第418話 直接対決への道
レックスはカップスとの三連戦に突入する。
初戦は百目鬼なのだが、次のエースを期待される百目鬼でも、全ての試合に勝てるわけではない。
今年も既に一敗しているし、カップスは油断ならない相手だ。
この試合もカップスは地元なので、試合の雰囲気はカップスに有利。
なんとかして勝ち星はほしいが、カップスもエースクラスの若田部が先発。
わずかにレックス有利に進んでいたが、それでも中盤に逆転されてしまった。
前日が移動で休みであったこともあり、リリーフ陣はそれほどの疲労もたまっていない。
だがここからは三試合、直史の登板はない。
ビハインド展開では、使えないと思われる。
「百目鬼で勝てないのかあ」
豊田はブルペンで、リリーフの準備をさせていた。
三点しか取られていないのに、今日はレックス打線が二点しか取れていない。
カップスが強いのは、守備力が高いからだ。
野球は基本的に、二つの勝ち方しかない。
相手より多く点を取るか、相手の得点をこちらよりも抑えるか。
レックスもカップスも去年は、間違いなく守備型のチームであった。
だがレックスは今年、大きく得点力が変化していたのだ。
それでもバッティングは水物、とよく言われる。
実際に今日は、運の要素が多くて点が入らなかった。
長いシーズンの中には、何をやっても勝てない試合、というものがある。
直史にしてもシーズンの中では、勝てない試合があるのだ。
だが味方が打てなくて勝てなくても、自分が打たれないことで負けない。
シンプルにすごいことをするのが、直史というピッチャーなのである。
第一戦を百目鬼で落としたのが、レックスとしては痛い。
だがエースクラスのピッチャーでも、それなりに落とすのが野球なのだ。
それに七回まで投げて、リリーフ陣を浪費しなかったのも大きい。
これで逆転できていたら、なお良かったのであろうが。
クオリティスタートをしていても、負ける時は負ける。
勝敗は時の運であり、ピッチャーの実力とは無関係だ。
重要なのはそのピッチングの内容である。
もっとも日本の場合、先発ピッチャー最高の栄誉である沢村賞は、その実力よりも運が左右する。
これがサイ・ヤング賞ならもっと、内容を見て決定されるのだが。
武史はサイ・ヤング賞を九回取っているが、回数はもっと多くてもおかしくなかった。
だがあまりに同じピッチャーが取っていると、ほんのわずかな差であれば、違うピッチャーが優先されるのだろう。
あとは人種的な差別もあったかもしれない。
アメリカではアジア系は、基本的に立場が弱いのだ。
もちろん圧倒的に成績に差があれば、そんなものは無視できたのだが。
第二戦は今年からローテに入ってきた成瀬。
四試合のうち三試合でクオリティスタートを達成していて、しっかりと勝ち星がついている。
一つは五回五失点というものだが、そこまで悪い数字というわけでもない。
抜群の安定感というわけではないが、今年の得点力を増したレックスでは、充分に戦力となっている。
この成瀬と次の塚本は、計算したように六回を三失点のクオリティスタート。
そしてレックスは強化された得点力で、先発の二人に勝ち星をつけた。
百目鬼もクオリティスタートをしたのに、彼には負け星。
試合の勝敗というのは、ピッチャーの評価にはつながらない、というのは確かだろう。
相手のピッチャーがこちらの打線を封じれば、それでもう勝利はないのだから。
今では勝敗でピッチャーの年俸を決めるなど、ありえないこととなっている。
もっと多くのデータから、問題のない適切な年俸を計算するのだ。
防御率やWHIPは比較的、ピッチャーの能力を表しているものだ。
またアウトの取り方についても、三振が多ければそれだけ、味方の守備力に頼っていないアウトを取っていることとなる。
フォアボールでランナーを出すことは、ヒットと同じだとWHIPでは評価される。
だがそこで連打を浴びなければ、失点にはつながらない。
フォアボールを出さないことと、三振を奪うことは、それだけピッチャーの価値を高める。
比較的打たせて取るイメージの直史でも、奪三振率は10を超えている。
ピッチャーとしての能力は、誰が見ても百目鬼の方が上。
