第408話 若さってなんだ

 史上最強論争というのは、どの分野でもなされるものだ。

 だが野球のバッターに関しては、大介が議論に終止符を打った。

 実はピッチャーの方は、上杉派と大サトー派の二つがある。

 この場合は最強と最高は違う、というような議論がなされるが。


 評価には二つの方法があるだろう。

 全盛期を比べることと、キャリア全てを比較することだ。

 また純粋なスタッツではなく、印象論も多い。

 あとは団体競技であれば、チームの優勝にどれだけ貢献したか、という基準もある。

 最強論争は難しいが、その最強であるはずの大介の、キャリア晩年に競争相手が登場した。


 野球は四番打者を揃えても勝てるわけではない。

 かつてはそう言われていたが、プロ野球のレギュラーシーズンだけを言うなら、四番だけを揃えていたら確率論的に勝てる。

 一発勝負なら結果は分からないが。

 大介の場合、MLBでは一番や二番を打っていた。

 しかし最初にNPBでは、三番を打っていたのだ。

 ケースバッティングが出来るという点では、司朗以上と言えるであろう。

 

 シーズンも五月に入ってくるが、二人の打率は四割をキープしている。

 大介はともかく司朗が、プロの変化球に対して適応できているのが、驚愕の事実である。

 ピッチャーも高校時代に比べると、コントロールや変化球でのピッチングをしてくる。

 それだけ単なるスピードボールは、プロの世界では通用しないということなのだ。

 つまり直史に練習に付き合ってもらって、司朗はプロの世界に適応している。


 アマチュアとプロの違いは、思考の違いでもある。

 高校野球は基本的に、監督の情報が一番であった。

 もちろん従うだけの野球では、プロの世界では通用しない。

 だからこそ司朗はジンの思考を深く学んだ。

 キャッチャーのリードとしては、最高峰の思考を学んだわけである。


 五月最初のカードとなったカップス戦、司朗は相変わらず打っている。

 打点は一点しかついていなくても、ホームベースを踏む回数は多い。

 試合では積極的に打つよりも、出塁を考える。

 プロの世界では先発に多く投げさせ、微妙な感じのリリーフに交代させた方が、勝率が高くなる。

 それでも最多安打は司朗が独走し、出塁率では大介に敵わない。

 向こうは向こうで、過激な打撃を行っているが。


 大介のOPSがおよそ1.5で司朗が1.3という、図抜けた数字である。

 他に1を上回るバッターなどは、両リーグを合わせても三人ほどしかいない。

 ただタイタンズの首脳陣は、色々と考え始めている。

 司朗を一番に置くのは、本当に正しいのか、ということだ。


 出塁率の高い、そして出来れば俊足のバッターがほしい。

 悟を司朗の前に出すのは、走力の衰えや怪我のしやすさから、選択出来ない打順である。

 OPSはただでさえ高いが、司朗は二番や三番にすれば、さらに打点まで増やしてくれるのではないか。

 そういうことを考えはしても、実際に動くのは難しい。

 プロ入り一年目の若手に、打順などのポジションを代える。

 こういったストレスを与えるのは、いいことであるはずがないのだ。




 打率も打点もホームランも、司朗とあまり差がない。

 まさかここまでプロのレベルに、対応してくるとは思っていなかった大介である。

 決定的な違いは、出塁率と長打率か。

 大介の打点やホームランが少ないのは、単純に勝負を避けられているからである。

 司朗ほどまともに勝負していてくれれば、その数字は増えていく。

 司朗の四倍、敬遠で勝負を避けられているのだ。


 また大介は司朗と違い、ボール球にも手を出している。

 自分が打ったほうが、後ろに任せるよりもいい、と考えているからだ。

 思えば大介はその体格から、ピッチャーがちゃんと勝負してくれていたのだ。

 上杉が本気で投げてきて、他のピッチャーもそれに倣った、ということが言えるだろう。

 おそらく司朗もじきに、敬遠の数が増えていくはずだ。

 もっとも一番バッターであると、ホームランでもソロが増えるので、そこは有利なのかもしれないが。


 チームとしてはレックスが、一歩リードした。

 続いてライガース、そしてタイタンズである。

 カップスは去年まで頑張っていたのに、タイタンズの躍進でこの有様だ。

