第390話 WBCでの出来事

 WBCが始まろうとしている。

 今回の日本代表は、かなり戦力的に落ちる。

 ピッチャーは佐藤兄弟が両方いないし、バッターとしては悟もいない。

 直史は一応予備登録されているが、武史と悟は普通に去年負傷していた。

 またメジャー移籍組である、三島もこの一年目に入っているはずもない。


 それでも充分に強いことを、証明するような大会であった。

 まず第一ラウンドは、オランダ、イタリア、キューバ、中国という組から始まる。

 ここでリーグ戦を行って、上位の8チームがトーナメントに出場。

 準々決勝を日本で行い、準決勝からはアメリカでの試合。

 なお準々決勝の相手は、韓国か台湾でほぼ決まりであろう。


 大介はキャンプではいまいち調子が上がっていない。

 さすがに年齢的に、レギュラーシーズンに合わせなければいけないからか、と代表の監督には思わせた。

 しかしそれでも、他の代表メンバーの中ではトップクラス。

 一番調子が悪くてようやく、他の日本代表のバッターと同じレベル、ということである。


 軽く紅白戦を行って、今回の代表監督である金剛寺は、打順を考えるのに迷った。

「一番は足も考えると、福田を使って、本多は……四番か? 白石を二番に使うのか三番に使うのか」

 金剛寺の経験からすると、大介は三番というイメージが残っている。

 だがMLBでは二番を打っていて、帰国後も二番なのだ。


 そんなことを考えつつも、とりあえず初戦の中国戦である。

 キャリアハイで40本打っていない本多が、ホームラン二本を打つ活躍。

 なお大介は三打席フォアボールで出塁し、残りもヒットを打って出塁率10割で決着した。

 この組で強いのは、日本の他にはオランダとキューバ。

 続いてイタリアといった感じだが、キューバは本当の代表を組めたなら、もっと強かったであろう。

 政治的な問題で、アメリカに亡命したメジャーリーガーを使えていないのだ。


 政治的な問題と言うなら、アメリカに近いキューバが、アジアの国のグループに分けられていることも、意図があるだろう。

 他には中国が、台湾で開催されるグループに入っていないことなども。

 面倒な国は日本が抱える、ということになっているのか。

 もっともこの程度であるならば、日本は充分に許容範囲である。

 お客様扱いならば得意なのが、日本という国であるのだ。


 中国はやはり、野球やサッカーは強くならない国なのだろうな、と大介は思った。

 団体競技に弱いわけではないが、国内にリーグが作れるほどの、大量の選手を作れない。

 オリンピックや世界大会でも、個人競技のほうが強い。

 もっともバレーボールなどの、母数から巨体を見つける競技などは、やはり強くしやすいのだろう。

(まあ野球で負けるわけないか)

