第419話 首位争い

 甲子園にレックスを迎えて行われる首位攻防戦。

 現時点ではレックスが26勝14敗、ライガースが25勝17敗となっている。

 ライガースはここで全勝しないと、首位は入れ替わらない。

 だが直史のローテがあるので、とても全勝は出来ないだろうな、とライガースファンでさえある程度の理性を持っていれば分かっていた。

 なお日本のあらゆるスポーツのサポーターの中で、一番理性の少ないのがライガースファンである。


 レックスとしては木津、直史、若手の二軍から上がってきた柏木の、三人でこのカードを戦う予定である。

 このうち勝てる計算が立っているのは、直史のみ。

 ただ移動で一日休養が入っているので、勝ちパターンのリリーフ陣は使えるようになっている。

 木津は意外な感じで、大物を食ってしまうことがあるピッチャーだ。

 そう考えるとライガースに当てるのは、悪いローテではない。


 ただ今日は既に、明日の延期が予想されている。

 雨がどっさりと降っても、すぐさま万全の状態にしてくれるのが、甲子園の管理である。

 直史は間違いなく、スライド登板して三戦目に投げてくる。

 そこを落とすとしたら、なおさらこの一戦目は負けられないライガースである。


(雨まで計算して行くと、面倒なことになるな)

 直史にはわずかだが、雨の甲子園に対する悪感情がある。

 高校時代に負けた試合を、今でも思い出すのだ。

「ここで木津が勝ってくれたら、ありがたいんだけどなあ」

 のんびりとブルペンで言っている豊田は、全く気にしていないようだが。


 あの時は敵であったものだが、今は味方となっている。

 そしてあの時は最大の味方であった者と、対決しようとしているわけだ。

 日本代表となったり、オールスターであったときは、またも味方になっていた。

 それでもプロ入り後は基本的に、争いあう相手となっていたのだ。


 今年はもう直史も大介も、去年に比べると数字を落としてきている。

 時代の変化と共に、若い力が台頭しつつある。

 司朗はメジャーに行ったとしても、他にも実力者は存在する。

 もっともピッチャーに多いだけに、それもメジャーに移籍して行く可能性はあるが。

(選手の年俸がせめて、もっと上がればな)

