第406話 世代交代
スランプと離脱の少ない大介は、そのキャリアにおいてほとんどのシーズン、月間MVPを取り続けていた。
たまに爆発的に一瞬の輝きを見せる選手が、その座を奪うことはあったが。
この四月度にしても、開幕三試合を欠場しているのだから、それだけ積み上げる数字は不利なはずである。
だが他の積み上げる数字で、確実に勝っているものがあるのだ。
司朗との数字を比較してみよう。
大介 打率0.406 出塁率0.602 OPS1.486 打点24 本塁打7 安打28 盗塁6
司朗 打率0.402 出塁率0.521 OPS1.314 打点26 本塁打7 安打39 盗塁19
まだ大介の方が上の数字が多い。
敬遠を含めた四球出塁は、大介が34回に対して司朗が24回。
サイクル安打に加え、四月最終戦の満塁ホームランなど、印象は司朗の方が強烈であった。
盗塁数の圧倒的な違いが、走力の王者が変わったことを、明確に示したとも言える。
また司朗の場合、センターからのバックホームでタッチアップなどを刺したのも、貢献度が高い。
チャンスを作る選手と、チャンスを点にする選手。
それぞれ役割は違ったが、今回は司朗が選ばれた。
出場した試合数の違いなどからも、チームへの貢献度が高いと評価されたのだ。
高卒の一年目野手が、いきなり結果を出したというのは、時代の変化の象徴とも言えたであろう。
同じことを上杉や大介もやっていた。
ただ打率が二人も四割に達しているというのが、また新たな時代に入ったのか、と思わせるところであったが。
「まだ一ヶ月だからな」
二人の数字を見ても、直史はそう言うだけである。
それにしても司朗が、四試合で三本打ったというのは、ちょっとレックスのサービスしすぎであると思ったが。
ピッチャーも直史の3勝0敗に対して、武史が4勝0敗。
今季はまだパーフェクトもノーヒットノーランもなく、マダックスが一回だけという直史。
それでもたいしたものなのだが、ヒットを打たれた本数が多く、WHIPがかなり悪化していた。
直史の完投勝利がないと、レックスの投手陣もリリーフ陣が特に苦しい。
まだ二試合しか完投していないというのも、直史のキャリアからすれば、ワーストな出だしと言えるであろう。
さすがにもう、年齢がパフォーマンスを落としてきたのか。
それでもエースクラス以上の力なのは間違いないのだが。
五月になるとレックスは、まずフェニックス三連戦を神宮で行う。
ライガースはスターズを甲子園に迎え、タイタンズは広島でカップスとの対戦に向かう。
今の時点でも既に、試合の消化数は差が出ている。
そして次もまた、広島での試合は一つほど、雨で中止になりそうな天気予報なのだ。
レックスは登板間隔の関係で、第一戦を木津とする。
第二戦に直史が投げて、第三戦が成瀬である。
緒方が二軍で調整してから、ようやく戻ってくる。
もっとも打順の二番は、既に小此木に取られているのだが。
今はサードを守っているが、小此木は元はセカンドがメインで、内野と外野をおおよそ守れた。
ショートは苦しいが、それでも平均的に守れないことはない。
緒方もそろそろ、スタメンで使うには微妙な成績になってきている。
だが明らかに実力が違う、という若手が出てこないのだ。
小此木にしても30代半ばなのだから、もうそれほど選手寿命はないはずだ。
それでも少し頑張れば、2000本安打に到達する。
レックスからMLBと、日本の他の球団とは縁がない。
緒方も小此木も、将来の首脳陣候補であろう。
とりあえず西片が終わったなら、次は豊田といったところか。
本当なら編成としては、直史を監督にさせたいところなのだろうが。
もっとも直史が入るなら、編成ではなく経営陣であろう。
フェニックスとの三連戦、本来ならボーナスステージなのだろうが、案外今年は負けていないフェニックスである。
加えてタイタンズに三連敗した後では、かなり重要な第一戦となる。
なにしろこれに負けて、ライガースが勝ったならあちらが単独首位となる。
まだ慌てるように時期ではないが、それでもライガースに首位を走られることは、なんとなく気持ち悪い。
平良が戻ってきたらと考えていても、しばらく実戦から遠ざかっていたのだ。
そんな状態ですぐに、クローザーに復帰できるとは思えない。
復帰した時に、少なくとも並んでおきたい。
この一試合に勝っておけば、次は直史の登板が回ってくる。
そこで確実に勝って、フェニックスから三連勝をいただく。
