第395話 スターを作る

 タイタンズは親会社がマスコミに強いため、特に昔は全国中継で試合を放送していたものだ。

 一度作った人気は、代々受け継がれる。

 もっとも今ではコンテンツの数が多くなり、野球だけが絶対の人気というわけでもない。

 どこかのネット小説サイトでとんでもなく長い野球小説を書いている著者が、一時期野球選手よりNBA選手の方を多く知っていたというのは、ここだけの秘密である。

 ただ最近は本当に、サッカーよりもバスケットボールの方が、国内ですら伸び代がありそうなのが、なんともかんとも。


 とりあえず司朗は、スターというのは「作られる」というのをよく実感した。

 高校野球から既に、スター扱いして騒がれていたが、あの頃はまだ学生というだけあって、遠慮があったのだ。

 お高い焼肉店に連れられていって、食え食えと言われてたくさん食べたものである。

 もっとも食事に関しては、高校時代から気を遣っている。

 ホテルに戻ってからもしっかり、サプリメントなどを飲んで眠った。


 SNSやネットニュースでは、大騒ぎになっている。

 そして滞在中のホテルにしても、番記者が密着している。

 高卒野手としては、大介以来の衝撃デビューであろうか。

 もちろん司朗は、そんな昔のことは知らない。

 リアルタイムでどうだったのか、それは分からないことだ。

 一応当時の人々から、色々と聞いてはいるのだが。


 ネットで調べてみれば、大介の一年目の記録が、どれだけ非常識なものか分かる。

 一年目から三冠王であり、特に打率、打点は両リーグ通じての最高記録を一年目から成し遂げた。

 他にも色々な記録を、おおよそ大介が所持している。

 司朗がそれを塗り替えるのは、ほぼ不可能である。

 実力の面でもあるが、もう一つ条件がある。

 それは見た目の問題だ。


 大介が勝負されたのは、その見た目で侮った人間が多かったからだ。

 その点ではMLBは、もっと機械的であった。

 敬遠の数がNPB時代よりも、はるかに多かったのだ。

 しかし司朗はその身長も、190cmほどもある。

 一試合目の活躍ぶりも、また母親譲りのルックスも、スターに相応しいものであるのは間違いない。

『でも勘違いするなよ~』

 メッセージでこれだけを送ってきたのが、武史であったりする。


 司朗はいわゆるところの、上流階級の出と言える。

 上級国民ではなく、普通に生まれと育ちがいい。

 そしてあの伯父たちを身内にしていて、とても自惚れることなどは出来ない。

 特にレックスとの最初の対戦では、直史の投げるローテに当たる予定であるのだ。

 基本的にマスコミに対しては、あまり好意的ではない。

 また女性に対しても、色気でどうこうなどは、とても通用しない人間である。


 滞在していたホテルからも、まだマスコミが付きまとう。

 民主主義の世界で、絶対に必要なはずなのに、その役割を果たしていないと、直史が軽蔑する存在。

 それがマスコミであり、特に日本のマスコミについては、大手を完全に無視するのが直史だ。

「テレビ東京しかまともなところはない」

 いや、それは違うだろう。




 大介は開幕のタイタンズとのカードを、休む予定である。

 次のスターズ戦からは、復帰する予定である。

 もっともスターズはスターズで、武史を開幕カードに使ってきていない。

 レックス戦で直史との対戦を避け、本拠地開幕に使う予定だ。

 つまりライガース戦である。


 あとはスターズなどは、どこかで親子対決を成立させるだろう。

 もちろん自分たちのホームでだ。

 もっとも先にありそうなのは、東京ドームでの親子対決になるはずだ。

 父の状態について、司朗はあまり詳しくは知らされていない。

 だが去年の故障から、さすがにもう衰えてきているのは確かだ。


 昇馬と対戦した司朗なら、今こそ打てるかもしれない。

 ただ今年は年明けから寮に入ったため、ろくに調整に参加していない。

 もっとも新人合同自主トレでは、新入団選手や、若手のピッチャーのボールを打つ機会があった。

 評価としては、一部には確かに傑出したものがあるが、総合的に考えればどうにかなる、というものである。


 二位から四位までは、大卒と社会人の即戦力ピッチャー。