 直史はそんなことも考えるが、メジャーの放映権料もそろそろ頭打ちなのだ。


 大介が去った後のMLBは、打撃タイトルが混沌としている。

 いかに偉大な存在であったかが、去ってからより分かっている。

 13年連続三冠王というのは、NPB時代も含めれば、20年連続で24回のものとなる。

 13年間で800本以上のホームランを打っていれば、当然のように打点も打率も上がっている。

 それでいて一番以上なのが、敬遠された数であるのだ。


 他のどんなバッターを見ても、あの小さな三冠王に比べれば、見劣りするのは当然だ。

 もちろんニュースターの候補はいるのだが、大介の存在感が大きすぎた。

 武史はそれなりに数字を落としたのに、大介は維持し続けたのだ。

 もっとも武史にしても、確実に野球殿堂に入る数字は残したが。

 そんな大介でも、衰えてくるのだ。

 死なない人間がいないように、永遠の輝きなどというものはない。




 人間の死は二度ある。

 一度目はその肉体の死である。

 そして二度目はその存在が忘れられた時であるという。

 その意味では野球選手は、引退した時が死なのではないだろうか。

 だがその記録は、野球が続く限り永遠に残る。


 あるいは映像記録などが消えた時、どうしてこんな数字が残っているのか、と疑われるかもしれない。

 しかし歴史を見てみれば、本当の歴史書にもかかわらず、おかしな記述があったりするものだ。

 あるいは権力者に忖度して、記録された本物の記録。

 そういったものがなかったとしても、AIによる偽物の映像だ、などと言われるようになるのかもしれない。


 直史のパーフェクトピッチングなどは、むしろ逆に信じやすいかもしれない。

 ただその場合、どうしてもこんなに運がいいのだ、というおかしな感想が出てきてもおかしくない。

 直史は運だけでパーフェクトをいていたわけではない。

 だがその場で見ていた人間でなければ、たとえ映像で残っていたとしても、あの異様な空気は分からないであろう。

 ならばその言い伝えが消え去る時が、直史というピッチャーが死ぬ時であるのか。


 ボクシングにしても昔は、KOの多いヘビー級が一番の人気であった。

 しかし今ではヘビー級に限らず、魅せる試合が出来るボクサーが、最も人気があって稼いでいる。

 結局はどんな形であれ、スーパースターが出てくるかどうかなのだ。

 ベーブ・ルースの以前と以後で、ホームランの形は変わったように。

 その競技全体に影響を与えるような、スーパースターがいてこそスポーツは盛り上がる。


 一強であっても、それを倒そうというチームがあったなら、ある程度は盛り上がったのだ。

 もっとも直史などは、ほとんど優勝請負人であったりもしたが。

 ただでさえMLB自体は、その市場を一度NBAに抜かれていた。

 その理由の一つとしては、やはりWBCでアメリカが、ほとんど勝てなかったことも理由にあるだろう。

 日本の場合は競技人口が、サッカーの方が多くなってしまった。

 しかし市場として成立しているのは、やはり野球の方であるのだ。


 直史と大介が戻って、よりその人気は回復しつつある。

 二人に加えて武史が引退しても、今度は司朗や昇馬がいる。

 昇馬が興味を示さなくても、将典とその同年代の選手がいる。

 選手の新陳代謝が、スーパースターの息子たちによって、上手くいっているのだ。

 その筆頭である司朗は、イケメンという付加価値まで付いている。

 それが伝説を終わらせようとしているのだ。


 昇馬が入ってきて、二人がかりで終わらせるなら、それこそまさに時代の転換点になるだろう。

 直史のようなピッチャーはもう出てこないし、大介のようなバッターもおそらくは出てこない。

 ただ昇馬が果たして、プロの世界に魅力を感じるか。

 感じさせるためにはやはり、親の世代が魅せなければいけない。

 とりあえず大介としては、圧倒的な力を見せ付ける。

 その相手として木津は、ちょっと適切ではない対象なのだが。




 甲子園でのアウェイは、ビジターユニフォームのレックスが先発。

 木津は何点かは取られるピッチャーなので、早めの援護が必要となる。

 今日の先発、ライガースは躑躅。

 去年は10勝6敗でほぼローテに入っていて、今年もこれまで6先発。

 ただ勝敗は1勝3敗と、あまりチームが勝ってくれていない。

 ライガースの打線の援護で、クオリティスタートに抑えたのに、それでも勝てていない試合があったりする。

 ピッチャーの力量ではなく、運が悪くて結果が出なかった好例である。


 普通ならライガースは、クオリティスタートを決めたなら、少なくとも負け星はつかない。

 それなのに負けているあたり、躑躅も今は運が悪い。

 ただローテのピッチャーで一番重要なのは、ローテを守ることだ。

 この野球の運の偏りは、長いシーズンなら良い方向にも働いてくるだろう。

 そうやって自分のメンタルを保つのが、まだ若手の躑躅には大切なのだ。


「一回の表は重要なんだよな」

 そこさえどうにか抑えたら、先制点を取ってやる。

