第397話 リードオフマン

 開幕にわずかに間に合わず、そしてスタメン復帰初戦も、ヒット一本に終わった大介。

 ただ打ち出すと止まらないのは、昔からずっとそうなのである。

 しかし今年で43歳となるシーズン。

 さすがに厳しいところもあるのでは、という意見も出てきている。

 相変わらず守備においては、文句なしの動きを見せてくれていたのだが。


 続く第二戦も、最初の二打席ノーヒット。

 さすがに衰えてきているのかと思ったところに、スリーランホームランである。

 ランナーのいるところで、下手に大介と勝負してはいけない。

「今年はタイタンズがいいスタートを切ってるからなあ」 

 監督の山田は開幕カードでタイタンズと戦ったため、その空気を感じている。


 だが相変わらずピッチャーが弱いな、とその後の戦績を見れば分かるだろう。

 ともかくライガースはまず、スターズを相手に勝ちこさなければいけない。

 大介は例年のごとく敬遠されるが、今年は比較的盗塁を試さない。

 その分だけバッターは、初球のストライクを打ってくる。

 スリーランホームランに加えて、他に出塁した二回でホームを踏む。

 一人でこれだけ働けば、当然ながら勝つライガースである。


 第三戦もまた、二桁得点のライガース。

 開幕の鬱憤を晴らそうか、という具合である。

 しかしライガースは結局、ローテの六枚目が埋まっていない。

 一応はキャンプからのオープン戦で投げていた、大卒即戦力の御堂を使ってみたのだが。


 ここでも大介はツーランホームランを打ち、また出塁もする。

 大介をホームに帰して、大量得点。

 しかし先発の御堂自身は、勝ち星こそついたものの五回を四失点。

 ちょっとこれだけでは、まだ判断が出来ないかな、というレギュラーシーズンのデビュー戦であった。

「俺が現役だったらなあ」

「監督、それ言っちゃだめ」

 山田としてはピッチャー出身監督として、ぼやきたくもなるものである。


 ライガースはやっと、本物のホームである甲子園で、開幕戦を迎える。

 ありがたいことに、相手はフェニックスであった。

 今年も微妙なスタートをしているが、開幕からずっと連敗、などという極端なことはない。

 タイタンズを相手には、むしろ勝ち越していたりする。

 今年の開幕から、好調なスタートを切っているのは、やはりレックス。

 ずっと連勝続きではないが、開幕スターズ相手には三連勝であった。

 次のカップス戦でも、二勝一敗と勝ち越し。

 特に六枚目の先発として、高卒二年目の成瀬というピッチャーが、初先発で初勝利を果たした。


 この時点での順位は、当然ながらレックスが首位。

 クローザーの平良を欠いていながら、この結果を残している。

 先発のピッチャーが、七回までを投げるという試合が多かった。

 そのため勝ちパターンのリリーフとしては、国吉と大平が投げる、という展開になっていたのだ。


 だが他のチームは混戦模様である。

 ライガース、タイタンズ、カップス、フェニックスの4チームが3勝3敗。

 そしてスターズが1勝5敗と、痛いスタートになっている。

 え、なんかちょっとおかしくない?

 最下位のチーム間違ってない?

