第423話 首位打者の価値

 現在の野球において、打率の価値はやや落ちている。

 ヒットを打てる確率であるが、単純にヒットを打つだけなら、フォアボールで出塁した方がいい、と考えるのが現代野球である。

 ジャストミートしてもそれが野手の正面に飛ばないわけではなく、野手と野手の間を抜くバットコントロールは、幻想に近いからである。

 バッターの評価を正しくしているOPSは、出塁率と長打率を足したものだ。

 だが打率が高い意味を持つ場合もある。

 それは三塁にランナーがいて、単打で点が入る場合である。


 長打力はないと見られていたイチローであるが、実はMLB時代にリーグトップの敬遠数を三度も達成している。

 これはどうしてもヒットを打たれたくない時に、単打を打つ確率が高いイチローの、次のバッターと対戦した方がいい、という考えからだ。

 コース別打率の異常値も、その評価には入っているだろう。

 打率は大介も司朗もほぼ同じだが、敬遠の回数は圧倒的に違う。

 大介の場合はフォアボールのうちの半分以上が、敬遠であるのだから。

 打てる程度に外れているなら、打ってしまうことが多いのが大介である。


 現時点での二人の打率は、大介は0.388で司朗が0.384という、ヒット一本で変わってしまうようなものだ。

 大介が首位打者のタイトルを逃したのは、キャリアで一度だけ。

 その時も0.350は打っていたのだから、怪物っぷりはもう長いものだ。

 四半世紀も一人のバッターが、頂点に立っているというのは、野球史上最大の異常値であろう。

 MLBだけに限っていても、10年間頂点に立ち続けたのである。


 その記録がいよいよ、途切れようとしている。

 新しい時代の始まりを感じさせもするが、なんとも悲しく感じたりもする。

 大長編マンガが変な中弛みもせず、最後まで盛り上がって終わるのに似ているだろうか。

 スポーツ選手の場合はどうしても、衰えを見せたところで引退してしまうものだが。

 その点では直史の最初の引退などは、まさに全盛期での引退であった。

 上杉も最後には故障したが、その年に20勝したのである。


 複雑なものである。

 野球というスポーツはとにかく、古くから日本で愛されてきた。

 テレビが普及する前から、ラジオでの放送はされていたものだ。

 そしてテレビの普及と共に、国民的なスポーツになっていった。

 さすがに相撲には負けるが、多くの試合が見れる。

 今は相撲に関しては、見ている者もどんどんと減っている。

 テレビ云々ではなく、NHKを見る人間が減っているからだ。


 ネットによる通信の発達は、放送権料の高騰を招いた。

 おかげで年俸が高くなっているのが、アメリカのスポーツである。

 一方で日本の場合は、フランチャイズ経営が上手くいっているところがある。

 もちろんネットでの配信で、かつては見られなかった球団が、多く見られるようになったというのもあるが。


 選手のファンが球団のファンになる、ということもある。

 甲子園で大活躍した選手の、その後を見たいと思ったら、ネットで見られる時代なのだ。

 これが他の、日本以外でもメジャーなスポーツであると、海外のレベルの高いスポーツに流れていってしまったりする。

 野球にも少しその傾向があるが、サッカーなどと比べればはるかにマシだ。

 他には競馬なども、時差の関係でリアルタイム視聴が好まれる。

 ただバスケットボールやサッカーなどは、明らかに海外の方がレベルが違う。

 それでも野球は国民性で、国内の試合に需要があるが。




 そんな野球で注目されるのは、一番にはまずペナントレースであるのは間違いない。

 他にはスーパースターが出ている場合は、その人気が球団を引っ張る。

 ピッチャーなどはその点、先発だと週一という制限がある。

 それでも一人の力で、ある程度はチームに客を呼べる。

 チーム全体を強化したという点では、上杉が偉大であったが。


 そして個人タイトルも注目される。

 一番はやはりホームラン王争いであろうが、首位打者もそれなりのものがある。

 最高出塁率の方が得点には貢献しているとも言われるが、安打製造機は見ていてそれなりに面白い。

 特に今年は司朗が、高卒野手でここまで活躍しているのだ。