 レックスはかなり攻撃力を強化したが、それでも去年に比べればリリーフが弱い。

 木津は確かに打ちにくいピッチャーではあるが、それでも試合の後半にはリリーフを打てばいい。

 ある程度の点なら取れるのが、木津というピッチャーをさほど警戒しない理由だ。

 これが去年並のリリーフであったら、かなり心配もしたのであろうが。


 先頭バッターの左右田は、ツーストライクに追い込まれてから、待球策に持っていった。

 結局は凡退したものの、いきなり10球も投げさせている。

 そして二番には、アメリカ型二番バッターの小此木。

 ガツンと先制のソロホームランを打たれる。

 これで今季7号なので、かなりのペースではある。

 打撃指標ではホームランと打点を除けば、おおよそチーム内で一位。

 打撃力のある二番バッターによって、レックスはかなり攻撃手段が増えている。


 この立ち上がりに一発を食らった躑躅は、さらにもう一点。

 一番体力が充実している序盤に、こうやって点を取られてしまうと、立て直すのに時間がかかる。

 だが一回の裏には、ライガースも点を取った。

 2-1と点差が縮まれば、少しでも前向きになれるのだ。

「ライガース相手に初回一点なら、まあいいか」

 豊田もそう考えているが、ライガース相手であるからこそ、初回を0に封じてほしかったというのもある。


 野球は常に、思い通りにいくとは限らない。

 それでも先制できた時点で、有利な展開なのは間違いない。

 直史は最善を尽くすことを考えている。

 しかし最善を尽くしても打たれることはあるのだ。

 重要なのはその次に、打たれたことを引きずらないことだ。

 一つ打たれたり、味方のエラーでランナーが出て、集中力が切れてしまうピッチャーがいる。

 そういうピッチャーこそ、先発には向いていないのだ。


 クローザーもプレッシャーに強いピッチャーがいい。

 あるいはプレッシャーを感じにくいタイプか。

 ただこのプレッシャーというのは、成功体験と失敗体験で、感じ方が変わってくる。

 恐怖にしっかりと耐えることも、クローザーの条件である。

 そしてクローザーやセットアッパーでにもプレッシャーに負けるようになれば、それはもう一軍では投げられなくなる。

 やがては引退するしか道はなくなるだろう。




 今日の時点で既に、雨雲は濃かった。

 だが降るのは明日からで、小雨も降ることはない。

 実は木津も雨が苦手なタイプで、暴投したりする。

 ボールにスピンをかけるピッチャーは、そういったタイプであるのだ。

 直史も雨は嫌いだが、それは選択肢が少なくなるからである。

 それでも完投してしまうぐらいには、使えるボールを持っている。


 MLB時代はそれなりの雨でも、試合は決行される場合が多かった。

 スケジュールがNPBと比べるとギリギリなので、どうにか試合を消化する必要があったのだ。

 場合によってはダブルヘッダーまであり、ピッチャーを回すのも大変であったのだ。

 中四日や中五日で回していたMLBを思えば、NPBはコンディションを調整するのに余裕がある。

 もう今からではMLBなど、とてもあのスケジュールでは投げられない。


 肩を作るにしても、スプリングトレーニングで一日10分を投げるだけ、というものであったりした。

 直史はキャッチボールからのスローボール投球で、投げ込みの不足を補っていたが。

 例えば競馬などではしっかりと走らせてトレーニングをする、というのも一つの手段だ。

 しかし毎日数時間も歩かせて、それでレースに出て勝利する、という話もある。


 調整の仕方については、アメリカの真似はしなくてもいい。

 だからといって日本のやり方が優れているというわけでもなく、人によって合ったものがあるのだ。

 普通の人間なら五回ぐらい壊れているようなことをしても、上杉はなかなか壊れなかった。

 耐久力というものは、個人差があるのだ。

 しっかりと休養を取って、食事やサプリで回復させる。

 それでも先天的に、フィジカルの耐久力が優れている人間はいるのだ。


 直史の場合は、消耗を少なくするピッチングスタイルである。

 技術で攻略していって、球威だけでの勝負はしない。

 木津の場合は体力はかなりある。

 そしてスピン量は高いが速度が出ない。

 このあたりを計算して、失点の予想をしたり、どれだけの得点が必要かを考える。


 木津の特徴は格上に強いが、格下に負けることもあるということ。

 奪三振能力は高いが、下位打線に一発を浴びることもある。

 これは投球スタイルや、球質とも無関係ではない。

 高めのストレートで空振りを奪うが、当たればそれなりに飛んでしまう。

 スピン量が多いと、それだけ運動エネルギーの多い球になるため、球質は軽くなる。


 もちろん球速があれば、むしろ飛んでも上に上がるだけで、遠くには飛ばなかったりする。

 武史などはそういうタイプであった。

 上杉の場合はボールの重さが特徴で、バットを折るのが上手かった。