 間違っていないので驚きである。


 スターズがそもそも、レックスに続いてライガースに当たったため、こういうことになっている。

 武史の投げた一勝以外、まだ一つも勝っていないのだ。

 だがライガースも、大介の復帰が開幕に間に合わなかった、という事情はある。

 ここからが本当の勝負だ、と開幕2カードが済んだだけなら、まだしも余裕が持てるのである。




 3カード目になると、注目の対決がやってくる。

 レックスとタイタンズの対戦だ。

 タイタンズはようやく、ホームゲームでの開催となる。

 ただしここでレックスは、直史の二試合目の登板だったりする。

 ホーム開幕戦で、敗北確定というこのエラー。

 どうしてこうなった、と言いたくなる人間もいるだろう。


 だが現在のNPBのチームにおいて、直史を打つ可能性が高いのは、ライガースではなくタイタンズではないか。

 開幕からのタイタンズを見ていると、そんな声が聞こえてくる。

 四番の悟に加えて、暫定的ながら現在の首位打者である司朗。

 直史から点を取り、黒星を付けることが出来るのは、おそらく今のタイタンズだけ。

 そんなことを呟いていたら、MLBにおける全盛期のミネソタを出してくるだろう。

 あの打撃力は直史からも点を取ったし、武史に何度か黒星をつけている。


 それにそういった話をするなら、大介と西郷が揃っていた時代のライガースなども、相当の得点力があった。

 司朗がここまで注目されるのは、血縁の対決でもあるからだ。

 センターという守備貢献度の高いポジション。

 色々と動き回っては、レフトやライトの打球も捕ってしまう。

 ただ長いレギュラーシーズンの、ペース配分は重要である。


 ここまで2カード、アウェイで戦ってきたタイタンズ。

 ようやく東京に戻ってきて、ホームゲームを行える。

 フェニックスに負け越す不覚はあったものの、ライガースとの打撃戦を二度制している。

 今のレックスの守備力と、果たしてどちらが上であるのか。

 そうは言っても今年のレックスは、得点力も上昇している。


 レックスのピッチャーの安定感は、素晴らしいものであると言える。

 ここまで六試合、全ピッチャーがクオリティスタートを達成しているのだ。

 守備陣の援護も、もちろんあるだろう。

 だが先発が七回以降まで投げた試合が、四試合もある。

 もっとも直史の完封が、やはり一番目立つのだろうが。


 この日の司朗は珍しく、自覚するほどの緊張があった。

 これまで何度も、直史のボールは打ってきた司朗である。

 だがオープン戦であっても、直史のボールは本気でないことが、はっきりと分かるものであった。

 それと比べて今度は、ようやく公式戦での真剣勝負となる。


 ライガース戦でもそうだったが、東京ドームも完全に満員となっている。

 やっとの本拠地開幕戦ということもあるが、直史が投げる試合はアウェイでも、必ず満員になっている。

 現代において唯一、ノーヒットノーランやパーフェクトが、普通に期待されるピッチャー。

 去年もレギュラーシーズンだけで、ノーヒットノーランとパーフェクトを、三回ずつ達成している。

 難易度に差があるはずなのに、同じ回数というのがおかしい。


 試合の前にも司朗に、その質問をしてくるマスコミはいた。

 集中したい司朗は、早々にクラブハウスの中に入ってしまったが。

 練習時間を淡々と過ごしていくが、もうすぐ待ち望んでいた対戦が始まるのだ。

「なんとか打たないとなあ」

 タイタンズも勝てるピッチャーの土井が先発であるが、今年のレックスは得点力が高まっている。

 初回の攻防で一気に、勝敗が決まってしまう可能性もあるだろう。




 18:00試合開始。

(レックスはいいチームだなあ)

 クローザーが欠けているのに、スタートダッシュに成功している。

 NPBに復帰した小此木と、新外国人が上手くマッチし、得点力が高くなったのだ。

 これで平良まで戻ってきたら、どういうことになってしまうのか。

 もっとも今日はオーダーが代わっている。

「緒方が登録抹消されてるな」

 改めて確認すれば、そうなっている。

 向こうも年齢的に、怪我などをしやすくなっているのだろう。


 ポジションは小此木をセカンドに持ってきて、サードには若手選手を入れている。

 ドラフト一位で取った大豊は、大学でも外野を守っていた選手だ。

 新外国人のカーライルも外野なので、ここは競争になっていくのだろう。

 だがオープン戦では、一軍にも入って打っていた。


 大卒一位となると、ほぼ即戦力を取ることになってくる。

 外野だとライトのクラウンが、30代の半ばとなってきている。

 レックスは復帰した小此木にしても、比較的高齢化していると言えようか。

 20代前半の伸び頃という選手はいない。

 強いていればカーライルだが、外国人がそう長くいることを期待してはいけない。


 ただ20代半ばから後半であると、近本、左右田、迫水といったあたりが、主砲であったりセンターラインであったりする。

 それにピッチャーに関しては、20代前半から半ばに、かなりいいピッチャーが揃っている。

 伸び代も充分にあるというピッチャーが多い。

(さて、果たしてどうなるのか)

