第413話 戦力の競争

 直史がいまいち圧倒しきれておらず、武史が故障離脱し、さすがに年齢の限界が見えてきている。

 そんな中で百目鬼は、スターズを相手にいいピッチングをしていた。

 三島のメジャー移籍は、百目鬼にも影響を与えている。

 去年は防御率など、百目鬼の方が上回っていたのだ。

 もっとも同じチームには、魔王とまで呼ばれる絶対的なピッチャーが君臨する。

 エースですらなくジョーカー、とまで言われる怪物だ。


 三島はメジャーに移籍して、最初に崩れたがその後に持ち直している。

 だが日本時代の成績と比べると、物足りないのは確かである。

 日本とアメリカでは、同じプロの野球であっても、根本的に違うものだ。

 その両方において、完全に似たような数字を残したのが、直史であるのだが。

(あの人はあんまり話さないからな)

 技術的なことならば、普通に教えてくれる。

 一般的な人間には、とても不可能なものとして。


 百目鬼も将来的には、メジャー移籍を視野に入れている。

 その前にはまず、圧倒的な実績を残したい。

 直史がいるせいで、ほとんどのタイトルが取れない時代。

 だがその前には、上杉がいた時代があったのだ。

 セ・リーグピッチャー受難の時代が、ようやく終わりそうになっている。

 もっとも昇馬の去就次第では、色々と変わりそうだが。

 昇馬がパ・リーグに行けば、今度はパ・リーグピッチャー受難の時代の始まりになるかもしれない。


 まったくタイトル独占という、おかしな時代が続いたものだ。

 正確には今もまだ、続いているのだが。

 百目鬼の目標は、規定投球回到達を続けて、15勝以上して行くこと。

 あるいは防御率2以内を二年は続けていくことだ。

 もっと正確に評価をする指標はあるが、分かりやすいのは防御率とWHIPであろう。

 あとは奪三振だが、これも直史がいるせいで評価に疑問符が打たれている。


 百目鬼はこの試合、完投勝利を目標としていた。

 だが七回に入ったところで、球数が100球に突入してしまう。

 そのまま七回を終えたところで、リリーフに継投。

 リードした状況で、後続に任せることになる。


 しかし七回まで投げた、というのが大きい。

 リリーフ陣を三人使うのと、二人使うの。

 後者の方が一般的には、勝率は高い。

 リードも二点あるのだから、充分であると言える。

 さらに今年のレックスは、終盤でもちゃんと追加点を取っていける。


 小此木とカーライルの加入で、一気に打線が強くなった。

 二人が入ってもちろん、二人分の力はプラスになる。

 だが打線に切れ目がなくなれば、そのプラスされる力は二人分どころではない。

 終盤に点を取って、6-2で試合は終了。

 百目鬼は問題なく勝ち星を得るのであった。




 去年もスターズは武史が離脱してから、成績が落ちていった。

 だが今年の場合は去年と違い、落ちる前から順位が悪い。

 スターズはやはり上杉の時代が、良くも悪くも長すぎた。

 そのカリスマ性によって、選手生活晩年においても、スターズはAクラスを維持していたのだ。

 武史にはそういった、カリスマというものはない。

 単純にとんでもなく強い、一人のローテピッチャーである。


 スターズは上杉が入る前も、最下位常連であった。

 遠い昔の球団名が変わる前から、強い時と弱い時の差が大きい。

 上杉が一時離脱した時も、最下位となっている。

 もっとも最下位になった時に、ウェーバーの順でいい選手を取ったりしたが。

 その後にちゃんと、もう一度盛り返しているのだ。


 確かにスーパースターはいる。

 だがチームを優勝させるほど、圧倒的な実力者は限られる。

 上杉の次には大介が、ライガースを優勝させている。

 スターズとライガースが拮抗する時代になり、そこにレックスが入ってきた。


 大介をはじめとして、数人の主力がメジャー移籍した結果、スターズのみならず他の球団も、ある程度優勝する時代にはなった。

 上杉がいても、スターズが負けることはあったのだ。

 やはり一度目の故障で、その球威はどうしても落ちてしまった。

 ラストシーズンには燃え尽きるぐらいに、全力で戦うこととなったが。

 上杉はあらゆる記録を塗り替えていった。

 だが量はともかく質の記録なら、直史が塗り替えていっている。


 直史の支配力は、上杉とは違うタイプである。

 上杉はまさにチームの、精神的な支柱であった。

 だが直史は数字による貢献が、同じく化物じみているはずの武史より、だいぶ高いのだ。

