第425話 交流戦の戦い方
交流戦の季節である。
今年は長期的な天気予報では、それなりに雨の日が増えそうだ。
するとピッチャーをどう使っていくか、それが肝になってくる。
普段は戦わないタイプの相手に、弱点を曝け出してしまうこともあるのが交流戦。
もっとも直史や大介などは、これよりもさらに面倒であった、MLBの舞台を知っている。
あそこは違うリーグであるならば、一年間に一度の試合もないチームさえあったのだ。
司朗としては初めての経験。
寮開きからここまで、何度か段階があった。
二月に正規キャンプが始まり、オープン戦へ突入。
そこから公式戦が開幕して、ずっとここまで戦ってきた。
交流戦との間には、一日の休養があるだけだ。
しかし予備日はあるので、そこで休むことが出来るかもしれない。
タイタンズはドーム球場であるため、天候で日程をあまり左右されない、という長所を持っている。
向こう側のスタジアムで試合を行うこともあるが、それでも半分ほどの確率で、予定を変えずに試合を行えるのだ。
かつて建設されたときは、その広さゆえにホームランが出にくいスタジアム、になると言われていた。
だが空調の関係などもあってか、比較的ホームランが出やすくなっている。
かつては逆に甲子園などが、狭いからホームランが出やすいなどとも言われた。
実際は風の影響に加え、右中間と左中間が広いので、あまりホームランが出にくいのであるが。
甲子園にラッキーゾーンなどがあったというのは、知らない世代も多くなってきているだろう。
かつては超人プロレスが行われていたものだ、などと言ったら年が知れるだろうか。
タイタンズの最初の対戦は、ドームでの北海道戦となる。
去年の北海道は四位と、それなりに今年に期待が持てる終わり方であった。
選手の補強についても、オフシーズンにしっかりと動いている。
今年は今のところ三位と、Aクラスではある。
しかし四位の千葉との差は、あまりないのだ。
基本的にパ・リーグは福岡が強い。
資本力の差が大きいのだが、また育成での青田買いも顕著であるのだ。
ただ福岡ばかりでもなく、育成での指名は問題になりつつもあり、1チームあたりの上限を設けるべきでは、という意見も出ている。
120名までは指名出来るのだが、6人しか指名しないチームもあるため、するとその分を他のチームが指名出来るわけだ。
もっとも独立リーグの選手は、やや扱いが違うのだが。
リーグ戦と交流戦の違いは、まず移動距離にある。
パのチームは北海道から九州まで、離れているため移動も飛行機を使うことが多い。
セのチームなど新幹線で東京から広島まで行けるし、関東圏に3チームも存在する。
この移動にかかる時間が、長い目で見れば面倒なものとなる。
もっとも関東圏のチームは、それはそれで球場から寮までが遠かったりするが。
時間の使い方をどうするか、というのはプロ野球選手にとって重要なことである。
もっとも多くのプロは、移動を上手く休養に充てるが。
年間に143試合もするのだから、必ずどこかでコンディションは狂う。
ベテランほどそういった、コンディション調整は上手くなっていくのだ。
司朗はまだ、若さゆえの体力に任せていて、シーズンをプレイしている。
大介でさえ一年目は、少しばかり数字が落ちたところがある。
そういったところでどうやって、復調していくかが重要なのだ。
ライガースとの殴り合いには負け越して、それでもAクラスは確保している。
そんなタイタンズであるが、司朗はチームの状況を、正しく理解していた。
ガツガツと自分の数字だけに飢えていてもいい新人だが、そう本能的になるには理性的過ぎる。
やるからにはやはり、優勝を目指していきたい。
だがライガースも強いが、レックスはそのライガースをも封じるのだ。
エースクラスのピッチャーが一人抜けたが、平良はやがて戻ってくる。
そこでまたレックスは、防御力が上がるだろう。
先発に全力で五回までを投げさせ、その後を四人のリリーフで抑える。
今のレックスに平良が戻ってくれば、そんな体制にすることも出来るだろう。
