第402話 ベテランと若手

 世界の多くの神話には、息子による父殺しというものがあるらしい。

 これは実際に親殺しと言うよりは、権力の移譲の説話を元としたものだろう。

 どんな世界もいずれは、老いた者は若者にその座を明け渡すこととなる。

 それが穏当にいくのか、それとも実力で排除するのか、父親殺しというのはその象徴である。


 武史の場合はのん気に、司朗を打ち取ることに無駄な意味を見出してはいない。

 今はもう引退した後のことを考えている。

 兄からは適当に、その交流関係を活かして、仕事を手伝ってくれと言われている。

 武史は流される人間である。

 そしてその流れに乗ることが、悪いこととは思っていない。

 この司朗との対決にしても、視聴率が稼げるのだろうな、と思っているぐらいだ。

 あまりみっともないところを見せていたら、奥さんが失望するだろうから、頑張っているだけで。


 今年は既に二勝して、400勝を超えた。

 日米通算記録であるが、もう誰も超えられないと思われていた記録は、上杉が超えている。

 その上杉の記録まで、超えようとは思っていない。

 あと35勝もするのは、3シーズンほどもかかるであろうからだ。


 親子対決というのに、世間が盛り上がってくれたらいい。

 だが何も執念などもないのに、ここまでやってこれた。

 そう考えると武史が、一番異質であるのかもしれない。

「もう若くないなあ」

 ベンチの中でそう言うが、全盛期をとっくに過ぎてこれである。

「あーた自分より年上の選手なんて、もうほとんどいないでしょうが」

「うん、息子とプロの舞台で戦うなんて、本当に思ってもいなかったから」

 バッテリーを組むキャッチャーと、こんな会話をしたりもする。


 武史は今年が42歳のシーズンである。

 もう試合で戦う相手の中には、自分の年齢の半分以下の選手もいる。

 ここからは本当に、息子と同じ年齢のピッチャーと、投げ合ったりもするのだろう。

 そう考えると本当に、年を取ったと思うのだ。

(兄貴も点を取られてたしなあ)

