第414話 混戦

 親会社の力も含めて、チーム力全体を見たならば、セ・リーグではタイタンズが一番強い。

 それがどうしてここのところ、Aクラスにも入れなかったのか。

 これについては戦前の大日本帝国軍部を例えに出す人間が多い。

 まず内側で争ってから、外と戦うからである。

 要するにチーム内の派閥争いがあって、コーチ陣の人事が適切ではない。

 監督の寺島にしても、ピッチングコーチが自分よりずっと年上だと、やりにくかったりするのだ。


 育成に専念して、二軍とコーチを入れ替えてほしい。

 ただこのコーチに指導される、若手というのも気の毒と思ってしまう。

 監督に現場の人事権が一任されていれば、それが一番いいのだ。

 もっともフロントからすれば、政治の妥協の結果から、どうにか人事を組み上げた。

 ここからどうにかしてみせろ、といった感じの無茶振りである。


 こんな状況で監督を任された寺島も、色々と損な役回りである。

 ただ世間的に見れば、タイタンズの監督というのは名士だ。

 その経験だけで、これからの人生を歩いていくことが出来る。

 もっともそのためには、ある程度の実績も残さなければいけない。

 司朗が入ってくれたことは、大きなチャンスではあるのだ。


 寺島は司朗の入団の際の話を、細かくは聞いていない。

 そもそも個人的には、東名大の久世の方が、即戦力ピッチャーとして期待されていたのだ。

 だが実際に、タイタンズが三位のAクラスにいる理由。

 今のところは間違いなく、司朗加入による得点力アップが主因だ。


 フェニックス相手の三連戦、ここはタイタンズも強いローテなので勝っておきたい。

 ホームゲームなのでまずは、フェニックスの攻撃を防ぐことから始まる。

 一人ランナーを置いたところで、四番の本多がセンターオーバーのタイムリーで一点先取。

 ただまだ一点だけである。

「よし」

 一回の裏、バッターボックスに入る司朗。

 既にフェニックスとは何度も対戦しているが、今日のピッチャーは初対決である。

(この人も三年目だから、情報が少ないんだよなあ)