 下手に打ってしまうと、バッターの手の骨が折れてしまい、成績を落としてしまった者も多い。


 今日の木津に対しては、ライガースの打線がそれなりに合っている。

 六回を投げて四失点となり、同点の場面でピッチャー交代となる。

 ここで勝ちパターンのピッチャーを使っていくべきか。

 西片の判断としては、ここは温存である。

 昨日は移動で休めたとはいえ、その前に連投している。

 平良がいない今、これ以上リリーフが離脱する危険性は出来るだけ少なくしたい。

 リーグ首位にいる現在は、そういった余裕もあるのだ。




 最終的なスコアは6-5であった。

 リリーフを使っていれば、勝てたかもしれない、とは言われる。

 だがこの三連戦、二戦目が中止の見込みが高いとなれば、直史でもう一戦は取れる。

 投げれば必ず勝つ、という圧倒的な信頼というよりは、単純な事実。

 プロ野球におけるピッチャーの概念からは、ほぼ完全に逸脱している。


 万一リリーフが必要になった時のために、今日は休ませておいた。

 その後は休みなく、スターズとの三連戦もあるのだ。

 ライガース相手に一つは勝っておき、そしてスターズもまだ武史が戻っていない。

 ここで勝ち越しておけば、交流戦を首位で迎えることが出来る。


 ライガースだけではなく、タイタンズも今年は厄介な相手になっている。

 数字の上からすれば、それは間違いのないことである。

 だが両方とも投手陣が、あまりいい数字を出していない。

 野球はピッチャーから始まる。

 レックスは今の投手陣に、若手がどれだけ成長して、そして平良とオーガスが戻ってくるか。

 投手陣がしっかりと戻ってきたなら、打線が強化されているので、より楽に勝てるようになるはずだ。


 翌日、天気予報どおりに雨が降った。

 昼過ぎ辺りから強く降りだし、雨天延期が決定する。

 これによって第二戦に登板予定であった直史は、第三戦にスライド。

 次は木津と直史の間に標準的なピッチャーを入れて、上手くこの二人のスタイルで相手の打線を崩すことを考える首脳陣。

 もっともそこは正統派のピッチャーが合うだろうから、どう持ってくるべきか。


 どこかで調整して、直史、木津、第三戦というような順番にしたいのだ。

 直史が投げた後の試合は、相手チームの得点力が落ちる。

 ならば第三戦に投げさせる、というのはあまり好ましくない。

 第一戦で投げれば、第二戦あたりも調子は落としているだろうからだ。

 その調子が落ちているところで、変則派の木津を持ってくる。

 ここでもあまり点が取れない、ということになってほしい。


 直史と木津で調子を崩したところに、正統派のピッチャーを置く。

 すると上手く打てずに、また落とすのではないか。

 一応は過去の傾向を見てみると、統計的には正しく見える。

 野球は運が作用するが、試合数が多いため、統計も駆使して分析する必要がある。

 年間に一試合か二試合でも、それで勝ち星が増えればいい。

 去年も一昨年も、わずか数試合の差でペナントレースは決まったのだから。


 また三連戦であると、第一戦は相手も、エースクラスを出してくることが多いのだ。

 そこに直史をぶつければ、相手の勝ち星を一つは減らせる。

 こちらはとにかく、一点を取ればいい。

 相手のエースクラスが頑張っても、リリーフまでが無失点に済ませるのは、かなり難しいことだろう。

 得点力の増えたレックスは、統計でもかなり勝ちやすいパターンを作れるようになっている。


 交流戦後の休みの間に、こういった調整をしておきたい。

 もっとも雨天で試合が潰れれば、またスライド登板になるのだが。

 出来るだけ予定通りに試合が進んだ方が、ありがたいのは確かである。

 しかし強いチーム相手だと、少しは延期になってくれた方がいい。

 九月の終盤に直史を、中六日でまた当てることが出来る。

 するとそこで、確実に勝てる試合が作れるのだ。


 直史はレギュラーシーズンで確実に勝ち、そして大試合や決定的な試合でも、そのパフォーマンスが落ちない。

 よほどの不運がない限り、まず失点することがないのだ。

 このピッチャーをどう運用するかで、チーム全体の勝敗が決まるといってもいい。

 特に短期決戦だと、クライマックスシリーズも日本シリーズも、そこで確実に二勝、あるいは三勝してくれるのだ。

 かつては日本シリーズで四勝もしているが、さすがにそこまでの持久力は、もう残ってないと本人は言っているが。


 去年もクライマックスシリーズに日本シリーズ、それぞれで二勝している。

 また他にリリーフ登板もして、引き分けに持ち込んでいるのだ。

 これだけの圧倒的な戦力だけに、逆に無理をさせてもいけない。

 大きな故障をしたことはないが、今年も少し不調にはなっている。

「まあ交流戦前は、ライガースとタイタンズで潰しあってくれるしな」

 西片は今年、レックスは不運な中にも、タイミングのいい幸運が含まれているな、と考えているのであった。

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