それでも数字では、百目鬼に負け星がつく。
カップスが百目鬼に当ててきたピッチャーが、カップスの中ではエースと目される若田部だったからだ。
打線が失点以上に取ってくれなければ、それは負けてしまうものだ。
これがライガースの打線であると、勝ち星はつかないまでも負け星を消してしまうような、強烈な得点力を持っているのだが。
カップスもリリーフが強いため、リードして終盤に持ち込めば、かなりの勝率となるのだ。
レックスとそこが同じで、だからこそ先発の役割が大きい。
百目鬼と若田部は、実力的にはむしろ、百目鬼の方が上であるかもしれない。
だがそこに野球の偶然性が働いて、得点や失点に結びつく。
この得点にしても、ホームランが出てしまうと、ヒット一本だがそれで一点となる。
ホームランを打たれないピッチャーは、それだけ貴重であるのだ。
ゴロを打たせるピッチャーなら、ホームランにつながる確率が減っていく。
ただフライを打たせる方が、アウトを取るための過程は一つ少なくなる。
そのあたりをどう評価するか、それも計算方法が違ったりする。
少なくとも直史などは、フライを打たせても外野には飛ばさない。
すると外野に飛ばさずに打ち取るピッチャーは、やはり評価が高くなる。
今のメジャーなどは、内野手の肩がものすごく強い。
守備の中のかなりの部分に、肩の強さも含まれている。
5ツールなどというと、肩の強さはまた別に分類されるのだが。
日本の場合はいまだに、打球には正面から捕れ、などというどうしようもないことを教える指導者がいる。
状況によるが次の送球につなげるには、体がすぐに投げられるよう、逆シングルで捕った方がいい場合もあるのだ。
捕球から送球し、ファーストミットに収まるまでの時間。
そういったことも考えて、守備力を評価しないといけない。
ショートは内野の深いところなので、肩の強さが必要となる。
サードもそれは同じなのだが、守備範囲がショートよりは狭い。
ただこの守備であると、レフトとライトのWAR補正値が、同じであるというのは基準がおかしい。
純粋にライトは、サードへのタッチアップやファーストへのライトゴロなど、肩の強さがレフトより必要なのだ。
もちろんそういったことも、ちゃんと計算したりするWAR補正もある。
あとはバッターの打席が右か左か、そういったことも結果にはつながっている。
明らかに左バッターの方が、右バッターより有利だと言われている。
単純に一塁までの到達が、一歩ほどは早いために。
だがそういう左バッターに、サウスポーのピッチャーが強かったりもする。
バランスよく左右のバッターを揃えた方が、結果としては勝負がしやすくなる。
右の大砲が貴重と思われるのは、時代の変化とも言うべきであろう。
フェニックスと対戦していたライガースは、打線の空回りした試合が一つ。
その試合ではホームランの出にくい名古屋ドームであったのに、フェニックスの本多が満塁ホームランなどを打って、試合を決めていた。
やはり地元だけあって、ライガース戦は点の取り合いになって盛り上がる。
さらにチームが勝ったため、より盛り上がってしまったのだ。
この影響は次の試合にも出て、ライガースの得点力をフェニックスの得点が上回る。
ライガースは比較的、安定した先発の畑と津傘であったのに、こういうことがあるのだ。
ただこの二試合から復調するのもライガースである。
しかも相手の得点を抑えるのではなく、こちらがさらに得点することによって、試合を制したのだ。
大介はこのカード、三試合目でホームランを打っている。
フェニックス相手に三連敗しなかったことは、不幸中の幸いであったろう。
大介のホームランの数も、四月よりいいペースで打ってきている。
だがバッティングは運があるが、守備の方にはそれが少ない。
守備で失点を防ぐことは、高校野球の大前提である。
だからといってプロでは、守備を軽視するわけでもないのだ。
高校野球の最高点が、プロでの最低点であったりするのだから。
ライガースとしては次の、レックスとの対戦が重要である。
タイタンズも確かに調子がいいが、一年目の高卒野手に頼っていると、スランプになった時に一気に落ちる。
ただどうしても大介は、その血縁もあって比較される。
