第424話 微差

 ライガースとタイタンズ、第二戦が開始される。

 この試合も初回から、スコアの動く試合になった。

 フォアボールでランナーに出た司朗は、容易く34個目の盗塁を記録。

 打率に変化はないが、出塁率は上昇する。

 もっとも出塁率のタイトルは、司朗としても現実的ではない。

 今のところほぼ五割をキープしているが、大介は六割近いのであるから。


 ノーアウトから二塁に進んだ司朗は、ワンヒットでホームまで帰ってきた。

 とにかく走塁において、判断が的確であるのだ。

 これでもう二桁のホームランを打っているのだから、相手としては面倒すぎる選手である。

 もっともライガースには、怖すぎる選手がいるであろう。

 この一回の裏、ソロホームランは二試合連続の16号。

 また今年も50本オーバーのペースになっている。


 大介のホームラン数は、20試合以上離脱した年も、50本はオーバーしていた。

 これまでにずっと、その記録を続けてきたのだ。

 怪物と言われようと、大介はただ貪欲に、目の前の勝負に集中してきただけだ。

 このホームランの生産能力は、今後も絶対に抜かれることはないだろう。


 あるいは50本を打てなくなったら、本格的な衰えと言えるのだろうか。

 大介の場合、三割を打てなくなって、30本を打てなくなったら、確かに衰えと言われるのかもしれない。

 そんな数字は普通に、リーグトップクラスのバッターであるのだが。

 普通にそんなバッターがいれば、クリーンナップに入れる。


 大介自身が思っているより、引退の日は遠いのかもしれない。

 だが自分の納得するプレイが出来なくなれば、それはもう引退であろう。

 そんな平穏な引退を、果たして大介が迎えられるのか。

 この試合も一本、ホームランを打ってノルマは果たしている。

 後は残りの打席、どのように出塁するか。

 あるいはさらに打っていく必要があるのか、試合の展開次第である。


 二回以降は両者無得点。

 二打席目の司朗はミスショットで凡退し、大介は大飛球でこれまたアウト。

 やや外れたボール球であると、上手く体軸と体幹を活かさなければ、飛距離を出すことが出来ない。

 そこそこヒットは出るのだが、今日はそれが得点につながらない日。

 野球というスポーツには、そういう日もある。

 だがそういう日であってこそ、一発が重要になるのだ。


 一度のプレイだけで、得点が入るホームラン。

 大介と悟が、またソロを打つ。

 大介はこれが本日二本目で、久しぶりの一試合2ホームランであった。

 あまりに長打力があるので、打てるボールが少ないのだ。

 打率と出塁率を求めるだけなら、もっと数字は上がっているだろう大介。

 ただ点を取るためには、ホームランが必要になっていく。




 昨日の試合の半分ほどの得点となった。

 5-4でライガースの勝利。

 大介の二本のホームランがなければ、負けていた試合だ。

 同じ打力のチームであるのに、こういった得点の違いが出てくる。

 野球の予想のつかないところであろう。


 大介はまた打率を高め、四割に近くなってくる。

 司朗も上げているのだが、まだわずかに足りない。

 殴り合いになってくると、圧倒的な打撃力のある方が、当然有利になってくる。

 それでも昨日と同じような点にならないのは、野球が統計のスポーツであり、偏りのスポーツであるからだ。


 双方のピッチャーは両チーム共に、昨日と同じような成績を残しているピッチャー。

 それでも日によって、ピッチャーの仕上がりは変わってくる。

 また大量点の殴り合いになれば、リリーフをどう使っていくかも重要なのだ。

 勝ちパターンではないピッチャーを、どのように運用して行くか。

 ライガースもタイタンズも、その点に関しては首脳陣は、同じように考えている。


 殴り合いに勝利すれば、チームは盛り上がる。

 だがライガース打線は、負けてもそこから盛り上がれるのだ。

 舞台が甲子園であることが、ライガースにとっては有利になる。

 日本で一番騒々しい球場であるが、その熱量は選手たちも強くする。

 ただピッチャーを強くするというのが、いまいち出来ていない数年間だ。

 それでもペナントレース争いはするのだが、短期決戦だとピッチャーを上手く使わなければいけない。


 直史以外を全員打って、日本シリーズに出たのがもう三年前。

 ライガースとしてはやはり、アドバンテージが重要だと感じる。

