第403話 イレギュラー
直史がいないとローテの枚数が足りなくなるだけではなく、リリーフピッチャーへの負担も増える。
なので早急に戻ってもらうことは、レックスにとってチーム状態を良化させるために必要なことである。
だが新人を試せたことは、それはそれでいいことであった。
レックスはスターズとの二戦目、オーガスが打たれている。
年齢的にピークは過ぎてもおかしくない。
しかし技術を身につければ、そのピークはまだ維持できるであろう。
とりあえず今はまだ、ローテから外れるほどではない。
ただ外国人である以上、扱いが日本人選手とは違う。
もっとも外国人選手であっても、一定の年数をNPBで投げれば、日本人選手と同じ扱いになる。
とはいえオーガスの能力を、どう評価しておくべきか。
30歳の時がキャリアハイで、27試合に先発した。
この時にMLBに戻っても、良かったかもしれない。
ただその後もメジャーでは、いい契約を見つけられなかった。
そしてこのレックスでは、チームでもかなりの高年俸となっている。
なんだかんだ言いながら、切られやすいのは外国人選手だ。
単純ないいピッチャーでは駄目で、ローテの中でエースクラスの働きを求められる。
バッターであればクリーンナップだ。
三年連続で20試合以上に先発し、二桁を勝っている。
またクオリティスタートという点では、さらに安定している。
そんなオーガスであっても、普通に何度かは負けるのだ。
「だが打線は安定してきたな」
西片が言うように、今年のレックス打線はこれまで、全ての試合で四点以上を記録している。
直史の他には百目鬼が、一試合を完封している。
これで平良が戻ってくれば、後半戦にこそ戦力が揃ってくる。
今はとりあえず、他のチームに首位を走られてもいい。
もっともその対抗馬であるライガースは、詰めの甘い試合を展開しているが。
ライガースとタイタンズ、甲子園での三連戦。
敵地での戦いこそ、まさに初回の攻撃が重要になる。
司朗はこの試合、猛打賞を記録した。
三連戦であればこそ、一試合目を取ることは重要。
単打、二塁打、本塁打と、これで三塁打が出ていれば、またもサイクル安打という活躍であった。
試合自体はここから三連戦、全てハイスコアの殴り合いとなる。
そして当然ながら、ライガース側は大介が打ってくる。
第一試合は七点、第二試合は六点も取りながら、ライガースは勝利することが出来なかった。
去年なら殴り合いは、ライガースが上回っていただろう。
しかしタイタンズは、手を打つのが早い。
大介は打率も出塁率も、長打率でも上回る。
だがWBCからの復帰以来、盗塁をあまりしない傾向になってきた。
それでも走力自体は、さほどの衰えを見せてはいない。
三連戦の最初の二試合を落としている。
打撃のライガースが、点の取り合いで負けているのだ。
司朗はとにかく、打率も出塁率も高く、まずは塁に出てかき回してくる。
最多安打と盗塁数で、リーグナンバーワンとなっているのだ。
タイタンズはそもそも、元から打撃力は高かった。
得点力も高く、補強ポイントは投手のはずであったのだ。
しかし司朗のような、絶対的なリードオフマンはいなかった。
そもそも今のNPB全体を見ても、これほどのパフォーマンスを残している一番バッターはいない。
試合がとにかく動くのだ。
ピッチャーの弱さはいまだに、克服されていない。
だが水物の打線で、しっかりと点を取れている。
その結果としてタイタンズは、勝率は五割を切っているものの、リーグでは第三位に順位を上げてきていた。
レックスもライガースも、去年ほどの圧倒的な勝率を誇っていない。
レックスはともかくライガースは、戦力の変化はあまりないのだが。
カップスはやや戦力が整ってきたところだったが、今年は今のところ四位。
最初の一月が終わるまでに、果たしてどれぐらいのチーム状態に持ってこれるか。
レックスばかりではなく、主力級が欠けているチームは他にもあるのだ。
WBCで使われた中には、開幕して少ししてから、故障した者もいる。
こういったことを考えると、もう本当にWBCなどに意味があるのか、と直史などは思わないでもない。
MLBの球団のオーナーが、選手を出すまいと考えるのも、無理はない話である。