 最高出塁率でも二位、盗塁王では一位となっている。


 一番バッターが変わった以外は、さほど去年と戦力の入れ替わりのないタイタンズ。

 それがライガースとほぼ同率の勝率で、二位争いをしているのだ。

 潜在的に多いタイタンズファンは、久しぶりにシーズンを楽しむことが出来る。

 過去に多くのスター選手を輩出してきたタイタンズ。

 昔はタイタンズを第一候補にする選手も多かったのだ。

 特に年俸が、タイタンズが一強であった時代がある。

 そういた時代は当然ながら、タイタンズに指名されるのがありがたかったのである。


 もはや実力でも人気でも、図抜けたトップではないタイタンズ。

 だが人気は古くからのファンが多いため、全国でも一番となっている。

 テレビ放送されるのが、一番多かったためでもある。

 もっとも近畿においては、ライガースが一番人気であったが。


 今でも資本力では、トップレベルなのは間違いない。

 そして名士とのつながりが多いため、タイタンズは環境が悪くない。

 もっとも一時期の、FA選手の乱獲で、アンチが多いのもタイタンズである。

 悟などもFAで移籍してきたが、これは本人も東京か神奈川を希望したからだ。

 トリプルスリーを何度もやっていたショートに、最高の条件を出したのがタイタンズ。

 ただ悟はもう、準生え抜きと言ってもいいほどに、長くタイタンズの主力となっている。


 基本的にタイタンズは、生え抜きかつ大卒の選手が、監督をすることが多い。

 例外とも言えるのは、世界のホームラン王を含む数人だ。

 もっともタイタンズだけではなく、ライガースも意外と高卒監督は少ない。

 西郷などは大卒で、年齢的にも実績的にも、監督としてのオファーはありそうであるのだが。

 今の山田などは高卒から育成を経て監督をしているので、これも例外の一つである。


 ただフロントに入るのは、確かに大卒が多いであろう。

 大学野球などをしていると、まともに勉強などしていないはずとも思うのだが、レックスなどは樋口に監督をしてもらいたいと思っているはずだ。

 しかし同時に、あいつにだけは監督をさせてはいけない、と思っている人間もいるだろうが。

 本人は野球の世界からは、完全に身を引いている。

 そもそもレックスならば、直史にも期待しているかもしれない。

 本人が全くそのつもりがないというのは、樋口と同じことであるが。




 交流戦前の最後のカードである。

 カップスに連勝したタイタンズは、27勝18敗。

 ライガースは26勝18敗と、わずかに逆転されてしまっている。

 もっとも一つ勝ち越せば、またも逆転されてしまう点差だ。

 甲子園で対戦するからには、ライガースにホームのアドバンテージがある。

 だがどちらも打撃のチームであるだけに、一勝はしておきたいと考えている。


 交流戦に入ればしばらく、直接対決はなくなる。

 ここで差をわずかなものにしておけば、また交流戦明けに順位争いが始まる。

 ただトップを走るレックスは、27勝15敗。

 消化試合数の差で、計算がやや難しくなっている。

 それでも間違いなく、トップであることは変わらない。


 三つ巴であるが、この三連戦のレックスは、スターズが相手となっている。

 また少し差をつけるかもしれない。

 ライガースもタイタンズも、どちらもせめて勝ちこしておきたい、という状況。

 そしておそらく、打撃戦になるだろうな、と双方が思っていた。

 結論として、それは正しかったのだが。


 三連戦の初戦、タイタンズの攻撃。

 先頭の司朗は外角の球を軽く左に打つという、無理をしないバッティングでまず一安打。

 これで打率がほぼ並んだ数字になる。

 ここからタイタンズは、強振していって司朗はホームを踏む。

 先制の二点を取って、一回の表が終わる。


 裏のライガースの攻撃は、一番の和田が内野安打。

 二番の大介相手に、初回からはまだそれなりに勝負をしかける。

 ここでいきなりツーベースを打って、和田がホームに帰ってくる。

 大介も後続のバッティングで、ホームを踏んで二点目。

 一回の攻防からいきなり、2-2と試合が動いていた。


 今日は忙しくなるかな、と双方のブルペンが忙しなくなる。

 それは正しかったが、双方の先発も完全には崩れなかった。