 ただアドバンテージは、あくまでもペナントレースを制したチームへの褒美。

 二位と三位の場合は、ホームでゲームを行うぐらいしか、アドバンテージはない。

 もっともライガースの場合であると、それすらも充分なアドバンテージになるのだが。


 三連戦の最終戦は、重要な試合となる。

 ほんのわずかにリードしているタイタンズだが、ここで負けたらまた順位は逆転。

 とはいえ首位にレックスがいるので、まるで二位争いが潰しあいにもなっている。

 もちろんどの試合であっても、勝てば勝つほど優勝には近づくのだが。

 レックスはピッチャーの主力が二人抜けた穴をバッティングで埋めている。

 去年ほどではないが、充分に首位の座を安定して守っているのだ。




 レックスは直史が引退してからが、本当に大変な状態になるだろう。

 今の直史が24勝ほどしているのが、12勝12敗になると計算するだけではない。

 完投を普通にしている分、そのリリーフのところも埋めなければいけない。

 今の勝ちパターンのリリーフも、毎試合使えるわけではなくなるだろう。

 そこでさらに勝てる試合は減っていく。


 レックスが投手陣を整備してチームを強くするのは、もうずっと昔からの伝統である。

 野球はピッチャーが九割、というのは高校野球なら確かにそうだ。

 プロの世界でもピッチャーを揃えるのは、実に大事なことである。

 ローテのピッチャー六枚を、計算出来る選手を集めるなど、おおよそは不可能である。

 勝敗を五分五分より少し悪くても、しっかりと20試合に投げられる先発。

 それだけで充分に、ある程度の価値はある。


 このエースクラスのピッチャーを維持しつつ、ローテのピッチャーを安定させていく。

 もちろんリリーフ陣も使うのは、絶対に必要なことである。

 むしろ現代の野球は、下手をすれば五回で先発が交代してしまう。

 リリーフピッチャーの重要性は増しているが、それだけに使用頻度も増えて、壊れやすくもなっている。

 だがこれまでに壊してきた記録から、おおよその基準も出てくるわけだ。


 基本的には連投は二日まで、回跨ぎはしない。

 ただ球数によっては、一週間にどれぐらいかを、決めていることもある。

 MLBなどはそういう球数を、かなり機械的に計算している。

 直史などから言わせれば、抜いた変化球を投げるのと、全力投球は違うだろう、という話になるのだが。


 自分の肉体の消耗度を、しっかりと分かる人間などいない。

 ましてスポーツ選手などは、負けず嫌いなので自分の限界さえ突破しようとする。

 無理と言わないのがプロの領域にまで来る。

 だから絶対に無理をさせないのが、コーチの最大の役割なのである。


 ライガースとタイタンズが、とりあえず一勝一敗になったのはよかった。

 レックスもスターズ相手に、一勝一敗になっているからだ。

 今年のスターズの勢いは、明らかに武史離脱前から落ちている。

 いくらピッチャーとしての性能は似ていても、武史は上杉とは違うのだ。

 それを認識したからこそ、チームの状態は悪くなっている。


 上杉は成績が落ちてきてからも、スターズが弱くなることはなかった。

 もっとも引退まで、治療の二年間を除けば、ずっと二桁勝っていたのが上杉である。

 多い年は32試合に先発していた。

 そこまで無理をして、ようやく壊れたとも言えるのだが。

 しかし肩を壊した今も、実は150km/h投げられるのは秘密である。


 レックスは第三戦に塚本を持ってくる。

 大卒即戦力という触れ込みで、一年目に17先発したら、それなりに合格であるだろう。

 今年はローテを守って、七先発で5勝2敗。

 ある程度は運もあるが、クオリティスタートが半分以上であるのだから、充分なローテを守っているとは言える。




 レックスがそんな計算で試合をしている間、甲子園は大きく盛り上がっていた。 

 やはり野球は点の取り合いの方が、声援が大きくなる。

 直史の投げる試合とは、同じ野球でもジャンルが違うと言えようか。

 たとえば点の取り合うは、派手なロックやメタル。

 直史の試合は調和の取れたクラシック。

 観客の期待するところも、精密なピッチングであろう。


 タイタンズは一回の先頭から、司朗がヒットで出塁。

 ここからはもういきなり、盗塁を期待してくることとなる。

 甲子園のライガースファンは、この盗塁を待っていて、刺してくれることも期待している。

 だが盗塁というのは、走る側に主導権があるものだ。

