第396話 貴公子の活躍

 もう治っていると思って試合に出て、また悪化させてしまう。

 スポーツ選手のあるある問題である。

 だが大介としては、もう自分の年齢のことを考えるのだ。

 さすがに43歳になるこのシーズン、WBCの参加ははっちゃけすぎだったかな、と思う。

 だがやらない後悔よりも、やった後悔の方が、後悔の度合いは軽い。

 日本代表での、おそらくは最後の役目。

 しっかりと優勝もして、あとはどれだけ自分の現役を続けるか、である。


 大介がプロになった頃から知っている人間も、おおよそは既に社会に出ているぐらい、長くプロの世界でやってきた。

 そして第四戦、スターズ戦から復帰である。

 スタメンとして二番ショートで出て、スターズのピッチャーと対決。

 これまたスターズは武史が、この試合の先発となっていた。


 開幕兄弟対決の方が、興行としては盛り上がったかもしれない。

 だがそれはレックスの理屈であり、スターズは地元開幕に武史を持ってきたかった。

 また仕上がりが遅れたというのも、嘘ではないのだ。

 去年はかなりの期間を離脱していた武史だけに、今年はシーズンを通じた活躍を期待されている。

 スターズは打力不足も言われていたが、去年の武史がいない間の失速を重視した。

 そのためピッチャーをドラフトで取りにいったのだが、どうせなら司朗を狙っていった方が、親子で同チームという話題が作れたのではないか。

 もっとも外野が埋まっている、という理屈はあったのだろうが。


 若手が外野を埋めている、というのは悪くない話だ。

 ベストナインの候補になって、ぎりぎり選ばれるかどうかというところ。

 メジャーに挑戦するには、さすがに力不足か、と思われる微妙な感じ。

 ならばやがてメジャーというのが濃厚な、司朗を獲得するのは避けたのだろう。

 もっともそれで外してしまって、結局はハズレ一位を獲得したわけだが。


 ライガースは大介がスタメンに戻ってきた。

 それに対してスターズは武史を当てて、どうにか試合は勝とうと考えている。

 開幕カードがレックス相手であったスターズは、このカードを全敗している。

 直史に負けることは計算の範囲内でも、続くオーガスと塚本にも、負けてしまうとは思っていなかった。

 レックスは開幕戦こそ打力を見せ付けたが、やはり二戦目以降は投手がいい数字を残している。


 フェニックスでさえ一勝はしているので、この時点での最下位はスターズ。

 だからこそこの試合、スターズは負けられないのだ。

 開幕戦は負けても、本拠地開幕戦は勝つ。

 その意識で投げているが、先発の武史は初回から、大介にヒットを打たれている。

 もっともホームランでなければ、充分であろうが。


 点を取られなければ、野球は負けないスポーツなのだ。

 そしてこのシーズンもまだ、武史はスタミナは充分である。

 その調整のために、時間をかけたのだから。

「俺も年だなあ」

 165km/hがなかなか出なくなってきた。

 イニングに一つは三振を奪っておいて、この発言である。




 スターズとしてはなんとしてでも、この試合は勝ちたかった。

 なのでランナーがいるところでは、大介をしっかりと敬遠する。

 もっとも単打までなら、何も問題ないと考えるのが武史だ。

 ライガースも去年の勝ち頭である友永が、ここでは先発していた。

 しかし七回を二失点に抑えながら、負け投手としてマウンドを降りることになる。

 武史はそれまでに、一点しか取られていなかったのだ。


 大介もヒットは一本打ったが、単打のみである。

 二打席凡退で、一打席は申告敬遠。

 スターズはその後、さらに一点を追加する。

 武史は完投し、やっとスターズは今季初勝利。

 それも本拠地開幕戦で、エースが勝った試合であった。


 やはり武史からは、一点取れれば大きいのだろうか。

 ただ去年は防御率が、1以上あったのである。

 ライガースは大介が戻ってきたのに、まだ一勝したのみ。

 ピッチャーの補強をしたのはドラフトメインで、あまり外国人やFAは取っていない。

 経営的にはいつも甲子園が満員で、利益はしっかりと出ているはずである。

 しかしFAのピッチャーを、ただ取ればいいというわけではないのだ。


 レックスは三連勝スタートで、スターズが三連敗スタート。

 ライガースもこれで、1勝3敗である。

 同日の試合を見てみれば、レックスはカップス相手に、一点差のゲームで敗北していた。

 先発の百目鬼は、七回三失点の、充分なピッチング内容。

 打線も四点を取ったのだが、リリーフ陣が崩れていた。


 やはり平良一人が抜けただけで、かなり厳しくなっている。

 もっともこの日は、勝ちパターンのリリーフが三連投で使えない日。

 それを考えれば、計算の範囲内の敗北と言えるであろう。

 ただ百目鬼を使って勝てなかったというのは、やはりカップスの強さを実感する。

 地道に戦力を強化してきて、それが現場に反映されているのだ。


 そして大きなお肉となっているフェニックス。