サッカーのワールドカップのようなものを、期待していたのだろう。
だがサッカーに比べれば、野球の普及度は低いのだ。
むしろクリケットの方が、世界的に見れば盛んとさえ言える。
しかし野球と北中米大陸と東アジアに限定されるように、クリケットもインドから東南アジアと、かなり限定された地方のスポーツではある。
重要なのは市場がどうなっているのか、ということだ。
アメリカで一番庶民的な四大スポーツは、やはり野球であろう。
だが市場として一番大きなものは、アメリカンフットボールなのだ。
また試合の多さから比較して考えれば、バスケットボールは世界的なものと言える。
NBAという世界最高のリーグも、アメリカが抱えている。
WBCの開幕の際に、MLBが日本球界に脅しをかけてきたことは、よく知られていることだ。
もう日本が圧倒的に優勝回数が多いため、下手なことは言えなくなってきているが。
そうは言ってもその圧倒的な優勝回数は、ここ20年ほどのこと。
日本にレジェンドたちが、しっかりと揃っていたからである。
オリンピックから野球が排除されたのも、MLBの陰謀というのはよく言われている。
アメリカはビジネスのためなら、なんでもやってくる社会なので、その説は信憑性が高い。
ただ今回は参加していない直史や武史も、開幕に間に合わなかったり、調子を崩したりした。
それでも日本が優勝したどころか、アメリカは決勝にさえ残らなかった。
こういった事実がずっと続いてしまうと、やはりアメリカでの野球人気は低迷するのではないか。
放映権料のビジネスにも、そろそろ無理が来る可能性がある。
野球の放映権に限ったことではないが、スポーツビジネスというのはバブルなのだ。
興行であるというものは、つまり虚業でもある。
だが日本人がアメリカで、向こうの年俸を奪っていくのは、悪いことでもない。
NPBは現在、また人気が回復しつつある。
直史や大介の、日本球界復帰が一つには理由であった。
そして司朗のような、レジェンドを親に持つ若い力。
高校野球の人気がそのまま、またプロ野球に流れ込んでいる。
大学野球などのアマチュア野球人気が、スタープレイヤーのプロ流入により、プロ野球人気が高まる。
この流れは昔から、何度も繰り返されたものである。
これで来年は、昇馬がプロに入ってくれたら。
また将典との対決なども、上手く成立させていってほしい。
もっとも将典の獲得は、スターズが全力で動くだろうが。
武史の衰えが、球速だけでも分かるようになってきた。
それでもリーグ屈指のピッチャーなのは変わらないが、選手寿命は残り少ないだろう。
スターズにとって上杉は、ほとんど神格化された存在だ。
競合必至の昇馬よりも、競合しても数チームの将典を指名するほうが、確実だと言っていいだろう。
おそらく高卒ピッチャーの、これ以上はないという豊作年。
それでも昇馬の突出具合は、誰の目にも明らかだ。
だからこそ他の選手を、一本釣りするのも意味があるのだが。
この年代は第二次白石世代、とでも呼ばれるのだろうか。
大介の世代は高卒で活躍した選手が、かなり多い。
メジャーに行った井口や、200勝した大原、レックス全盛期を作った金原に豊田、パ・リーグでも新人王の正也に島など、タレント揃いであった。
その中でも一番はやはり、史上最強のバッターと呼ばれる大介であろう。
今年の新人は司朗の活躍から、神崎世代とでも呼ばれるだろうか。
もっとも他のチームは、大卒の新人を一位指名していたりもする。
特別高卒選手が、優れていたというわけでもなかろう。
タイタンズが勝ち越したため、首位争いはまた一歩レックスがリード。
そしてここで、レックスとライガースの直接対決二連戦が行われる。
地方開催であり、場所は四国の松山。
直史はようやく復帰と言われるが、ローテは一つ飛ばした程度である。
しかし現地に到着してみれば、雨天にて一日目が潰れる。
こういうことで予定が狂うのは、直史としては調整が難しくなる。
ライガースとの直接対決なので、直史には必ず投げてもらいたい。
特にこれで一試合だけとなったので、確実に勝って差を広げておきたい。
雨となったこの日、東日本でも地方開催の試合は行われている。
タイタンズとフェニックスの試合であった。
ホテルに泊まっているので、直史もこの試合を見ている。