ライガースはもちろん最大の対抗馬であるが、タイタンズも要注意ぐらいにはなっている。
なんとか次はカップスに、頑張って潰しあってもらいたい。
今年の木津も、なかなかのピッチングをしているのだ。
三試合に先発し、ハイクオリティスタート一つを含む、全試合をクオリティスタート。
防御率はあまり優れていないのだが、WHIPが今年はいい感じである。
もっともフォアボールが多いのは、いまだに改善されていない。
このコントロールの微妙さが、むしろ個性と言ってしまえばいいのか。
奪三振率が高いので、ランナーが出てもゴロなどの間に点が入ることが少ないのか。
とにかくベンチはハラハラするが、案外結果を残してくれるピッチャー。
そんな木津が、第一戦のピッチャーなのである。
「今年はここまで無敗って、なんというか持ってるよな」
直史は本日もブルペンで、ベンチ入りメンバーには入っていない。
今日のところはおそらく、負けても大丈夫だと直史は思っている。
ライガースはスターズと対戦するわけだが、その先発は武史なのだ。
大介ならばそれなりに、武史にもまともな勝負が出来る。
しかし試合に勝つなら、やはりピッチャーのいい方が有利なはずなのだ。
「しかし木津は面白いピッチャーだよな」
豊田もそう言うが、本当にこういうピッチャーが、どうして埋もれているものなのか。
正しいフォームで正しいストレートを投げる、というのが今の子供たちのピッチャーである。
だがそれは最大多数に適応したフォームであり、一人一人には適したフォームがあるのだ。
それこそピッチングスタイル自体が、それぞれ違っているべきだ。
もっともこういうピッチャーを、今は打ちにくくなっているらしいが。
木津はこれ以上、球速を上げないほうが打ちにくい。
そしてリリーフ適性も、あまりないであろう。
木津を先発で使うと、リリーフもまた打たれにくい。
それが木津の特徴であるのだが、これは標準からずれているものなのだ。
「木津は強い打線に勝つこともあるけど、弱い打線に打たれることもあるからな」
直史の言葉の通り、木津のピッチングは不思議なことに、相手打線が強力であっても、あまり失点などが増えないのである。
ただし弱い打線であっても、無失点に抑えることはまずない。
試合が始まった。
ゴールデンウィーク中ということで、観客は多い。
初回からいきなり、木津は二点を失っていた。
だがそれで崩れないところが、木津の美点であろう。
木津は自分のストレートが、遅いことを知っている。
それでも奪三振率の高さは、先発ピッチャーの中でもトップクラスなのだ。
WHIPの数字が悪いのに、そこまで失点しない理由が、この三振でアウトを取れることにある。
打線が動いてくれるので、去年よりもずっと楽だ。
ただリリーフに関しては、やはり不安が残っているが。
クオリティスタートをどれだけ続けられるか。
木津の目標はそれだけである。
あとはしっかりと、三振を奪っていく。
いきなり初回で失点したが、その裏で打線の援護は、すぐに追いついてくれた。
木津は立ち上がりの悪さから、それでもしっかりとボールを投げる。
変化球はあくまでストレートを引き立てるもの。
ストレートを投げてどれだけフライを打たせるか、それが木津のピッチングである。
こういった試合になると、今年のレックスは強い。
打線が去年よりも確実に、先発を援護してくれるからだ。
木津はなんとか、今年も二桁勝利がしたい。
正確には二桁勝利を狙えるほど、先発の機会を与えてほしいのだ。
二回に続いて三回も、失点なしでフェニックスを封じる。
レックス打線はフェニックスから追加点を奪い、逆転した。
だが試合の流れは意識せずに、ただ投げることに集中する。
ブルペンから見ていても、木津の調子は良さそうだ。
そもそも木津は逆境に強いタイプのピッチャーなのだ。
三連敗した後のこの試合、なんとしてでも勝ちたいレックス。
だが木津はそういう流れを意識せず、自分に出来ることをする。
エースとしてチームを支えることはない。
だがローテの一枚としては、長く投げ続けたいのが木津であるのだった。
今のところは完全に、先発として機能している。
だがもう少し技術を磨けば、リリーフとしても使えるのではないか。
しかし年俸を高くするなら、やはり先発で投げるのが一番。
木津は基本的に、体格なども優れている。
体力もあるので、先発としてシーズンを通して投げるのだ。
去年は24先発に10勝8敗という充分な結果。
