない。
この理由は単純であろう。
母親側の遺伝子の問題だ。
明日美、恵美理、ツインズといったあたりは全員が、フィジカルモンスターである。
恵美理はまだ控えめであるが、彼女も女子野球の日本代表になったり、色々とその運動神経は見せ付けている。
そもそも運動能力というのは、遺伝ももちろん関係するが、その環境も大きく影響する。
両親がスポーツをしていれば、自然と子供もそれに倣うことが多い。
幼少期から体を動かしている人間は、自然と運動能力や、肉体を動かす部分の脳が発達している。
野球ばかりをやっていても、野球が上手くなるわけではない。
そもそも野球というスポーツの動作の中に、どれだけの異なる動作が含まれているか。
全身を使うからこそ、投げるにも飛ばすにも、体全体を使って力を集中することとなる。
特に柔軟性などは、バランス感覚の体幹に次いで、重要なものであろう。
もっともホームラン王の王貞治や、奪三振王の江川卓は、体が固かったらしいが。
司朗は確かにパワーを増しているが、表面的な筋肉だけを鍛えたわけではない。
一番重要なのはインナーマッスルであり、これが腱や靭帯を守り、見た目の細さよりもずっと強い力を出す。
直史がそうであるし、女子のスポーツ選手もそうであったりする。
なおインナーマッスルではなく、アウターマッスルが重要なスポーツも存在する。
それはボディコンタクトが激しいスポーツで、筋肉が鎧となって衝撃を吸収してくれるからだ。
野球は比較的、ボディコンタクトが少ない。
しかしアメフトなどを見れば、間違いなくその体格は野球選手の平均を上回ると分かるだろう。
もっともアメフトも、ポジションによっては適正な体格は違うのだが。
野球にしてもショートなどに、屈強な体格の選手は、いないわけではないが少ないのは確かだ。
司朗はパワーで飛ばすが、バネでも飛ばす。
そして重要なのは、相手の球種を予測して、しっかりとミートすることだ。
コースさえ分かっていれば、野手の正面に飛ばすことも出来る司朗。
読心能力を使えばおおよそ、そのコースも分かる。
なのでむしろ荒れ球のピッチャーの方が、司朗は苦手としている。
そういった司朗のデータを、プロのチームはこの二ヶ月弱の間に、おおよそ集めきっているだろう。
現代の野球はデータ野球であるが、特にその分析はずっと、重要度が高まっている。
北海道も近年は、この分野に資金と人を投下している。
もっともこういた情報分析は、手法や程度の差こそあれ、どのチームでも行っていることだが。
北海道は司朗に対して、今年は真っ向勝負を目指す、という方針を決めている。
タイタンズの成績の良化と、司朗の若さを考えれば、今後数年の交流戦と、日本シリーズで対戦することを考えるからだ。
第一戦から、それは分かっていた。
ピッチャーもキャッチャーも、勝負するという気配を強くにじませていたからだ。
初球からいきなり打っていった。
まずは素直に、レフト前に落とす。
そして単打で出塁しながらも、すぐに盗塁で二塁にまで進む。
北海道はどうも、ここまでを完全に観察していたらしい。
第一戦は比較的、楽な試合展開となった。
ピッチャーにはそれほどの差もなかろうが、バッティングでは差がある。
二打席目にもヒットを打って、これでマルチヒット。
司朗としては特に、珍しくもない試合である。
(点差もあるし、今日は単打狙いで大丈夫か)
これが僅差の試合であると、そういうわけにもいかないのだが。
首位打者争いは、司朗の方が有利なのだ。
なにせ大介は、長打をこそ期待されている。
打点とホームラン王は、目指していない司朗である。
シーズンが始まって二ヶ月ほどになるが、肉体には疲労の蓄積を感じていない。
盗塁はリスクがあるが、司朗は昇馬に比べれば、体重がずっと軽い。
ただ関節の柔軟性などならば、山歩きに慣れた昇馬の方が上かもしれないが。
北海道との対戦は、とにかく普通に勝ち越しを狙う。
もちろん全勝出来ればそれがいいのだが、なかなか野球は実力だけでは決まらない。
そのため場面によっては、司朗が長打を狙う必要も出てくる。
この点では司朗は、大介よりはずっと有利だ。
あれほどの化け物とは思われていないため、まだしもチャンスで勝負してもらえるのだ。
第二試合も続いて、タイタンズが勝利する。
司朗はこの試合、ヒットの数こそ一本だけであったが、それがスリーランホームランとなった。
味方ながら気になるのは、この五試合先発ピッチャーに、勝敗がついていないこと。
つまりリリーフが上手く成功していない、ということである。
タイタンズは二軍と一軍の、ピッチャーを入れ替えている。
もちろん実績を残している者はそのままに、残していない者を二軍に落としている。
だが全体として上手くいっていないのは、これまでもずっと分かっているのだ。
第三戦は連勝の揺り返しが来たのか、北海道が先行する展開となった。
ここでは司朗も、出塁を優先する。
ヒットも大事だがランナーがいない場面では、素直に塁に出て足でかき回す。
単打と90%の確率で成功する盗塁は、ツーベースに匹敵するか。
実際のところはピッチャーにとって、単純にツーベースを打たれるよりも嫌な気分になるものだ。
フォアボールで塁に出られては、四球以上も使ったことになってしまう。
そして俊足のランナーを背負って、バッターと勝負しなければいけないのだ。
