17章 25年目
第393話 不充分な開幕
開幕戦直前の、ほんのわずかな時間である。
図らずも開幕戦は、一族同士の対戦になりそうだ。
レックスとスターズは、開幕戦にエース同士をぶつければ、直史と武史の対戦となる。
そしてライガースはタイタンズとの対戦。
こちらは叔父と甥のバッティング対決となる。
マスコミはもう大騒ぎで、この勝負を煽っている。
もっとも開幕投手がどうなるのか、そして司朗がシーズン公式戦でどう打てるのか、そのあたりは期待しすぎではなかろうか。
期待していたところに、やはり大介は開幕戦に間に合わない、という報道がなされた。
事前に言われていたのに、大介が怪我で休むというのは、よほど信じられないことであったらしい。
また武史も開幕前に、背中に張りを感じている。
去年も半ばほどは休んでいたのだから、こういう可能性もあるであろう。
開幕に調整していても、万全で戦えるとは限らないのだ。
特に今年は、WBCもあったのだし。
優勝自体は喜ばしいが、レックスとライガースはかなり複雑である。
どちらも主力が故障し、開幕戦に間に合わなくなったのだから。
ただライガースファンとしては、元ライガースの金剛寺が代表監督であったため、大きな声で非難もしづらい。
平良に比べればその怪我の度合いも、それほどひどいものではなかった、というのも理由であるが。
レックスは平良の復帰を、必死で待つ必要がある。
だが幸いと言えるのは、打線の強化がなされているということか。
去年の近本の負傷も癒えて、問題なくバットを振っている。
小此木の復帰は大きいし、新外国人のカーライルも、今のところは機能している。
点差が大きいのなら、他のリリーフでもなんとかなる。
先発ローテから一枚を抜くことは、考えていないレックスである。
今さらなことを言えば、大卒即戦力と言われるバッターは、外野のポジションが被ってしまっている。
ただライトのクランも34歳になるので、それほど長くは活躍出来ないであろうが。
それに来年、つまりもう今年になるが、高卒ピッチャーの当たり年とも言われていたのだ。
もちろんピッチャーも取ったが、それよりは打線の強化、とは散々に言われていたのだ。
数年間現役を続けてもらって、小此木もコーチに入る。
彼はバッティングだけではなく、守備や走塁も上手い選手だ。
また先に緒方の方が引退し、本来のポジションのセカンドが空くだろう。
サードを守れる内野の大砲が、今度は必要となるであろう。
現場はとにかく今必要なポジションを求める。
しかし編成としては、二軍までもちゃんと見て、必要な選手を取っていくのだ。
レックスの今の強さの理由は、とにかく直史の力によるところが大きい。
去年は25勝しているが、完投したのが20試合。
つまりこの20試合では、リリーフ陣を休ませることまで出来たのだ。
レックスの首脳陣と編成は、話し合っていることはある。
ただ平良の戦線離脱は、さすがに想定外であった。
あるいは復帰すれば、先発に回した方がいいのではないか。
元々は高校時代、普通に先発で投げていたピッチャーなのである。
二軍で投げているうちに、短いイニングに適応していった。
あとはクローザーは、メンタルが重要なポジションである。
大平は複雑なところもあるが、このチャンスを逃したりはしない。
セットアッパーよりもクローザーのほうが評価は高く、また選手寿命も長い傾向にある。
どこで投げるかがある程度左右されるセットアッパーよりは、クローザーの方が計算して肩を作ることが出来る。
そもそも試合を終わらせるクローザーというものに、大平は憧れていたのである。
武史はまだ、MAXで165km/hを投げることが出来る。
しかしついに、昇馬に追い抜かれてしまった。
つまり今、日本人最速は、プロではなく高校生なのである。
全盛期であったならば、というのは言い訳にしかならないだろう。
去年も途中で離脱したし、今年も調整が上手くいっていない。
トレーナーにマッサージをしてもらうと、まだまだ筋肉は若い、と言ってもらえるのだが。
メジャーで200勝して、あと一つ勝てば日米通算400勝となる。
日本の歴史で言うならば、上杉に次ぐ数字である。
日米通算でいいのならば、両リーグを合わせても歴代四位になっている。
大卒の投手としては、間違いなく最強の成績だ。
去年も二桁勝利はしたし、貯金も二桁に到達した。