 だがどれもカウントの早い段階で、しとめることが出来そうなものだった。

 使われるために積極的に、オープン戦からも打っていった。

 しかしそれも、探りながらの仕事である。

 数日間は担当スカウトが付いていたし、キャンプにも見にきていた。

 司朗としてはプロのレベルに、特についていけないことはないな、と感じている。

 あとは長いシーズン、コンディションをどう保つかだ。


 昨日と同じく、この大阪ドームでの試合。

 バッティング練習ではコンパクトに、ミートすることを意識している。

 もっとも長打を三本も打って、甘く見ることはないだろう。

 盗塁も記録しているので、間違いなくマークは厳しくなっている。


 今日のライガースの先発は津傘。

 司朗は基本的に、一年目は自分の数字だけを考えればいいと判断している。

 もっとも自分のプレイをしながらも、チーム状況を確認するというのは、ずっとしていたことである。

 四番とリードオフマンの一番では、期待される仕事が違う。

 だがケースバッティングをする頭脳が、司朗には備わっている。


 プロの場合は中盤から終盤、ピッチャーに代打を出すことが多くなる。

 そこでランナーが出た場合、一番打者でも点を取りに行く方がいいだろう。

 司朗の使い方としては、本当は三番あたりを想定していたのかもしれない。

 だが高い打率をオープン戦で記録したため、一番で使っているのだ。


 去年のAクラスチームの中で、開幕戦を落としたのはライガースのみ。

 だがライガースも大介が間に合っていれば、試合の展開は違っていたであろう。

 たださすがに12点も取られたのは、相変わらずリリーフ陣が弱いのでは、と思われるのも当然。

 オフの強化で守備が間に合っていないのでは、という声も出てくる。




 大介は既に足首は完治している、と自分で認識していた。

 だがポジションがポジションだけに、念入りにあちこちを検査されてもいる。

 ショートを20年以上も守って、どうしてこれだけ故障がないのか。

 体重による負荷が少ないのだから、それが理由だろうと結論は出ている。


 もうさっさと第二試合から復帰したい、と大介は考えている。

 既に復帰可能期間に戻っているため、その点では問題はないのだ。

 だがチームとしては、万全の状態になってもらう必要がある。

 またこの短い間に、他のショートを試してみたい、という意図もあった。


 大介はショートとしては、バッティングで打ちすぎる。 

 そのため他のショートを、あえて使う理由が全くない。

 ただ年齢的に考えれば、もう次のショートを育成する必要がある。

 実際に大介が復帰するまでは、他のショートを試していたのだ。

 このポジションはさすがに、打撃力にまで過度の期待をしない。

 だからこそ打てるショートは貴重なのだ。


 今はセカンドを守っている選手が、ショートに入ることもあるだろう。

 また二軍においては、しっかりとショートを育てている。

 守備力特化であって、あとは出塁率がそれなりにあれば、ショートとしては充分である。

 ライガースは打力は高いのだが、意外と各自の打率は低かったりする。

 それも大介がいることで、引き上げられているのだが。


 首脳陣はまだ、焦る必要はないと思っている。

 開幕戦は重要であるが、新人選手の爆発力で、試合の流れが決まってしまったようなものだ。

 野球とはもっと、総合的なものである。

 それに確かにタイタンズは二桁得点を取ったが、ライガースも五点を奪っている。

 バッティングの方では大介がいなくても、それほどの不調というわけではなかったのだ。

 ただ点差があまりにもあったため、タイタンズも余裕のある投手運用をしたのだが。


 大介はスターズ戦から復帰する。

 しかしスターズも、その試合から武史を出してくるのでは、と予想している。

 開幕カードの第二戦にも、武史の予告先発はなかった。

 つまり本拠地開幕で使う、ということなのだろう。

 大介として早く甲子園の試合に出たいが、大阪ドームのカードがもう一度ある。

 単純に観戦するだけなら、ドームの方がいいのだろう。


 練習には参加しているが、まだベンチ入りもしていない大介。

 いざという時に代打にぐらいは出るぞ、と本人は思っているのだが。