 直史が投げて、相手を完全に封じてしまう、というのは今までにも何度もあった。

 だが途中で交代した後、登録抹消というのは尋常ではない。


 大介が開幕に間に合わなかったのは、WBCのせいだから仕方がないだろう。

 それでも昔の大介であれば、平然とプレイしていたものだが。

 野球の申し子のような大介でも、衰える時は来る。

 人間がやがて老いるように、自然なことであるのだ。

 もっとも今は独立リーグなどというものもある。

 大介はやれる限りはずっと、野球をやっていくのであろう。

 指導者になるのかどうか、それは分からないことであるが、あまり向いているとは思えない。




 スターズに先制されたタイタンズであるが、まだ士気は落ちていない。

 司朗と悟が戦意を失っていないからだ。

 三点を失って、これで決まりかとスターズファンはスタンドで思う。

 武史が三点を失うことは、まずないからである。

 だが親子対決に関しては、まだまだ興味があるのだろう。

 ランナーは出ているので、第四打席が回ってくる。

 その前の第三打席が、司朗にとってはややプレッシャーがかかっていたが。


 15試合連続で開幕からヒットを打っている。

 新人の記録としては、大介に次ぐものである。

 その更新が期待されているが、相手が相手。

 直史から打つのも難しかったが、武史ももう本気を出している。

 三打席目もバットに快音は聞かれず。

 ただ三振はしていない。


 ランナーが出ているところで、悟が打点をつけた。

 ここまでの展開で、スコアは3-1と変化している。

 そして武史はかなり球数が多くなってきた。

 それでも他のピッチャーを出すよりは、武史が投げたほうがいいだろう。

 二点差であるのだから、ここは無理をさせないという判断もあるだろうが。


 司朗の四打席目である。

 球数は多くなってきたが、まだ120球程度。

 一般的なピッチャーは、100球ほどで球威が落ちてくる。

 武史は以前なら、150球までは問題がなかったものだ。

 四打席目を打てなければ、司朗の連続安打は途切れる。

 それを意識いているわけではなかったが、武史は手を抜かなかった。


 もう間もなく、世代交代はあるのだろう。

 だが一年目のここで、司朗が勝つのはむしろ良くない。

 武史はそんな複雑なことは考えていないが、全力を出すことは決めていた。

 息子に負けるのは気に食わない。

 それだけの単純な理由である。


 司朗としても武史が、ストレートだけの単純勝負をしてくれば、打てるとは思っている。

 だがムービング系を混ぜてこられると、強く打っても運任せになる。

 第四打席はサードゴロ。

 必死で走っても、そうそうミスをしないのがプロの世界である。

 八回までを投げて、武史は一失点。

 スターズはクローザーが〆て、第一戦を勝利したのであった。




 息子が達成しそうな大記録を、父親が阻む。

 プロの世界というのはそう甘くない、というものである。

 武史としては、今日は自分の勝ちだな、と単純に考えている。

 前回の試合では、あれは負けだと思っているからだ。


 同じ世界で親子が戦うというのは、ものすごく珍しいことであろう。

 子供が親に追いつくまでに、親はもう全盛期から衰えているからだ。

 せいぜい出来るのは、子供の練習に付き合ってやるまで。

 比較的高年齢で出来るゴルフですら、飛距離などは衰えていく。


 集中力というのは体力にかなり依存している。

 肉体年齢が衰えると、体力を維持するのも難しくなる。

 心肺機能を鍛えるために、ロードワークに強弱をつけてやっていく。

 ダッシュで瞬発力を鍛えていた若い頃より、より長く深い呼吸を必要とする。

 出来るだけ脳に酸素を送るようにしているのだ。

 あとは試合中に、糖分を足していく。


 武史は司朗を打ち取った後に、ネットなどで散々に大人気ないと言われたりした。

 だがあまりネットを見ない武史には、そういった情報が入ってこない。

 基本的に陽キャである武史は、現実が充分に充実している。

 SNSのその他大勢に、反応するほど退屈していないのである。


 もっとも現在はネットでも、野球の技術を教えていたりする。

 しっかりとした技術を教えていても、個人ごとの差があるので、あまり鵜呑みにしすぎない方がいい。

 プロであれば純粋に、チームのデータの分析を信じた方がいい。

 SBCの分析ぐらいになると、MLBのデータなども拾ってきているため、また違った結果が出てきたりもするが。


 武史は少し多めに球を投げたので、回復に専念する。

 昔ならば150球ぐらいは、簡単に投げられていたものだが。

 中六日であるので、MLBに比べれば調整は楽だ。

 だが去年の故障の感覚が、まだ残っていると言っていいだろう。

 念入りにあがりの日は、回復度合いを感じ取る。

 若い頃にはやらなかったことだ。


 今年か来年か、おそらくもう選手としてやれるのは、それぐらいであろう。

 テレビの中継で試合を見ていれば、記録が途切れてしまったことも、引きずらずにプレイしている姿が見える。

(せっかく俺が日本に戻ってきても、今度は子供が家を出て行くのか)