 一応ここまでちゃんと、一つは勝っている。

 ただし対戦したタイタンズは、またも司朗がマルチ安打。

 単打でチャンスを作っただけではなく、ランナーを返して打点も記録。

 開幕からの連続マルチ安打を、四試合と伸ばしている。

 また盗塁に関しても、四試合連続で記録していた。


 大介が開幕に間に合わなかったから、という理由もある。

 だがここまで既に、二本のホームランと五打点。

 盗塁四つとなるともう、止まらない核弾頭のようなものだ。

 なにしろもう長く、タイタンズがプロ野球のニュースの中心になることは少なかった。

 直史が投げればそれでニュースになり、高い確率で大介がホームランを打つ。

 あとはメジャー組の話で、スポーツニュースが終わっていたものだ。


 そんな中で待望の、スーパールーキー。

 期待していた通りどころか、それ以上の大活躍。

 大卒即戦力と言われる選手はいても、高卒野手は通常、超高校級でも時間がかかる。

 しかしスタートダッシュにしても、司朗は成功していた。




 フェニックスが弱いことは、今のプロ野球では常識である。

 だがなぜ弱いのか、ということは考えておく必要があるだろう。

 どうすれば強くなるのかという以上に、こうならないための予防である。

 一つにはやはり、打線のつながりが弱いことが言える。


 もっと一点をガツガツと、執着して奪っていかなければいけない。

 監督の方針がコーチ陣に浸透せず、コーチ陣がバラバラにチーム作りをしている。

 一応はちゃんと、実績を出している選手はいるのだ。

 ただコーチ陣の成績も、あまりいいとは言えない。

 編成がドラフトで選手を取ってきても、あまり育成が成功しているとは言えない。


 タイタンズもそういうところがあるな、と司朗は理解している。

 ピッチャー出身の監督が、ピッチングコーチとあまり合っていない。

 主力の高齢化というのはもう、ずっと言われていることである。

 しかしそれは編成が、FAで外から選手を取ってくるのを、繰り返しているのも関係している。

 既に実績のある選手を、あえて乗り越えるほどの実力は、普通なら新人にはないものである。


 タイタンズは育成選手をそれなりに取っている。

 しかし育成契約という点なら、福岡の方が数はずっと多い。

 福岡もFAや外国人を使っていないわけではないが、育成力がタイタンズとは違う。

 正確に言えばタイタンズにも、しっかりと伸びてきている選手はいる。

 キャンプに行く前に自主トレ期間で、寮に戻ってきていた二軍選手たち。

 一軍と変わらないと言うか、ピッチャーに関してはむしろ、一軍よりもいいのでは、と思える選手がいた。


 若手の起用に、一軍の監督が積極的ではない。

 そう思ったのだが、そもそも一軍に二軍で数字を残しているピッチャーが、あまり上がってきていないのだ。

 何かチーム内の空気が、おかしいとは分かってきている司朗である。

 しかしここまで露骨であると、いったいどうしてこうなってしまうのか、それが分からない。

 キャンプからここまで、司朗はある程度の人間関係を築いている。

 基本的には四番の悟に、くっついていることが多いが。


 悟も元は埼玉の選手で、FAでやってきた選手だ。

 そこからずっとタイタンズなので、ちゃんと強かった時代も知っている。

「一度は最下位を経験して、抜本的になんとかしないといけないんだろうけど」

 人事を完全にどうにかしないと、チーム改革は出来ないのではないか。

 何がきっかけというわけではなく、徐々にこうなっていったとしか言えない。

 ただ根本的な部分では、レックスとライガースが二強であった、去年ではなくそれよりもずっと前が、原因となっていると思う。


 悟としては司朗は、高校時代の先輩の息子であるので、ある程度は目をかけている。

 しかし生え抜きではない彼は、特にピッチャーの部分に関しては、首脳陣に言えることも少ない。

 もっとも打撃コーチの茂野が、最初に司朗に言ったことはある。

「バッティングで誰かが教えようとしてきても、水上以外のことは信用しなくていいから」

 打撃タイトルをいくつも取り、ミスタートリプルスリーなどと言われていただけに、悟に何かを言えるような選手はいない。




 フェニックスは地元開幕のタイタンズ戦、第一戦は落とした。

 だが第二戦と第三戦は、それなりの点を取って勝利してしまった。

 フェニックスの実力と言うよりは、タイタンズの継投失敗が大きい。

 ここでも司朗は、しっかりとヒットは打っていたが。


 名古屋ドームではホームランが出にくいのは、誰もが知っていることである。

 実際に司朗も、ここではホームランを打てなかった。

 それでも長打はしっかりと打って、安打数をどんどんと増やしている。

 自分の成績には問題はないのである。


 しかし開幕から2カードが終わった時点で、タイタンズは3勝3敗。

 せっかくライガース相手に勝ちこしたのに、フェニックスに負け越している結果が残っている。

(ピッチャーがひどいんだけど……)