 そう思う大介であるが、それも野球のスポーツ市場を支える、国力があってこそのものだろう。

 直史が色々と小難しいことをいうのも、地頭のいい大介は分かるのだ。




 オランダと言うよりは、オランダ領代表とでも言った方がいい、北中米に存在するキュラソーなどで盛んな野球。

 WBCでもこれまで、ベスト4までには入ってきている。

 だが日本はこのオランダも、6-3と比較的安心して倒すことが出来た。

 残りはイタリアとキューバであるが、イタリアにもメジャーリーガーが含まれている。

 結局はメジャーリーガーが主力となりながらも、選手層が厚い国が勝つ。

 これが東アジアの、日本や台湾、韓国となるのだ。


 北中米と東アジア。

 野球の強豪はほぼ、このあたりに固定化されている。

 アメリカと日本が、それぞれの中心であると言ってもいいだろう。

 ただ日本代表でさえも、メジャーリーガーの参加が多い。

 しかし今年は例外的に、メジャーリーガーをあまり多く参加させていない。

 数人は呼んでいるが、それでも主力にNPB所属が多い。

 これはメジャーリーガーを無理に集めなくても、勝てるという読みがあったりする。


 バッティングに関しては、大介がいることが大きい。

 43歳のシーズンを迎えるバッターが、主力というのはちょっと困ったものだが。

 ピッチャーにしても160km/hオーバーという選手が、何人もいる。

 将来的にはメジャー移籍が濃厚であるが、ここまでアメリカ以外からメジャーリーガーが多くなると、アメリカの国技という点ではどうなのか。

 アメリカの国技はアメフトだ、という人間も多いだろうが。


 レックスの選手では、左右田が代打や代走で出場している。

 またパのチームのピッチャーが投げる時は、比較的迫水が受けることが多い。

 これはあまりに本気でやっていると、キャッチャーがピッチャーのクセなどを見抜いてしまうからだ。

 同じリーグのピッチャーとキャッチャーは組ませづらい。

 もちろん例外は色々とあるのだが。

 その点ではメジャーリーガーのピッチャーは、配慮がいらなくて楽である。


 イタリアと7-1、キューバに5-2と、無失点で終わる試合はなかったが、それでも比較的楽な点差で勝てた。

 レックスから出場した選手では、平良がクローザーを務めることが多い。

 平良と組ませるなら、普段から組んでいる迫水が、一番いいに決まっている。

 とはいえ五点以上も差が開いていたら、平良を使う必要もないだろう。

 そこは日本代表は、継投を積み重ねていって、試合を楽に進めていっている。


 ピッチャーに負傷者が出れば、直史が呼ばれたかもしれない。

 実際のところこの第一ラウンドはともかく、決勝トーナメントは直史がいてくれれば、安心感が全く違う。

 ただ負傷者もいないのに、ロースターを変更するわけにはいかない。

 だがこれまでに戦った中では、特に突出した戦力が少ないように思える。


 日本代表から、怪物が消える時代が来た。

 もっとも次の代表には、司朗と昇馬が入っているかもしれないが。

 日本代表にどんどんと、新しい世代が入ってくる。

 それに参加することは、もうないだろうなと大介は感じていた。




 少し意外な結果となった。

 韓国が第一ラウンドで、敗退したのである。

 決勝トーナメント進出が決まったのは、台湾とオーストラリア。

 ただオーストラリアもまた、メジャーリーガーを輩出している。

 MLBのマイナーリーグも作っているので、それなりに強い選手が登場するのだ。


 先だってのワールドカップでも、韓国はあまりいい成績が残せていない。

 大介の経験からすると、けっこう意外なこととは言える。

 スポーツ全般において、韓国の勢いが落ちている。

 直史などはこれについて、複雑な顔をしていたものだが。


 地政学的に朝鮮半島は、日本の防壁となる。

 よってそこに西側の国があることは、間違いなく重要であるのだ。

 国力全体の低下が、軍事力の低下ともなる。

 徴兵制を行っている韓国であるが、人口の減少は日本よりもはるかに激しい。

 陸上戦力が重要であるのに、それが足りなくなってしまう。


 もっとも仮想敵国のロシアも中国も、実際の戦力はかなり低下している。

 ロシアはウクライナで失敗し、純粋に陸軍の人数が減ってしまった。

 そして中国も日本の数倍の予算をつけながら、軍事シミュレーションでは日本に勝ちきれない。

 ただ日本の国土に攻め込まれた時点で、日本としては被害が大きくなる。

 緩衝地帯として朝鮮半島は重要であり、そのために日本は韓国を甘やかしているというのが、直史の説明であった。


 ただ国力が低下しても、スポーツでは結果を出すというのは実例のあることだ。

 もっともそれが可能なのは、共産主義や社会主義国家でのこと。

 ソビエトや東ドイツ、そして中国も限界が来ている。