 完全にこの開幕カードは、休ませると首脳陣は決めていた。

 年齢的なことを考えれば、WBCの疲労を考えたのだ。

 これまでと比較すれば、控えめな活躍だったのも、年齢を考えてのものと思ったのだ。




 開幕カード第二戦である。

 タイタンズは開幕戦こそ快勝したが、まだ色々と問題を抱えている。

 第一にはやはり投手陣である。

 確実に期待できる先発は、三枚ほどしかいない。

 だからこそローテーションを巡って、チーム内で競争が起きているのだが。


 左右の二枚、土井と安藤は、それなりに試合を作ってくれる。

 他には三年目の沢村なども、しっかり六回までを投げてくれるピッチャーだ。

 ただオープン戦ではドラフトで獲得した新人も、それなりに一軍で投げることがあった。

 投手陣は使いながらローテを構成する、というのが方針であるらしい。


 司朗は昨日と同じく、一番で登場である。

 ただ一戦目とは違い、今日はピッチャーも探りながら投げてくる。

 テレビで普通に見ていた相手と、こうやって勝負する。

 ライガースの津傘は、もうしばらくローテーションを回しているピッチャーなのだ。


 ここで司朗は先頭打者として、しっかりとボールを見極めて出塁した。

 高校時代とはやはり、ストライクゾーンが違う。

 オープン戦と公式戦、それぞれの審判のクセを確認する。

 まずはフォアボールを選んで、ノーアウトのランナーとして出塁した。


 タイタンズは投手陣が、リリーフにおいても不安が残る。

 勝ちパターンのリリーフがいないわけではないが、レックスのような絶対的な安定感はない。

 野球はやはりピッチャーである。

 なのにどうして司朗を指名したのか。

 入ってみてからも、大学の派閥のようなものを感じる。

 東名大のピッチャーとなると、タイタンズと大学のつながりを考えれば、久世こそ即戦力として、取るべきではなかったのか。


 獲得してみたらいきない、即戦力として働いてくれている。

 結果としてはドラフトは、成功しているわけである。

 だが必要な戦力として考えるなら、やはりピッチャーを一位指名するべきであったろう。

 そこが分からないため、司朗としては首を傾げたものだ。

 ただスカウトの人間が、教えてくれたこともある。

 久世もまた、将来はメジャー移籍を視野に入れている、ということである。


 大卒の久世が、メジャー移籍を考えるなら、何歳で行くことになるか。

 おそらくそのあたりの交渉を考えて、久世からは手を引いたのだろう。

 しかし司朗も将来的に、メジャーを公言していた。

 高卒であるから少しでも、大卒よりは長く使えると考えたのか。

 あるいは高額の年俸で縛るつもりだったのかもしれないが、金では動かないのが司朗である。


 そのあたりどうにも、タイタンズは編成陣が失敗したと思う。

 もっともオープン戦を見る限り、確かに司朗の獲得は正解だ。

 開幕戦であれだけ目立ってくれたのだから、これ以上のものはない。

 例年であればおそらく、直史の開幕戦マダックスが、スポーツ欄の一面になっていたであろうから。




 ランナーとなった司朗は、当たり前のように盗塁を考える。

 序盤に点を取っておけば、優位なのはプロ野球でも変わらない。

 特にプロともなれば、本来なら戦力均衡で、先取点も貴重なものとなる。

 特にタイタンズとライガースでは、ライガースの方がやや投手はいいぐらい。

 だが今日はライガースは津傘、タイタンズは安藤と、ピッチャーとしての評価は安藤の方がやや高いぐらいである。


 単純に勝ち負けの数なら、ライガース投手陣の方が優れている。

 だがタイタンズは特に、上手く打線がつながらなかったり、リリーフで崩れたりすることが多いのだ。

 本当ならあと五勝ぐらいは、多く勝っていてもおかしくないのが、安藤の評価である。

 そして初回に先頭打者として塁に出れば、立ち上がりを攻めるのが基本的なこと。

 ベンチからもしっかりと、盗塁のサインが出るのだった。


 リードを大きく取って、ピッチャーにプレッシャーを与える。

 だがライガースは比較的、盗塁阻止率が低いチームなのだ。

 ちょっとぐらいは点を取られても、打線が取り返してくれる。

 そう考える意識があるから、細かい部分が粗くなる。