 ピッチャーに圧力をかけるために、あえて走らないというのもあるのである。


 司朗は当初、一年目からスタメンを掴んだ時、年間30盗塁を目標としていた。

 それなら一番バッターとして、出塁してからも充分に、脅威になると思っていたからだ。

 だが実際にシーズンが始まってしまえば、読心能力が充分に使える。

 ピッチャーが自分から、バッターに意識を移している時に、走れば成功率は高まるのだ。

 普段は第一打席で出塁したら、そこが一番の盗塁のチャンス。

 しかしそれが定着してきてからは、ピッチャーの気配がこちらを探ってきている。


 バッターに集中しきれないピッチャーは、打たれる確率も上がってくるというものだ。

 初回に点を取った場合、タイタンズの勝率は上がる。

 特に表の攻撃で取った場合は、それは先制点となる。

 プロの世界でも先制点は、取ったほうが有利なのはもちろんだ。

 そのあたりを考えると、司朗を一番に使っている今の打線は、間違っていないのであろう。


 フォアボールで出塁するのも、ヒットで出塁するのも、データの上では出塁。

 統計で言えば球数を投げさせる、フォアボールの方がいい。

 いくらミートが上手くても、打球が野手の正面に飛ぶ可能性はある。

 フォアボールはその危険がないのだが、初回の先頭打者に打たれるヒットは、メンタルへのダメージが大きいのだ。

 ピッチャーは立ち上がりを攻められるのが、一番嫌いなのだから。


 ライガースの先発フリーマンは、今年投げた試合全てに勝敗がついている。

 5勝3敗というのはもちろん、悪い数字ではない。

 だがこの勝率でも、優勝出来なかったのが去年なのだ。

 レックスはとにかく、ピッチャーで試合を作っている。

 はっきり言えば地味であるが、バッティング主体のチームよりは安定しているだろう。


 この試合も含めて、三連戦の全てで第一打席に、ホームベースを踏んでいる司朗である。

 まだに理想の一番打者として、タイタンズを牽引している。

 それに司朗が出塁すると、悟にまで打席が回ってくるのだ。

 悟も主要打撃三部門、全てでトップ5に入っている。

 打率と長打を両立する、現代では珍しい主砲なのである。

 この日もホームランを打って、タイタンズをリードする。

 これだけ活躍していたら、もはや名誉タイタンズ生えぬき陣としてもいいだろう。

 将来はコーチなりフロントなりに、入ることはほぼ確定と言えようか。




 大介は初回から、また歩かされてしまった。

 タイタンズはここで勝てば、二位になるから慎重なのであろう。

 ある意味では敬遠王の大介。

 そんなタイトルはないが、申告敬遠を受けた回数は、プロ一年目以外はトップなのだ。

 NPB時代はまだしも、意地で勝負してきたピッチャーがいた。

 だがデータ重視のMLBでは、二番の大介を申告敬遠するのが、二年目から倍増した。


 確かにOPSだけを見れば、勝負した方がいいのが統計である。

 しかし出塁後の盗塁や、ランナーがいる状況での得点期待値を考えれば、当たり前のように敬遠は増えていく。

 ランナーが二人いる状況では、まず勝負されることがない。

 そんな大介は一番の和田がアウトになっていると、ある程度は出塁を優先する。

 だがピッチャーが安易にゾーンに投げれば、軽々とスタンドに運んでしまうものなのだ。


 下手に打球をキャッチすれば、手首を捻挫したり掌の骨が骨折する。

 それが大介の打球である。

 バックスクリーンに打って、スコアボードを破壊した回数は、もはや記憶の彼方にある。

 ホームランより珍しい、場外ホームランも何度もあるのだ。


 普通よりも倍以上重いヒッコリーのバットは、まず折れることがない。

 それでも折ってしまうような球威を、持っていたのが上杉であるが。

 実はそれ以外にも、直史のボールをミスショットして、折ってしまったこともある。

 ジャストミートするということは、それだけバッティングにおいて重要なことなのだ。


 本日は大介にホームランは出なかった。

 だがツーベースヒットを二本打って、打点を稼いでいる。

 ランナー二塁で一塁が空いていたら、ほぼ自動的に申告敬遠となる大介。

 これだけ申告敬遠が多いと、大介とそれ以外のバッターでは、違う野球をしているような気がする。

 今日のヒットも、二つともボール球に手を出したもの。

 またこの試合で、ついに大介の打率は、四割に達している。


 司朗も開幕戦でサイクルヒットなどを達成したので、四月は打率が四割に達していた。

