第392話 功罪

 WBCの優勝回数は、ダントツとなっている日本である。

 この大会でも無事に優勝し、多くの日本人が喜んでいた。

 しかし金剛寺としては、レックス関係者には土下座行脚である。

 ただ平良の場合はどのみち、近いうちに壊れていただろう、とも言われたが。

 スライダーが決め球の平良は、俗に言う高速スライダーを使っている。

 肘への負担が大きな投げ方で、いつかはこうなっていたはず。

 そもそもほとんどのプロスポーツ選手は、無理をしているものなのだ。


 金剛寺としてはあまり誇ることも出来ない。

 だが全体としては、やはりめでたいことである。

 直史は首脳陣会議に呼ばれたが、とりあえず自分は不可能だということは言っておいた。

 先発に比べればクローザーは、シーズンあたりの球数は減る。

 とはいえ肩を作ったり、コンディションを調整するのには、どうしても時間と労力が必要なのだ。

 ポストシーズンならば、無理をする価値もあるだろう。

 しかしレギュラーシーズンで無理をすれば、ポストシーズンまでに壊れる。


 平良が目立つ怪我をしていたが、他にもあちこり小さな怪我をしている選手はいる。

 実は大介も少し、足首を捻っている。

 ホームランを打つときに、気合を入れすぎたのが理由である。

 WBCの決勝という舞台を、直史よりはずっと、大切なものだと感じていたのだ。

 それは比較的最近まで、メジャーで戦っていたという感覚の違いもあるだろう。


 アメリカでは大介がホームランを打って、瞬間視聴率が上がっていたという。

 準決勝でアメリカを降した台湾が、さらに日本に負ける。

 これこそアメリカの敗北なのだろうが、アメリカはいくら負けたとしても、まだ本気を出していないと強がることが出来る。

 それに主力がまだまだ参加していないか、分散して色々な国のチームに参加しているのは事実だ。

 アメリカでプレイする人間だけで、アメリカチームを作ったならば、確かにアメリカは優勝するであろう。


 平良の故障によって、大平にクローザーの重責が回ってきた。

 ただ大平は入団初年から、クローザーをやりたがっていた男なのだ。

 もしも平良がメジャーに移籍したら、クローザーをやってもらうことになるかもしれない。

 そもそもクローザーが、左右で一枚ずつ揃っていたら、それは強力なものであろう。


 オープン戦も終わって、それぞれが所属チームに戻る。

 今年はオープン戦がライガースとタイタンズの試合となり、いきなり面白い叔父と甥の対決が見られるか。

 もっとも大介も司朗も野手なので、直接対決というわけにはいかないだろう。

 開幕までの短期間、大介は捻った足が回復するのを待った。

 それにしてもこんなことで、肉体が負荷に耐えられなくなるなど、間違いなく老いてはいるのだろう。


 武史もそろそろ、引退してもおかしくない。

 球威が落ちてきているのは間違いないのだ。

 それでも160km/hが出ているが、去年は怪我で離脱した期間が長かった。

 WBCにはそれらの力がなくても、優勝は出来た。

 同世代が一人もいなくて、大介は寂しかっただろう。




 オープン戦の中では甲子園に戻ってきてから、大原の引退試合が行われた。

 正直なところ去年の数字だけを見れば、まだ投げられそうな感じもした。

 だが故障離脱して、もうトミー・ジョンしかないとも言われ、それでも投げたのだ。

 これで大介の同期入団選手は、もう一人もいなくなった。

 織田がメジャーでロースター入りはしているが、さすがにスタメンの戦力としては考えられていない。 

 あとは選手兼任コーチなどが、数人はいるぐらいだろう。


 引退してからコーチになったり、解説者になったりと、既にセカンドキャリアを進めている者が多い。 

 ただそういった枠は、ある程度限られている。

 上位指名で早々に、故障などで引退となった選手。

 それは球団職員になったりもしている。

 ユニフォームを着たいという人間もいれば、編成に入ったりした人間もいる。

 プロ野球株式会社の中では、どのチームに入るかは決められていた。

 そして引退後もある程度、キャリアによってルートが変化してくる。


 大原のような200勝投手は、ライガース一筋だったこともあって、将来的には監督も打診されるのかもしれない。

 ただ出身地というのならば、千葉辺りから声がかかってもおかしくはない。

 よってライガースは、大原を手元に置いておく。

 とりあえずはスカウト、やがてはコーチと、適性を見て確認していく。

 それにしても大原は、その大記録に比べると、あまり大物感がない。

 おそらくは同時代の200勝投手が、どれも怪物であったからであろうが。


 この時代は300勝投手、400勝投手が誕生している。

 また同じ200勝でも、真田は圧倒的に内容がよく、達成も早かった。

 だがこれだけ長く投げられた、大原が無価値であるはずはない。

 引退後の自分の名前に、200勝投手と刻まれるのだ。

