第417話 打撃タイトル

 大介は現在、武史の離脱したスターズと対戦している。

 それでもライガースは、戦力が安定しているとは言えない。

 もちろん弱いわけではないが、強い相手に確実には勝てない。

 ピッチャーは去年に比べて、新人の御堂がローテを守るピッチングをしてくれている。

 大原が抜けた後はなんとかなっており、あとは若手を育てていく状態だ。


 チームとしてはレックスに追いつくことを考える。

 そして個人としては、司朗と各種打撃タイトルを争う。

 一年目の高卒の若手であるが、大介はまるでそこで油断などしていない。

 一年目から三冠王を取っていたのが、大介であったからだ。

(司朗は父親には似てないようなあ)

 生真面目なところは母親似だとは思う。

 チャンスメイクと打点を確実にするのには、相当の安定感があるが。


 その司朗はレックスと対戦し、木津相手に苦戦していた。

 大介もタイミングが悪ければ、木津相手だとミスショットする時はある。

 一般的なピッチャーの平均よりも、随分と逸脱した存在。

 だからこそ打てないのだ、ということは分かっている。


 大介は蓄積された経験の中で、一般的に強いピッチャーとは違うタイプと対戦したこともある。

 それを適応してもなお、木津はなかなかアジャスト出来ないタイプだ。

 むしろ経験を考えずに、反射で戦った方がいいのか。

 だがそれだと経験が邪魔をして、ストレートを空振りしてしまう。


 反射と言っても脳は、ほんのわずかに思考している。

 大介の場合はゾーンのさらに深くに潜り、そこでスイングを修正する。

 ただその状態に至るには、それなりの集中力が必要となる。

 いつでもその状態に突入できるなら、簡単であるのだ。

 さすがに大介も、そのメンタルを簡単にコントロールすることは出来ない。

 このピッチャーを打ち崩したいという、心の底からの欲望。

 それがないと大介も、モチベーションが上がらない。


 メンタルのコントロールというのは、プロでも難しいものなのだ。

 単純に士気が落ちるとか、そういうものとメンタルのコントロールは違う。

 むしろ追い詰められた時こそ、本領を発揮するというような人間もいる。

 多くの場合は普通、リラックスした状態の方が、パフォーマンスは充分に発揮されるのだが。

 大介こそがまさにその例外で、プレッシャーをかけられればかけられるほど、逆にパフォーマンスが上がる。

 命の危機に発する、火事場の馬鹿力であるか、死の瞬間の走馬灯のような感覚なのであろう。


 その大介を擁しても、ライガースはやはりある程度不安定。

 第一戦をわずか一点差で落としてしまった。

 そして第二戦、大介はホームランを一本。

 さらに出塁から得点を重ねていって、二戦目は勝利している。




 レックスとタイタンズの試合は二連戦で、ライガースとスターズの試合は三連戦。

 即ちこの時点で、大介と司朗を比較することが出来る。

 もっともライガースは38試合を消化、タイタンズは40試合を消化。

 そのため打席数などは明らかに違っているのだが。


 大介 打率0.388 12本 41打点 11盗塁 出塁率0.581 OPS1.461

 司朗 打率0.379  9本 35打点 29盗塁 出塁率0.495 OPS1.227


 レックスとの対戦で、司朗はヒットも打てず出塁も出来なかった。

 そのため打率を大きく落としている。

 ホームランなども増えておらず、OPSも下がっている。

 出塁率が五割を切ったのは、本人としても忸怩たる思いであろう。


 二試合調子が悪かっただけで、こういうことになるのだ。

 大介としてもこの二試合、それほど調子が良かったわけではない。

 だが出塁率の変わらないところが、大介の強いところだろう。

 直史でさえ大介との対決は、状況によっては回避するのであるから。


 ここにはないタイトルがある。

 最多安打のタイトルだ。

 大介の方が残る試合は多いとはいえ、45本。

 対して司朗の方は、58本とかなりの差がついてしまっている。

 二試合丸々ヒットがなくても、まだリーグで首位を走っているのだ。

 これは他のチームの一番バッターでも、追いつくことが出来ないものである。


 そもそも最多安打というタイトルは、あまり重視されてこなかった。

 少なくともイチローが200本安打を記録するまでは、注目されずタイトルともされなかったのだ。

 昔の話をするなら、長嶋茂雄が10回を記録している。

 大介も180本は打っている年があるのだが、それでもこのタイトルは取れていない。