 とは言っても四位なので、悪い位置ではない。

 まだ五月が始まったばかりなのだから、充分に逆転の可能性はある。


 それぞれのチームの首脳陣は、どうすれば勝てるかを考える。

 レックスの場合はまず、平良が戻ってきてからを考えるのだが。

 緒方は戻ってきたが、セカンドではなくサードに置いている。

 セカンド小此木というのが、充分に機能しているからだ。

 バッティングの点では緒方も、まだまだ通用はしている。

 しかしサードを守らせるなら、他の若手を使った方がいいのでは、とも考えている。


 去年のドラフト一位で獲得したのは、首都大学リーグの大砲である大豊である。

 シャレのような言葉になっているが、本名である。

 元は外野を守っていたのだが、外野の外国人二人が、しっかりとクリーンナップを固めている。

 なので大豊は、他のポジションを守れないか、と試しているところなのだ。

 カーライルがサードを守れるなら、レフトで試しても良かったのだが、緒方の後継者として使うには、まだ信頼性が低い。


 打線の威力が上がったので、守備力を落としてでも長打力を使う必要が落ちた。

 今はそういう状態である。

 もっとも緒方はもう、長くは現役でいられないだろう。

 一軍に戻ってきたのも、かなり無理が見えるのだ。

 思えば今年で41歳。

 プロ野球選手としては、充分に働いてきた。

 どこかでコーチになったり、あるいは監督になったりと、そういう次の光景も見えているのだろう。


 レックスを相手に、ライガースとタイタンズは優位に立っている。

 少なくとも直史以外なら、充分に勝てるという確信を得た。

 三連戦のカードを全勝というのは、それだけのインパクトがある。

 特にライガースは、直史でも調子が悪ければ、完投は難しいという試合で勝った。

 リリーフを打てば、点は入るのである。




 大介は直史のピッチングが、どういうものであるのか分かっている。

 レギュラーシーズンとポストシーズン、特に決戦におけるピッチングのクオリティが違うのを、彼より分かっている人間はいない。

 同じチームであった高校時代から、本当に勝負所の対決では、圧倒的な実力を発揮するのが分かっていた。

 それでも精神が肉体を凌駕するのは、限界があると分かっている。

 コンディション調整は得意なはずだが、今年はもう既にそれに失敗している。


 さすがに限界が近いな、と大介には分かる。 

 そして自分の限界も、近づいているのだと感じている。

 衰えてなお、ホームランは普通に打っている。

 ただ昔に比べると、ボール球を無理に打つことは、少なくなっている。

 二番バッターであると、後ろに長打を打てるバッターがいるのだ。

 だからランナーとしているだけで、充分な得点源となっているのだ。


 ゴールデンウィーク期間中は、デーゲームも多い。

 青空の下でプレイした大介は、まだまだ野球がやりたいな、と思えてくる。

 スターズとの対戦の次は、フェニックスとの対戦。

 今年のフェニックスは去年に比べると、まだしもチームが機能している。

 バッティング面で本多が、孤軍奮闘しているところがある。

 本多はもう25歳になるので、ポスティングの話も出ているのだろう。

 外野を守る強打の右打者。

 MLBでも通用するだろうな、とは思われるOPSを保っている。


 本多が抜けたらフェニックスは、もっと致命的に戦力が低下するだろう。

 ただ今のフェニックスが、本多のモチベーションを保ったまま、チームを強くする方法はない。

 そもそも本多はチームではなく自分のために、フェニックスで数字を残していたのだ。

 そういった精神性を持っていないと、今のフェニックスでは戦っていけない。


 結果として充分に、メジャーから注目されることにはなった。

 ホームランの出にくい名古屋ドームで、毎年30本前後は打っている。

 盗塁もそれなりにやっていて、ちゃんと出塁率も残している。

 強肩でもあるので、守備力も高い。

 総合的に見ても充分に、メジャーでやっていく力はある。


 レックスと対戦した時は、直史を打つことは出来なかった。

 だが他のピッチャーは普通に打っていて、ホームランも打っている。

 内野はまだ、なかなかメジャーに移籍する者は少ない。

 だが外野をしっかり守って、バッティングを評価されて移籍するのは、普通になっている現在だ。