28歳になる今年、プロ野球選手としてもそれなりの、年俸をもらえるようになっている。
怪我をせずに、コンスタントに六回までを投げてくれる。
そういうピッチャーがどれだけ貴重なのか、編成の立場から見れば分かる。
首脳陣も木津は、上手くローテを埋めるのに役立つと分かっている。
もっとも雨天で中止になったりすれば、先発の機会を飛ばされる程度だが。
エースでないからこそ、長く続けられるというものもある。
ライガースであれば真田と大原の関係が、それに近いのであろう。
今日の木津は地味にいいな、とブルペンからでも分かる。
球数が変に増えていかないので、ヒットを打たれてもまだ投げられる。
アウトを取るのは三振と、フライのアウトが圧倒的に多い。
ベンチはまだ安心できないが、ブルペンはそれなりに空気が弛む。
追加点を取れる今年のレックスは、ピッチャーへの負担が少ない。
特に勝ちパターンのピッチャーを、あまり使わなくても済んでいる。
もちろんたまには使わなければ、試合勘が鈍ってしまうものだ。
明日が直史の先発なので、今日は使ってみてもいい。
ブルペンではそう思っているのだが、この調子ならば完投してしまうのではないか。
ヒットを打たれても連打が少ない。
いざという時に三振でアウトが取れる。
先発ピッチャーとしては、かなり理想的なものではないか。
豊田も今日の試合は、リリーフがいらないかなと思えてくる。
もちろん終盤になれば、ピッチャーが崩れることはあるのだが。
点差から考えても、今日は他のリリーフでいいだろう。
ピッチャーの肩肘は消耗品。
これはこのまま、完投勝利にまで届くのではなかろうか。
「完投出来るかな?」
「今までしたことあったっけ?」
「なかったはずだけどなあ」
昨今のプロ野球は、ピッチャーの役割分担がしっかりしていて、完投自体が減っているのだ。
去年のレックスなど、直史が多くの試合を完投しているが、実は他に完投したピッチャーは百目鬼と三島だけ。
それもたった一試合なのである。
直史は去年までの10シーズンで、236個の通算完封記録を達成している。
なおMLBにおいてはたったの五年間で、通算最多完封の記録を持っている。
完投が基本の昔の野球であっても、完封までは難しい。
それを簡単にやっているのが直史なのである。
完封はともかく、完投の記録というのは重要である。
リリーフ陣に負担をかけなければ、その試合でリリーフを一人か二人、使わなくても済んだということになる。
それだけリリーフの枚数を減らせる。
つまりリリーフ一人か二人、直史はそれだけの働きをしているわけだ。
去年はキャリアでもっとも少ないイニング数であったが、それでも200イニングを投げていた。
規定投球回に届かないピッチャーが増えている中で、これは相当の数字である。
木津も去年、規定投球回に到達している。
レックスでは他に、三島と百目鬼がそうであった。
安定して長いイニングを投げられるのは、首脳陣としては計算が立てやすい。
木津はそれぞれの数字を見ると、微妙なぐらいのピッチャーになる。
だがローテの中の一人としてみると、間違いなくチームの優勝に貢献しているのだ。
フェニックス相手の第一戦は、なんとか勝ちたいものであった。
だが直史のローテをずらすのは、もうやめておいた方がいいと、首脳陣は判断している。
そんなわけで木津がやってくれたことは、とてもありがたいことであったのだ。
九回を投げて104球五安打二失点。
結局初回の二点だけが、木津の失点であったのだ。
完投という点が大きいが、同時にハイクオリティスタートも達成している。
7-2で試合は決着し、レックスは首位を渡さない。
あとはライガースの方が、スターズ相手に勝っているかどうかだ。
もっともスターズは、武史が先発として投げている。
試合の方はレックスが早く終わっていた。
そしてライガースとスターズの試合は、3-2でスターズが勝っている。
これでまたレックスは、単独首位である。
それにしてもスターズは、武史がもう5勝目に到達している。
あるいはこのまま、最多勝に届いてしまうのではないか。
直史はMLBで最後の二ヶ月クローザーをした年も、最多勝を逃したことはなかった。
投手タイトルの中で、取れない回数がそれなりにあったのは、最多奪三振である。
ただこれも上杉や武史が、微妙に離脱していたシーズンが多かった。
またMLBでは武史とリーグが違ったため、その間は取れている。
今年の数字にしても、充分すぎるものなのだ。