試合を五回までに決めてしまう野球。
打線も強化されたレックスであれば、そんな考えにもなる。
もちろんそこまで簡単に、勝てるわけでもないのだが。
結局は直史が、95%以上の確率で勝つから、選択肢を広げることが出来ている。
ただ直史の代わりになるピッチャーなど、世界のどこにもいない。
直史の復帰前は、なかなかAクラスに上がることが出来ていなかった。
致命的に弱かったわけではないが、Bクラスを多く経験している。
樋口がキャッチャーとして残した遺産が、おおよそ消えてからのことである。
レックスもライガースも、どちらもスーパースターのベテランに頼りすぎている。
それでもライガースは、まだしも他の戦力を持っていたが。
ピッチャーの数字が悪くなってしまう、現在のライガース。
これはもうファンの気質も関係するのかもしれないが、やはり真田のいた頃はもっと安定していた。
勝てるエースがいることが、どれだけチームにとってはありがたいか。
大卒即戦力と言われていた御堂は、ここまで五試合に先発して三勝。
他の二試合は本人の勝ち星はついていないが、チームは勝っている。
ここからライガースの強くなる、投手陣の核になるだろうか。
それでもシーズンに完投を何度もするような、そこまでのピッチャーではないかもしれない。
タイタンズは早く、二軍のピッチャーを上に上げればいい。
司朗の知っている限りでも、ローテやリリーフで使えそうな、若手が育ってきている。
もっとも全員が司朗よりも年上なのだが。
ピッチャーも悪すぎるというほどには悪すぎない。
だからこそ入れ替えるのが難しい、というのはあるのだろう。
しかしそういう時にこそ、監督は難しい判断をするべきなのだ。
今のタイタンズを旧大日本帝国軍に例えた人がいる。
海軍と陸軍で派閥争いをして、その余力で敵と戦っているというものだ。
まだ新人の司朗にも、そういった話は入ってくる。
下手に戦力があるだけに、最善の組み合わせが出来ていない。
このあたり全力で全国制覇を目指していた司朗には、よく理解できない。
優勝以上に重要なことを、考えてしまう人間がいる。
かろうじて理解までは出来ても、それを実行してしまうというのが、本当に無能の証明ではないのか。
それでも今年のタイタンズは、Aクラス入りが見えている。
比較的チームの雰囲気もいいが、これはあくまでも勝っているからだ。
どれだけチーム内の雰囲気が悪くても、一軍のスタメンなら基本的に、負けたい選手などはいないのである。
もっともポジションを狙っている控えの選手は、チームの敗退はともかくレギュラーのミスなどは普通に願う。
スタメンで出ないと給料は上がらないのだ。
またライバル関係であると、そう考えてしまうこともある。
江川卓と西本聖の例などは、普通に知られている関係だ。
自分の数字にこだわるのが選手である。
確かに優勝のご祝儀なども少しはあるが、年俸を増やしてこそプロであるからだ。
クオリティの高いプレイで勝利に貢献はする。
しかしどうやって勝っていくか、そして勝利の果ての優勝を目指すのは、監督の役目なのである。
コーチ陣も監督のブレーンとなっている場合もあるが、基本的にはそれぞれの役割がある。
その中でピッチャーはどうしても、最善のメンバーで戦えていない。
選手の起用については、監督に権限がある。
「交流戦の前に先発を一枚入れ替える」
強権発動とも言えるが、数字から見ていれば当たり前のことである。
リリーフを先発に回すのではなく、二軍から上げてくると決めた入れ替えであった。
ただリリーフも一人、二軍から上げてくる。
ビハインド展開の時に投げるピッチャーでも、点差がわずかである場合と、かなり開いている場合では、意味合いが違う。
プロでも偶然が支配するため、三点差ぐらいを一気に縮めてしまうことはある。
その時に使えるビハインド展開のピッチャーは、重要なことなのだ。
敗戦処理とはまた違う、逆転の可能性を秘めたピッチャーだ。
若手にこの役割を与えて、結果が出たらより評価は高くなる。
ここで首脳陣の目にも触れるし、しっかりと数字も出てくる。