 今では二軍の試合でも、おおよそ見ることが出来るようになっているのだが。


 今の司朗はどんどんと、経験を蓄積していっている段階である。

 高校時代は滅多に当たらなかったような、好投手がプロの最低レベル。

 あるいはなかなか打てない軟投型が、少しいたりしている。

 特にサウスポーのピッチャーは、上手く左打者に対して投げてくる。


 しかし一番ではあるが、単純に球筋を見ていくわけではない。

 初球から外に、ピッチャーの意識が向いていた。

 それに逆らわないように、左方向に打ってやる。

 強い打球ではなかったが、上手くスピンがかかってくれた。

 レフト線ぎりぎりに着地し、そこからファールグラウンドに転がっていく。

 ツーベースヒットで、いきなりチャンスを作り出したのだった。




 チャンスメイクが基本の一番バッターである。

 だが司朗の長打力なら、先頭打者ホームランも狙っていける。

 それでもソロが一発よりは、ランナーを初回から背負った方がピッチャーにはプレッシャーになる。

 自分もピッチャーをやっていただけに、ピッチャーの心理を正確に考える司朗である。


 今のボールはバッテリーの気持ちが、微妙に合っていないと感じた。

 それは事実であり、三年目でようやくローテに入ってきた若手が、一年目から大活躍の高卒に、初球から外のボールでは逃げ腰と感じたのだ。

 だがここはキャッチャーのサインにより、外に投げるように意識が変化した。

 アウトローと言うには、微妙にコースが甘かったか。

 ただ司朗としては、あと少し踏み込んで打ったら、外野の頭を越えていたと思う。

 それでもスタンドには入らなかったので、結果としては同じであったろうが。


 フェニックスはこの日、本多が猛打賞であった。

 もっとも司朗は特定の日に大当たりというのは少なく、安定して毎試合ヒットを打っている。

 実際にここまで36試合、ヒットが出なかったのは一試合のみ。

 直史と対戦した試合でさえ、ヒットを一本打っているのだ。


 その一本も打てなかった試合が、武史が投げた試合であった。

 本当に大人気ないことであるが、それで少し離脱してしまったのだろう。

 勝ち星では一時離脱した直史よりも多い、最多勝である。

 もっともその武史も登録抹消されているので、すぐに追い抜かれてしまうであろうが。

 だが去年に続き、今年も故障での離脱がある。

 やはり年齢による、耐久力の低下は避けられない。


 司朗は父親の全盛期とは戦えなかったわけだ。

 それはもう仕方のないことである。

 野球選手の最盛期というのは、基本的にあまり長くはない。

 むしろ息子がプロ入りするまで、現役でいられたことの方がすごい。

 アメリカであると歴史も長いだけに、そこそこそういう例はあるらしい。


 そもそも名選手の息子が、また名選手というのも珍しい。

 どれだけ白石家や佐藤家の遺伝子が、強く身体能力に影響しているのか。

 真田のところだと息子たちは、強豪のエースレベルではあるが、プロが上位で注目するようなレベルではない。

 そもそもあそこは、双子でバッテリーを組んでいるからこそ、上手く機能していると言える。

 真田の場合は甥の方が、明らかに能力は傑出している。

 ただその父親である真田の兄も、故障さえしなければ真田以上ではなかったか、と言われるぐらいの選手だったそうだが。


 大介でさえもう、全盛期とは数字が比べ物にならない。

 唯一直史だけは、数字はともかく一番おかしい。

 勤続疲労がなかったということもあるが、いまだに不敗神話が継続中。

 むしろトレンドを無視するように、圧倒的なピッチングを続けている。

 どんな時代のトレンドであっても、すぐに適応して対応してしまう。

 そんな直史からも、なんとか一点を取ったきっかけは、司朗のバッティングであったが。


 この日はもう一本ヒットを打って、四打数二安打。

 フォアボールを選んでもいるので、三出塁となる。

 地味に盗塁も一つ決めていて、チャンスを拡大していった。

 だが司朗は自分の判断で走れる、グリーンライトを欲してはいない。

 司朗が重視するのは、盗塁数よりも盗塁成功率。

 これが高くなければ、せっかくランナーに出ても、チャンスを拡大するどころか、チャンスを潰してしまうのだ。


 足で進塁するというのは、九割は成功しなければいけない、というのが大介の持論である。

 それを司朗も継承していて、とにかくチャンスを拡大するのだ。

 するとバッテリーとしても、勝負するしかなくなってくる。

 司朗の場合は大介に比べればまだ、長打力が低い。

 なので勝負した方が得、と統計にも出ているのだ。




 同日にライガースは、カップスと対戦している。

 大介はこの日、無理に打っていく打席が多かった。

 無難に出塁してもいいのだが、打てるチャンスであれば打ってしまう。

 実際に外に外れたボールを、一つホームランにしていた。

 しかもツーランホームランである。


 ホームランと打点を増やして、しかし打率は落とす。

 ミスショットしたボール球も、しっかりライナー性の打球か、外野の定位置より奥には運んでいる。

 ランナー三塁であるなら、余裕でタッチアップが出来る場合だ。

 大介としては自分の役目を、点取り屋と理解している。