 先発が六枚揃っていないのは、仕方がないと言えるだろう。

 それはピッチャーの強いレックスでも、同じことが言えるのだ。

 しかし試していけるリリーフで、失敗が多いのはいただけない。


 チームのバランスが悪いのだ。

 特にピッチャーだけではなく、守備の方も悪い。

 センターを司朗が簡単に任されたというのが、その守備の悪さの証明であろう。

 司朗は俊足を活かして、その守備範囲を広げている。

 だがホームランを打たれてしまえば、守備が上手くてもどうしようもない。


 フェニックスはホームランが出にくいが、その四番の本多はしっかりと、30本近くは打っているのだ。

 何気に選手としての能力は、司朗に近いかもしれない。

 外野で、強肩で、それなりの盗塁もする。

 しかし打っているのは四番なのである。


 去年もそうであったが、タイタンズはそもそも、攻撃面ではさほど問題はなかったのだ。

 そこに打てる即戦力のセンターが入ったことは、さらに望ましいことであった。

 だが今はここで、リリーフピッチャーをFAで取って来れなかったのか。

 これは現場ですらなく、編成の働きが悪いことを示す。

 かなり昔、タイタンズは主砲クラスの選手ばかりを、FAで獲得し続けた時代があった。

 その時に言われていたのが、野球は大砲ばかりでは出来ない、ということだ。

 司朗はこのプロの舞台で、もう何度もホームベースを踏んでいる。

 一番打者としての仕事は、間違いなく果たしているのだ。


 つまりタイタンズはチーム内で政治を行っており、そのため人事が適切に回っていない、ということだろう。

 そのあたり働いたことのない司朗には、選手運用がおかしい、としか思えないものだが。

 同年のドラフトで同じ高卒として入団したチームメイトも、司朗がここまで活躍してしまうと、心理的な距離が空いてしまう。

 そして一年目からここまで活躍すると、変な声が流れてくるのだ。

「どうせあいつはすぐにメジャーに行くから」

 それは確かに間違いなく、広言はしていたのだが。




 司朗はなんだかんだ言いながら、体育会系の人間ではない。

 上下関係などに関しても、実力主義の人間である。

 そしてチームの中でも、野手に関しては悟が、おかしなことがないように、目を光らせている。

 開幕から2カード、勝っても負けても変なところへ、司朗が連れて行かれないようにしている。

 高卒の選手というのは、本来ならばまだまだ発展途上なのだ。

 変な遊びを覚えさせたら、一気に堕落する可能性がある。


 ただ悟としては、こいつは大丈夫そうだな、とも思っている。

 もっともメジャー移籍云々で、チームの雰囲気を悪くしている人間もいる。

 しかし司朗がそれを言っていたのは、ドラフト前で契約段階でのこと。

 入団してからはタイトル争いや選手表彰など、そういったことを口にしている。

 それはチームに対して貢献するという、そういう意識であったはずだ。

 むしろメジャーの単語が質問の中に出るたびに、上手くかわしている。


 司朗はそのあたり、ビッグマウスとは無縁の人間であるのだ。

 上流階級の洗練された世界では、発言は注意しておかなければいけない。

 むしろマスコミに対しては、皮肉な回答をして、相手の追及を封じてしまう。

 そういったユーモアのあるところなどは、貴族的とさえ言っていいであろう。

 実際に司朗のファンは、圧倒的に女性が多い。


 マスコミ対策が生まれつき、行き届いた人間に近い。

 これが昇馬であると、無言であるか断言するか、マスコミに対しては強い。

 司朗のこういった対応を見ていると、マスコミも彼の揚げ足取りを行うのではなく、自然と王子扱いしてイメージを作っていく。

 そもそもタイタンズの親会社が、マスコミであるのだ。

 新しいスターを演出して、プラス方向のイメージを作っていくのである。


 このあたり悟は、すごいなと思う。