 少し早いが、巣立ちの季節であるのか。

 もっとも寮暮らしというのは、完全な巣立ちとは言えないのかもしれないが。


 司朗は親から見ても、育てやすい子供であった。

 もっとも武史は、あまり子育てに貢献していない。

 プロ野球選手として、特にメジャーにいた頃は、オフシーズンしか一緒にいなかった。

 ただ司朗はそんな、父親の背中を見て育っていたのだ。

 男親の背中というのは、時に息子にとって何よりも雄弁である。

 母からはたっぷりと愛情をもらったが、それだけでは足りなかっただろう。

 司朗がプロに入ったのは、それだけのことをやったからだ。

 そしてそれだけのことをやると決めたのは、自分自身。

 父親の背中を見たからこそ、そう決断したのだ。




 司朗は開幕戦でサイクル安打という、ど派手なことをした。

 それからもヒットを量産して、四割以上の打率をキープしていた。

 だがさすがにそれも、ここで切ってしまった。

 とはいえ第二戦、四打数二安打。

 三出塁で先頭打者としての役目は、充分に果たしている。


 盗塁数は大介や、カップスの福田を抜いてトップの数。

 もっとも今年の大介は、盗塁をあまりしていない。

 他にヒットの数も、リーグでトップを走っている。

 これで充分すぎるほどの成績。

 新人の中では一番目立っているというのは、間違っていない。


 チームはこのカードも負け越してしまった。

 個人成績では打率で二位、出塁率で二位、盗塁数で一位、打点で三位とこのあたりが優れている。

 特に一番バッターであるのに、打点でも三位というあたり、ランナーがいるところで打てているのだ。

 神奈川スタジアムでの試合が終わり、次は西へ向かうことになる。

 対ライガースの三連戦。

 開幕戦は大阪ドームであったので、いよいよ公式戦での甲子園でビューである。


 司朗とある程度比較される大介は、その前がフェニックス戦であった。

 しかもアウェイであるということは、通常なら名古屋ドームが使える。

 だがよりにもよって地方開催で、しかも雨天での中止。

 残りの二試合は、名古屋ドームで普通に試合を行えた。


 第二戦は友永が投げたのに、少し調子が悪かった。

 友永自身もそうであるし、援護の打線もである。

 大介はソロホームランを打ったが、その一発のみ。

 敬遠を含むフォアボールで、合計三出塁はしていたのだが。


 個人成績だけならば、四割オーバーの打率と六割オーバーの出塁率。

 ホームランも六本打っていて、充分な数字と言えるだろう。

 安打数と盗塁以外では、リーグトップの大介。

 いつも通りではあるのだが、盗塁でかなり離されている。

 それでも最終的は、30盗塁はするペースなのだが。


 ライガースは分かっていたことだが、ピッチャーの調子が悪い。

 それでも勢いがついたなら、打線の爆発で勝ってしまえる。

 レックス相手に三連勝したのが、やはり大きい。

 あの時点で首位に、並ぶことが出来たのだから。

 また直史の登録抹消は、レックス全体に影響するかと思われた。

 しかし次のカップス戦、先に二連勝しての勝ち越し。

 明らかに得点力のアップが、試合の勝敗を支えている。


 わずかな差であるが、レックスはトップに立っている。

 ただここでトップに立っていることなど、全く意味がない。

 西片は首脳陣で、現状の理解を共有する。

 とりあえず直史は、ローテを一度飛ばしたぐらいで、復帰できそうとは言われて安心した。




 次のカードはスターズとの二連戦である。

 ここで直史の抜けた試合に、レックスは三年目の若手、砂原を先発で試してみることにする。

 二軍ではリリーフも先発も、かなりいい感じでこなしていた。

 左であるので首脳陣も、使えるものなら使いたい、という気持ちであるのだろう。

 シーズン序盤というのはどのチームも、状態を確認したり、新戦力を使ってみたりする。

 スターズは現状、あまり調子が良くないのは確かだ。

 武史は一人で、既に三勝してしまっているが。

 他のピッチャーとの投げ合いなら、勝ってほしいと首脳陣は期待する。


 早大付属からプロ入りした砂原は、高校時代に昇馬と対決している。

 最後の夏には甲子園に出られなかったが、それ以前には甲子園でも投げている。

 高卒でも三年目ともなれば、ある程度の成果を見せてほしいところだ。

 一軍でもリリーフでは少し投げたが、より登板機会を増やすため、二軍で投げさせることが多かった。

 そこで結果を出しているので、いよいよ先発としてどうか、という話になっている。


 一軍初先発が、ホームであるというのは砂原にとって幸運である。

 なぜなら高校時代は、都大会の決勝近くまで進めば、この神宮で投げていたからだ。

 少しでも普段通りの、ピッチングを再現する。

 そのためには他の要素が、既に慣れたものである方がいいだろう。


 最後の夏、砂原は日奥第三に負けて、甲子園を逃した。

 ただそれでもプロで通用すると、自分では思っていたのだ。

 実際に指名されて、こうやって一軍の試合に出てきた。

 だが一年目にも少し一軍で投げたが、そこでは経験した程度。