だが二桁勝てなくなったら、もう引退の段階だと思っている。
もっともいまだに、奪三振率ではトップクラス。
今年は果たして、何勝出来るのだろうか。
上杉を超える必要はないと思う。
だがあと2シーズンを無事に過ごせば、超える可能性が出てくる。
そもそも上杉も、肩の故障さえなかったら、もっと勝っていたはずなのだ。
それこそ500勝という、とんでもない数に到達していたかもしれない。
そんな武史は、昇馬なら届くのでは、と思っている。
何よりも有利なのは、左右両投げだ。
一試合を右だけで乗り越えたら、短い間隔で左で投げることが出来る。
これでシーズンに40試合も先発すれば、30勝に到達するのではないだろうか。
だが直史はMLBでは、30勝を何度も記録した。
投げた試合のほとんどを勝てば、そういう数字にもなる。
30勝で15年間やっても、まだ450勝にしかならない。
本当にサイ・ヤングの記録が無茶苦茶だと思える。
もっともピッチャーに関しては、上杉が出てくるまでは絶対に、もう更新されない記録だと思われていたのだ。
そして上杉とは違う形で、直史は更新不能の記録を作った。
武史が401勝すれば、サウスポーの最高記録になる。
ただこういった記録は、MLBと混ざると分かりにくい。
武史はMLBの歴代でも、NPB記録を抜きにしても、トップ100には入っている。
そしてサイ・ヤング賞の獲得回数では、歴代一位となっているのだ。
MLBの価値観で見るなら、上杉よりも武史の方が上ということになる。
それにははっきりと、違和感がある武史だ。
鮮烈に短く輝くのと、永遠のように長く輝くのと。
上杉や大介が衰えるというのを、もちろん全ての人間は理解はしていたであろう。
人間がいずれ死ぬのと、同じぐらいに当たり前のことなのだ。
しかしそれを実感すると、あとわずかな英雄の伝説を、どれだけ見られるかが重要になってくる。
直史の投げる試合で、チケットが必ず売り切れる理由である。
大介の足首は、テーピングがしてある。
大きな故障ではないが、肉体の耐久力が、出力に耐えられなくなってきた。
パワーではなく技術で、ホームランを打たないといけない。
また、ヒットの数もあと二年頑張れば、日米通算記録を抜くかもしれない。
高卒で一年目から、ほぼフル出場を続けていた結果だ。
ホームランの数が減って、盗塁の数が減って、打率も下がっていく。
いよいよ選手としての衰えが、本格的に始まったのだろう。
それでもこれまでの経験を駆使して、巨大な壁になってやろう。
壁は巨大であるほど、それを超える者は強い力を得る。
あと一年、力を保つことが出来るだろうか。
もしも昇馬がプロに入るなら、ある程度戦う機会があるだろうか。
衰えと言うよりは、老いであろう。
肉体の耐久力全体が、強張って脆くなってきているのだ。
年齢からすると、当たり前のことであるのだが。
開幕前には甲子園で、センバツが行われている。
大介は一人で、それを見に行っていた。
昇馬が参加して、マウンドに立っている姿。
甲子園にはエースが似合うな、と大介も感じる。
プロに入ってからは、バッターの方が全体的に、貢献度は高くなるのだが。
短期決戦で評価が高くなるピッチャー。
シーズンを通して数字を数えていくバッター。
MLBの評価基準などでは、バッターの貢献度の方が、シーズンを通しては高くなる。
だからこそ故障などで、試合に出られないというのは防がなければいけない。
ちょっとした腫れも引いて、開幕から出られるのではないか、と考えたりもする。
だが医師はどうしても、三日は休めと言ってくるのだ。
回復力が大介の年齢にしては高い。
それでも昔に比べれば、やはり怪我の治りなどは遅くなっている。
これについては直史に、ちょっと尋ねてもみたのだ。
しかし直史と大介では、前提条件が違いすぎる。
「勤続疲労もあるだろうからな」
その点では確かに、大介は働きすぎだ。
プロ入りしてからこちら、ほぼ全てのシーズンでポストシーズンまで働いている。
バッティングにおける優勝請負人というか、大介がいればチームは強くなるのだ。
テーピングの可動範囲で、足首を動かす。
完全に動かないようにすると、変に硬くなってしまうのだ。
運動が出来ないとしても、柔軟やストレッチは出来る。
大介は充分に体が柔らかいが、直史に比べるとまだ、体が硬い。