 センターというのはキャッチャーと同じく、グラウンド全体を把握出来るポジションだ。

 もっとも両翼に関しては、視界に完全に見えるわけではない。


 空気を察するのだ。

 ある意味特殊能力と言うべきか、司朗は外野への打球の反応が早い。

 レックスの一番左右田は、定位置で守る。

 先頭打者からヒットが出て、ノーアウト一塁。

 そして二番が好調の小此木である。


 攻撃的な二番ということで、今年のレックスの打線の軸になりつつある。

 MLBでも充分、まだまだ通用していたのだ。

 だが出場機会を求め、また安定してプレイできる環境を求め、NPBに戻ってきた。

 ユーティリティに守れるし、打撃もかなりよく、盗塁も出来るプレイヤー。

 全盛期はMLBでも、二桁のホームランを打っていたのだ。


 この小此木の打球に、鋭く司朗は反応した。

 ボールから目を切って、深いところまで走る。

 そしてジャストの位置で、飛び込んでキャッチした。

 二塁近くで待機していた左右田は、慌てて一塁に戻っていく。

 さすがにここから、ファーストに送ってアウトというのは、間に合わないものであったが。


 レックスは一回の表から、ヒット性の打球を連発。

 だがセンターの守備範囲であると、司朗が全てキャッチしたり、サードへの送球で進塁を阻止したりと、無得点に抑えることになったのであった。




 バッティングも確かに、非凡なものである。

 だが今日はそれより、まず守備で魅せてくれた。

 ドームの歓声に、黄色いものが多く混じっている。

 それに相応しいぐらいの守備を、確かにやってのけたのだ。

(あんまり張り切って怪我するなよ)

 直史はそう考えながら、一回の裏のマウンドに登る。


 同じ東京を本拠地としながらも、今日は完全にアウェイの空気である。

 タイタンズは3勝3敗という五分の数字であるのだが、その中で司朗の活躍は大きいのだ。

 チームの勝敗はともかく、司朗のプレイが目立っている。

 高卒の野手がここまで一年目で活躍するのは、それこそ悟以来ではないのか。


 その司朗が一番バッターで、直史と対決する。

 直史は珍しいことだが、この対戦に集中できていない。

 彼にとって司朗は、可愛い甥っ子である。

 本気の球を投げてやった時もあるが、あくまでも甥っ子のため。

 それがプロの舞台で、自分と対決しているのである。


 氷のような冷静さよりも先に、大きくなったものだなあという感慨が押し寄せてくる。

 意識の切り替えがはっきりと出来ず、戦闘モードのテンションにならない。

 ならば機械的に投げるか、ということも考える。

(思っていたよりもずっと投げにくいな)

 オープン戦とも全く、印象が違ってくる。


 子供相手にムキになる大人、というイメージが頭の中から消えない。

 特に去年までは、こういったボールを打てるかな、と遊んでやって練習にもなっていた。

(これは……問題だぞ?)

 直史は大人である。

 そして司朗は自分よりもずっと大きいが、それでも可愛い甥っ子なのだ。


 違和感を抱えたまま、ピッチングを開始する。

 メンタルのコントロールが上手いはずの直史だが、これは脳の認識がバグを起こしている。

 真剣勝負の舞台で、甥っ子と戦っている。

 これは武史などは、どう考えるのだろう。

(まずい。打たれる)

 それでも単打で抑えて、第一打席は終了した。




 直史が最初のバッターでノーヒットノーランが消えるなど、いつ以来のことであろうか。

 そもそも味方が先制するまでは、ほとんどランナーを出していないのだ。

 それがいきなり、このノーアウト一塁という状況である。

 集中力のコントロールが、上手く出来なかった。

 だが二番打者までには、瞬時に頭を切り替える。


 そして状況は変化し、ツーアウトランナー二塁。

 バッターは四番の水上悟。

 この年齢でいまだに、タイタンズの四番を打っている。

 そして司朗がランナーに出ていると、高確率でヒットを打ってくる。


 直史はここでも、コントロールが上手く行かない。

 正確に言うと配球が、しっかりと決まらないのだ。

 ピンチを迎えていて、悟にはそれなりに打たれることがある。

 もっともそれでも、シーズンで二割打たれることはないのだが。


 司朗の足なら単打で、二塁からホームに帰って来られる可能性は高い。

 直史としてはここで、しっかりと三振なり内野フライなり、バッターを打ち取る必要がある。

 だが対する悟は、ケースバッティングに徹していた。

 レフト方向に、無理のない程度の打球を打つ。

 スタートを切っていた司朗は、上手く走塁して三塁も蹴る。

 レフトのカーライルは、外国人だが肩の強さまでは特筆すべきものではない。

 なので司朗のこの判断は、三塁コーチャーも止めていないので正しい。


 迫水への送球は、ほんのわずかに逸れていた。

 タイミング的にはアウトであったので、暴走と言うべきであろう。

 しかし結果的には、タッチよりも早くホームベースへ滑り込む。

 迫水のミットは間に合わなかったのだ。

 