 その大原の引退試合に、WBCに出場している選手が参加出来ないのが、なんと言うかタイミングが悪い。

 戻ってきてからだと、センバツが始まっているからだ。


 長い選手人生であった。

 小学生の年齢から数えれば、30年以上も投げてきたのだ。

 ピッチャーが一番と思い、実際に優れたピッチャーではあった。

 無事是名馬と言わんばかりに、24年間投げ続けた。


 運も良かったのだ。

 ライガースという打線の援護が、ずっと強い時代であった。

 自分より優れたピッチャーは何人もいたのに、ほどほどの力であったので裏ローテに入れられた。

 対戦するピッチャーが弱かったため、比較的楽に勝てたとも言える。

 それでもタイトルが取れたのは、やはり運だけではなかっただろう。


 メジャーに行っていた大介ともまた違う、ライガースの黄金時代の最後の選手。

 その引退試合となると、オープン戦であっても甲子園で行いたい。

 センバツがあるため、そしてWBCがあるため、この条件はわずかしか成立しなかった。

 だがやはり甲子園でやってこそ、ライガースの試合と言えるだろう。


 先頭打者に対して、MAXで140km/hのストレートを投げた。

 まだ出来るのでは、という人間もいる。

 だが肘の靭帯が損傷している状態では、もう投球術で抑えるしかない。

 いつ潰れるかも分からない人間のために、70人の枠を空けておく意味はないのだ。




 引退試合は最初の一人に投げて、そこからは継投して行く。

 普通の試合になるのである。

 花束を受け取ったり、スピーチをしたりと、やることは色々とあった。

 だが大原の、24年間は終わった。

 選手としての人生は、これで終わったのである。


 GMなども交えて、今後のキャリアについても話してある。

 まずはその顔の広さを利用して、スカウトとして選手の素質を見ていってもらう。

 これはスカウトとして育てるのではなく、スカウトとして選手を見ることで、その後がどう伸びるのかを考えるものである。

 将来的にはその長かった選手生活を活かして、コーチをしながら選手にアドバイスをしたり、あるいは編成に口をだしていってほしい。

 200勝投手というのは、それぐらいの価値があるのだ。


 あるいは監督も、いずれはやることになるかもしれない。

 大原は確かに偉大な記録を達成したが、自分の才能はそこまでのものでもなかった、という感覚を持っている。

 だからこそ他の選手を、正しく評価することが出来る。

 ただ監督としての采配を取るのは、偉大な選手だったとしても、そのまま通用するわけではない。

 もちろん選手に対する、指示の説得力は違う。

 しかし本質的に、選手と監督は違うものなのだ。


 MLBなどは選手と監督、つまりフィールドマネージャーの資質は完全に区分けされていた。

 スター選手はむしろ、監督まではやりたがらない、ということが多かったのだ。

 理由としては選手なら、自分の成績の責任だけで済む。

 しかし監督となると、チーム全体の責任を背負うことになる。

 自分の責任でもないころに、バッシングを受けることを理不尽と考える。

 そもそも監督の年俸は、選手よりもはるかに低い。


 ただ球団としても、スタープレイヤーの引退後の商品価値も、ちゃんと考えてはいる。

 だからこそアドバイザーなどといった、ポストを用意しているわけである。

 もっとも球団としては、20年以上もやってしっかり金も貯めた選手は、自分で何かをやっていくこともあるかな、などと考えたりもする。

 プロ野球界は実力主義の厳しい世界だが、引退する選手に対して、全く何もしないわけではない。

 もちろん現役時代から、イメージの悪い選手に対しては、そういう声もかからないが。


 大原は引き立て役となることが多かった。

 とりあえずレックスと対戦する時など、相手がエースクラスを出してくれば、大原に負けてもらう、という起用があったのだ。

 そのくせ200勝にまで到達したのは、やはり本人の節制があったからこそと言える。

 気質も明るいし、鷹揚な性格であったため、チーム内でも揉め事は少なかった。

 こういう人格の選手であると、球団も引退の後に、色々と使っていこうということになるのだ。


 これが大介ぐらいになると、もう監督としても招聘しづらい。

 メジャーリーガーとしても伝説の領域になっていると、せいぜいが臨時コーチをお願いするぐらいになる。

 とはいえ本人は、NPBで通用しなくなっても、独立リーグに行く気が満々である。

 独立リーグのチームとしても、試合数の少なさや集客を考えると、当然ながらほしい選手となる。




 軽く足を捻った大介は、一週間ほどは上半身を重点的に鍛えることとなる。

 もっとも大介は怪力ではあるが、腰より下の筋肉の方が、より重点的に鍛えられている。

 今後もおかしな故障などをしないように、股関節などのストレッチもしている。

(昔は無茶をしても、こんな怪我しなかったよな)