 長打、中でもホームランが多くなると、どうしても勝負を避けられる。

 最多敬遠の記録では、それこそ誰にも負けない記録を持っているのが大介である。

 年間に142打席も敬遠されていれば、それは取れないのも仕方がないであろう。

 このうちの半分も勝負してくれていれば、間違いなく取っているタイトルだ。

 だが打撃三冠というと、安打ではなく打率となる。


 アベレージを残すというのは、打者として重要なことである。

 だが本当のところは、打点につながるヒットを打つのが重要なのだ。

 打率が高くてもチャンスに弱ければ、色々と叩かれるのが野球の世界。

 そして大介としてはヒットを打つよりも、ホームランを打つことにこだわりたい。

 その気になれば打てるのだ。

 それこそホームランさえ捨てれば、五割でも打てるだろう。

 しかしそんなものを、ファンは大介に求めていない。


 ボール球であろうと積極的に手を出して、スタンドに放り込むパフォーマンス。

 普通のホームランでは満足出来ない中毒者を、大介も作り出している。

 ワンバンのボールを放り込んだり、倒れこみながら放り込んだり。

 そういった姿を見せるのが、大介の魅せるホームランであるのだ。




 スターズとの第三戦も、大介はボール球を振っていく。

 上手くバットコントロールするよりも、よりジャストミートに専念するため、野手の正面に飛んでしまうこともある。

 だがそれを含めてもなお、大介は打てるボールは打ってしまうのだ。

 ライガースはここで勝ちこして、レックスとの差を広げられないようにしなければいけない。

 そういう大事な試合に、先発は新人の御堂である。

 もっとも新人であってもいずれは、重要な試合に挑んでいくこととなる。

 大切なのは実力であって、あとは慣れの問題であるのだ。


 誰もが壁を乗り越える必要がある。

 それに挑戦せず、手前でぐずぐずしていたら、後から追い越されるだけだ。

 プロの世界というのは、現状を維持するためにも、絶えず前に進んでいかなければいけない。

 大介も色々と、バッティングに関しては考えることがある。

 かつては完全にレベルスイングで、ライナー性の破壊打球を量産していた。

 だが今はややアッパースイング気味に、フライ性のホームランも打つようになっている。


 基本的にはマウンドからのボールの軌道を考えれば、レベルスイングで充分なのだ。

 だが低めをゴルフスイングで打つとなると、自然とアッパースイングにもなる。

 タイミングの幅を広げることが出来れば、それだけスタンドまで運びやすいのだ。

 勝負を避けられれば避けられるほど、ボール球も打てるようなスイングが必要となる。

 高めと低めならば、まだしもバットは届くのであるから。


 首位打者に関しては、司朗に取られても仕方がないと思う。

 大介にとって重要なのは、点を取っていくことなのだ。

 打率に固執してスイングが小さくなれば、本末転倒のこととなる。

 野球はヒットを打つのではなく、点を取るのが重要なゲームなのだ。

 ホームランはイコール目的の得点になるが、ヒットは手段でしかない。

 常にホームランを頭に入れて、打席には立っている。


 MLBに移籍してからはずっと、一番か二番を打ってきた。

 そのため打順の違いで、やるべきことの違いも分かっている。

 三番を打っていたのは、強力な四番が後ろにいてこそ。

 今の大介は出塁率の高い和田を返すか、ヒット一本で帰れるツーベース以上を狙っている。

 この試合もまた、そのパターンの通りなのである。


 下手にランナーがいないと、ソロホームランでさえ警戒されて、事実上の敬遠となる。

 それでもバットの届く範囲なら、打ってしまうのが大介だ。

 ゾーン外のボールを打たせて、そのミスショットを狙う。

 多くのピッチャーは大介に対して、その作戦で対処している。

 わずか数人のピッチャーは、状況によっては勝負を仕掛けていくのだが。


 この試合もホームランとヒットを打つ。

 大介がチャンスを作れば、そこからビッグイニングともなるのがライガースだ。

 二桁得点に達してしまえば、もうスターズが逆転することは不可能。

 ただ今年の場合、タイタンズ相手であるなら、それもありうるかもしれないが。

 ともかく打率までも高くして、スターズとの三連戦は終わった。




 五月も中旬に入り、交流戦が近づいてくる。

 今年の首脳陣は、考えることが多い。

 レックスとライガースは、カップスの様子を注意しながら、あとは勝ち星を計算していた。