 高校野球の中でも、帝都一はガチガチに、守備や走塁を重視していた。

 そこで育った司朗なのだから、ここでもしっかりと盗塁を決める。

 開幕戦から数えて、もう三つ目の盗塁。

 想像以上のスピードスターっぷりに、タイタンズの首脳陣はもちろん、親会社の役員まで大喜びであったりする。


 ただ司朗の活躍と、チームの勝敗は連動するわけではない。

 もちろん昨日のように、長打を何発も打ったなら、それにも影響していたのだろうが。

 この日も司朗はホームを、二回も踏むことになった。

 だが打点は一つもつかなかったのである。

 四打数の二安打で、マルチ安打を記録してはいる。

 しかし両方とも単打であったのだ。


 一番打者というのはどうしても、前にランナーのいない場面で、打席が回ってくることが多い。

 チャンスメーカーではあるが、クラッチヒッターである面も見せる必要があるだろう。

 そうなると一番ではあるが、長打力も必要となる。

 あまり長打を打っていると、クリーンナップに回される可能性もあるが。


 首脳陣としては司朗と悟を並べて、得点力を上げたらどうか、という案も上がっている。

 ただ開幕して早々に、そういった変更をすべきではないと、監督の寺島は慎重だ。

 打撃コーチの茂野も賛同しているのだが、他のところから意見が出てきたりする。

 新人にあれこれと、環境の変化を経験させるべきではない。

 最終的にはこう結論づけられるのだが。


 とにかく今は、司朗の打席が一つでも、多く回ってくる方が望ましい。

 派手に見せる一番バッターとして、まずは定着させるべきであろう。

 ただ悟にしても助っ人外国人にしても、クリーンナップの高齢化も確かなことだ。

 高校時代は四番を打っていたのだし、やがては打順の変更もあるだろう。

 だが今ではない。




 第三戦も、五打席が回ってきた。

 何気にこの試合で、司朗はプロ初三振を喫した。

 ただそれは際どいコースの見逃し三振で、SNSなどで物議を醸すものであった。

 プロの世界では新人は、ストライクゾーンが広くなる。

 その理不尽さがあるのは、腹が立つが仕方がない、と軽く受け流す司朗であった。


 この試合もツーランホームランに、シングルを合わせて二安打。

 そして三試合連続となる、盗塁を決めたのである。

 ここまでようやく最初のカードが終わっただけだが、14打数の8安打。

 打率が五割をオーバーしていたりする。

 三試合で平均五失点であるが、逆に三試合で25点も取っている。

 この派手な試合は、アウェイであるがスタンドの観客を興奮させた。


 大介がまだ戻っていないだけに、ライガースの応援も気合が入っていないといったところだろうか。

「派手なことしてんな~」

 それが大介の感想であるが、自分の時も似たようなものではあった。

 序盤の打率は五割を超えていたのであるから。

 しかし1カードが終われば、プロの分析はすぐに、その評価をして対策を考えるだろう。

 もっとも幸いと言うべきか、次のタイタンズの対戦相手は、フェニックスであったりする。


 ここまでの数字を残すのは、大介であれば珍しくはない。

 だが新しい新人が、これをやっているというのが驚きなのである。

 どのようなスポーツも、万全の王者の戦いを見たいとは思うが、やがてそれだけでは飽きてくる。

 なんとも贅沢なものだが、民衆はサーカスを必要としているのだ。


 開幕から三試合で、マルチヒットを記録。

 新人が開幕からスタメンというだけではなく、こんな数字を残している。

 新しい時代がやってきたのだ、ということをはっきりと示している。

(けれどまだ、伯父さんとも父さんとも対戦してないしな)

 タイタンズは3カード目に、レックスとの試合を予定している。

 そこではローテ通りであれば、直史が投げてくるはずだ。


 今までに対戦していた、練習ではない本番での直史。

 果たしてその力が、どれほどのものであるのか。

 あらゆるピッチャーの中で、もっとも異質と言われるその実力。

 ただそれに至るまでに、まずはフェニックス戦でも、結果を残すことを考える司朗であった。

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