 またメンタル的にも、上杉は味方を鼓舞するが、直史は相手の心を折る。

 正反対の方向性であるが、絶対値は同じぐらいであろう。


 第二戦のオーガスは、やはり立ち上がりから悪かった。

 スターズがホームゲームということもあろうが、先制したところをすぐに追いつかれたのだ。

 今年のスターズはやはり、全体的に調子が悪い。

 武史が序盤から勝っていったのに、それでも負け越していたからだ。

 なぜ一位指名で司朗ではなく久世を狙いにいったのか。

 そしてそれも外してから、他のピッチャーを取りにいった。


 上杉の幻想が、まだチームの中に強く残っている。

 それは現場よりもむしろ、フロントの中に顕著なのだ。

 あんなピッチャーはもう二度と、現れることはないだろう。

 ただし今年のドラフトでは、当然のように将典を狙っていくが。

 上杉の残したものを、少しでも受け取る。

 将典は昇馬たちなどに比べると、ずっと窮屈な野球をしていると言っていいだろう。




 この第二戦はオーガスが点を取られて、珍しくレックスのハイスコアゲームとなった。

 リリーフでも火消しに失敗し、勝つ試合なのか負ける試合なのか、判断が難しい。

 レックスとしては当然だが、ライガースに差をつけたい。

 ライガースの対戦している四位のカップスは、今年も絶妙に強いのでそのチャンスではあるのだ。

 ただ絶好の機会に勝てるか、というとそうは限らない。

「やっぱりオーガスは一度二軍で調整がいいな」

 負けた試合の後で、西片は豊田と話し合う。


 西片は40歳ほどまで、豊田も30代の後半まで、現役でしっかりと戦力になっていた。

 そこから考えるとオーガスの衰えは、少し早いように思える。

 ならば身体能力をしっかりと計測し、どの部分が衰えたのかを考えるべきだろう。

 三年前はエースクラスであったし、去年も一昨年も充分に、ローテを回していたと言えるのだ。

 レックスは確かに若手のピッチャーを、特に先発を育てようとしている。

 だがそれは近く訪れる、直史の引退に対処するためのものだ。


 しかし戦力の更新というのは、そう上手く行くものではない。

 今ではピッチャーならMLBへの移籍、というのが一つのルートになってしまっている。

 25歳までにどれだけ使えるか、それが重要であるのだ。

「まあ高く売れたなら、それで打線の補強もすればいいんだけどな」

 アメリカのスポーツはMLBに限らず、NBAなどでも育成選手をどう売るか、が重要になっている。

 わざと最下位近くになって、ドラフト上位で獲得する選手を、金銭トレードなどをしたりする。

 もっとも今は日本のピッチャーが、高く売れる時代。

 その点では成功しやすい時代、とは言えるであろう。


 三島はメジャーにおいては、平均的な先発ピッチャーの数字になりつつある。

 もちろんまだ一年目で、MLBに慣れていないということはあるだろう。

 だがNPBにおいて、圧倒的な数字を残していなくても、MLBでは通用したりする。

 MLBも選手の評価を、単純なNPBの成績だけには頼らない。

 もっともNPBで全く通用しない選手が、MLBで通用するとは思っていないが。


 選手の移籍とそれにおける金銭のやり取りは、サッカーならば一般的である。

 リーグが二部に落ちると、選手の年俸が払えなくなって、放出するというのが日本のJリーグだ。

 また日本人がヨーロッパでプレイするのも、移籍金などが重要になってくる。

 ここで仕事をするのが、代理人という職業なのだが。


 アメリカでも代理人制度は、しっかりと機能している。

 むしろアメリカこそが、代理人の活躍する余地があるのだ。

 NPBとMLBのFAにおいて、一番違うことは一つ。

 NPBのFAというのは、選手の持つ権利である。

 だがMLBにおいては一定の年数が経過すると、自然とFAになってしまうのだ。


 新しい契約を見つけるためには、代理人の必要性が当然大きい。

 そのため代理人の市場というものが存在する。

 選手というのは金銭で評価される、マネーゲームの駒なのだ。

 これをいいか悪いかを考えるのは、自由市場と考えれば、もちろん真っ当である。

 ただアメリカのMLBの場合、契約の制限が大きいのは事実だ。




 プロスポーツの中でも団体競技は、確かにマネーゲームになっている。

 選手の価値を評価して、そのパフォーマンスに金を払うのだ。

 もっとも単純に戦力としてだけではなく、宣伝効果も関係していたりする。