今のタイタンズは先発ローテが、四枚まではおよそ決まっている。
しかし残りの二枚が弱いのだ。
バッティングとの総合力によって、それほどの差は出ていないように見える。
だがシーズンが終わってみれば、やはり結果は出てくるのだ。
この二ヶ月ほどの間にも、その傾向は既に見えている。
監督である寺島の判断は妥当であり、ピッチングコーチも反対するのは難しかった。
これで少しは投手陣が強化される。
ライガースとの殴り合いになった時は、やはりピッチャーが重要になるのだ。
点を取られないのではなく、取られても崩れない。
野球の得点には、ビッグイニングというものがある。
それを防ぐことによって、タイタンズの打撃力なら逆転の機会が回ってくるのだ。
野球の基本は全て、先行逃げ切りである。
競馬と違って差しや追い込みというのはないのだ。
ただ逃げて差す、というサイレンススズカのような得点の仕方はあるが。
あとは抜いては抜かれてという、競馬にはあまりないシーソーゲームの展開もある。
ピッチャーが安定しているというのは、それだけで強い。
バッティングは水物であるからだ。
そんなピッチャーであっても、勝率は七割もあればいい方だ。
統計的に勝つというのが、野球というスポーツである。
もっともその常識を打ち砕き続けているのが、直史というピッチャーであったりするが。
レックスは交流戦の初戦が、千葉との対決となっている。
舞台は神宮であるので、直史が久しぶりにマリスタで投げるというわけでもない。
ただ三連戦の最終戦には、直史のローテが回ってくる。
本当ならカードの第一戦にこそ、直史は投げてほしいのだが。
交流戦終了後のわずかな休みの間に、日程を調整する予定なのだ。
バッターを呪縛する、直史のパーフェクトなピッチング。
しかし今年は一度もノーヒットピッチングがない。
それが当たり前の話であるのだが、フェニックスやタイタンズ相手に、ヒット一本二桁奪三振の試合をしているので、あと一歩ではあるのだ。
普段からあまり対戦していない、パ・リーグのバッターたち。
直史のボールを打つのは難しく、ここで今年の初のパーフェクトが出るかもしれない。
そう考えているのは一般的なファンで、直史はむしろ出来るだけ、対戦回数が多いチームこそ、封じやすいと考えている。
相手のデータを活かすのは、ピッチャーとして当然のことなのだ。
ここは迫水に任せるだけではなく、自分も考えて組み立てていく。
今年も二年連続でペナントレースに勝ちそうな、福岡との対戦もローテにはある。
あとは北海道との対戦もあるが、今年は調子がよさそうな神戸とも対戦してみたかった。
データの分析はあくまで、球団の分析班に任せている。
だが分析されたデータから、何を読み取るのかは難しい。
数字だけでは分からないものが、試合を見れば分かったりもする。
そして一番いいのは、直接対決してみることだ。
プロの世界というのは、プロであり続けるだけで難しい。
単純に実力だけではなく、変化していく必要もあるからだ。
弱点が一つでもあれば、徹底的にそこを狙われるのがプロの世界。
常に上を目指す意識がなければ、今を維持することすら出来ない。
直史も直史で、色々と考えてはいるのだ。
その思考の深さが、一般的なピッチャーとは違っているのだ。
せっかく千葉との対戦なら、マリスタに行きたかったな、というのが直史の真情である。
なにしろマンションからなら、神宮に行くよりマリスタに行く方が、時間はかからないのだから。
だがそういった個人的なことはともかく、チーム全体の勝利をどう考えるか。
千葉はどうやら、かなりピッチャーの強いところを当ててくる。
対してレックスはまだ、オーガスが戻ってきていない。
そこで使われるピッチャーが、去年は一度も先発では使われなかった、阿川なのである。
プロの世界は厳しいもので、阿川は二年前のシーズンには、15試合に先発したものの一勝しか出来なかった。
もっとも10試合もクオリティスタートを決めていたので、打線と上手く噛み合わなかった、と言った方がいいのだろうが。