 本多は叔父の存在によって、アメリカでも知られている。

 そしてNPBでもしっかりと、実績を残したのである。


 メジャーは本多に興味を示しているし、本多もこの結果が出ないチームで戦う、モチベーションを維持するのが難しい。

 だからポスティングを球団には示した。

 フェニックスもどうせじきにいなくなるなら、と移籍金が得られるポスティングの方がいいと考える。

 選手を育てて売り飛ばす。

 そんなようにも見えるが、チームにとっても選手にとってもWIN-WINである。




 フェニックスは第一戦を勝利した。

 大介の打席が、あまり上手く機能しなかった、というのが勝因としては大きい。

 去年に比べると、大介の長打率はかなり、下がっていると言ってもいい。

 もっともそれでも、他のバッターを完全に凌駕するものであったのだが。


 第二戦以降、ライガースベンチは色々と考える。

 一応は大介の数字は、去年よりも落ちている。

 そしてライガースの他の選手も、打撃力が落ちている。

 一人の突出したプレイヤーの存在が、相手と自分と、双方のチームにどれだけの影響を与えるのか。

 大介の脅威度が少し落ちただけで、ライガース打線の脅威度全体が落ちてくる。

 それでも両者の間には、戦力の差が大きかった。

 何よりライガースは、勝つためのメンタルを持っている。


 フェニックス戦で大介は、しっかりと打点は増やしていった。

 だがここでやっと、打率が四割を切ってくる。

 去年よりも明らかに、各種数字は悪化している。

 しかしながら自分の役目は、しっかりと果たしているのだ。


 このカードを勝ち越すことは、ライガースとしては義務であった。

 なんだかんだ言いながら、フェニックスはまだ最下位なのである。

 ここで勝ち星を増やせないなら、レックスに追いつくことは出来ない。

 また大介個人としては、司朗との競争もまだ存在する。

 自分の息子と同じ年代である。

 甥っ子との勝負に、負けるというのは大人として、情けないなどと考えていたのだ。


 ただ大介は、開幕序盤の三試合を欠場していた。

 だからホームランや打点など、積み重ねる数字は司朗より下でもおかしくない。

 そもそもタイタンズは、消化した試合がライガースよりも多い。

 ならば当然、打点やホームランも増えやすいということだ。


 ライガースはタイタンズを見ている。

 ならばタイタンズはライガースを、どう見ていたのか。

 現在の順位では、二位がライガースで三位がタイタンズ。

 追いつくのには充分な試合数が残っていて、さらには首位のレックスとさえ、さほどの差がない。

 この数年では明らかに、状態が良くなっているタイタンズ。

 その先頭打者として、司朗はとにかく打ちまくることを考えている。


 多くの打撃記録は、もう大介が更新してしまって、他の誰にも更新のしようがない。

 だがヒットを打っていけば、それだけは勝つことが出来るだろう。

 シーズン最多安打記録などは、さすがに一番打者の方が有利だ。

 タイタンズのリードオフマンとして、その活躍は派手なものがある。




 タイタンズの経営陣は、まだ今年も優勝にまでは届かないかな、と思っている。

 だが司朗が活躍していれば、それだけマスコミも使って、次代のスタートして売っていける。

 ポスティングに関しては、確かに悩ましいものではある。

 しかし考えようによっては、より高い値段をつけることによって、タイタンズは得をするのではないか。

 本当はずっとNPBにいて、広告塔になってほしい。

 だがそれが許されないのなら、あのライガースの忌まわしい記録に、少しでも抵抗してほしい。


 司朗が更新できそうなのは、まず最多安打である。

 そしてこの時点で、大介の三冠を阻止するように、打率も少し上回っている。

 ヒットになる球だけを打てばいい、と司朗は言われている。

 だから大介のように、打点はそこまで伸びていかない。

 しかし盗塁の数が、また圧倒的に多くなっている。


 大介のシーズン盗塁記録は、NPB記録ではない。

 しかしこのペースで司朗が盗塁をしていくと、その大介でも破れなかった記録を、更新しそうである。

 また最多安打においても、一番打者だから可能なのだ。