 なのでホームランで点を取るのは、やはり正義であるのだ。

 特にランナーがいる場合は、長打こそが求められる。


 大介が変に状況を見るような人間であれば、もっと数字はおかしなことになっていただろう。

 だがダボハゼのように、打てるボールには食いついていく。

 打率だけを求めれば、おそらく五割は打てる。

 ボール球を見逃していけば、打てる球を打つだけになるからだ。

 しかしそれでは勝負されるのが、極端に減ってくる。

 だからこそボール球も打つというレベルには、さすがに司朗も達していない。


 せっかく大介が打っても、試合自体には敗北。

 やはりリリーフの弱いのが、ライガースの弱点である。

 このオフにもやはり、FAでリリーフ陣を取るべきであったのだ。

 クローザーだけでは足りないのが、現代野球。

 セットアッパーの重要さが、もっと評価されるべきだ。


 ただそういったポジションを用意出来ていくと、やがて野球は六回まで、というスポーツになってしまうかもしれない。

 たまには逆転劇があるだろうが、基本的には六回の終わりで風呂に行く、というパターンが定着する。

 もしもそうなってしまうと、野球の楽しみ方が一つ減る。

 完投するピッチャーが必要というのは、興行的には間違っていない。


 翌日の第二戦には、久しぶりに無安打の試合となった。

 大介は安定してパフォーマンスを発揮するので、余計に勝負を避けられやすい。

 もう少し調子に波があった方が、勝負を避けられることは少なくなるだろう。

 だがあえて打てる球を打たないというのは、バッターとしての本能に反する。

 このあたりが先天性のスラッガーと、クラッチヒッターの違いであろうか。

 とにかく大介は、打てる球を打ってしまうのだから。

 なお大介は打点はつかなかったが、出塁はしてライガースは勝利した。




 同日にももちろん、タイタンズの試合がある。

 ドームが本拠地というのは、やはり有利であるのだ。

 比較的ホームランが出やすいのは、東京ドームも同じこと。

 ソロホームランを一本打って、またツーベースも打っている司朗。

 相手が安易に投げてくると、出会いがしらの一発を打ってしまう。

 打点やホームランはやはり、打順からして大介に及ばない。

 だがこの時点でわずかだが、打率では上回っている。


 出塁率ではだいぶ、大介の方が上回っているのだ。

 得点圏にランナーがいる状況では、勝負してもらえることは少ない。

 ランナーがいなくても、大介は勝負を避けられることはある。

 だが司朗は新人のボーナスとでも言おうか、勝負を避けられることは少ない。

 データを取りたいのと、あとは若造との勝負を避けられるか、というのがあるのだろう。

 司朗も意識的に、ホームラン狙いは状況によっては避けている。


 五月に入ってから、二本目のホームラン。

 ホームランの数や打点では、大介に差をつけられつつある。

 だが安打数では大きく上回り、打率でもさほどの差がない。

 ただOPSでは大きく大介が上回るので、やはりバッターとしての価値は上なのだ。


 役割の違いだな、と司朗は割り切っている。

 もしも自分が四番を打つなら、より長打を狙っていくだろう。

 だが今は一番なので、出塁率が重要なのだ。

 あとは史上二番目の、四割打者を狙ってもいる。

 大介はNPBに復帰後は、四割に達したことがないのだ。

 0.390が長打力を維持しつつ、打率も維持できる限界。

 おおよそ大介はそう感じている。


 司朗としては一年目に、出来ることはやっておきたい。

 たとえば大介はプロ入り一年目は、四割を打てなかった。

 司朗の場合は一番で、さらに長打力がやや落ちるため、勝負をしてもらえる機会が多い。

 だから最多安打を狙いつつ、首位打者も狙えるポジションなのだ。


 タイタンズに入って、新人合同自主トレから数えれば、もう五ヶ月以上もチームの中にいる。

 するとタイタンズの戦力が、歪な形であるとも気付くのだ。

 存分に実力を発揮して、タイトルや表彰を狙っていく。

 そして目的を果たしたら、もうさっさとメジャーに行けばいい。

 昇馬がプロ入りするかどうかは関係なく、父たちの世代が引退すれば、MLBに行くであろう。


 まだ一年目で一ヶ月と少しだが、おおよそ自分の実力と、プロの実力の比較は出来てきている。

 少なくともまだまだ上を狙える、とは思っているのだ。

 日本とアメリカで、レベルが違うとされる理由も、ある程度は分かっている。

 なぜ日本のピッチャーは通じやすく、バッターは通じにくいか。

 これはもう単純にチーム数の差、対戦数の差、トレード数の差といったところだ。


 NPBなら同じチームとの対戦は、リーグが同じなら年に25試合。

 だがMLBなら同じリーグの同じ地区でも、19試合までなのだ。

 ピッチャーとバッターの対決は、最初の方はピッチャー有利、という統計が出ている。

 つまり日本のピッチャーは、同じバッターと何度も当たるが、それを抑えていく必要がある。

 アメリカに比べると同じバッターと対戦する機会が少ないのだ。


 これが逆にバッターでは、同じピッチャーとなかなか対戦しない、ということになる。

 つまり次から次へ、違うピッチャーと対戦しなくてはいけないのだ。

 ピッチャーとバッターの、通用する確率の違いの、単純な理由の一つである。