 だが今年はタイタンズが、しっかりと打撃で勝ち星を稼いでいる。


 レックスはライガースともタイタンズとも、直接対決の成績が悪い。

 やはり投手力がやや落ちたところに、打撃力の強いチームと対戦すると、そういうことになるのだろう。

 ライガースとタイタンズは、お互いに似たような結果となっている。

 だが総合的に首位のレックスに対して、この二つの打撃のチームは上回っているのだ。

 もっとも直史を相手にすると、封じられてしまうのが両チームの打線である。


 最強のエースが一人いると、短期決戦では強い。

 当たり前の事実を、去年のポストシーズンも感じさせた。

 重要なのはやはり、ペナントレースを制してアドバンテージを握ること。

 三年前はそれで、ライガースは日本シリーズに進んだのだ。


 レックスは格下相手には強いが、打線の強いチームには弱い。

 傾向がはっきりしていて、これは解決する必要がある。

 なんならトレード期限までに、外国人選手を獲得してこないか。

 もっともピッチャーは平良が戻って、元の活躍をしてくれれば充分なのだが。


 先発が確かに、三島の抜けた分は弱くなった。

 またリリーフもあまり、安定しているとは言えない。

 打線が強くなっても、ピッチャーがそれに甘えてはいけない。

 もっとも今年の場合は、直史がやや完投が少なく、リリーフへの負担も増えやすくなっているのだが。

 実際のところはそこまで、影響しているのであろうか。

 完投出来なかったのは二試合で、片方は八回までは投げている。

 平均得点が上がったのだから、もっと勝てていてもおかしくない。


 安定感がやや落ちた、ということであろうか。

 ライガースにタイタンズと、得点力の高いチームとは相性が悪い。

 去年はそこそこ苦戦していたカップスには、かなり勝ち越している。

 もちろんピッチャーのローテの巡り合わせ、というのもあるのだろうが。


 レックスは交流戦までに、ライガースとの三連戦のカードがある。

 そこで一試合は、直史が投げるローテになっているのだ。

 タイタンズもライガース戦があり、そしてライガースはレックスとタイタンズの両方三連戦のカードがある。

 大変であるがここで勝つなら、一気に首位に躍り出る、というわけだ。

 もちろん強敵と連続して対戦するので、両方を負け越す可能性などもあるが。


 野球の偶然性というのは、その一試合のみに出てくるわけではない。

 こういったカードの連戦においても、苦しい場面は出てくる。

 運の要素が大きいというのは、間違いなく言えることである。

 それを含めて首脳陣は、作戦を長期的に考えていくのだが。




 レックスの場合はタイタンズが、一気にここまで強くなるというのが、計算外であった。

 ピッチャーの補強がまだ足らないな、とは思っていたのだが。

 最初の三連戦では三連勝したのに、次のカードでは三連敗した。

 なにもローテの弱いところで当たったわけではない。

 開幕から数試合は、まだタイタンズの打線が合っていなかった、というのはあるのだろう。

 しかしその次の三連戦は、百目鬼も含む先発から四点以上を取っていた。


 木津と直史が投げた試合は、連勝している。

 やはり司朗を上手く封じれば、チャンスを作れる機会が少なくなる、ということだ。

 自分でチャンスを作れるし、また長打を打つことも出来る。

 ケースバッティングが出来る、万能型のバッターと言えよう。


 対処を考えるのは、まだ後でいい。

 次に当たるのは、交流戦が終わってからになるのだ。

 さし当たっては次の、カップスとの三連戦が重要である。

 今年は四位と、タイタンズとの差が少しついている。

 だがこの数年、シーズンの中盤以降から、力を発揮してくるのがカップスであるのだ。


 選手たちのコンディションを、整えるのが上手いのであろう。

 またシーズンが進むにつれ、他のチームの分析をしていく。

 その結果としてAクラスに入ってくるのだが、あと一歩足りない。

 もっともここのところは、レックスとライガースが強すぎる、というのが理由になっているのだろうが。


 鹿児島から次は、カップスのホーム広島での試合となる。

 その次は甲子園で、ライガースと三連戦だ。

 日程的に当然、直史も甲子園で投げることとなる。

 すると一度東京に戻るよりも、そのままチームに帯同しておいた方がいい。

 試合には出ないにしても、ブルペンにいるだけで違う。

 ブルペンコーチはピッチングコーチと共に、豊田が兼任している。

 サブコーチもいるのだが、直史はさらにそのサブのような立場であろうか。