攻撃にしてもポジションが違うが、大介も機動力はあるのだ。
しかし無理な走塁は、しないようにしている。
今年も既に10個以上の盗塁をしているが、失敗は一度もない。
盗塁成功率の高いランナーは、盗塁試行率の高いランナーよりも、ピッチャーにとっては脅威であったりする。
ライガース首脳陣は、少し困っている。
「う~ん……」
監督の山田としては、レックスとの間に少し、差があることは許容範囲だ。
だが三位のタイタンズと、ほぼ差がなくなっている。
25勝17敗と25勝18敗。
レックス戦の後にタイタンズ戦となっていて、順位が入れ替わる可能性がある。
レックスには負けていたが、常に二位には入っていた。
そんなところで油断があったのかもしれない。
首脳陣でミーティングもしているが、やはり重要なのは直接対決。
ただ問題なのは、レックス戦で直史が投げてくるローテに当たっているということ。
呪いのピッチングについては、もうだいたいが理解している。
スイングのリズムを狂わされて、下手をすると数試合は影響が出てしまう。
常にそういうピッチングをしてくるというわけではない。
だがライガース相手であると、潰しにきているのは確かなのだ。
純粋に大介と対決するのは、全力である必要がある。
他にもスラッガーが多いので、技術で力を受け流す。
正面からの対決はほとんどしないが、そう思ってきたところにストレートを投げてくる。
それで思ったよりも速いと感じて、三振してしまうこともあるのだ。
第一戦は木津であるので、ここもまた少し問題だ。
だがやはりこの第一戦で、勝っておく必要があるだろう。
「二日目、雨になりそうですね」
天候のチェックも甲子園を使う場合は、重要なことである。
相手の神宮もそうだが、試合が雨で潰れてシーズン終盤に回されれば、レックスは強いピッチャーを使ってこれる可能性が高くなる。
もちろんローテの予定が崩れるのは、ピッチャーとしてもコンディション調整が難しかったりする。
特に直史であっても、ライガース相手となれば万全で、試合には臨みたいのだ。
直史ぐらいのピッチャーになると、雨で自分のローテが潰れても、そのまま後ろにスライドする。
これがMLBであったりすると、そもそも潰れる試合が少ないので、そのまま飛ばされたりもするのだが。
実は二日目が潰れるとしたら、レックスとしては都合がいい。
今のままだと木津と直史が、並んで使われることになっていたからだ。
二人は技術的には全く違うが、打てそうで打てないというピッチャー。
これはローテ的には、離して使った方が効果的なのだ。
大介は色々と考える。
「しろちゃん、やってくれるなあ」
現在リーグでトップの63安打。
これが一年目の数字である。
もっとも大介がそう言っても、宇宙猫の顔で見られるだけであろうが。
レックスとの差というのは、現時点ではまださほどの問題ではない。
交流戦前にシーズンの結果など、考えるだけ無駄である。
もちろん毎年最下位のチームなどが、この時期だけ上位であると、それなりに盛り上がる。
そういう意味ではタイタンズが、久しぶりに上位に来ていることは話題だ。
そのタイタンズの原動力は、間違いなく司朗なのであろう。
開幕戦でサイクルヒットという、派手なこともしてくれた。
それもあってか先発で打たれた畑は、今季は調子が悪い。
大介と司朗の比較をすれば、それだけで話題が作れる。
現時点のプロ野球では、チームの順位よりそちらの方が、話題になっているのだ。
なんだかんだ大介が、ずっとリーグのトップでありすぎたことが問題なのか。
メジャーから戻ってきて三年、ほとんどの打撃タイトルを取っている。
ただ過去の例からすると、毎年のように二冠王を取っていた王貞治も、首位打者は取りにくかった。
そして今の大介と司朗が争っているのも、その首位打者のタイトルだ。
長打を狙っていくという、今の打撃理論は間違っていない。
OPSを上げるには、長打のほうが打率よりも優先だからだ。
実際に得点への貢献も、単打を重ねるよりも長打のほうがいい。
ヒットを二本、あるいは三本連続というのは、なかなか難しいからだ。
だから大介は、基本的にフルスイング。