 そして民主主義国家では、やはり虚業から活力が失われていくのだ。

 韓国はそのあたりに失敗した、と直史などは言っている。

 大介としては右から左へ、ほとんど聞き流していたものであるが。


 決勝トーナメント、日本の対戦相手はオーストラリア。

 台湾は反対側の山で、オランダとの対戦となる。

 準決勝の相手は、プエルトリコとメキシコ戦の勝者。

 アメリカは反対側の山にいるが、果たして他のチームに勝って来ることが出来るのか。

 少なくともワールドカップのU-18では、決勝は日本と台湾の対戦となった。

 開催国が台湾であったので、それでも良かったのだろうが。

 アメリカで準決勝以降を行うのに、もしも決勝に残れなければ、かなり白けることになるだろう。

 まだしもメジャーリーガーの多い国が残ればいいが、台湾がスモールベースボールで勝ってしまえば、アジア同士の決勝戦などになってしまう。


 日本人メジャーリーガーも、それなりには参加している。

 また大介の姿を見られるというのも、あちらにとっては嬉しいことであろう。

「結局MLBは金儲けがしたいだけで、WBCを本当の国際大会にしようというつもりはないんだろうな」

 大介としてはそんなことを考えるが、そもそもサッカーのワールドカップなどとは、歴史が違うものである。

 ピッチャーというポジションの故障の多さが、メジャーのトップクラスのピッチャーを出させない。

 それでいて収益はMLBというのが、直史などにとっては馬鹿馬鹿しく思えてくるのだろう。




 準々決勝で、日本はオーストラリアに順当に勝利。

 他の山で勝ったのは、台湾にアメリカ、プエルトリコである。

 準決勝は日本とプエルトリコ、台湾とアメリカというカードになった。

 これならまた、日本とアメリカという、野球大国同士の決勝戦になるであろう。

 しかしもし、台湾が勝ってしまったなら。


 可能性としてはなくはないのだ。

 台湾チームにも一人、メジャーリーガーがいる。

 基本的に選手の能力だけならば、アメリカチームの方が上であろう。

 だがアメリカチームはそもそも、士気が低くなっているのだ。


 年間に20億も30億も稼ぐプロは、自分のコンディションを大切にする。

 そもそもメジャーリーグこそが野球の到達点なのだ。

 だからこそそのナンバーワン決定戦を、ワールドシリーズなどと僭称する。

 実際のところはNPBのナンバーワンとMLBのナンバーワンで戦ったら、どういうことになるだろう。

 それは直史や大介が、活躍したあの数年で分かっている。

 もっともこの二人は、日本人だからという以前の問題で、特別な存在ではある。


 決勝トーナメントが始まり、ロースターの変更は出来なくなった。

 これで直史が代表に参加することはない。

 直史としてもいつまで、こんなおっさんに頼ることになるのだ、という気分ではあるのだろう。

 コンディションの調整のためには、どうしても時間が必要となる。

 今の直史には、三月に一度仕上げてから、もう一度ポストシーズンに向けて仕上げるというのは、ちょっと難しいことであるのだ。


 準決勝以降は、アメリカでの試合となる。

 沖縄以上に暖かな、マイアミでの試合が続く。

 ただこの寒暖差が影響して、日本でのプレイに支障が出るものか。

 MLBのメジャーリーガーも、アメリカはチームのエースクラスのピッチャーは、ほとんど出さないのである。

 ただ比較的消耗の少ない野手は、しっかりと出してくる。


 圧倒的な攻撃力で、ピッチャーの差を上回る。

 それがアメリカの、今大会の作戦と言うか戦略であった。

 だが他の国には、それなりのピッチャーがしっかりといるのだ。

 そのため第一ラウンドで、アメリカは一つ落としている。

 決勝トーナメントにさえ進めれば、それで問題はないのだが。


 野球というのは本当に、実力差通りの結果が出なかったりする。

 ただその不確定要素を、徹底して排除していったのが、スモールベースボールになる。

 一発勝負のトーナメントのため、日本の高校野球が磨いたもの。

 この高校野球こそが、まさにアマチュア野球の原点と言える。

 大学や社会人というのは、この延長になる。

 もっとも高校時代が補欠であったのに、大学や社会人を通した結果、プロで大成した選手などもいるが。




 日本チームの順調な勝利に、当然ながら日本では喜びの声が上がっている。

 かつて日本代表が、国際大会で無敗を誇った頃、その主力となった選手は、もう多くが引退している。

 大介は例外として、年齢を理由にシーズンのために調整に入っている者が多い。

 新しい時代がやってくる。

 そしてその若き力は、世界でも通用すると証明されている。


 リーグ戦を無敗で勝ち抜き、そして準々決勝も安定して勝利。

 準決勝もおそらく、勝ってしまうのであろう。

 決勝でアメリカと当たるのかどうか、それは分からない。