 二回の攻防も一点ずつ取ったが、三回には無得点。

 だが司朗は二本目のヒットを打って、大介はフォアボールを選ぶ。

 司朗としてもフォアボールを選べるのだが、先に打てそうなボールが来るのだ。

 それを打ってしまえば、打率が上がっていく。


 二人の打率はまだ、大介がわずかに上。

 四割近い勝負の中で、極めて高い攻防が行われている。 

 四回の攻防で、タイタンズは一点を追加。

 ライガースが抑えられたところで、先発のピッチャーは変わる。

 四回で双方交代というのは、ブルペンもあまり想定できていない事態だ。

 リリーフにしても確実性のあるリリーフは、まずここには用意されていない。


 ビハインド展開や、早いイニングでのリリーフ。

 それでも公式戦で投げる、チャンスを与えられているわけだ。

 もっとも本当に将来性があると、二軍でより投げる経験を積んでいたりする。

 半分は敗戦処理、という面があるピッチャーもいるのだ。

 そして敗戦処理ならば、ベテランのピッチャーが担当したりもする。

 野球というのは逆転のスポーツなので、負け試合がひっくり返ることもある。

 そのためにはベテランがそこそこに、相手を抑えていてくれた方がいいのだ。




 試合はハイスコアゲームにしては珍しく、延長戦に突入した。

 司朗は三打席目に、ツーランホームランを打っている。

 そのせいか四打席目と五打席目には、敬遠気味のフォアボールとなっていた。

 六打席目には、本日初めての凡退。

 それでも当たりはよく、外野のほぼ正面でなければ、ヒットになっていたであろう。


 大介はソロホームランを一本打ったが、無理にボール球に手を出して、凡退というのが二つある。

 そしてチャンスの場面では、やはり敬遠をされてしまうのだ。

 最終的には11-9でタイタンズの勝利。

 司朗は打率で逆転して、わずかながらトップに立った。


 まだヒット一本で、簡単に覆る程度の差。

 しかし意外と言ってはなんだが、打点もあまり差がなくなっている。

 司朗が0.392045455、大介は0.391608392とほとんど変わらない。

 打点は大介が50点で、司朗は46点。

 ホームランも三本差なので、充分に逆転の可能性はある。

 例年の大介であれば、ホームラン数はもっと多かったのだろうが。


 打撃力だけを言うならば、司朗は四番に立ってもいいぐらいだ。

 しかし走力を活かすのならば、やはり一番となってくる。

 リードオフマンの効果によって、よりタイタンズは得点力がアップした。

 それに下位打線が塁に出た時には、司朗が返すというパターンも出来てきている。


 大介はOPSが去年に比べて、0.1ほども下がっている。

 これで衰えているのだから、恐ろしいものだ。

 なにせいまだに、OPSが1.4を超えているのだから。

 だが司朗もOPSが1.2を超えていて、リーグでも二位。

 同じタイタンズの悟などを含めても、これ以上の選手は大介だけなのだ。


 第一戦が終了し、タイタンズはわずかにライガースに差をつける。

 しかし残りの二試合で、どう変わるか分からないのが、直接対決だ。

 打撃型のチームとしては、その日の調子や流れによって、大きく変わってくるものだ。

 一試合を終えただけでは、油断など出来るはずもない。

 幸いと言うべきか、雨の降るような予報はない。

 五月下旬の天気としては、野球もやりやすいシーズンである。


 テレビのニュースなどでも、二人の打率対決や、チームの順位対決は、かなり取り上げられている。

 一強が圧倒的なパフォーマンスを見せるのもいいが、やはり競い合う数字を見ていれば、勝負としても面白い。

 なお二位と三位が争っている間に、レックスも第一戦を勝利していたりする。

 安定して強いのが、レックスというのはここ数年の評価だ。

 もっとも今年はライガースとタイタンズ相手に、カード三連敗を食らっているのだが。


 東と西で、それぞれ盛り上がる要素がある。

 野球の人気としては、大介のライバルとして上手く、司朗に活躍してほしい。

 衰えているとは言っても、まだまだ完全に史上最高レベル。

 ただ大介としては、自分の盗塁数に、少し気になるところがあるのだった。




 スラッガーにこそ盗塁は重要である。