ただ変に強く踏み込んだり、そういうことは行わない。
体重移動にミートをしっかりとすれば、大介の体重でも飛んでいく。
なので本当ならインパクトの瞬間、足は大地をしっかりと掴んでいなければいけないのだが。
遠くの球を打つときは、腰の回転だけを使う場合が多い。
それでも上手くポール際に打てば、スタンドに入るのだ。
出塁率と長打率で、大きく大介が上回っているので、OPSでは差がついている。
そもそも長打率が高いからこそ、勝負を避けられて出塁率が高くなるのだが。
打率よりもOPS、というのは昨今よく言われている。
実際にこれが、バッターの評価を一番適切に表している、とも言われるのだ。
大介のOPSは、最高で1.7を超えたシーズンがある。
その時はシーズンで、ホームランを最大に打った年であった。
あまり敬遠が多くなりすぎると、勝利打点などを打つことが少なくなってしまう。
そのためには敬遠のメリットを減らすために、盗塁を仕掛けていく必要がある。
事実上ツーベースを打たれたと感じてしまえば、勝負してみようかという話にもなるのだ。
大介の打率がもう四割に届かないのは、そのあたりのラインが限界なのだろう。
司朗は大介と比較されても、あまり考えないようにしている。
そもそも先頭バッターとそれ以外では、まず試合の最初の役割が違う。
タイタンズも下位打線は、そこまで打つバッターはいない。
前にはピッチャーが打者としているので、アウトが増えた状況で、回ってくることが多いのだ。
とにかくチャンスを作ることが、自分の役目だと思っている。
そのためフォアボールの数はともかく、敬遠はよほどの時以外されない。
やはり一年目の小僧とは、対決してこそという考えがあるのだろう。
ピッチャーというのはどこかしら、そういう気持ちを持っている。
もっともその点では、父である武史など、かなり例外的な存在に思えるが。
ピッチャーとしての意識を捨てると、むしろ成績は向上する。
だがピッチャーとしての意識を持っていないと、そもそもマウンドに立てない。
中にはピッチャーでも、自分の立ち位置を考えて、割り切っている人間もいるらしいが。
司朗はそのあたり、ピッチャーもしていたので分からないでもない。
自分の力でバッターを抑えて、試合を勝利に導く。
高校野球のピッチャーなどは、間違いなくエースと呼ばれる存在が必要だった。
しかしプロのピッチャーは、どこかで割り切った人間もいる。
そういうピッチャーの方が、むしろ選手生命は長かったりもする。
リリーフエースという存在もあるのだ。
なんなら司朗は、自分でも投げられるな、と思っていたりもする。
メジャーなどはベンチ入りメンバーが登録されているメンバーと同じのため、ピッチャー以外の野手が負け試合に投げることもある。
司朗は今のところ、プロの壁に突き当たってはいない。
四番を打ってはいたが、一番打者としての適性も高い。
下手に三番などではなく、一番として使っていたのは、かなりの慧眼だと監督の寺島は言われている。
おそらく五年ほどで、父たちの年代は引退する。
その後はもう、メジャーに行ってしまうのだ。
もっとも移籍におけるメリットなどの話で、制度の変更は求められている。
出来れば司朗がメジャーに行くまでに、また制度が変わっていたらいいな、とは思う。
あとは下の世代が、どうなってくるかだ。
昇馬は身内の意識もあり、真剣勝負でも感覚が違う。
ただ高校時代に負けたのは、他に神宮大会での上杉将典。
大介のライバルと見られていたのは、故障するまでの上杉勝也であった。
今は直史と、次元の違う対決をしている。
しかし将典相手には、もうちょっと叩いてからメジャーには行きたい。
圧倒的な数字を残して、メジャーに行くのだ。
そのためにはまず今年、トリプルスリーを目指していく。
もっとも下手にホームランばかりを狙うのは、司朗の性格ではない。
今はとにかく、チームを勝たせることを考える。
(クライマックスシリーズに行くAクラスいり、どうにかしないとな)
己を客観的に見る司朗は、まだまだ数字を積み上げていくのだ。
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