 自分の筋肉の出力に、自分の肉体が耐えられない。

 体重の軽い大介は、ずっとそんなこととは無縁であったのだ。


 オープン戦も出場せずに、この軽い捻挫の治療をしっかりとする。

 開幕までにはちょっと微妙で、一週間ほど遅れての出場になりそうだ。

 だが一流のスポーツ選手などというのは、多かれ少なかれ故障を抱えながら戦っているものなのだ。

 大介もここまで、完全に故障知らずといったわけではなかった。

 ただごく普通のプレイで、こんなことになるのは珍しい。


 踏み込む足を使わなくても、腰の回転である程度打つことは出来る。

 だがその腰の回転までに、一度は踏ん張る必要があるのだ。

 そして色々と試していたら、右打席の方が打ちやすかったりする。

 考えてみれば長年、ずっと左打席で打ってきたのだ。

 ならば片方の足にのみ、負荷がかかっていてもおかしくはない。


 本来が左打席で、サウスポーを苦手というのもそれほどでもないので、右で打つ必要はほとんど感じなかった。

 ある程度はサウスポーのスライダー変化は打ちにくかったが、それで右打席に立ったとしても、他のボールへの対応力が弱くなる。

(右ピッチャーのスライダー変化に、ちゃんと対応出来るのかな)

 とりあえず足首の負担を考えて、右打席でも打ってみる大介である。


 そんな大介を見て、野球解説者として今年も働く金剛寺は、心配してくれる。

「今までの打ち方では、負担が大きいのかもしれんな」

 ただ体重移動を少なくしても、充分にスタンドまで飛ばすことは出来るのだ。

「問題は走塁なんですよね」

 大介の去年の盗塁は、49個であった。

 それでも盗塁王は逃したのだ。

 そして盗塁が少なくなるということは、それだけ歩かせやすくもなるということ。

 二番バッターではない方が、いいのかもしれない。


 走塁はともかく盗塁は、現代野球ではそれほど、重要視されなくなった数字の一つだ。

 それでも大介が相手に勝負をさせるためには、足があることを見せ付けておく必要がある。

 日本に戻ってから改めて診断してもらったが、確かに足首の負担は大きいという。

 もっともこの年齢の野球選手で、あれだけの数字を残しているのは、肉体がまだまだ若いからだと言われたりもしたが。


 ともかく開幕一軍は、慎重を期して諦める。

 二軍で調整がてら、右打席も試していこう。

 そう考えて右で打っていくと、やはりそれなりには打てる。

 もちろん全ての指標が、左よりは低くなるのだが。




 現代野球は少しでも得点の確率を上げようとして、左バッターが増えていった。

 ただその反動で、右の長距離砲も必要となってきている。

 全てのバッターがそうではないが、サウスポーに弱い左バッターは多い。

 とはいえ右バッターであっても、サウスポーを苦手とするバッターは多いのだが。


 当たり前のことで、左ピッチャーは左バッターよりも少ない。

 少ないタイプのピッチャーは、打ちにくいのだ。

 しかし比較的右バッターは、左ピッチャーを打てたりする。

 ここで大介が判断したのは、両方の打席を使っていくということだ。


 直史は片方の肩肘にばかり負荷がかからないよう、練習では左手でも相当に投げている。

 ならば大介も、両方の打席を使って、負荷が上手く分散するようにすべきではないか。

 最近では左で対応出来るため、左ピッチャーにも左打席で対戦していた。

 だが昔は難しい左ピッチャー相手には、右打席に入っていたこともあったのだ。

 ただ、実戦で右打席に入るのは、かなり久しぶりのことになる。


 その程度のボールならば、右打席でも打てるわ! と昇馬相手に大人気なく、右打席で打ったりはしていた。

 しかし試合の中で投げられるボールを、果たして右打席で打てるものなのか。

(去年は水上も、膝を故障してたよな)