 トップの中の本当のトップは、スポンサーとの契約の方が、年俸よりも高くなったりする。

 個人競技の方が、そのスポンサー収入は大きく思えるが、団体競技のトップも同じようなものだ。


 このマネーゲームの中で、どのようにチームを強くして行くのか。

 フロントと現場の、しっかりとした意思疎通が重要となってくる。

 レックスやスターズにしても、司朗と契約しなかったのが、正解とさえ言われるかもしれない。

 それは司朗が将来的に、早めのメジャー移籍を考えているからだ。

 大介にしても移籍は、FAでの移籍であった。

 ポスティングの方が球団には、移籍金が入るのでありがたいのだ。


 だが現在のルールだと、25歳未満の選手であると、その移籍金が格安であったりする。

 なので司朗では稼げない、と考えてもおかしくはないのだ。

 そのあたりを分かっていても、司朗を取ったタイタンズは、今は間違いなく成功と言える。

 一年目のこの時点で、ここまでの活躍は考えていなかったのだ。


 現在のルールは選手にもチームにも、ちゃんとメリットがあるようになっている。

 それでも早くからメジャーに行く、という選手はいるのだが。

 NPBの市場とMLBの市場は、そもそも規模が違う。

 だがNPBの選手でも、充分に国内だけで成功する選手はいるのだ。

 これからはMLBに行きそうな選手をいかに短期間使い、そして国内にとどまりそうな選手で埋めていくか、そういう動きになるのではないか。

「百目鬼もいずれ、メジャーに行くのかなあ」

 西片は国内FAで、ライガースからレックスに移籍してきた。

 今ほどMLBとの垣根が低かったら、というのは西片には当てはまらない。

 家庭の事情もあって、移籍してきたからである。


 豊田などもリリーフとして、相当の実績を残した。

 だがそれでも、メジャーに移籍という選択は取らなかった。

 それは当時のNPBからMLBに行った選手が、本当に化物ぞろいであったからと言える。

 おおよそ織田あたりが最初で、あとは本多や大介が続いていって、坂本がおかしなルートで活躍した。


 ポスティングで移籍するほどの選手を育てれば、その金で国内FAの選手や、外国人を獲得出来る。

 そういったことを考えて、フロントは球団を運営していかなければいけない。

 現場としてはとにかく、戦力になる選手が必要だ。

 しかしフロントとしては、長く戦力になる選手の方が、いいのではないかとも考えたりする。

 もっともドラフトでどう指名しても、本当に期待通りに成長するかは分からない。

 取らぬ狸の皮算用というやつだ。


 現場の要求に従って、その時点での一番を取ればいいのだ。

 それに失敗しているチームもいる。

 ドラフト一位となれば普通は、期待度も一位のはずである。

 だがここのところずっと、下位指名や育成ばかりから、主力が出てくるチームがある。

 これはドラフトの失敗と言ってもいいだろう。




 スターズとの三連戦、最終戦の先発は大卒二年目の塚本である。

 去年は完全ではないが、ローテのかなりの部分を投げた。

 今年は開幕から、六人の中に入っている。

 基本的にレックスは、直史が圧倒的に勝ち星を稼ぐので、他のピッチャーが五割でもポストシーズンには行ける。

 だが日本一まで到達しようと思えば、やはり他のピッチャーも勝っていく必要があるのだ。


 去年は内容の割りに、勝ち星があまりつかなかった塚本。

 しかし今年は打線の強化があったため、ここまで勝ち星が先行している。

 第三戦もレックスが、優位に試合を展開している。

 武史の離脱で士気の落ちているスターズ相手なら、勝ち越しておく必要があるだろう。

 その塚本も打線の援護が大きいと、気を抜いて打たれてしまうものだが。


 六回まで投げて、リードしていればいいのだ。

 昨日の試合ではリリーフ陣が使われていないため、今日は問題なく使うことが出来る。

 次はタイタンズとの二連戦だが、一日の休養日がある。

 なんなら同点の場面でも、リリーフを使う価値はあるだろう。


 今年は点差のある勝利も多いため、リリーフも勝ちパターンを使わずに済むことが多い。

 とにかくリリーフというのは、ブルペンでもあまり投げさせすぎなければ、それだけ長く選手として通用するのだ。

 今のNPBでは先発やクローザーに比べ、軽視されているところはある。

 だがセットアッパーがいなければ、現代のプロ野球は成立しない。

 1イニングを確実に投げられるピッチャーが、三人はいてくれるとありがたいのだ。