ただ登録抹消などがあったり、これまでほどの安定感はなくなっているか。
投げたならばまだ、絶対的な支配力がある。
しかしそれを発揮するためには、ちゃんとした準備が必要なのだ。
また回復までに、時間がかかるようにもなっている。
それでも次は、フェニックス相手のピッチング。
今年の勝率は今のところ、去年よりもずっとマシである。
だが途中で崩れて、そのまま立て直せずシーズンが終わる、というのがフェニックスだ。
もっとも今年はレックスも、あまり安定感がない。
三島が抜けた上に、平良も抜けている、というのが影響はしているだろう。
バッティングは間違いなく、去年よりも得点力が向上しているはずだ。
だが野球はピッチャーから、というのも確かなのだろう。
ライガース相手の三連敗と、タイタンズ相手の三連敗。
これによって間違いなく、突き放すのには失敗している。
だからこそここで、フェニックス相手には三連勝しておきたい。
今シーズンはまだ、完投が二回の直史。
体力が落ちてきた、というのは間違いないだろう。
だがこれは勝てる試合なら、リリーフ陣に任せているということでもある。
それだけ充分に、得点差のある試合が作れているのだ。
第二戦、直史の先発である。
フェニックスは今年、初めて直史と対戦する。
ここまでの試合で、去年ほどのパフォーマンスを発揮していないのは分かっている。
だからといって勝てるかというと、それも難しい話であるのだが。
無敗の神話が続いている。
だがこれだけ勝てる条件が揃っていると、どこかであっさりと負けるフラグも立っている。
直史はフラグを折ることについては、心を折ることの次に得意なぐらいである。
フェニックスとしては、どうにか最下位脱出を考えている。
それこそ上杉クラスの、チームを変えてしまうカリスマがいれば、フェニックスも変わるのかもしれないが。
あの頃はスターズも、Bクラスがずっと続いていたのだから。
試合の前にブルペンで、しっかりと肩を作っていく。
今のところは直史も、まだ目だった衰えは見えていない。
だがやはりわずかずつ、イメージと現実が合わないようになってきている。
(大介はまだ、野球がやれるんだよな)
NPBで通用しなくなっても、独立リーグでやればいい。
それでも駄目になったら、クラブチームでプレイする。
バッティングが通用しなくなったなら、その強肩を活かしてピッチャーをやるのはどうか。
とにかく人生のあちこちに、野球がつながっていくのだろう。
(俺は違う)
引退した後に、野球をすることはなくなるだろう。
お偉いさんとの交流のために、色々と今から準備はしている。
スポーツ選手というのはどうしても、若い頃にそのピークがくる。
だが現役を引退しても、人生はまだ長いのだ。
直史はわずかな間だが、しっかりと実業で働いていた頃がある。
今度こそ引退したら、もう復帰することはない。
体力的なものだけではなく、メンタル的なものもある。
大介が引退して、他に新しい選手が出てきたら、もうモチベーションが保てない。
若かったころならば、ムキになって司朗を抑えていったであろう。
それをずっと続けていったのだろうが、今ではもうそこまでのモチベーションが持てないのだ。
既に次の世代が来ている。
このまま勝ったままで、引退してもいいだろう。
だがどうせならば、直史を倒す選手が現れて、最強を継承していってもいいのではないか。
世の中のスポーツは、かならず偉大な選手も衰える。
それは分かっているのだが、それでも負けたくないと思う、直史は基本的に負けず嫌いなのである。
そんなに負けず嫌いであっても、さすがにいつかは負けることは分かる。
だからこそタイミングのいいところで、引退してしまった方がいい。
(どこまでやれるのかな)
大介が引退した時に合わせるか、それとも他のタイミングを考えるか。
とりあえず普通に負けるようになったら、それが限界ではあるのだろう。
大学を卒業し、一度は離れた。
そして故障を理由に、一度は引退した。
それでも直史は、野球の世界に戻ってきた。
自分の限界は、やっと見えてきたと思う。
だがその限界は肉体の限界であり、精神と思考の限界はまだ先にある。
その限界を駆使しても、もう勝てなくなったなら、それが本当の限界というものなのだろう。
まずはこの試合、どれだけの力の調整で、投げることが出来るか。
勝ち星だけは譲れない、直史の試合が始まる。
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