単打ならば三塁で止まるはずが、司朗の場合はかなり、ホームにまで帰ってしまう。
もちろんそれはスタートのタイミング、打球の行方の確認と、外野を見る三塁コーチャーが重要になるのだが。
相手に勢いがある時は、まずその勢いを止めなければいけない。
つまりこちらの攻撃時間を増やし、打線の集中力を弛緩させるのだ。
プロの試合は案外、緊張状態が維持されていないのに、司朗は早くから気づいている。
考えてみれば高校と違い、プロは週に六日は試合をしている。
その中では適度に休まないと、気力が消耗してしまうのだろう。
帝都一でもおおよその場合、週末は練習試合をしていた。
しかし甲子園に行っても、基本は連戦はまずない。
関東大会などは別であったが、それでも短期決戦。
長い目で見れば集中力を、シーズンを通して維持するのは難しいのだ。
もっとも大介は一年目から、しっかりと適応していたが。
タイタンズの中でも悟などは、最初はジャガースにいたが、そこで一年目からほぼフル出場し、新人王を取っている。
何かコツのようなものがあるのか、と質問したことはある。
悟としてはコツと言うよりは、環境であったのではと思っている。
当時のジャガースは選手寮と二軍グラウンド、また一軍のホーム球場が、近かったからである。
それと相手のホームにビジターとして挑む場合、マリスタをホーム的に感じることが出来た。
なにしろ高校時代は、甲子園に行くための決勝を、そこで行っていたのであるから。
三戦目は落としたタイタンズであるが、司朗はまたヒットを積み重ねている。
打点は出せなくても、得点には貢献する。
特に走りまくることによって、相手のピッチャーを撹乱した。
ピッチャーだけではなく、キャッチャーの自信も折っていたりしたが。
95%以上の確率で、成功する盗塁。
そんなランナーを出していては、とてもではないが安心して投げられないのが、特に右ピッチャーである。
打撃成績だけではない、ランナーとしての恐ろしさ。
司朗はそれを感じさせている。
この北海道との対戦で、五月の試合は全て終了した。
タイタンズは51試合を消化して、比較的順調なスケジュールである。
チームとしては30勝21敗で、おそらくAクラス入りは出来るであろう。
もっともまだ二ヶ月を消化しただけで、そんなことを断言は出来ないが。
司朗の打撃成績は、立派なものである。
ヒットも確かに打っているが、実はホームランも13本に達している。
そして盗塁数では両リーグ合わせてもダントツの数字になっている。
大介でも不可能であった、シーズン最高成績を、更新するかもしれないペースで走っている。
もっとも大介のホームランはともかく、自分の盗塁はちょっと違うな、と司朗は思っている。
それは試合数の増加があるからだ。
従来の盗塁が記録されたシーズンは、年間が130試合で行われていた時代であるのだ。
今よりも13試合もレギュラーシーズンが少なかった時代である。
また出場していた試合数も、122試合で記録している。
だから単純に司朗がそれを抜かしても、新記録とは誇りがたいものがある。
それに司朗が重要視しているのは、盗塁数以上に盗塁成功率である。
これに関しては今年、司朗よりもずっと少ない盗塁数ながら、成功率は大介の方が高くなっている。
全身の中でどの部分を、野球は使って行うスポーツか。
やはり肩肘と言うだろうが、それはピッチャーの話。
バッターは足腰に、負荷をかけてプレイするのである。
怪我をしないこと、と司朗は言われた。
直史に言われたし、大介にも言われた。
そして悟にも言われた。
悟は去年、膝の故障で大きく出場機会を減らした。
もっとも復帰後は、立派な数字を残しているのだが。
このままならば司朗の新人王は、間違いないところである。
しかし故障で半分ほどもシーズンを休めば、さすがに他の選手が選出される可能性が高くなる。
そもそも最多安打も盗塁王も、まだまだシーズンを通して戦って、獲得するものである。
現時点で既に77本のヒットを打っているが、これだけで最多安打を獲得できるはずもない。
むしろそうなった場合、50打点の13本塁打というのが、一番打者としては立派なものである。
この50打点をそのまま伸ばしていけば、普通に打点王に近い数字になる。
大介がいるので、そういうわけにはいかないのだが。
月間成績としても、野手の中では大介に続いて、悟よりも評価は高くなる。
ただ二ヶ月が終わってここから、ピッチャーの攻め方はより厳しいものになってくるだろう。
もっとも勝負をしてくれるなら、それだけヒットの数は増える。
歩かされたら、頑張って走るしかないが。
打率さえ低下しなければ、ベストナインは獲得できるだろう。
外野の部門はポジションではなく、外野全体で三人というのがポイントだ。
他にも外野で打つ選手などはいるが、おおよそは司朗の方が上位互換。
(次は神戸か)
こことの対決は、同じ一年目の新人王候補、久世と対決することになるのだろうか。
ピッチャーとバッターであるからこそ、逆に直接対決がある。
リーグが違うので気にする必要はないと言われても、どうしても気になるのが同年代入団というものなのである。
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