 東京ドームが大きく沸いた。

 直史が先に相手に点を取られるなど、果たしていつ以来のことであるのか。

 そもそも点を取られること自体が、滅多にないことである。

 流れがタイタンズの側にある。

 それは間違いないだろう。

 しかし一点を取られたことで、自然と直史のスイッチが切り替わった。


 まだ悟が塁上にいたが、それを無視してバッターをアウトにする。

 結局のところ、取られた点は一点だけである。

 今年のレックスの得点力を考えれば、普通に逆転は出来るはずだ。

 もっともこの異常事態に、混乱する若手はいるだろうが。




 まずいな、と西片は考えた。

 まさか直史が、一回で一点を取られると思っていなかった。

 そもそも表の攻撃で、レックスは二点ほど取れたと思ったのだ。

 司朗の守備範囲が、想像よりもはるかに広すぎる。

 そしてレックスは、緒方が離脱しているということまである。


 足首の捻挫という、軽度の怪我であった。

 二週間もすれば戻ってこられる、という致命的なものではない。

 だがセカンドが抜けてしまうというのは、内野の判断が一番難しくなる。

 小此木が戻ってきていて、本当に良かったと思う首脳陣である。


 だがここから、どうやって点を取っていくか。

 もちろんタイタンズの投手力を、レックスの得点力は上回る。

 しかし野球というのは、そういった単純な数字で決まるものではない。

 流れというものがあり、その流れを上手く、タイタンズは作っている。

 司朗の守備から作られた、タイタンズに大きく傾いた流れである。


 直史が1イニングに、二本もヒットを打たれるという異常事態。

 なんだか世界が歪んでしまった気がする。

 タイタンズがしっかりと、進塁打を打たせたのも驚いた。

 普段のタイタンズであれば、そのあたりの攻撃が雑なのだが。


 直史から点を取って、リードを取るということ。

 万一にも勝ってしまったなら、それはもうシーズン全体の流れになるのではないか。

 タイタンズの内部にまで、それは影響するかもしれない。

 この試合はそういった、重要な試合だと考えてしまう。

 確かに今、セ・リーグはレックスがトップだが混戦模様。

 ここで直史に勝てれば、決定的に何かが変わるかもしれない。


 東京ドームは大騒ぎだし、タイタンズベンチも盛り上がっている。

 こういう流れの時には、普段の確執が一時的に消えてしまったりする。

 寺島などはこれがきっかけに、チームの勢いが一気に変わるか、などとも考えている。

 さすがに苦しいとは思うのだが、直史相手に勝つ条件は、やはり先取点。

 あとはどこまで、タイタンズの微妙な投手陣が、レックスを抑えていけるか。


 さすがに1-0で勝てるとは思えない。

 だが直史から、追加点などを取れるのか。

 ここは球数を投げさせて、継投させてリリーフ陣を叩く。

 直史に負け星はつかないかもしれないが、直史が先発した試合で負ける。

 そんな勝利は、普通の勝利の何倍も、価値があると思うタイタンズ首脳陣であった。


 ただ、点を取られた側としては、また違う考えである。

 味方がまだ一点も取っていないのに、先に点を取られてしまった。

 エラーでもなくポテンヒットでもなく、クリーンヒットの一点だ。

 直史の中に、冷静さと同時に、全く別の感情が湧いてくる。

 それはもうここしばらく、直史の中にはなかったもの。

 年を重ねて、失ってしまったのかと思っていたもの。


 勝利に対する欲望。

 あるいは相手に対する敵意。

 勝利を求めるのではなく、圧倒的に蹂躙する。

 そのために必要なのは、果たして何であるのか。

(研いでいく)

 もっと鋭く、ボールを投げなくてはいけない。

 冷たい血液で、熱く心を燃やしてやるのだ。

 もう一本も打たせない。

 直史がシーズン開幕直後であるのに、本気になってしまっていた。


 本気になってしまった直史。

 それは本来、レギュラーシーズンの序盤で見られるようなものではない。

 直史自身が、ペース配分を考えているのだ。

 しかしそういった思考による制御を、感情や精神が上回ってしまっている。

 果たしてここから、どういったピッチングが展開されるのか。

 バッテリーを組む迫水は、なんとなく肌が粟立つのを感じていた。

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