 三年目になってようやく、本当のチャンスが回ってきたと言っていい。


 とりあえずペース配分は考えなくていい、と言われている。

 3イニングでもしっかり投げられれば、他のピッチャーも試していける。

 まだまだ鍛えているところだと、そういう扱いなのである。

 しかし与えられたチャンスには、噛み付いていくアグレッシブさもほしい。


 神宮での試合のため、スターズが先に攻撃。

 さほどの得点力もないスターズであるが、点を取る場合はこの初回であることが多い。

 一番と二番が俊足巧打のタイプであり、三番からが長距離砲。

 なのでまずはチャンスを作らせないことが、重要なのである。


 ここで負けても、さほど大きな影響はない。

 だからこそ試しておきたい。

 直史が引退するまで、もうせいぜい三年ぐらいであろう。

 また百目鬼もこの調子で投げていれば、ポスティングの可能性がある。

 さらにはオーガスも、最近やや衰えてきている。


 新人をどんどん試して、新陳代謝を起こさせなければいけない。

 強いチームというのは、どんどんと強い新人が出てくるものなのだ。

 あまり安定しすぎても、スタメンが高齢化してくると、一気に弱くなることがある。

 選手は出来るだけ、長くやりたいと考える。

 だがチームの編成は、未来を常に考えなくてはいけないのだ。




 3イニングを投げればいいと言われて、全力で3イニングは投げていった。

 そしてそこを無失点に抑えたが、4イニング目以降に点を取られる。

 五回を投げて被安打五本の二失点。

 まずまずのピッチング内容で、勝ち投手の権利を得たままマウンドを降りた。

 地味な初先発に見えるが、大失敗以外は大成功なのが初先発というものだ。

 実際にレックスは、三点以上をそこで入れていたのだから。


 今のレックスは、六回を任せられるリリーフがいない。

 ここで勝ち星が消えるかどうかは、運の要素が強い。

 幸いにも六回、スターズが点を取ることはなかった。

 そしてレックスが追加点を一点取る。


 七回に持ち込めば、レックスも須藤、国吉、大平とリリーフを投入する。

 もっとも平良のいた3イニングに比べれば、失点はそれなりに多いのだが。

 レックスはピッチャーが強いが、それはリリーフも含めてのことである。

 その中でも一番重要なのが、クローザーの平良であった。

 復帰まで三ヶ月と言われているが、それまでどう抑えていくか。

 幸いなのは確実に、今年は得点力がアップしていることである。


 上位打線が追加点を取ってくれる。

 リリーフ陣が失点しても、追いつかれることがない。

 結果として砂原は、初先発で初勝利を得ることに成功した。

 高卒三年目、初先発としては上々すぎる。

 もっとも一年を通じてローテーションを守れるかというと、それには疑問が残るのだが。


 成瀬と砂原、高卒ピッチャーが二人、今シーズン勝ち星を上げている。

 レックスはピッチャーも、上手く新陳代謝が起こっているということだろう。

 ただバッターの方はどうなのか。

 小此木が戻ってきてくれたが、それだけではない。

 新戦力の外国人も、しっかりと打点を増やしている。

 六番まではかなり、点が取れる打順となっているのだ。


 七番に緒方が戻ってくれば、粘り強い打線になるだろう。

 ただ緒方も今年、もう41歳のシーズンなのだ。

 あるいはここでポジションを奪われる、ということがないでもないだろう。

 とりあえずは二軍の試合で、少しは調子を見るのだろうし。


 同じぐらい打てているなら、若い選手を使う。

 これは当たり前の話である。

 チームの顔をなるような選手でも、今や緒方はもう主力とは言い切れない。

 ショートは左右田に奪われて、打撃も低下してきている。

 それでも打率や出塁率、さらには進塁打を打つのは得意だ。

 もっとも今のレックスは、決定的な得点力が必要なのだが。




 スターズとの二戦目、ここはオーガスが先発である。

 この数年優勝争いをしているライガースは、同日にタイタンズと対戦している。

 今年のタイタンズは間違いなく、去年までよりも強くなっている。

 リードオフマンがいるというのは、それだけ試合の主導権を握りやすくなっているのだ。


 レックスとライガースの優勝争い、という図式は変わっていない。

 だが去年はカップス、その前はスターズとAクラスの三位争いは、過激なものとなっている。

 今年は選手の成長具合から、またカップスが強いかと思われていた。

 だがタイタンズが、こうまでも粘るようになってくるとは。

 ピッチャーがもう少し良くなれば、Aクラス入りは狙える。

 今年のセ・リーグは三位争いが面白い。


 レックスとしては、タイタンズに色々と期待している。

 殴り合いになったら、タイタンズはそれなりに強いのだ。

 レックスはタイタンズ相手でも、しっかりと守りを固める。

 平良が戻ってきて、元通りのピッチングが出来るようになれば、圧倒的にレックスが有利。

 今年もまたレックスが、リーグの優勝の本命一番手であるのは変わらないだろう。

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