 司朗は一年目から、知らないピッチャー相手に結果を出している。

 対応力の高いバッターこそが、MLBでも成功するのだ。

 つまり日本ならば、交流戦でいい結果を出しているバッターこそ、MLBでも通用する可能性が高い。

 五月の下旬からの交流戦で、それが明らかになるだろう。

 あとはプロ入り一年目から通用している選手も、メジャーで活躍出来るだろう。


 あくまでも傾向である。

 そもそものスペックが、通用しないという可能性もある。

 とりあえず司朗は、このフェニックス戦三試合全てで、マルチヒットを記録した。

 打率が四割に乗って、打点もかなり多くなっている。

 だがホームラン数では、大介にちょっと離されている。 

 そしてホームランが出ていないということは、OPSも差が付いてきているということだ。


 大介はホームラン競争ではトップを走っている。

 二桁に到達したのは、両リーグを合わせてもまだ一人だけである。

 ただそれでも去年に比べて、ややホームランの数は減っている。

 カップス相手に勝ち越して、ライガースも調子はいい。

 ただ今年はどうにも、タイタンズの動向が、ペナントレースの終盤を左右しそうな感じである。


 大介は二番打者であるので、前にランナーが出て敬遠される状況が多い。

 そうでなくとも大介は、フォアボール出塁が多いのだ。

 それだけ勝負を避けられていても、まだホームランや打点でトップを走っている。

 とてつもなくバッティングに差がなければ、このようなことにはならない。


 チーム全体としては、ここで差が縮まってきている。

 レックスが22勝13敗、ライガースが22勝14敗、タイタンズが23勝15敗。

 どのチームもほとんど差がない、と言っていいだろう。

 特筆すべきは3チームに引き分けがないということだ。

 引き分けが多くなっていくと、それだけ打席数も増えるものであるのだが。


 この3チームに追いつけそうなのは、やはりカップスである。

 スターズは落ちてきていて、フェニックスのやや上という程度。

 もしも司朗がスターズにいたならば、同じような結果を残せたであろうか。

 あまり五打席目が回ってくることはなく、積み上げるタイプの記録は難しかったかもしれない。

 大介と司朗は、やはり比較されることが多い。

 ただ勝負してもらえる回数が、圧倒的に違うのだ。


 実績もそうであるが、やはり打順などもある。

 下手に長打を増やすよりは、単打を狙った方がいいのか。

 もっとも大介などは、守備がよくても意味がない、ホームランをこそ狙えと言っているが。

 司朗の場合はバットコントロールで、上手く野手のいないところに落とせる。

 本当なら大介も、同じことは出来るはずなのだが。


 ここまでで消化試合に差が出来ている。

 そして次のカードは、レックスがタイタンズと当たる。

 ここもまた地方開催であるのは、今年は色々と地方での集客を高める目的があったのか。

 二連戦であるのだから、またレックスは消化出来ている試合数が少なくなる。




 この二試合はなんと、鹿児島での開催である。

 直史としてはあまり、遠くに移動はしたくない。

 セ・リーグの試合としては珍しいことに、飛行機での移動となる。

 これはMLB時代を思い出すかもしれない


 MLBの試合数と言うのは、本当に過酷なものであった。

 もっとも給料がいいので、それは我慢すべきなのかもしれないが。

 NFLはさらに給料がいいが、その代わりに選手寿命が短い。

 あれだけ衝撃を受けていると、引退後に障害が残ることも多い、と言われるのも当然だろう。


 野球というスポーツはバスケットボールより、より年齢の高い選手がそれなりにいる。

 競技の性質上、限界になる身体能力や、耐久度が違うのだろう。

 もちろんプレイスタイルも、ポジションによって違う。

 野球などはピッチャーを除けば、試合中に汗だくになることは少ない。

 バスケットボールなどとは、確かに運動強度が違うのだ。


 タイタンズとの対戦は、一試合目が木津であり、二試合目が直史である。

 ここは確実に、一つは取っておくべき試合だ。

 ライガースはスターズとの対戦なので、あるいはここで順位が入れ替わるかもしれない。

 もっとも五月の段階ならば、問題はないであろう。

 直史としては司朗との、二度目の対戦となる。

 一度目は点こそ取られたが圧勝した。

 果たして今度はどうなるものか。


 個人的にはしっかりと抑えて、チームに勢いをもたらしたい。

 タイタンズが今年の調子がいいのは、明らかに司朗を一番に置いているからだ。

 出塁してチャンスを作ることの他に、打点も相当に稼いでいる。

 必要な時に打つことを、司朗は続けているのだ。

 この調子で大きく崩れなければ、まず新人王は決定であろう。


 直史としては当然、タイタンズの勢いを止めたい。

 出来るならハイスコアゲームのチーム同士、ライガースと潰しあってほしいのだ。

 今の時期はまだ、慌てる必要などはない。

 若手の新しい戦力を、実戦で試しておく時期。

 また交流戦に向けて、作戦を立てておく時期でもあるのだ。

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