既に一度は対戦したが、司朗がどのようにシーズンを送っているのか。
さすがに序盤ほどの、圧倒的な数字は残していない。
だが下手をすれば月間MVPを狙えるほどの活躍なのだ。
フェニックスは弱いと、散々に外部の人間は言う。
確かに今年も最下位に、早くも位置づけてしまっている。
一時はスターズが最下位であったのだが、やはり勝てるピッチャーがいるとチームは楽になる。
このフェニックスとの勝負は、1勝1敗であった。
ただ司朗は着実に、ヒットと盗塁の数は増やしている。
またシーズン五本目のホームランなども打っていて、出塁率とOPSも高い。
タイタンズはずっと、打撃の中心は四番の悟であった。
しかし司朗が塁に出ると、タイタンズの打線が上手く噛み合ってくる。
まだ新人なので、シーズンを通して活躍出来るとは限らない。
だがこの調子であれば、間違いなく新人王は取れるだろうと思われた。
新人王を狙う権利を持つのは、その年の新人ばかりではない。
投手の場合は、前年までの一軍で登板イニング数が30回以内。
そして打者の場合は、前年までの一軍での打席数が60打席以内となっている。
司朗は早くも100打席をオーバーしているので、この年に新人王を狙っていく。
もっとも新人王どころか、ベストナインやゴールデングラブ賞に選ばれるほど、その活躍は著しいが。
翌日には雨も上がり、試合には充分なコンディションとなっていた。
アメリカであればあれぐらいの雨なら、無理に開催していたかな、と思い出す。
NPBと違ってMLBでは、日程にあまり余裕がないのだ。
基本的に移動が飛行機のアメリカとは、事情が違うのである。
MLBも色々と、試行錯誤をしている。
少し前まではフランチャイズ形式で、チーム数を増やそうと考えていた。
今よく話されているのは、ポストシーズンの試合を増やそうか、というものである。
基本的にMLBは、レギュラーシーズンはあまり客が入らない。
特に不人気チームなどは、かつてのNPBのパ・リーグと似たようなものだという。
さすがにスタンドで流しそうめんなどはしないだろうが、それはアメリカだからである。
ポストシーズンの数を増やそう、という話は出ている。
確かにそれはいいことで、NPBにしてもクライマックスシリーズを作ったことで、消化試合が少なくなった。
Aクラス入りとBクラスでは、完全に意味が違う。
三位までに入れば、充分に下克上の余地がある。
それによってかなり、レギュラーシーズンは最後の方まで、意味のある試合が多くなった。
ペナントレースを制することも、アドバンテージがあるということで、意味がないわけではない。
実際に二位や三位のチームよりも、ペナントレースを制したチームの方が、日本シリーズに進む可能性は高いのだ。
レックスとライガースの勝負と言うよりは、大介と直史の二度目の対決。
前回は直史に負け星がついたわけではないが、ライガースが逆転勝利している。
一度登録抹消された直史だが、この試合には先発する。
そして戻ってきている以上、間違いなくコンディションは戻してきているのだろう。
大介としてはこの試合も、なんとか勝てないかと考えている。
だが結果的に勝てたとはいえ、前回も六回を一失点に抑えているのだ。
去年も引き分けた試合があって、直史は常勝というわけではない。
しかし不敗であることは、もうずっと続いている。
公式戦で負けたのは、もう10年以上も昔のことである。
調整のために少し間を空けて、そして相手がライガース。
負ける可能性があっても不思議ではない。
ただ直史の降板後に負けた試合も、レックスは四点を取っている。
直史が最後まで投げたならば、いくら多くても二点までに抑えられるだろう。
もっともライガースが、なんらかの作戦を練ってきたら話は別だが。
いや、作戦は当然のようにあるのだろう。
だが直史から、多くの点を取るというのは、普通に作戦を立てても出来ることではない。
「一番白石とか?」
「ありえますけどね。レギュラーシーズンでそれをやってくるかというと」
「レギュラーシーズンだからこそ試してくるかもしれないぞ」
首脳陣はそうやって話し合っているが、直史としてはレギュラーシーズンなら、大介を抑える方法は考えてある。
敬遠してしまえばいいのである。