 あるいは今の調子なら、台湾が勝ってしまってもおかしくはない。


 NPBのキャンプも沖縄や宮崎での日程が終わり、本拠地に戻ってきている。

 直史は順調に、コンディションを調整していた。

 レックスはオープン戦で、しっかりと打撃力を増している。

 小此木が一番や二番に入って、リードオフマンとして働いていたりもするからだ。

 ただやはり、一番は左右田が戻ってくれば、そちらに任せることとなるだろう。

 長打力に大きく差があるからだ。


 新戦力によって、レックスの上位打線は、かなり得点力を増したと言うべきだろう。

 もちろん実際は、レギュラーシーズンの試合に入ってみないと、なんとも言えないのだが。

 緒方は二番から、七番へと打順が下がった。

 ただ迫水の状態次第では、六番になることもありうるだろう。


 先発陣はまだ、五人までしか確定していない。

 だがオープン戦の結果から、ある程度は候補が出てきている。

 これもレギュラーシーズンの公式戦でないと、本当に通用するかどうかは分からないだろう。

 そして直史はオープン戦、短いイニングを投げては、それなりに打たれている。

 ただこれも、いつものことである。


 まだ数試合残っているが、オープン戦の戦績では、カップスが一位であったりする。

 レックスはやはり、ピッチャーを何人も試しているため、特にリリーフ陣が逆転されやすい。

 ただ平均得点は増えているので、それは喜ばしいのだ。

 ピッチャーの運用の仕方によって、失点が増えるのは当たり前だ。

 それよりは打線において、スタメンが決まっただけではなく、競争が活発化したことも大きい。

 とにかく打線のどこからでも、得点が狙えるようになればいい。

 長打を打てるバッターが、やはり必要だったのだ。


 何気に近本は、自分が代表に選ばれなかったことに、不満を抱いている。

 ただそれは自分が、怪我から明けたばかりであるというのも、理由としては納得しているのだ。

 打率はそこそこであるが、長打があまり出てこない。

 これだと三番のクラウンと、打順を交代した方がいいのでは、と思われてしまっても仕方がないだろう。




 タイタンズは司朗が、ついに一番センターに固定されている。

 果たして一年目から、どれぐらいの数字を残してくるのか。

 司朗としては三割、20本、50盗塁あたりを目標として言っていたりする。

 だが重要なのは、出塁率とOPSであろう。


 一番であるということは、まず試合の最初の第一打席に、ランナーに出ることが重要である。

 初回のピッチャーの立ち上がりを攻めるのは、当然の定跡であるからだ。

 二打席目以降は、ケースバッティングをが重要になる。

 オープン戦ではさほど、ホームランは打っていない。

 高校時代に比べると、さすがに一年目はそれほど打てないか、と思われても仕方がないであろう。


 ただ司朗としては、まだプロのレベルを探っているだけなのだ。

 今のところオープン戦の成績で、三割を打っているだけで充分だろう。

 出来るだけ多くのピッチャーを見て、それに対応して行く。

 それによってNPBに適応して行くのだ。


 WBCの舞台として、今年は東京ドームに戻ってくるのが遅くなった。

 ただ二軍のグラウンドを使ったり、地方の球場を使うことによって、観衆の多さにも慣れていく。 

 そこで気づくのだが、タイタンズファンはやはり多い、ということだ。

 プロ入りしてからも基本的に、コーチはあまり司朗に何かを言ってこない。

 下手に口出しをするよりも、質問されたら答える、という姿勢を取っている。

 司朗にとってはそれがありがたい。


 タイタンズは悟がいるので、司朗に何かを教えるとしたら、彼だけだろうと考えている。

 選手としてのスタイルも、内野と外野の差はあるが、似ていると思えるのだ。

 今でこそ悟は、走力を無理に使ったりはしない。

 しかしプロ入りしてから数年間は、トリプルスリーを何度も達成するような、そういうバッターであったのだ。


 長打力について悟は、司朗は二番がいいのでは、とも思ったりしている。

 ただ今のタイタンズは、試合の主導権をもっと握っていきたい。

 ならば先頭に司朗がいるというのも、悪くはないであろう。

 悟は首脳陣とも、それなりに話している。


 去年は長く離脱したし、年齢も今年で40歳のシーズンとなる。

 そろそろバッターとしても、数字が目に見えて落ちてきても仕方がない。

 ただホームランの数なども、歴代の上位にたくさん残してきた。

 盗塁数なども、大介がいない間はかなりタイトルを取ったのだ。

(今年はなんとか、Aクラスに入ることが出来るか?)

 しかし高卒一年目の野手にそこまで頼るとは、なんとも困ったチーム事情ではあるのだった。

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