 大介の怪我はそれに比べれば、ずっと軽傷なのは間違いない。

(でも足を存分に活かすのは、もう限界になってきてるのかな)

 そうなると守備位置も、ショートからは引退する時期であろうか。


 ショートの運動量というのは、内野の中でもかなり大きい。

 また転がってくるゴロをアウトにするため、素早く速い送球が重要になる。

 体を捻る動作も多く、それだけ負荷は大きくなる。

 足首の踏ん張りも、打撃と同じく重要になるのだ。


 ずっとショートを守ってきた。

 この守備負担の多いポジションを守りながらも、打撃と走塁で結果を出すというのが、大介の誇りの一つであったことは間違いない。

 野球というスポーツは、他のスポーツに比べても、試合中の運動量が比較的、少ないものなのは確かだ。

 しかしショートは内野の要であり、中継の作業も多いポジションであった。

 ただ確かにショートの強打者は、キャリアを積むと他のポジションにコンバートされる。

 守備負担が大きいのなら、その分を打撃に回してほしいということになるのだ。


 今はまだ、試すことも駄目である。

 しかし守備の練習に参加出来るようになったら、他のポジションも守ってみようか。

 サードやセカンドといった内野に、あとは外野であるか。

 ショートの感覚と一番似ているのは、おそらくサードなのだろう。

 だが大介の肩を活かすことを考えると、外野も悪くはないと思う。


 問題はどこまで、自分がこだわるかであるのだ。

 もちろん完治してから、実際に守備をしておく必要はある。

 それに膝と違って、足首は力が抜けるような、そんな感じで壊れたりはしない。

 しかし野球をするにおいては、ショートをずっと守ってきたのだ。


 他のショートとなると、緒方や悟もコンバートされた。

 やはりショートというポジションに、下手にこだわることはチーム全体のためにもならない。

 しかし実際に、守れる範囲は狭まっているのか。

 ライガースには次代のショート候補が、それなりに育っている。

 とりあえず開幕戦からは、しばらくそちらが使われることになるだろう。




 開幕カードはレックスとスターズ、ライガースとタイタンズというものになっている。

 残念なことにライガースは、甲子園ではなく大阪ドームを借りたものとなるが。

 大介の故障については、WBCによるものではなく、練習中のものと発表されている。

 鉄人とも言われていた選手でも、故障することは普通にあるのだ。

 ただ上杉の肩のような、致命的なものでなかったことは幸いだ。


 本当に年を取ったな、と直史は思ってしまう。

 武史も仕上がりがいまいちであるそうだし、順調なのは直史だけか。

 あとはタイタンズに入った、司朗がどれぐらい活躍してくれるかだ。

 時代が変わろうとしている。

 もう輝ける人生は、子供たちの代に移っているのだ。

 昇馬がどういう選択をするのか、それも問題にはなる。

 だが大介がこうなったということは、もう自分の現役も長くない、ということだ。


 レックスとの契約も、直史は一年ごとに行っている。

 最後の年は千葉で、ということも考えていた。

 もっともセと違ってパは、移動にかかる時間が長い。

 それだけコンディションの調整に使える時間が、短くなるということである。


 もしも千葉に移籍するとしたら、今の戦力に直史を加えて、パを勝利することは出来るだろう。

 総合的に強い福岡がいるが、野球は主力が数人欠けてしまう、ということもあるスポーツだ。

 特にピッチャーがそうなると、一昨年のように千葉が勝つことも充分にありうる。

 レックスはこの三年で、充分に育てた。

 もっとも今年、開幕に平良がいないのは、誤算であることは間違いない。

 それなりの愛着はあるチームで、なんならここでキャリアを終えても良かった。


 日本一を決めよう。

 日本シリーズで、アドバンテージのない状態で、果たしてどちらが勝つのか。

 大介があとどれぐらい、一軍の主力でいることが出来るのか。

 特にバッティングにおいて、支配的なプレイヤーでいられるのか。

 彼がNPBを去る時が、直史の引退の時でもある。

(あと一年か、二年ってところか)

 過去の偉大なレジェンドバッターと比較しても、それぐらいが限界であるだろう。

 

 大介との関係は悪くない。

 むしろ親友と言ってもいいし、義理の兄弟ですらある。

 ただこの二人の対決を、世界は必要とした。

 野球の世界から遠ざかったはずの直史が、どうしても引き寄せられた世界。

(それでも、もう長くはない)

 最後の決着は、迫ってきているのは間違いなかった。

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