 経営陣は現場の首脳陣に対して、司朗の記録を達成させるよう、一番に置くことを要請する。

 要請などといっても、実際は命令であるのだが。


 経営陣はとにかく、儲けることを考えているのだ。

 それ以上にタイタンズというブランドが、輝きを取り戻すことを期待している。

 司朗はポスティングでメジャーに行くだろうが、それまでに大介が引退している可能性が高い。

 ならばそこで、三冠王は無理だとしても、首位打者なりトリプルスリーなり、球界を代表するスターになっていてほしい。

 そしてメジャー球団には、高く売りつけてやるのだ。


 31試合を消化した時点で、ヒット46本、盗塁24個。

 最多安打を更新できるかどうかは、微妙なところである。

 ただこの盗塁の数は、圧倒的なものだ。

 トリプルスリーのうち、少なくとも盗塁は簡単に達成できそうだ。

 そして盗塁王を争う相手は、今のところリーグにいそうにない。


 打率もこの時点では、丁度四割であった。

 ここから落ちていくとしても、三割はキープ出来るだろう。

 するとあとはホームランの数である。

 五月に入ってからは、まだ一本も出ていない。

 ヒットを打つことと、打点を増やすことを優先しているからだ。

 チャンスメイカーであるのが、一番打者の役割だと認識している。

 それに今は普通の単打で、盗塁をすれば二塁に進めるのだ。


 あまり歩かせることに意味がない、とそろそろ他のチームは気付いてきた。

 歩かせたらそこから、成功率の高い盗塁をしてくるからだ。

 さすがに大介ほどの、圧倒的な長打力はない。

 だから上手く勝負した方が、六割以上の確率でアウトに出来るのだ。

 特に一番バッターであれば、前にランナーがいないことも多い。

 ならば勝負して、アウトになる方に賭ける方がいい、ということになる。




 当人は果たしてどう考えていたのか。

(ひょっとして首位打者を取れるのかな?)

 こんなことを考えていた。

 現時点において、司朗の方が大介より、わずかな差で打率は上回っている。

 この理由としては、とにかく大介が無茶をしてでも、ボール球を打ちに行くからだ。

 長打力を考えれば、ボール球でも打てると思ったら、打ってしまった方がいい。

 だがあえてそれを見逃したなら、出塁率は上がるのだ。


 無理なバッティングをしなければ、打率も上がっていくはずだ。

 しかし大介はもうずっと、これでやってきたのである。

 だからこそ圧倒的に勝負を避けられながらも、打点やホームランを増やしてきた。

 司朗にはそこまで、無茶なことは出来ない。


 外部的な要因としては、体格もあるだろうか。

 大介と司朗は体格差から、上下のストライクゾーンが違うという理屈もある。

 つまり司朗に対しては、投げやすいということだ。

 そのためボール球になりにくく、司朗が打っていく、という話にもなるのか。


 代替わりの時期である、とはよく言われる。

 直史や大介が、いくら頑張っても活躍するのは数年ほど。

 新しいスーパースターが出てこなければ、市場全体のパイが小さくなるか。

 コンテンツが多様な時代に、やはり必要なのは本当に人を集めるスーパースターだ。

 それによって業界全体が、引き上げられるのである。


 司朗はやがてMLBに行くだろう。

 昇馬はどうだか分からないが、競う相手のいない世界には、興味をなくしてしまうかもしれない。

 そのためには司朗が、昇馬に勝ってやる必要があるのだろう。

 ただ昇馬の同世代には、かなりのスターが揃っている。

 上杉将典を筆頭として、なんとか白富東を倒そうとする、そういう才能が揃っているのだ。


 それらの才能が、プロに来ればどうだろうか。

 ドカベンのプロ野球編のように、盛り上がると思ってもおかしくないだろう。

 もっとも水島御大は、MLBに対してはずっと、否定的な立場であったらしいが。

 今の高校野球の才能が、プロの世界にやってくる。

 そうすれば二年後ほどには、各チームの主力となっているだろう。

 プロ野球はまた、新しい力を入れることになる。

 それに憧れて、またアマチュア野球が盛り上がる。

 そういった流れがあって、野球というスポーツは長く人気を維持しているのだ。

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