 カップス戦のローテは、百目鬼、オーガス、塚本という予定であった。

 だがオーガスがこの数試合調子を落としているので、一度二軍に落とす。

 そしてこの二戦目は、若手の成瀬を入れている。

 百目鬼にしっかりと勝ってもらって、残りの二試合のどちらかを勝ちたい。

 それがレックスの目論見である。


 オーガスも開幕してからの二試合は、ちゃんと勝っていたのだ。

 それが三戦目以降、クオリティスタートが出来なくなっている。

 原因としては一つに、球速の低下というものがある。

 しかしそれは正確には、理由であるのだ。

 原因はどうして、球速が低下したのか、というものである。


 年齢による衰えはあるだろう。

 しかしオーガスはまだ30代の半ばだ。

 食生活の見直しや、サプリメントの摂取によって、パフォーマンスが回復することは考えられる。

 若手を使っていくことは、確かに考えている。

 だがこういった形で交代してしまうというのは、あまり望ましいことではない。




 ライガースはスターズに勝ち越した。

 そしてその次は、ボーナスステージとも言えるフェニックス戦である。

 少なくとも二勝はして、次のカードに備えたい。

 なにしろレックスに続いて、タイタンズと当たるのであるから。

 ここでレックスに下手に負けると、打線が不調に陥った状態で、タイタンズと対戦しなければいけなくもなる。

 それは避けたいと考えるのが、首脳陣としては当たり前のことだ。


 山田が考えるに、レックスとタイタンズの連戦を、甲子園で行えるのは幸いだ。

 直史相手に負けると、メンタルが落ちた状態で、次以降の試合に挑むことにもなる。

 それがせめて甲子園というのは、味方側に声援がかけられるわけだ。

 野次もあるが、それでもホームでの試合である。

 このぐらいの時期に一度、レックスから首位を奪還出来ないものだろうか。


 昔ほどではないが、ライガースは甲子園期間に、成績を落とすことが多いのだ。

 やはり先にリードした状態で、夏を迎えたいという気分はある。

 わずかずつではあるが、夏場は体力も落ちていくだろう。

 それに伴って集中力が落ちるのが、試合成績の悪化に現れてくる。


 ただレックスなども、大学のリーグ戦や夏の高校野球都大会で、ある程度は不利にはなる。

 もっともあちらはナイターで試合をするので、そこまでの影響はないのだが。

 シーズン全体を通して見て、戦略を立てないといけない。

 その中でもライガースは、ピッチャーの安定感がほしい。


 今の時期はまだいいのだ。

 問題となるのはやはり、レギュラーシーズン終盤からの試合になってくる。

 レックスとのペナントレース争いが、この数年は激化している。

 ぎりぎりまで決まらないというのが、ポストシーズンへの体調管理に、影響を与えていると言えるだろう。

 今年は去年に比べても、まだあまり差をつけられていない。

 このままシーズンが進むなら、どこかで一気に差をつけたい。


 短期決戦を考えるなら、ピッチャーが強い方が有利なのだ。

 つまりそれはレックスの側となる。

 この投手陣の補強について、ライガースはずっと課題を抱えている。

 しかしFAで友永を獲得し、御堂も看板に偽りなしの即戦力なのだから、あとはリリーフ陣を強化したいのだ。

「タイタンズを、とりあえず叩きたいなあ」

 先にレックスと当たるというのが、作戦上は不利になると思えるのだ。

 直史の投げてくるレックスは、ほぼ無敵と言っていいのだから。


 大介としては今年、三度目の直史との対決になる。

 一度目の対決では、直史が途中で降板したことで、ライガースが逆転勝ちすることに成功した。

 だいたい年に一度ぐらいは、こういうこともある。

 しかし直史をしっかりと打って、勝利を得たことがないのだ。

(そろそろ俺も、限界が近いんだろうな)

 今年の成績は明らかに、去年よりも落ちている大介だ。

 それでも三冠王ペースであるのだが。


 伝説になるような試合が、あとどれだけ起こるだろうか。

 直史もほんのわずかに、衰えというのはきている。

 司朗の活躍で、打撃タイトルを失うのでは、などとも言われている。

 だが問題なのは、そんな細かいことではない。

 自分が全力で戦うこと。

 そしてそれに相応しい相手があること。

 それが大介にとっては、最大のモチベーションとなっているのだ。




 ×××



 本日から新作投下してます。

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