 レックスは確かに、ピッチャーがいいチームである。

 だがこの20年ほどを見てみれば、リリーフの失敗が少ないということが、数字で出ている。

 こういう地味なところにこそ、強さの秘密があったりする。

 先発が炎上してしまえば、そこでもう試合が決まる。

 そんな状態であると、リリーフが必要なくなってしまう。

 重要なのはこのリリーフを、いかに長く使うかだ。

 ライガースとレックスの違いは、確かにピッチャーの違いではある。

 だがそのピッチャーの違いにしても、ライガースは逆転負けが多いのだ。


 塚本の今日のピッチングは、六回を投げて三失点のクオリティスタート。

 だが打線が五点を取ってくれているので、勝ち投手の権利を持っている。

 そしてここから、須藤が七回を投げていく。

 一点を取られたものの、打線がまた一点を取ってくれる。

 二点差を保ったまま、6-4でレックスの勝利。

 このカードを勝ち越したのである。




 平良に代わって、クローザーとして投げている大平は、ここまでに11セーブ。

 セーブ機会失敗は一度なので、充分な数字と言えるだろう。

 去年の平良に比べると、セーブ数を増やしているスピードが違う。

 これは大平が劣っているからではなく、単純にクローザーを必要としない試合が多いからだ。


 負けている試合であれば、もちろんクローザーの出番はない。

 その他にも大量点差なら、クローザーを使う必要はないのだ。

 やはり打線が好調で、得点が多いとピッチャーも、楽な展開で投げることが出来る。

 もっともピッチャーがあまりに点を取られていると、打線も焦ってくるものだが。


 今のレックスは投打の関係が、上手く循環している。

 ピッチャーがそれなりに抑えてくれているため、打線はのびのびと打っている。

 打線の援護が大きいと、勝ちパターン以外のリリーフを使っても、充分に勝つことが出来る。

 するとリリーフ陣に疲労が蓄積せず、他のリリーフに経験を積ませることが出来る。


 もっとも勝敗だけを言うなら、去年の方が良かったはずだ。

 それでもチームとしての雰囲気は、今年の方が陽気である。

 やはりロースコアの厳しい試合が続くより、点の取り合いのほうが応援も明るくなるからか。

 間違いなく得点力は上がっていて、失点もやや上がっている。

 だがチームが好調と思えるのが、不思議なところだ。


 本当ならもっと、圧倒的な差をつけたい。

 それが出来ていない理由は、三島の移籍と平良の離脱、と分かりやすいものがある。

 勝ちパターンのピッチャーが使われない理由というのは、つまり先発がリードした展開で試合を持ってこないから。

 だが圧勝する試合が、去年よりも明らかに多いのだ。


 実際にレックスは、今年のホームラン数が、去年の同じ試合の時より、10本以上も多くなっている。

 ホームランによる得点というのは、他の得点よりも高く評価されやすい。

 こういった諸々があって、やはり今年もレックスは強い。

 平良が戻ってきたら、さらに強くなるとも思われる。


 この次のカードは、タイタンズとの二連戦。

 そしてそのうちの一試合は、直史が先発の予定だ。

 このカードもまた、地方開催のカードである。

 ここ数年のプロ野球人気の上昇で、この地方のカードは増えている。

 そもそも直史が投げるなら、どこでも集客は期待できるのだが。


 レックスの一番の対抗相手は、もちろんライガースである。

 タイタンズとはピッチャーの数字が、色々な点で違いすぎる。

 レックスの内部から見ても、タイタンズのピッチャーはおかしいな、と思われるぐらいだ。

 もっともかつての戦友岩崎が、タイタンズの二軍コーチをしている直史は、その内部事情も分かっているが。

 派閥争いなどをやっていて、勝てるほど甘くはない。

 だがタイタンズはまたも、勝てなくなってから当然のように、派閥争いが激化した。


 今は司朗がいて、マスコミの注目度も高い。

 それだけ人気を挽回するチャンスで、優勝も狙っていけるはずなのだ。

 だがコーチ陣の人事などが、完全に間違っている。

 60歳を過ぎたような、古い考えのコーチを、一軍に置いておくのはいけない。

 それも結果を出せていないのだから、配置転換は必要であろう。

 だがそれが上手く行ってしまうと、タイタンズは脅威となる。

 直史としては敵の無能に助けられている形になっているのだ。

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