 しかしさすがに今は、それを切ってしまっている。

 試合の結果としては、ライガースが8-4で勝利。

 これでまたリーグの順位は、ライガースが二位になっている。


 殴り合いと言うよりは、この試合はライガースがかなり一方的に殴った。

 それでも四点取っていれば、打線の調子が悪いわけではない。

 タイタンズはとにかく今年、打線の力で今の勝率を保っている。

 打撃は水物と言うが、出塁率はそうでもないのだ。

 司朗はもうベテランのように、状況を見てケースバッティングをしている。

 それでいてこの高打率なのだから、始末におけないのだ。


 史上二人目の四割打者を狙ってみるか。

 司朗としてはそんなことを考えないでもない。

 この三連戦は振り回すライガースが相手だったので、守備機会も多かった。

 ヒット性の当たりを三つほどアウトにして、刺殺したのも三度。

 守備でもしっかりと魅せていったのだ。




 ともあれこれで、交流戦前の全ての試合が終わった。

 セ・リーグは首位がレックスで、29勝16敗。

 二位はライガースの28勝19敗で、三位がタイタンズの29勝20敗。

 引き分けがないのは、打撃力のあるライガースやタイタンズはともかく、レックスとしては不思議な話だ。

 ただこの数年、レックスは守備的なチームであるのに、相当に引き分けを少なくしている。


 ここからは交流戦が始まる。

 ただ消化している試合の数が、少しずつ違うのが気になるところだ。

 特にライガースとタイタンズなどは、勝率はほぼ等しい。

 お互いに殴り合ってダメージを食らえば、他のチームは漁夫の利を得ることが出来るだろう。


 首位のレックスにしても、去年に比べれば勝率が低い。

 やはりピッチャーのいなくなったのが大きいのか、という分析はされるだろう。

 しかしその分は打線の充実で、どうにか優るはずなのだ。

 そんなに机上の計算で、シーズンが終わるなど、あるはずもないのに。

 ただレックスの首脳陣は、ほっとしているところがある。


 この交流戦がどうなるかで、首位の入れ替えがあるのは充分に予想される。

 パは今年も福岡が強いが、二位は神戸がついている。

 即戦力ピッチャーと言われた久世が入った神戸は、確かに久世がもうローテを回している。

 勝利が先行していて、それがここまでの結果になっていると言えるだろう。

 まだまだ五月の終盤なので、新人が一年を通じて働けるか、疑問であるところもあるのだが。


 高卒選手が一年目から活躍するのは、珍しいことである。

 ただMLBであると20歳以下でメジャー入りしている選手は、ほとんどいない。

 大卒か大学中退というキャリアが多いのもあるが、下積みとも言える期間が長いのだ。

 そもそも10代の肉体というのは、まだ完成されていないとも言える。

 そこをしっかりと育成して行くのが、メジャーのマイナーリーグの分厚さである。


 この点ではNPBの方が、優れていると言う人間もいる。

 マイナーの選手は年俸も低く、成長に必要な栄養などが、足りているともなかなか言えない。

 NPBは基本的に、最初の数年は寮暮らしとなっている。

 高卒選手などは通常四年間、寮暮らしであることが多い。

 また育成の選手なども、最初はそうであるのだ。


 パ・リーグの新人王は、一年目の久世であるかもしれない。

 もちろん去年まで二軍で育成していて、今年から本格的に一軍昇格、という選手もいるのだろうが。

 セ・リーグは完全に、今のままなら司朗である。

 さすがに規定打席に到達していないのでないが、数字だけならホームランや盗塁など、新人王になってもおかしくない数字になっている。

 安定して規定打席に到達すれば、そのまま新人王確定であろう。


 交流戦はレックスが千葉、ライガースが福岡、タイタンズが北海道と最初のカードが決まっている。

 千葉相手に直史は投げるが、残念なことに神宮での対戦となる。

 やはりマリスタを使った方が、あちらとしても盛り上がるのだろうに。

 とはいえ今年、直史はまだマダックスが最高で、ノーヒットノーランも達成していない。

 リーグ勝ち頭の七勝をしていて、圧倒的な防御率も誇るのに、不調だと思われてしまう。

 基準がおかしいが、そのおかしな基準を作ってしまったのは直史である。

 この交流戦1カードを終えると、五月の試合は全て消化したこととなるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る