 彼の場合はタイタンズに来たのは、普通に妻との関係が大きい。

 かつてはプロ野球選手と女優など、大きなカップルの結婚というものもあった。

 だが最近ではそういった、派手なカップルは減っていたのだ。

 その中で悟は、売り出し中の女優との仲をスクープされて、逆にそれを利用してイメージを好転させた。 

 自分一人で出来たことではないが、既にスーパースターとなっていた悟は、問題なくそれを処理した。

 かなりの年齢差があったので、ロリコン呼ばわりはされたが。


 他に司朗に問題が起こるとすれば、それは女性関係であろう。

 元々甲子園でもスター選手であったし、タイタンズに入って報道は加熱したし、それでいてマスコミは最後の一歩を踏み出せない。

 報復が恐ろしいことを、その血縁者から既に経験しているのだ。

「実際のところ、付き合ってる女とかいるのか?」

「いませんよ」

 言い寄られることは多いのだが、なにしろ生まれつき周囲の顔面偏差値が高い。

 そのため変に性欲に流れないところが、司朗の長所と言えるであろうか。


 好ましく思っている女性は何人もいる。

 だがそれは人間的にという意味であり、将来結婚する、などと言っていたのは母親相手ぐらいである。

 この母親を基準にしてしまうので、司朗の審美眼は厳しい。

 従妹の中にも美人が多かったりするので、周囲が美にあふれている、と言ってもいいだろう。




 そもそも悟と話していると、知り合いが共通していたりするのだ。

 これは司朗の母が芸能界に近いところから、生まれているつながりである。

 上杉の妻と、司朗の母は親友の関係。

 そして上杉の妻は元女優。

 さらに言うなら身内に、音楽業界の人間もいる。

 祖父などはクラシックの楽団の指揮者でもあり、ヨーロッパでの交友関係が深い。


 このとんでもない血縁関係が、司朗の生まれ持ったものである。

 そんな司朗が、東京のチームに入ったことは、むしろ望ましいことであった。

 あるいは神奈川か埼玉、千葉あたりでもよかっただろうか。

 ただ千葉は寮と一軍球場までに、それなりの距離がある。

「東京ドームまで、実家からの方が通いやすいんですけどね」

 なにしろ渋谷の松涛が、司朗の母方の実家である。

 そして司朗は戸籍としては、祖父の養子となり神埼姓になっている。


 こういった個人情報は、ある程度話すものだ。

 その血統背景から見ても、生まれながらのエリートなどと言われかねない。

 実際に大金持ちの息子であるのは、父の活躍を知っていたら誰でも分かるだろう。

「女に溺れなければ、それで問題ないと思うけどな」

「う~ん、彼女がいてもいいかなと思うんですけど、絶対にほしいというわけでもないんで」

 新人の今こそは、まだ野球に没頭すべきであろう。

 悟としてもプロの世界での地位を確立してから、そういった話が出てきたのだし。


 ともあれ大介が開幕に間に合わなかったこともあって、司朗は分かりやすい宣伝対象になっていた。

 さすがの関西でもその活躍を、ある程度は載せないといけないぐらいには。

 高校野球を引退するまで、本当に色々と隠していて良かったな、と思う。

 もしも全てが明らかであったら、マスコミの動きはこんなものではなかったろう。


 もっともあまり変に動こうとすると、大手のマスコミには圧力がかかる。

 マスコミには普通にスポンサーというものがいて、そしてそのスポンサーは司朗のクリーンなイメージを重視するからだ。

 タイタンズ関連だけではなく、主要なマスコミは全てと言ってもいいだろう。

 大介があれだけ騒がれたのも、さすがに叩きやすい条件になっていたわけであるし。

 今年のプロ野球は、序盤から少し色彩が変わっている。

 特にタイタンズの人間は、それを強く感じていたのであった。

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