野球は比較的、体が硬くても出来るスポーツだという。
だが長く続けるならば、やはり負荷を肉体全体で受け止めるようにしなければいけない。
周囲が故障で休んだり、WBCの疲れを取っている間も、直史は調整をしている。
だが仕事の合間に、調整をしていると言うべきだろうか。
農業の他にインフラ事業と、直史は会社を拡大させている。
ただいくら仕事を取ってこられるとしても、人を集めることは自分では出来ない。
だいたい日本という国は、ここしばらくずっと財政政策で、失敗を続けている。
その分を民間が補うというのが、本当に困ったところなのだ。
地理的にはロシアや中国に近く、それでいて国家体制は資本主義の民主主義。
一応はアメリカを筆頭とする、西側の防壁である。
文化的には損得より善悪を考える。
それでいながらキリスト教を必要しない、文化的に異質の国。
まったくもって国家を守るために、色々と必要なものが増えてくる。
直史は自身が、他者にカリスマを感じさせるような、そういう人間ではないと思っている。
ナオフミストなどと呼ばれる魔王信仰者が存在するとも言われるが、それはピッチャー直史に対するものだ。
地元の企業などと協力し、支持層を得る。
そして知事か代議士を目指すのだが、今は顔をつなぐ段階である。
誰もがテレビで、一度は見たであろう存在。
直史はそういう人間になって、未来のことを考えている。
スーパースターの座は、甥っ子たちに任せればいいだろう。
今年も開幕戦の投手は、直史だと言われている。
地元開幕であるため、それは当然のことだ。
スターズが武史の調整を理由に出さなかったのは、武史も元はレックスで活躍したからであろう。
一番どこで活躍したかというと、MLBとなってしまう。
直史もそうなのだろうが、一応は今年で11年目。
プロとしての半分以上は、NPBで過ごした事になる。
10年間でいったい、どれほどの実績を上げたのか。
量よりも質で、圧倒的に優れている。
優勝請負人とも言われるが、本人としてはあまりそういう意識はない。
肝心の試合で負けてしまったこともある。
本人の責任ではなくても、負けがついたらチートではない。
レックスで投げるのは、今年が最後かもしれない。
あとは千葉に移籍して、最後のシーズンを投げようか。
(長くても、あと三年かな)
昇馬がプロに来たら、果たしてどういうことになるのか。
いよいよ時代は、次の世代に受け継がれていく。
もう見守る立場なのだな、と直史は考え始めている。
いよいよ今年も、プロ野球の開幕である。
レックスは平良の離脱が厳しいが、対するスターズも開幕戦に武史を出すことが出来なかった。
もっともこれはどうしようもないものなのかもしれない。
球速はまだ余裕で160km/hを出せるが、それだけでバッターを打ち取れるというものではない。
速さだけなら普通に、当ててくるのがプロの世界である。
直史はもう、完全に開幕投手に慣れている。
スターズの戦力分析もしていて、今年の行く末は武史の調子によるかな、と考えているのだ。
ドラフトなどでの戦力強化は、そこそこ上手くいっている、とマスコミは報じていた。
とはいえ今年のレックスは、小此木が戻ってきて新入団外国人もいる。
(出来れば完投して勝ちたいところだな)
大平をクローザーとして考えているが、開幕戦はプレッシャーもあるだろうと考えているのだ。
もっともこれまでにも、何度もクローザー経験をしている。
その素質や性格は、クローザー向きではあるのだ。
むしろ平良は冷静さなどを考えると、先発で長いイニングを投げたほうがいいのでは、と思ったこともある。
結果が出ているので、ポジションを変えることはしなかったが。
レックスは今年、先発が六人埋まっていない。
もちろん他のチームも、完全に勝てる六人を揃えていたりはしないのだが。
戦力の強化という点では、ライガースの方が上であるかもしれない。
そのライガースの最初のカードが、大介が離脱した上での、タイタンズとの対戦なのだが。
オープン戦とレギュラーシーズンでは、選手の動きが全く違うものとなる。
そもそもオープン戦は、わざと打ちやすい球などで試してくることも多いのだ。
そのあたりはオープン戦で結果を出し、一軍に出たい若手と、既に一軍自体は決まっているベテランで、対応が変わってくる。
直史などもオープン戦では、かなり打たれていた。