 もちろんライガースは、後続のバッターも強いので、安易に大介を歩かせるわけにはいかないのだが。

 それでもホームラン競争のトップを走るバッターは、ある程度歩かせることは許容されている。

 司朗はその点、既に33個の盗塁を記録。

 大介の三倍近い盗塁数となっている。


 大介のNPBでの最高記録は、シーズン90盗塁。

 46試合を消化した時点で、司朗はそれを上回るペースで盗塁を量産している。

 あるいは日本記録を更新するか、とも思われている。

 MLBでなら大介は、100盗塁を突破したこともあるのだが。

 あちらはあちらで、さらに上の数字があるため、シーズン記録は更新していない。


 スラッガーで俊足、というのはそこそこいる。

 だが盗塁王まで同時に狙える、というレベルは大介ぐらいであった。

 悟もかなり惜しいところまでは打って走ったのだが、バランスというものがある。

 あまりに走力があると、普通に勝負して六割のアウトを取ろう、という話になる。

 逆に打撃力が高いならば、普通は敬遠されてしまう。

 するとやはり歩かせても盗塁されてしまう、という走力を持っていると、勝負される回数が増えてくるのだ。


 基本的にOPSが2を切る限りは、勝負をした方がいいというのが、単純な確率の問題である。

 もっともランナーがいたりすると、一発が出た時の傷が大きくなってしまうが。

 なので状況によって、勝負するか否かは変わる。

 大介のホームランに、圧倒的にソロホームランが多い理由である。

 そしてランナーがいても、勝負に来る場面はあるのだ。


 わずかでも打った方がいいという場面であれば、大介はボール球に手を出す。

 そして凡退しても、打率はやはり下がってしまう。

 おかしな話で、大介はボール球であっても、三割ぐらいの打率を誇っている。

 しかしボール球に手を出しているため、選球眼はあまり良くない、という評価になってしまうのだ。

 この点では司朗の方が、大介よりも数字が高くなる。

 また司朗の場合は、手が長いので外角を打ちやすい、という理由もあるだろう。


 大介はいまだに、規定ギリギリの長さのバットを作っている。

 重さも倍以上ある、折れないバットである。

 この重たいバットを使うと、球威のあるボールでも差し込まれにくい、という利点はある。

 だが基本的に重いため、スイングスピードが低下するし、ボール球でもバットが止まらない。

 ボール球であってもそのまま打っていく、という大介のスタイルだから、使用する価値がある、とも言えるのだ。


 司朗も試しに、振らせてもらったことがある。

 だがこれはちょっと無理かな、と判断して平均的なバットを使っている。

 もちろんバットの契約なども、メーカーと結んでいる。

 微調整をしていて自分に一番合ったものにするのが、プロのスポーツ選手である。

 しかし大介は、今の重たいバットで、ずっとこれからもやっていくつもりだ。


 これが振れなくなったなら、引退する潮時なのかもしれない、とも思っている。

 ただアベレージを追及するだけならば、バットを換えてもいいのだ。

 しかし長打を捨てては、大介の脅威度は低下する。

 ホームランさえ打たれなければいい、などと考える直史は極端すぎるとしてもだ。

 重要なのはクラッチヒッターになることとも言える。

 今の大介はとにかく、どんなボールも打っていくダボハゼのようなもの。

 だがチームの主砲としては、勝利打点などを打っていくことが、重要になっていく。


 試合に勝つことだけを考えるなら、あえて凡打を増やした方が、肝心のところで勝負してもらう機会が増える。

 もっとも勝負強さというのは、自然と分かってしまうものだ。

 大介の場合は相手が油断することなどもうないので、普通に勝負した方がいい。

 そしてボール球でも打ってくることも知られているので、敬遠がどんどんと多くなるというわけだ。

 下手にボール球を投げて、パスボールになる可能性もあるのだから。

 二人のバッターとしてのスタイルは、かなり似た部分もある。

 だが根本的に、スケールが違うなとは、司朗はちゃんと分かっているのだ。

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