だから去年もリリーフで踏ん張れば、今年のローテに戻ってこれたかもしれない。
しかしリリーフでも、そう突出した成績を残せたわけでもないのだ。
それでも今度のチャンスが回ってくるのが、プロでは運も必要だ、といったあたりなのであろうが。
木津、阿川、直史という順番で千葉とは対戦する。
どうにか勝ち越しておきたいが、千葉は今ピッチャーが好調であるのだ。
ぎりぎりリーグ二位にいるライガースとしては、交流戦も全力でいく。
最初のカードが福岡というのは、日本シリーズの予行演習とでも考えておくか。
ただ雨天でのローテのスライド登板があったので、わずかだが予定に合わなくなっている。
躑躅、御堂、友永というローテの順番は、あまり望ましいものではない。
友永を最初に持ってきて、福岡の強いバッターを封じてほしい。
もっとも友永はそこまで、絶対的な能力のピッチャーでもないのだが。
大介としてはとにかく交流戦、勝って行くことを考える。
司朗との首位打者争いが世間では騒がれているが、本人は気にしていない。
大介と司朗では、球団の求めているものが違うのだ。
大介はもっと状況を確認して、チームを勝利に導きたい。
ただその思考を本能が上回って、結局は打ってしまうのだが。
打率はもう少し下げたほうが、相手の勝負してくれる確率は上がるだろう。
ただOPSと長打率がこれだけ高ければ、あまり効果が出ないかもしれないが。
いまさら何をしても、ピンチの場面で大介と対戦するなど、まともなピッチャーならありえない。
OPSが2を上回らない限りは、勝負をした方がいいという理屈。
だが大介がボール球を振らなければ、出塁率はもっと上がる。
さらにゾーンのボールだけを打っていくなら、打率もさらに上がっていくだろう。
このあたりがアベレージと長打、そしてクラッチヒットの限界なのだ。
これ以上打ててしまうと、もう敬遠がはるかに多くなる。
打率や長打率は上がっても、打点やホームランの数が伸びなくなってしまう。
大介に求められているのは、長打なのは間違いないのだから。
福岡は確かに強いチームではある。
個人の成績もかなり、高い能力と実績で揃っている。
だが大介が怖いと感じないのは、不思議な話だ。
とはいえ過去には、その福岡に日本シリーズで負けているのだが。
福岡は日本一ではなく、世界一を狙えるチームを目指しているという。
そのために毎年のドラフトでは、一番多くの選手を指名している。
青田買いして育成し、上手く成長すればリーグトップの選手となる。
チーム内での競争というのは、むしろ他のチームと対戦するより、厳しいものであるのかもしれない。
だから福岡はドラフトで失敗するのか、と思ったりもする。
育成から下克上して、日本代表の選手を出す福岡。
ただ一位指名の選手が戦力にならないことでは、有名なチームでもあるのだ。
おそらくこの過度の競争が、一位指名選手には大きすぎるプレッシャーとなるのだ。
他には素質で取っているため、上手く育成出来ていない、というようなことも言われる。
大介としてはプレッシャーらしいプレッシャーを感じたことはほとんどないので、そんな一般的なことを言われても共感できないのだが。
ともあれ今年の福岡の調子を知っておくのは悪いことではない。
日本シリーズに進めば、やはり対戦する可能性が一番高いからだ。
故障する選手が出ても、そこを埋めるのに苦労しないのが、首脳陣としてはありがたいであろう。
ただ選手としては、内部での競争が激しすぎる。
そこから上手く育成枠の選手を、支配化を餌に契約するというのは他のチームがしていることだ。
スカウトの能力、育成の能力、それぞれは違うものである。
そして現場で運用する能力も、やはり違うものであろう。
そんなことでいいのかな、と大介は考えている。
自分の野球にずっと、こだわり続けていたのが大介である。
だがわずかな衰えというものが、また新たな視点を彼に与えていたのであった。
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