ポストシーズンとなると興行的に、どうしても敬遠はしづらくなる。
だがレギュラーシーズンで、向こうのホームでもないのなら、肝心なところでは敬遠してしまえばいい。
大介は今年、かなり盗塁を控えるようになっている。
WBCで軽い怪我をしたため、全体的に走塁は気をつけているのだ。
守備への影響を考えると、そちらもコンバートがありうるかもしれない。
ライガースは次のショートのために、ある程度の指名をしているのだから。
ここでも普通に、地方大会のためファンは多く集まっている。
なかなか遠くにまで見に行けない人間にとっては、地方開催はありがたいことなのだ。
もっとも今はネット中継で、全ての試合が見られるようになっている。
時代が変わったな、とは多くの人間が感じている。
タイタンズだけに集まっていた人気は、全国各地であちこちに分かれている。
フランチャイズ経営によって、しっかりと物販なども売るようになっているのだ。
地方開催は他にも、新潟や静岡など、あちこちでそこそこ行っている。
チームとしては面倒であるが、こうやって試合をあちこちでやることが、野球人気を広げることにつながっている。
年間に143試合もあるプロ野球だからこそ、可能なことである。
他のスポーツではまず、出来ない普及方法だ。
試合の前日に直史は、大介と話す機会があった。
雨天中止となっても、別に台風などが来たわけではないのである。
「司朗は上手くやってるな」
「そういや点を取られてたよな」
「あれは上手くやられた」
しかし直史はその後、完全にタイタンズ打線を抑えた。
だがそこで力を使いすぎたため、次のライガース戦でかなり消耗したのだが。
正確に言うと先に消耗していて、そこからの回復が間に合っていなかった。
子供の世代がもう、いきなりチームの主力となってきている。
司朗と比較するなら昇馬も、いきなり一軍で通用するのだろう。
もっともピッチャーで使うのかバッターで使うのか、そこは悩みどころであろうが。
セ・リーグならかつての上杉の一年目のように、バッターとしても充分な活躍が期待できる。
しかしパ・リーグならDHで使うことも出来るのではないか。
大介は子供たちと、シーズン中に会うことは滅多にない。
子供たちが甲子園にやってくるか、あるいはチームが関東に遠征に行くか、そのどちらかぐらいであろう。
今年の夏まで優勝したならば、昇馬は二年の春以外、全ての甲子園で優勝したことになる。
もっとも五回中四回の優勝なら、武史の世代でもやったことだが。
昇馬が将来に何をするか、本当ならそれは自分で選べばいいことだ。
親として応援するだけの、充分なものを大介は持っている。
だが昇馬の存在は、あまりにも大きすぎる。
NPBに入るか、それとも他の道を選ぶか、本来ならば違反であるが、今の内に話しておいた方がいいこともあるだろう。
「NPBだけで満足するつもりはないみたいだしな」
直史としては昇馬が、また親のようにMLBを、蹂躙すればいいと思っている。
日本人がアメリカで活躍するということに、政治的な意味を見出してしまう。
そのあたり大介は、完全に放任主義だ。
放置していても昇馬なら、勝手に生きていくだろうという信頼はある。
司朗もこの後、メジャー移籍を目指していく。
これに関する交渉で、色々と話し合うことはあったのだ。
もっともそのつもりになってしまえば、いくらでも選択肢があった司朗だ。
メジャーに移籍してとにかく、大きな目標を目指してしまえばいい。
どうせ引退してからが、もう一つの人生の始まりなのだ。
昇馬の契約に関しても、大介は直史の助言を求める。
ポスティングについてどの段階で行うか、そういう話になってくる。
直史が昇馬と話した限り、別にNPBとかMLBとか、そういう区別はしていない。
だが野球をするならば、バッターとしてなら直史と、ピッチャーとしてなら大介と、公式戦で戦ってみたいという気持ちだけはあるらしい。
「あいつの考えてること、本当に分からないんだよなあ」
「戦国時代にでも生まれていれば、天下統一目指してたかもしれないな」
直史はそんな軽口を叩いたが、あながち間違っていないのでは、とも思う大介であった。
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