分かっていないメディアは、不調などと言っていたものだ。
毎年オープン戦では、不調と言われるのが直史なのに。
スターズ打線に対し、直史はピッチングを開始する。
今年もしっかりと、150km/hが出せるまでには仕上げてきた。
この年齢で150km/hは充分、と思う人間は多いだろう。
ただ武史は、まだ軽く160km/hは出せるのだ。
重要なのは球速ではない。
150km/hのボールでも、160km/hに見せることは出来る。
緩急を使うことこそ、直史のピッチングの要旨の一つ。
あとは精密なコントロールなどであるが。
まずは一回の表、三振一つを含む三者凡退。
今年も打てないピッチャーなのか、と絶望させる兆候を、早くも見せ始めていた。
ライガースの開幕戦であるが、大阪ドームを借りたものとなった。
この時期はどうしても、そういったものになるのだ。
大介がもう少しだけ、治療に専念しないといけない、と言われているこの開幕。
甲子園とはどうしても、体感が違う。
もっとも大阪の熱心なライガースファンとしては、むしろアクセスのいい人間もいるだろうが。
ライガースの先発は、キャリアも長くなってきた畑である。
その畑を相手に、一回の表から司朗は打席に立つ。
甲子園でも感じなかった、この完全アウェイの雰囲気。
なるほど、これがライガースファンか、と改めて感じる次第である。
「神崎~! 今日は打たんでもいいぞ~!」
「初ヒットはお父ちゃんから打てや~!」
雑音が多いが、それに気を取られたりはしない。
考えるのは、自分がこの開幕戦に、何をしなければいけないか、ということである。
甘く入ったら、初球から打ってもいい。
だが一番バッターしては、まず相手の今日の調子を見ていくべきであろう。
高校時代はずっと四番であったが、相手を探るのは得意なのが司朗である。
ほとんど読心能力、とまで言われるその共感性と読み。
ドラフト一位の新人に対して、プロの洗礼を教えてやろう、という気配が感じられる。
オープン戦とは違うな、とははっきり分かる。
ただ開幕戦ということで、感情がダイレクトに伝わってくる。
(甘いストレート)
これだけ分かってしまっては、打ってしまっても仕方がない。
やや内角寄りのボールを、そのまま引っ張って打った。
打球は右中間を抜ける長打となる。
司朗は足があるからこそ、一番を打っている。
ツーベースまでは軽いが、三塁を狙っていくべきなのか。
一塁を蹴った時点では、まだ外野はボールに追いついていない。
そして二塁をける時には、三塁コーチャーを確認する。
止めない。ならば走るだけだ。
「スライ!」
足から滑り込むスライディングで、三塁に到達。
タイミング的にはまだ、一秒ほどの余裕があった。
プロ初打席が、スリーベースヒット。
幸先のいいスタートであるが、一番打者としての役割を果たしたとは言いがたい。
しかし一番バッターは、リードオフマンでもあるのだ。
開幕初戦にいきなり、先制点のチャンス。
ノーアウト三塁から一点も取れなければ、それは間違いなく無能である。
ベンチを確認すると、監督の寺島などはニコニコ笑っている。
このチャンスメイクに、満足しているということだろう。
(さて、次はどうなるかな?)
スクイズで一点、などという作戦は取ってこないだろう。
だがタイタンズの二番打者は、小技も使えるタイプなのだ。
ライガースは大介が抜けて、得点力が落ちている。
そのあたりをどう計算するか、それが問題になるだろう。
ただこの状況では、司朗の判断を必要としない、分かりやすい打球が生まれた。
レフト方向に、定位置よりも深い打球が、しっかりと飛んだのだ。
抜けたら一点であるし、抜けなくてもタッチアップ。
捕球姿勢を考えれば、余裕でホームに帰ることは出来る。
レフトのキャッチと共に、GOの合図がかかる。
タッチアップでまずは、キレイに一点を取ったタイタンズであった。
第一打席でホームラン、などという派手なものではなかった。
しかしスリーベースヒットというのは、相当に珍しい初ヒットなのではないか。
司朗を一番で使うというのは、どうやら悪いことではないらしい。
ベンチに戻ってきた司朗に、チームメイトはハイタッチで応じていったのである。
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